17 / 24
第三章 月の檻
決意
しおりを挟む
その夜から、王城の空気が“変わった”のではない。
死んだ。
音が減った。
灯りが減った。
人の気配が減った。
そして何より――
ルナの世界から、“余白”が消えた。
ソルは、言葉を減らした。
代わりに、触れた。
触れて、確かめた。
確かめる、という名で――奪った。
朝議の最中にも、指が伸びる。
廊下を歩く時も、距離が詰まる。
食事の席でも、視線が外れない。
「隣へ」
それは命令ではあるが、もう命令ですらない。
自然現象だ。
王が息をするように、
妃を自分の半径に閉じ込める。
ルナは笑わなくなった。
元々、常に微笑みを携えた人だった。
だが、今は違う。穏やかさが“薄い”。
祈りの時間が奪われたからではない。
自由が奪われたからでもない。
――違う。
ソルの目が、救えない目になりつつある。
それが恐ろしい。
夜は、さらに変わった。
かつての夜には、かすかな慎重さがあった。
壊れ物に触れるような、怯えにも似た優しさ。
今はそれがない。
触れ方が違う。
“確かめるため”ではなく、
“逃げ道を消すため”に触れる。
言葉も違う。
「ここにいろ」
それは祈りだったはずなのに、今は――
扉を閉める鍵になっている。
ルナは耐える。
耐えることが、救済だと思っているから。
だが耐えれば耐えるほど、ソルは安堵する。
耐えているのは、愛しているからだと。
拒まないのは、望んでいるからだと。
違う。
違うのに。
違うと告げれば、世界が壊れる。
数日後。
ルナは気づいた。
城の中から、男たちが消えている。
侍従。
護衛。
神官。
特に、ルナに近づける年齢の男が。
配置換え。左遷。遠征。解任。
表向きは合理だ。
「妃の身辺警護を強化する」
「敵国の間者を排除する」
だが本質は一つ。
“目”を消している。
ルナを見得る目を。
ルナが見返し得る目を。
そして、その中心にソルがいる。
ある夕暮れ。
ルナは廊下の角で、老いた侍女に囁かれた。
「妃殿下……陛下が、地下を」
地下。
王城の地下に何があるのか。
ルナは知っている。
禁書庫。
封印庫。
そして――
禁忌の儀式室。
そこは、王家が触れてはいけない場所だ。
“魂”に触れる術が眠っている場所。
ルナの背筋が冷えた。
(まさか)
思う前に、確信が芽生える。
ソルはもう、普通の鎖では足りなくなっている。
王の権力でも、恐怖でも、監視でも――
足りない。
だから次は、もっと深いところを縛る。
身体ではない。
立場でもない。
魂を。
その夜、ルナは初めて“祈り”ではなく“計算”をした。
逃げる可能性。
生き残る可能性。
アルベルトが生きる可能性。
ソルが壊れずに済む可能性。
どれも低い。
だが、ゼロではない。
ゼロでないなら、選ぶべきだ。
二百年生きた者は知っている。
奇跡は、希望を抱いた者に訪れるのではない。
行動した者にだけ、偶然として訪れるのだと。
(アルベルトが来たら)
(その時に)
(私は――決める)
決断は“今”ではない。
今決めても、手段がない。
今動けば、ソルが即座にアルベルトを殺す。
だから“引き金”が必要だ。
アルベルトが助けに来ること。
それを合図に、ルナは行動に移す。
逃亡か。
犠牲か。
あるいは――もっと別の、最悪の選択か。
ルナは自分の中で、答えを言葉にしない。
言葉にした瞬間、それが現実になる気がした。
一方、王都の外。
エルセリアの残党は、静かに息を潜めていた。
敗北しても、光は消えない。
アルベルトは生きている。
そして生きている限り、取り戻す。
奪うのではない。
解き放つ。
彼は“縛らない愛”を知っている。
だからこそ、縛るしか知らない王に勝てないわけがないと信じている。
信じることが、彼の強さだ。
王城の天守。
ソルは、一人で立っていた。
窓の外に、月が浮かぶ。
白い月。
あれは“彼”だ。
自分のものだ。
だが、月は遠い。
近くにいるのに、遠い。
隣にいるのに、遠い。
触れているのに、遠い。
それが、耐えられない。
ソルは、低く呟いた。
「……消えるな」
返事はない。
返事がないことが、さらに彼を冷やす。
冷えたものは、硬くなる。
硬くなった心は、折れるか――
ソルは決めていた。
もう二度と、奪われないようにする。
次に来る“光”が何をしようと、月だけは離れないようにする。
そのための方法が、地下にある。
王家の禁忌が、そこにある。
ルナは、知らないふりをする。
ソルは、気づかないふりをする。
アルベルトは、準備を進める。
三人がそれぞれ別の沈黙を抱えたまま――
運命は“次の夜”へ向かって加速していった。
死んだ。
音が減った。
灯りが減った。
人の気配が減った。
そして何より――
ルナの世界から、“余白”が消えた。
ソルは、言葉を減らした。
代わりに、触れた。
触れて、確かめた。
確かめる、という名で――奪った。
朝議の最中にも、指が伸びる。
廊下を歩く時も、距離が詰まる。
食事の席でも、視線が外れない。
「隣へ」
それは命令ではあるが、もう命令ですらない。
自然現象だ。
王が息をするように、
妃を自分の半径に閉じ込める。
ルナは笑わなくなった。
元々、常に微笑みを携えた人だった。
だが、今は違う。穏やかさが“薄い”。
祈りの時間が奪われたからではない。
自由が奪われたからでもない。
――違う。
ソルの目が、救えない目になりつつある。
それが恐ろしい。
夜は、さらに変わった。
かつての夜には、かすかな慎重さがあった。
壊れ物に触れるような、怯えにも似た優しさ。
今はそれがない。
触れ方が違う。
“確かめるため”ではなく、
“逃げ道を消すため”に触れる。
言葉も違う。
「ここにいろ」
それは祈りだったはずなのに、今は――
扉を閉める鍵になっている。
ルナは耐える。
耐えることが、救済だと思っているから。
だが耐えれば耐えるほど、ソルは安堵する。
耐えているのは、愛しているからだと。
拒まないのは、望んでいるからだと。
違う。
違うのに。
違うと告げれば、世界が壊れる。
数日後。
ルナは気づいた。
城の中から、男たちが消えている。
侍従。
護衛。
神官。
特に、ルナに近づける年齢の男が。
配置換え。左遷。遠征。解任。
表向きは合理だ。
「妃の身辺警護を強化する」
「敵国の間者を排除する」
だが本質は一つ。
“目”を消している。
ルナを見得る目を。
ルナが見返し得る目を。
そして、その中心にソルがいる。
ある夕暮れ。
ルナは廊下の角で、老いた侍女に囁かれた。
「妃殿下……陛下が、地下を」
地下。
王城の地下に何があるのか。
ルナは知っている。
禁書庫。
封印庫。
そして――
禁忌の儀式室。
そこは、王家が触れてはいけない場所だ。
“魂”に触れる術が眠っている場所。
ルナの背筋が冷えた。
(まさか)
思う前に、確信が芽生える。
ソルはもう、普通の鎖では足りなくなっている。
王の権力でも、恐怖でも、監視でも――
足りない。
だから次は、もっと深いところを縛る。
身体ではない。
立場でもない。
魂を。
その夜、ルナは初めて“祈り”ではなく“計算”をした。
逃げる可能性。
生き残る可能性。
アルベルトが生きる可能性。
ソルが壊れずに済む可能性。
どれも低い。
だが、ゼロではない。
ゼロでないなら、選ぶべきだ。
二百年生きた者は知っている。
奇跡は、希望を抱いた者に訪れるのではない。
行動した者にだけ、偶然として訪れるのだと。
(アルベルトが来たら)
(その時に)
(私は――決める)
決断は“今”ではない。
今決めても、手段がない。
今動けば、ソルが即座にアルベルトを殺す。
だから“引き金”が必要だ。
アルベルトが助けに来ること。
それを合図に、ルナは行動に移す。
逃亡か。
犠牲か。
あるいは――もっと別の、最悪の選択か。
ルナは自分の中で、答えを言葉にしない。
言葉にした瞬間、それが現実になる気がした。
一方、王都の外。
エルセリアの残党は、静かに息を潜めていた。
敗北しても、光は消えない。
アルベルトは生きている。
そして生きている限り、取り戻す。
奪うのではない。
解き放つ。
彼は“縛らない愛”を知っている。
だからこそ、縛るしか知らない王に勝てないわけがないと信じている。
信じることが、彼の強さだ。
王城の天守。
ソルは、一人で立っていた。
窓の外に、月が浮かぶ。
白い月。
あれは“彼”だ。
自分のものだ。
だが、月は遠い。
近くにいるのに、遠い。
隣にいるのに、遠い。
触れているのに、遠い。
それが、耐えられない。
ソルは、低く呟いた。
「……消えるな」
返事はない。
返事がないことが、さらに彼を冷やす。
冷えたものは、硬くなる。
硬くなった心は、折れるか――
ソルは決めていた。
もう二度と、奪われないようにする。
次に来る“光”が何をしようと、月だけは離れないようにする。
そのための方法が、地下にある。
王家の禁忌が、そこにある。
ルナは、知らないふりをする。
ソルは、気づかないふりをする。
アルベルトは、準備を進める。
三人がそれぞれ別の沈黙を抱えたまま――
運命は“次の夜”へ向かって加速していった。
0
あなたにおすすめの小説
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
愛などもう求めない
一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる