12 / 77
12
しおりを挟む「こいつがそんなに大事?」
ほっとしたのも束の間、女が口を開き、春翔はびくりと肩を震わせた。それと同時に、右足が重くなった気がした。強く掴まれたのかと思ったが、不思議と痛みは感じず、ただただ重い。そこで女の手に目を留めた。冷たく固い石のような手。
石になってる…?
胸に芽生えた不安に、恐怖が再び押し寄せる。どうしようと顔を上げれば、ユキもそれに気づいているのか、春翔の足に目を向け眉間に皺を寄せた。ユキに伝えようと口を開いたが、それは声になる事はなかった。ユキが一瞬だけ春翔を見て微笑んだからだ。分かってる、大丈夫というように。
「当然の事聞かないでくれ。こちらの世の者を巻き込むわけにはいかないからね」
「本当にそれだけかい?」
「どういう意味だい?」
女はふっと笑むと、掴んでいた春翔の足をそのまま引き寄せ、今度は春翔の頭を片手でわし掴み、その顔に引き寄せた。ユキもリュウジも思わず顔色を変え身構える。
「ただの人の子ではないんだろう?」
髪を引き掴まれ、春翔の顔が痛みに歪む。解放された足は依然重たいままで泣きたくなる。そんな中聞こえた女の的外れな言葉に、何を言ってるんだと春翔はやはり意味が分からず困惑した。自分はただの人間、取り柄も特にない普通の人間だ。しかし、春翔の思いに反し、ユキは何故か表情を厳しくしている。
「…何でそう思うんだい?」
「図星かい?それなら余計に手放すわけにはいかないね」
自分が優勢に立ったとみたのか、女はいやらしく笑み、長い舌で唇を舐めた。その姿に春翔は思わず身震いする、女は人では無いのだと改めて感じ、まさか自分を食べるつもりではと怖くなる。
ユキは広げた扇子を口元にあて、溜め息を吐いた。気持ちを落ち着けようとしてるのかもしれない。
「どうするつもりだい?その子を手にいれてさ」
「どうしようかね、初めは人質を盾に逃げるつもりだったが、それではつまらない。だってお前たち、この人の子、傷つけるわけにはいかないんだろう?」
ふふと笑いながら、ユキとリュウジの囲みを抜け出そうと、蛇の足がずるずると音を立てながら動き始める。追おうとするユキに、女はすかさず春翔の髪から手を放し、今度は逆の手で春翔の首を後ろから掴むと、盾にするよう自身の前に春翔を掲げた。
「動くんじゃないよ!傷つけたくないんだろ?」
もう一方の手が春翔の頬に爪を立てる。ピリッと小さな痛み走った後、何かが頬に伝い落ちてくる感触がした。初めは頬を爪で撫でられているのかと思ったが、春翔の頬に触れていた女の手は、宙に浮いている。
血だ。あの爪で切られ、頬の傷から血が伝い落ちているのだろう。軽く触れただけなのでさほど痛みは無いが、あの爪は触れただけで簡単に人の皮膚を破ってしまう事が分かり、春翔は恐怖に息を呑んだ。女の手は今、春翔の首にある。女が手に力を入れれば、簡単にこの首は切られてしまうだろう。
「分かった、これ以上動かないよ。話をしよう、それで望みは何?」
「一族の復活だ」
「は?」
「お前達の事は良く知ってるよ、半妖の王子殿は有名だからね」
「おい、」
思わずといった様子で口を挟もうとするリュウジを、ユキは静かに手で制する。女は気づいていないが、リュウジにはユキのその背中が、怒りで滾っていることはすぐ分かった。
「それで?」
「腐っても妖の世のトップに座す国の権力者だ、お前達の力があれば、我々一族の地位を取り戻す事も容易いだろう」
女の言葉に、ユキは再び溜め息を吐き、リュウジは苛立たしげに頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「無理だ」
「無理ではない!これは命令だ!」
「キミさ、自分達が何をしたか忘れた訳じゃないよね。私利私欲の為に灰の国の民がどれだけ苦しめられたか、その後、君達が何をしたか」
「うるさい!」
怒鳴り声と共に突然視線が高くなる。地についていた足が浮き、春翔は慌てて自分の首を掴む女の手にしがみつく。地上に居た時よりも、ぐ、と首が締まり苦しくなるが、それは束の間の事で、地上が遠くなればなるほど息苦しさは和らいでいった。首を掴んでいた女の手はみるみる内に大きくなり、春翔の口元から上半身を覆ってしまった。そのお陰で首が締まる事はなくなったが、一体何がどうなったのか、春翔は戸惑いながら下を見下ろす。ユキとリュウジの姿が自分の足元に見え、視界の端に女のものと思える蛇のとぐろが見える。振り返ると、人の形をしていた女の顔は蛇の物へと変わり、その大きさに唖然とした。
女は巨大な蛇へと変わり果てていた。
黄色く光る瞳、切り裂かれたような大きな口には尖った歯がびっしりと生え、長く黒い舌がはみ出しうねうねと動く。春翔なんて簡単に丸呑みにされてしまいそうだ。胴体も太く、とかげのように生え出した手も爪も大きい。小さな爪が触れただけで簡単に血が流れたのだ、大きさが変われば威力も増すだろう、それが春翔の喉元に、体に巻き付いている事は変わらない。
「私は交渉しているのではない、命令しているのだ!出来ぬのなら今すぐにでもこいつの喉元を掻き切るぞ!」
ぐ、と前に体を突き出され、爪が喉元に向かう。
「春!」
ユキの顔が歪み、リュウジがたまらず声を上げた。
その時だ、何の前触れもなく、ぽつ、と目の前に火の玉が現れた。ガスの火のように青く、だがそれよりもどこか儚く揺らめいている。
なんだこれは、春翔が思った途端、ぎゃああという叫び声が聞こえ、驚いて女を振り返ると、巨大な蛇の顔が、体が、青い炎に包まれ燃えていた。
「なに、」
そして、驚く間もなく体が再び宙に浮く。青い炎の熱に悶え苦しむ蛇が、火を払おうと懸命に手を振っている。その際に、春翔の体を手放したのだ。
「春!」
燃える巨大な蛇を見上げながら、成す術なく春翔の体が地面に向かって落ちていく。地面に打ち付けられるのを覚悟して春翔は固く目を閉じたが、落下の衝撃は予想より軽く、え、と驚いて目を開けば、自分の下にリュウジが体を滑り込ませている事に気づいた。
「リュウさん!?」
リュウジが自分の下敷きとなり、自分を庇ってくれていたのだ。タレントを守らなければいけない立場の自分が、タレントに守られているという状況、もし傷でも負わせ仕事に穴を開けてしまったらと、不意に過る現実に、春翔は顔面蒼白になり、慌ててリュウジの上から飛び退いた。
「た、大変な事を僕は…!すみませんリュウさん、怪我は!?」
「俺はどうだっていい!早くこっちに来い!」
しかし、すぐさま体を起こしたリュウジに手を引かれ、春翔は促されるまま立ち上がり駆け出そうとした。
「え、」
だが、右足が動かない。それどころか感覚もない。本当に石になってしまったみたいだ。
「リュ、リュウさん、足が…!」
「大丈夫だ、掴まってろよ」
リュウジは春翔を安心させるように目線を合わせて軽く笑むと、春翔の足を掬い上げるように抱き抱えた。横抱きにされ、思わず春翔はリュウジの胸元にしがみつく。戸惑いつつもそのまま運ばれ、ユキの元にやって来ると、そこに見知らぬ人影があった。
「ゼン!これ以上はダメだよ!術を解いて!」
ユキがその人に向かって抗議している。地面に下ろして貰った春翔は、リュウジに支えられながら立ち上がる。ゼンと呼ばれたその人は、ユキの言葉などまるで届いていない様子で、ただ前を見据えて歩いていく。
「おいおい、まずいぞ」
リュウジの声にも焦りが滲んでいる。
「え、な、何が起きてるんですか」
戸惑う春翔にリュウジは小さく息を吐き、「焼き殺す気だ」と、静かに告げた。
「ゼン!春ちゃんは無事だよ!リュウが助けてくれた!これ以上手を汚す事はない、今なら捕まえられる!」
ユキの言葉に、ゼンと呼ばれた彼はぴたりと足を止めた。そしてゆっくりと春翔の方へ向き直る。彼と目が合うと、春翔はびくりと肩を震わせた。
ゼンはとても端正な顔立ちをしていた。切れ長の瞳は涼やかで、すっと通った鼻筋に薄い唇。艶やかな長めの黒髪は襟元で一つに結び、着ているのは紺色の着流しで、羽織を肩に掛けている。気品を感じさせる佇まいに、背丈はユキより僅かに高い位だが、放たれるオーラは威圧感となり、その存在感に圧倒させられる。
無駄や欠点が無いと思わせる美しい男性、だから余計だろうか、春翔は彼が怖いと思った。
美しいその瞳は憎悪で鈍く光り、その目に射抜かれれば心臓も恐怖で呼吸を忘れてしまいそうだ。
彼はゆっくりと近づいてくる。春翔は怯え固まっていた。リュウジに支えられていなければ、確実に腰を抜かしていただろう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる