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しおりを挟む川に飛び込んだ時は、選択肢が他にないと思った。カゲを止める為に、命を捨てる覚悟をした。だけど、春翔のしようとしていた事は、皆を悲しませ、傷つける事に繋がっているのだと、あの選択しか出来なかった事を後悔した。
そして、自分は救ってもらったんだという事を改めて実感した。助けてくれる皆がいてくれたお陰で、今、大切なものに触れられる幸せを噛みしめている。
良かった、今、ここに居られて。皆には感謝しかない、心の底からそう思った。
俯く春翔を見て、桜千は頬を緩め二人の手を離した。
「この川で誰かが命を落とせば、スズナリは悲しむ。この二つの世界の境界で、もう争いは起きてはいけない」
桜千は、まるで自分に言い聞かせているように言っていたが、ゼンもその思いを噛みしめるように頷いていた。
過去にどんな争いがあったのだろう、スズナリとはどんな妖だったのだろう。春翔は二人の様子を見て、鈴鳴川に視線を向け、それから胸に手を当てた。
大事に生きないといけない。
それから桜千は、申し訳なさそうに再び春翔を見つめた。
「カゲには罰が下るだろう、牢に入れられ人の世に来る事は無いから安心して欲しい。…こんな目に遭わせて言えた義理じゃないが、どうか妖の全てがカゲのような妖ではないと、信じてほしい」
「…大丈夫ですよ、桜千さん。僕は皆さんの事好きです、だから力になりたかったんです」
顔を上げて微笑む春翔に、桜千はもう一度頭を下げた。
ありがとう、そう言った彼女は、少し泣きそうに頬を緩めていた。
桜千がふわりと門の方へ戻って行くと、レイジと真尋がやって来た。二人の間で話はついたようだ。二人が並ぶと、レイジの方が背は高いが、その背中には同じように大きな翼がある。改めて、二人は人間ではないのだなと、春翔は感じていた。
「リュウが居るから問題ないと思うが、俺は一度こいつを連れて妖の世に行ってくる」
「分かりました…あの、どのくらいで戻ってこれるんですか?」
「さてな、まぁ、連中丸め込んで早々に戻ってくるさ。隼人にも必ず戻ると伝えてくれ」
「分かりました」
「じゃ、春翔はとりあえず、体力が回復するまで仕事は休めよ」
「すみません、ありがとうございます」
「謝んのはこっちの方だ、また戻ったらゆっくり話そう。真尋、行くぞ」
頷き歩き出す真尋に、春翔は慌てて声をかけた。
「和喜と待ってるからね、真尋君!」
真尋は振り返り、唇をぎゅっと結んで深く頭を下げた。そうして、レイジと真尋を連れ、桜千が扉の向こうへ消えると、再び地響きを上げ、門は川の底へ消えていった。
直後、季節外れの桜の花が夜空を舞い、春翔は頬を緩め空を見上げた。
「…キレイだ」
思わず空へ伸ばした手をゼンに握られ、春翔は驚いてゼンへ視線を向けた。ゼンは何も言わず握った春翔の手を見つめ、それからどこか困った様子で目元を緩め、春翔を見つめた。
今日のゼンは表情が豊かで、また春翔の心臓を跳ねさせる。思わず見惚れ、これも命あるからだと思うが、早くも心臓が止まりそうだ。ゼンの意図が分からず、ただ赤くなって戸惑っていれば、向こうからユキとリュウジの呼ぶ声がして、ゼンは立ち上がった。
「帰ろう」
「は、はい」
優しく手を引かれ、春翔は立ち上がった。
「歩けるか?歩けなければ抱えていくが」
「だ、大丈夫です!」
そうか、と、返すゼンの声は、どこか残念そうだ。
ゼンの視線が前を向き、春翔もほっとして顔を上げた。
鈴鳴川に、桜の花びらが落ちていく。その様子を眺め、春翔は胸元を握りしめた。
もうこの体の中にカゲは居ないと分かっているのだが、なんだかまだ少し怖い。それは、頭を過るカゲの記憶のせいだろうか。
不安になって、ゼンの背中を見上げる。銀色の髪はまだ見慣れないが、春翔を気遣いゆっくり歩いてくれているのが分かり、少し胸が温かくなる。
「大丈夫か?」
ふとゼンが振り返り、心配そうに春翔の顔を見つめた。
「は、はい!」
「そうか」
反射的に返事をすると、ゼンは柔らかに微笑むので、春翔は堪らなくなって俯き、繋がれたままの手を少し強く握った。
そっと握り返される手、ゼンの優しい温もりは、春翔をいつだって安心させてくれる。
大丈夫だ、春翔は少しだけ歩幅を詰め、ゼンの背中を追いかけた。
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