輪廻の誓いは、愛になる

帰り花

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第一部 運命

一本の傘

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 その日は、朝から晴れていた。
 秋の空は高く、雲も薄い。
 月那るなは傘を持たずに登校した。
 陽臣はるおみも同じだった。
 放課後までは、降らないはずだった。
 けれど、予報は簡単に外れる。

 学芸会が近づいていた。
 放課後、月那は演技練習。
 陽臣は舞台背景の制作。
 別々の教室。
 別々の時間。
 それでも、終わる頃にはいつも合流する。
 今日も、そのはずだった。

 主役組の練習は、思ったより早く終わった。
 相手役の少年が急に体調を崩したのだ。
 先生が付き添い、今日は解散になった。
 校門を出た瞬間。
 ぽつり、と冷たいものが落ちる。
 見上げると、灰色の雲。
 次の瞬間、雨は一気に強くなった。
 月那は立ち止まる。
 傘は、ない。
 どうしよう。
 ほんの数秒の迷い。
 そのとき、隣から声がした。
「入る?」
 振り向く。
 同じクラスの子が、傘を広げている。
 黒い、少し大きめの傘。
 差し出される柄。
「途中までだけど」
 悪意はない。
 ただの善意。
 その子とは、席が近くなってから何度か話したことがあった。
 いつも、陽臣も一緒だった。
 月那は、無意識に校舎の奥を見る。
 舞台準備の教室は、見えない。
 雨音が強まる。
 水たまりが広がる。
 迷いは、ほんの一瞬。
「……うん」
 自分の声が、少しだけ軽い。
 傘の下に入る。
 距離が近い。
 肩が触れそうな位置。
 雨音が布越しに響く。
 世界が、少しだけ狭くなる。
 なのに、空気は軽い。
「意外と降ってきたね」
「ね。さっきまで晴れてたのに」
 他愛ない会話。
 笑い声。
 歩幅を合わせる。
 急がなくていい。
 誰かの視線を気にしなくていい。
 月那は、ふと気づく。
 あれ。
 なんだか、楽しい。
 はるくんがいないから、ではない。
 ただ。
 今日だけ、違う。
 それだけのこと。
 なのに。
 胸の奥に、小さな風が通る。

 九条くじょう家の車は、校門の少し先で止まっていた。
 月那は傘を閉じる。
「ありがと」
「うん、またね」
 その子は手を振り、別の道へ消える。
 車に乗り込むと、雨音が遠くなる。
 運転手が言う。
天城あまぎ様は、まだ学校にいらっしゃいます」
「うん、知ってる」
 月那は窓の外を見る。
 流れる雨粒。
 ほんの少しだけ。
 さっきの帰り道を、思い出す。

 その頃。
 舞台準備の教室。
 背景を仕上げた陽臣は、筆を止めた。
 窓を打つ雨音。
 思ったより強い。
 時計を見る。
 もう練習は終わっているはずの時間。
 ――月那が「帰ろう」と言いに来るはずの時間。
 胸の奥が、わずかにざわつく。
 理由はない。
 だが、立ち上がる。
 校門まで走る。
 雨は激しい。
 視界が滲む。
 そこに、月那の姿はない。
 濡れた地面だけが残っている。
 遅いわけではない。
 事故でもない。
 ただ。
 知らない帰り道が、そこにあった。
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