60 / 77
60
しおりを挟む春翔は神社を出て、真っ直ぐと鈴鳴川へ向かった。ゼンがそこに居る確証はないが、あの川はゼンにとって大事な場所で、守らなくてはならない境界。見回りの範囲が春翔には分からないが、でもきっと居ると妙な確信があった。
あれだけの大きな騒ぎが起きた鈴鳴川だが、今は普段と何一つ変わらない姿だ。こんなに穏やかな川を見ていると、ここが火に取り囲まれた事も、誰かの命が危機に瀕した事も、桜の木が燃えた事も、まるで夢や幻だったかのように思えてくる。
春翔は土手の上から暫し川の様子を眺め、それから何かに気づき、急いで土手の斜面を下った。桜の木の下に人影が見えたからだ。遠目からだが、着物姿で凛とした背中は、きっとゼンに違いない。
「ゼンさん…」
居てくれた事にほっとして、声を掛けながら近づいた春翔の足がふと止まる。
ゼンは桜の幹に背中を預け、じっと川面を見つめている。その光景、その横顔を、春翔は遠いどこかで見た事があるような気がしたからだ。
あれはいつだったろう、記憶を手繰り寄せようと記憶の海へ意識を向けたが、それはすぐに現実へと引き戻されてしまう。ゼンが振り返ったからだ。
「…見つかったか」
そして、ゼンは困ったように笑った。その柔らかな表情に、春翔の胸はいちいちドキリと震えてしまう。
「ユ、ユキさんが探してましたよ」
「…あいつは、撒くのに一番骨が折れる」
肩を竦めるゼンの声は穏やかだ、それによって春翔は少し心が落ち着いたのか、そっと肩から力を抜いた。
「それほど心配してるんですよ。ゼンさんは今朝、目が覚めたばかりですし」
「…ちゃんと自分の目で確かめたかったんだ」
ゼンはそう言いながら、川へ目を向ける。どこか懐かしそうに細められた瞳に、春翔は引き寄せられるようゼンの隣に腰かけた。
「…よく、ここに来てたんですよね?僕も、ここが好きだったのかな…」
ぼんやりと、記憶のない幼い頃に思いを馳せながら春翔は呟く。ゼンは春翔の横顔を暫し見つめ、それからおもむろに春翔へと手を伸ばした。頬へと触れようとしているかのような指先に、春翔は再びドキリとして、甘い予感に耐えるように、ぎゅっと目を瞑った。
「用心棒か」
「…え?…あ!」
ゼンの手は春翔には触れず、春翔の肩に乗っていた木葉を摘まんでいた。勘違いをしていた自分が恥ずかしく、春翔は顔を真っ赤にして俯いた。すっかり忘れていたが、ユキが用心棒だと言った木葉は、いつの間にか春翔の体についていたようだ。
手を引っ込め、ゼンが木葉を手のひらに乗せると、木葉は小さな音を立て、ゼンの手のひらの上で丸い黄金色の毛玉に変化した。
「え!?」
驚きに目を見開いた春翔だったが、モコモコした毛玉から小さな三角の耳が二つ、フサフサの尻尾がぴょんと出てきたので、その瞳は驚きから好奇心へと瞬き始める。くるくるとゼンの手のひらで踊るように回っていた毛玉は、気づくとふわふわ毛並みの小さな狐の姿に変わり、春翔は思わず「可愛い」と表情を緩めた。
「手を」
「え?」
「大丈夫だ、噛みつきはしない」
ゼンの言葉に背中を押され、春翔はおずおずと両手の平を差し出した。手のひらサイズの小さな狐は、鼻先で春翔の手を嗅ぎ、問題無いと判断したのか、大人しく春翔の手に移り丸くなった。
「か、可愛い、ふわふわだ…!」
「妖狐が操る式神みたいなものだ、本来は姿を持たない風のような存在だが、ユキの能力の賜物だな」
「へぇ…凄いんですね、ユキさんて」
「あぁ、俺もユキやリュウジには助けられてる」
その穏やかな声には、きっと悲しい過去も全て含まれているのだろう、春翔は胸を痛め俯いたが、思い直し顔を上げる。
春翔はゼンの思いに触れる為に、今ここに居るのだ。
ユキからゼンの話を聞いた時、居てもたってもいられなかった。自分を否定し続けたゼンに、何か自分に出来る事があるなら、この思いを伝えたかった。そうしなければ、今春翔が自分で会いに行かなくては、ゼンがまた離れてしまいそうな気がしたからだ。
「…ユキさんに聞きました。ゼンさんが、何故カゲに狙われ続けていたのか」
「…そうか」
「あの、勝手にごめんなさい」
「いや、話さなくてはならない事だったんだ…けれど、出来なかった」
「…どうしてですか?」
「お前に会わない方が良いと思っていた。会えない上に嫌われるのは、いっそその方が楽なのかもしれないが…、お前には嫌われたくなかったんだ、恐れられたくなかった」
「そんな、嫌いになんてなりませんよ!ゼンさんは優しかったじゃないですか、過去の事についても、ゼンさんは被害者でもあるわけですし、結果救われたユキさん達もいます。僕は怖いなんて思いません!」
身を乗り出して真っ直ぐに訴えてくる春翔に、ゼンは拍子抜けした様子で、それからふっと表情を緩めた。
「…そうだな、お前は初めて会った時も同じ事を言ってくれた」
「…え?」
ゼンは少し悲しそうな表情で、川に目をやった。
キラキラと太陽の光が水面に反射する。
「お前と初めて会ったのも、この場所だった」
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる