鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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春翔はるとは神社を出て、真っ直ぐと鈴鳴川すずなりがわへ向かった。ゼンがそこに居る確証はないが、あの川はゼンにとって大事な場所で、守らなくてはならない境界。見回りの範囲が春翔には分からないが、でもきっと居ると妙な確信があった。


あれだけの大きな騒ぎが起きた鈴鳴川だが、今は普段と何一つ変わらない姿だ。こんなに穏やかな川を見ていると、ここが火に取り囲まれた事も、誰かの命が危機に瀕した事も、桜の木が燃えた事も、まるで夢や幻だったかのように思えてくる。
春翔は土手の上から暫し川の様子を眺め、それから何かに気づき、急いで土手の斜面を下った。桜の木の下に人影が見えたからだ。遠目からだが、着物姿で凛とした背中は、きっとゼンに違いない。

「ゼンさん…」

居てくれた事にほっとして、声を掛けながら近づいた春翔の足がふと止まる。
ゼンは桜の幹に背中を預け、じっと川面を見つめている。その光景、その横顔を、春翔は遠いどこかで見た事があるような気がしたからだ。
あれはいつだったろう、記憶を手繰り寄せようと記憶の海へ意識を向けたが、それはすぐに現実へと引き戻されてしまう。ゼンが振り返ったからだ。

「…見つかったか」

そして、ゼンは困ったように笑った。その柔らかな表情に、春翔の胸はいちいちドキリと震えてしまう。

「ユ、ユキさんが探してましたよ」
「…あいつは、撒くのに一番骨が折れる」

肩を竦めるゼンの声は穏やかだ、それによって春翔は少し心が落ち着いたのか、そっと肩から力を抜いた。

「それほど心配してるんですよ。ゼンさんは今朝、目が覚めたばかりですし」
「…ちゃんと自分の目で確かめたかったんだ」

ゼンはそう言いながら、川へ目を向ける。どこか懐かしそうに細められた瞳に、春翔は引き寄せられるようゼンの隣に腰かけた。

「…よく、ここに来てたんですよね?僕も、ここが好きだったのかな…」

ぼんやりと、記憶のない幼い頃に思いを馳せながら春翔は呟く。ゼンは春翔の横顔を暫し見つめ、それからおもむろに春翔へと手を伸ばした。頬へと触れようとしているかのような指先に、春翔は再びドキリとして、甘い予感に耐えるように、ぎゅっと目を瞑った。

「用心棒か」
「…え?…あ!」

ゼンの手は春翔には触れず、春翔の肩に乗っていた木葉を摘まんでいた。勘違いをしていた自分が恥ずかしく、春翔は顔を真っ赤にして俯いた。すっかり忘れていたが、ユキが用心棒だと言った木葉は、いつの間にか春翔の体についていたようだ。
手を引っ込め、ゼンが木葉を手のひらに乗せると、木葉は小さな音を立て、ゼンの手のひらの上で丸い黄金色の毛玉に変化した。

「え!?」

驚きに目を見開いた春翔だったが、モコモコした毛玉から小さな三角の耳が二つ、フサフサの尻尾がぴょんと出てきたので、その瞳は驚きから好奇心へと瞬き始める。くるくるとゼンの手のひらで踊るように回っていた毛玉は、気づくとふわふわ毛並みの小さな狐の姿に変わり、春翔は思わず「可愛い」と表情を緩めた。

「手を」
「え?」
「大丈夫だ、噛みつきはしない」

ゼンの言葉に背中を押され、春翔はおずおずと両手の平を差し出した。手のひらサイズの小さな狐は、鼻先で春翔の手を嗅ぎ、問題無いと判断したのか、大人しく春翔の手に移り丸くなった。

「か、可愛い、ふわふわだ…!」
「妖狐が操る式神みたいなものだ、本来は姿を持たない風のような存在だが、ユキの能力の賜物だな」
「へぇ…凄いんですね、ユキさんて」
「あぁ、俺もユキやリュウジには助けられてる」

その穏やかな声には、きっと悲しい過去も全て含まれているのだろう、春翔は胸を痛め俯いたが、思い直し顔を上げる。
春翔はゼンの思いに触れる為に、今ここに居るのだ。
ユキからゼンの話を聞いた時、居てもたってもいられなかった。自分を否定し続けたゼンに、何か自分に出来る事があるなら、この思いを伝えたかった。そうしなければ、今春翔が自分で会いに行かなくては、ゼンがまた離れてしまいそうな気がしたからだ。

「…ユキさんに聞きました。ゼンさんが、何故カゲに狙われ続けていたのか」
「…そうか」
「あの、勝手にごめんなさい」
「いや、話さなくてはならない事だったんだ…けれど、出来なかった」
「…どうしてですか?」
「お前に会わない方が良いと思っていた。会えない上に嫌われるのは、いっそその方が楽なのかもしれないが…、お前には嫌われたくなかったんだ、恐れられたくなかった」
「そんな、嫌いになんてなりませんよ!ゼンさんは優しかったじゃないですか、過去の事についても、ゼンさんは被害者でもあるわけですし、結果救われたユキさん達もいます。僕は怖いなんて思いません!」

身を乗り出して真っ直ぐに訴えてくる春翔に、ゼンは拍子抜けした様子で、それからふっと表情を緩めた。

「…そうだな、お前は初めて会った時も同じ事を言ってくれた」
「…え?」

ゼンは少し悲しそうな表情で、川に目をやった。
キラキラと太陽の光が水面に反射する。

「お前と初めて会ったのも、この場所だった」






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