6 / 77
6
しおりを挟む寮から事務所までは、歩いて十分程の距離にある。春翔は学校へ向かう和喜と真尋を送り出すと、せめて洗い物位はしようと再びキッチンへ向かった。それから身支度をしても、十分出社には間に合う距離と時間だ。しかし、春翔が戻ると既にリュウジがキッチンに立っており、ユキはのんびりとダイニングでお茶をすすっていた。
「リュウさん!洗い物くらい僕がやりますから!」
「いいって、いつもやってもらってるんだし」
「そーそー、春ちゃんは出掛ける準備してきな。後はぜーんぶリュウがやってくれるから」
「お前はたまには手伝ったっていいんだぞ、ユキ」
「俺はお客さんだからさ」
「自分専用の茶碗は、普通人ん家には無いんだけどな」
「ねーねー春ちゃん!」
「聞けよ」
リュウジの苦み走った顔を気にも止めず、ユキは春翔に話題を向ける。
「春ちゃんもさ、一緒に撮影の下見に行ってみない?」
「え?」
突然の事に、春翔はきょとんとする。
「仕事終わったらさ、神社においでよ。今さ、映画で神社が使われるって事で、それに便乗してイベントやろうって色々計画しててさ、リュウも協力してくれる事になってるんだよね。その打ち合わせも含めてさ、今晩顔見せがあってね。春ちゃんあの小説のファンでしょ?あの作品に便乗するならファンの意見も聞きたいし、ちょっと顔出さない?」
思わずつられてしまうようなユキの笑顔に、春翔は表情を緩め、しかしそれは申し訳なさそうに歪んだ。
「…そういう事でしたら僕よりも適任が、」
「それだけが理由?」
「え?」
問われ逸らした視線を向けると、真っ直ぐに見つめるユキの瞳とかち合う。その瞳は、いつもの陽気な人懐こいものと違い、鋭く何かを見抜こうとしているようで落ち着かない。ドクドクと心臓が騒ぎだし、同時に困惑する。
僕は何を恐れているんだろう。
知らず焦る心に動揺する春翔、その様子を見て、リュウジは春翔の肩に手を置き、ユキの視線から逃すように春翔の体を反転させた。
「ほらほら、あんまりのんびりしてると遅刻するぞ!」
「あの、」
「別に無理に来いとは言ってねぇよ、ユキも強引な聞き方するな」
「…そうだね。ごめんね、春ちゃん」
苦笑うユキはいつもの表情で、春翔はほっと息を吐く。リュウジに背を押される形で慌てて身支度を済ませると、春翔は仕事に向かった。春翔が寮を出ていくと、リュウジは溜め息を吐いてユキに向き直った。
「おい、あんな聞き方ないだろ」
ユキは「分かってるよ」と、唇を尖らせた。
「リュウの気持ちは分かるよ、俺だって春ちゃんを傷つけたくない。けど、これは大事な事だ。春ちゃんの事をはっきりさせないと、俺達は動けない。もし望んでいる事なら無理に連れ出さなきゃいけないし、本当に気づいていないなら、忘れてしまってるなら、言わなきゃいけない。もう、動き始めてるんだから」
落ち着かない気持ちに急かされるように、春翔は急ぎ足で事務所に向かった。
芸能事務所STARSは、少々古びた三階建ての小さなビルを所有している。レイジのスターとしての功績を知る人から見れば、都心に佇む高層ビルを想像するかもしれないが、現実はどこにでもあるような雑居ビルだ。レイジの活躍を知る人々は、ここがレイジの事務所かと拍子抜けするかもしれない、春翔もその中の一人だった。
春翔がSTARSの社員になったのは、就職活動が上手くいかず落ち込んでいた時、街でレイジに声を掛けられたからだ。
「君、随分浮かない顔してるね」
一休みしようと駅前広場のベンチに腰掛けた時だった、深みのある落ち着いた声に引き寄せられるように顔を向ければ、帽子を目深に被り、サングラスとマスクをした男がこちらを見つめていた。細身ながらしっかりとした体躯、背も高そうなその男は明らかに普通とは思えず、もし不審者なら力では敵いそうもない、これは適当にあしらって席を立とう、そう思ったのだが、その男は春翔の心を読んでいたかのようにサングラスとマスクを取り、名刺を差し出した。その顔を見た瞬間、春翔は驚き呆然とその男を見上げた。
「怪しい者じゃないよ、実は新しいスタッフを探していてね。僕と一緒に仕事してみない?」
表舞台から去った大スターは、現役のアイドルより輝いて見えた。春翔は彼の放つオーラに圧倒され、まるで現実が受け止めきれていない状態だった。だって目の前にいるのは、日本中を虜にしたまま姿を消した、久世レイジその人なのだ。しかも、十年以上経っても全く姿が変わっておらず、その事にも驚きだった。
そんな春翔に、レイジは「一度会社に来てよ」と、柔らかな物腰ながら強引に約束を取り付け、そして、春翔はろくな面接もないまま、あれよあれよという間にSTARSの一員となった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる