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しおりを挟むゼンが目の前で立ち止まると、春翔は泳がせていた視線を恐る恐る彼へ向けた。目の前で見ると、ますますゼンに圧倒されてしまうが、長めの前髪から覗く瞳からは、何故か先程とは違う印象を受けた。
「あ、」
恐怖が不意に止まり、小さく吹いた風が彼の髪を浚う。前髪が揺れ、そこに見えた彼の瞳は今にも泣き出しそうに歪み、見ているこちらまで胸が痛んだ。
「すまない」
長い指が躊躇いがちに春翔の頬に触れた。傷は小さな物で大した痛みもないので、春翔自身はどうって事ないと思っていたが、彼はそんな小さな傷にも心を痛めてくれている。その視線はやがて、春翔の重い右足に向かった。
「痛むか」
声を掛けられ、まだ多少怯えながらも春翔は首を振った。
「怖い思いをさせたな」
起伏はないが、穏やかな声に悲しみが滲んでいる。自分が感じた恐怖全てに心を痛めてくれているのだろうか、この美しい瞳が自分の為に泣いていると思うと、春翔は胸が苦しくなった。
ゼンは春翔の頬から手を離すと、再び絶叫を続け苦しむ巨大な蛇へと目を向けた。
「安心しろ、すぐに始末してやる」
その一言に青ざめたのは、ユキとリュウジだ。
「ゼン!」
「ちょっと落ち着け!」
ユキとリュウジが声を上げるが、ゼンは構わず歩き出す。リュウジは春翔の背を支えていた手を離し、二人してその足を止めさせようと追いかけるが、ゼンの視線は蛇に向けられたままだ。
「ゼン分かってる?人の世で命をとったら、単なる罰じゃすまされないよ!」
「分かってる」
ユキの言葉に怯む事なく、ゼンは蛇へ向かって腕を上げ、ぎゅ、と拳を握る。すると、蛇を包んでいた青い炎が激しさを増し、絶叫は更に悲痛なものへと変わる。思わず耳を塞ぎたくなるような叫び声に、春翔は重い右足を引きずり、ふらつきながらもゼンの元へ歩み、その着物の袖を掴んだ。
「ま、待って下さい!」
よろけた拍子に倒れ込むように春翔が背中にしがみつくと、ゼンはようやく蛇から視線を逸らした。
「あのままじゃ、死んじゃいます…!」
「分かっている」
「こ、殺すとか、ダメです!」
「お前を苦しめた奴だぞ」
「助けてもらいました、僕はもう何ともありませんから!」
「だとしても、許すわけにはいかない」
ゼンが再び拳に力をこめると、同時に絶叫が響く。青い炎の中はどうなっているのか、けれど、声が聞こえる限り命はある。
「や、やめてよ!可哀想だよ!こんなのおかしいよ!」
「奴は罪を背負っている、遅かれ早かれこうなる運命だ」
春翔は足を引きずり、ゼンの前に出た。その顔を見上げれば、怒りだけではない感情がその瞳から見てとれて、彼の中の揺らぎを知る。きっと、自分がこんな目に遭っていなければ、この人はこんな事しなかったのではないか、そんな思いが春翔の脳裏に過る。彼を苦しめているのは他でもない自分ならば、止めなければならない。
「だとしたら、あなたがやる事ないです!やめて下さい、これ以上誰かを、あなたを傷つけたくありません!」
「…俺を?」
「僕がここに来なければ、こんな事にならなかったし、あなたが僕の分も怒る事もなかった、悲しませる事もなかった。ごめんなさい、こんな事、こんな思いさせてごめんなさい」
春翔はゼンに抱きついていた。お願いと、必死に願うその手は震えている。
「…春翔」
ゼンがぽつりと口を開き、拳の力が緩んでいく。
その時だ。「開門!」という女性の大声が辺りに響き渡った。すると、どういう訳か地面が小刻みに震え始め、ゴゴゴゴ…と地鳴りのような音が聞こえてくる。地震かと慌て始める春翔だが、ゼン達は慌てる素振りを一切見せない。困惑しつつ辺りに目を向けると、川の水が大きく揺れ始め、その川の中から大きな水しぶきを上げ、巨大な鉄の門扉が姿を現した。
「え、な、何、あれ…」
人の手では到底開けられそうもない、空高くそびえる鉄の門扉。そんな物が、何故川の中から現れたのか、まるで理解が出来ない。ただただ呆然と春翔がそれを見上げていると、その門の手前から、光を纏った何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。思わず身構えた春翔だが、ユキやリュウジの顔を見れば、何故かホッとしているように見えて首を傾げた。
「桜千」
ゼンの呟きに、春翔は彼を見上げた。その顔は少々バツが悪そうだ。
光を纏った何か、それは、淡い桜色の着物を纏った小柄な女性だった。着物は裾がスカートのようにヒラヒラと舞い、長い黒髪を靡かせる肩には穏やかな光を放つ衣を漂わせ、まるで天女と羽衣のようだ。その美しさに思わず見惚れていた春翔だが、優雅に空中に漂う天女はゼンの姿を見留めると、突如スピードを上げてこちらに向かってくる。突進の勢いで向かって来たかと思えばゼンの前でぴたりと止まり、その美しい顔を躊躇いなく歪め、思いきりゼンの頭にげんこつを食らわせた。
「い、」
「何をしている、スズナリの川で!」
美女が発した勇ましい声に、春翔はびくりと肩を震わせた。どこまでも淀みなく一筋に伸びる澄んだ声、怒りがまっすぐと伝わってくる。「開門」と声を上げたのは、どうやら彼女のようだ。
「分かってる」
「分かってない!」
「奴を許すのか」
「それを決めるのは、審議の場だ。人の世で騒動を起こしたのみならず殺生となれば、例え妖同士でも重罪どころでないとお前も分かってるだろう!」
「…俺はあちらの住人ではない」
「王は認めていない」
「ならば好都合だ、罪人の王族など、さすがに手に余るだろう」
ゼンの言葉に、天女はきつく唇を閉じると、蛇に向けたままのゼンの手首を掴んだ。すると、ジュ、と焼けるような音が彼女の手から聞こえ、煙がたった。
「お、桜千やめろ!」
リュウジが慌てて声を上げたが、天女、桜千は僅かに顔を歪めただけで、それでも毅然としてゼンの目を見つめている。
「誰に救われた命だ」
誰の為にながらえた命だ。
桜千の言葉に、ゼンははっとした様子で、それからそっと春翔に目を向けた。
「彼は無事なんだ、もうお前が手を汚す必要はないよ」
桜千がゼンからゆっくりと手を放すと、ゼンの腕は力を失ったようにだらりと垂れた。同時に蛇の体を取り巻く炎は消え、そのなかで蛇はぐったりと体を横たえていた。蛇からは微かに呼吸音が聞こえ、うねる足も時折動いている、命はあるようだ。
「下がってて」というと、ユキは蛇の元へ向かい、その体を拘束した。拘束といっても何かで体を縛ったりするのではなく、紙のお札のようなものを体に貼っただけ。それがどれ程の力を発揮するのかは分からないが、蛇はもぞもぞと動いてはいるものの、それ以上は動けないようだ。青い炎による傷のせいもあるだろう。
「オッケーだよ、桜千。俺も運ぶよ」
「入口まででいい、そこからは私一人でいく。お前達は境界の結界をもう一度頼む。入念にな」
「また張り直しか」
「今はスズナリが居ないからな、一体どこから抜け道を見つけてくるやら」
「手引きしてる奴がいるんじゃないの」
「可能性はゼロではないな」
桜千は困ったものだと溜め息を吐いた。ユキやリュウジ、桜千の会話を黙って聞いていたゼンは、不意に桜千の手を取った。先程ゼンの腕を掴んだ彼女の手のひらは赤く爛れており、側に居た春翔は痛みを想像して、思わず顔を歪めてしまう。
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