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しおりを挟む十六年程前の鈴鳴川、その川原にゼンは居た。その頃はまだ、川の主であるスズナリは健在で、ゼンにとっては良い話相手だった。
「なんだお前、その格好は!」
そう整った顔立ちを豪快に緩めて、スズナリは笑う。
スズナリは、白い龍の妖だ。だからか、人の姿をしている時も、髪や肌が白い。その白さが陽に照らされればキラキラと輝いて、それもあってかスズナリは目を引く存在だった。
白く長い髪は後ろに一つ結い、背は高く声も大きい、体つきは華奢に見えるが、着痩せするタイプだ。
服装はいつも着物姿で、肩には羽織を掛けている。そして、着物の下には必ず長袖長ズボンのインナーを着ており、それは、その体にある無数の傷跡を隠す為だというのをゼンは知っている。
スズナリの傷は、人と妖の間に起きた争いを止めた際に出来たものだ。長命な者がほとんどの妖でも、人と妖が共に暮らしていた頃に生きていた妖の数は減っており、当時の事を昔話としている妖も多い。
それだけの長い間、スズナリは二つの境界を守る守り番をしていた。
分かれたばかりで不安定だった二つの世の境界を、スズナリは一人守ってきた。それが出来たのも、スズナリの人柄があったからかもしれない。
鈴鳴神社が建てられたのも、妖を知る人間達が妖の秘密を守り受け継ぐ為、人の世に生きる妖達の拠り所とする為だけではない。
人と妖が共に暮らしている頃から、スズナリは人々に寄り添い、災害時には手を差しのべ、スズナリに救われた命も多くあったという。あの神社は、人々のスズナリへの感謝の表れでもあった。
そして現在、今でも妖を知る人間達は、スズナリの思いをしっかりと紡いでいる。スズナリの願いは、例え形が変わったとしても人と妖が争いなく共に生きる未来だ。その願いは、スズナリが亡き今も変わらない。
スズナリという妖は、それほど人にも妖にも愛され慕われた妖で、ゼンもその内の一人だった。
話は戻り、この時、何故スズナリがゼンを見て笑ったかというと、ゼンが子供の姿になっていたからだ。
本来なら、現在と変わらない大人の姿である筈なのに、急に子供の姿になっていたのがスズナリには可笑しかったのだろう。
ゼンの切れ長の瞳は今よりも大きく、子供なので背は低い。体も華奢だが、髪の長さや、無表情なのは変わらない。
何故、突然子供の姿に戻ってしまったのか、その理由は、ゼンの両腕にはめられた腕輪にあった。
「…仕方ないだろ、力を暴走させない道具開発の実験中なんだ」
「それ、お前が望んだのか?」
「皆の望みは、俺の望みだ」
迷いなく言いきるゼンに、スズナリは大きく息を吐き、がしかしと頭を掻いた。
「それもなんだかなー」
「…俺は、自分でも自分が恐ろしい。そんな奴を王子として扱わなくてはならない皆の方が苦労する」
事ともしない様子に、スズナリはゼンの小さな頭を小突いた。
「痛、」
「本当にお前は!お前が居たからカゲを止められたんだぞ!
それに、あれからお前も成長して、あの力を制御出来てるじゃないか!あれから誰かお前に傷つけられた妖がいるか?」
「…でも、俺の力はいつ暴走するか分からない。それに俺は半妖だ、そもそも皆は信用出来ないだろ」
ゼンの決めつけた言い方に、スズナリはムッと表情を歪め、ゼンの前にどっかりと腰を下ろし腕を組んだ。
「俺は違う。人も妖も同じだ、俺はどっちも好きだから、こうして守り番をしてる。妖狐の王妃は人間だけど、素晴らしい人だったし、そんな王妃を認めさせた妖狐の王も俺は尊敬してる。血がなんだ!俺はお前が不憫でならないんだよ」
「…スズナリがそう思ってくれてるだけで、十分だ」
微笑むゼンは儚く、そこには負の感情は感じられない。諦めからくるものなのか、気づけばゼンが目の前から消えてしまいそうで、スズナリはいつもゼンの事が心配だった。
その心配も、一つではない。
無感情な微笑みに溜め息を吐き、スズナリは胡座をかいた膝に頬杖をついた。
「また襲われたって聞いたぞ」
「…リュウジとユキが守ってくれた」
カゲの一族だけではない、ゼンを異端だと、そんな者を王子にしておけないと、ゼンを排除しようとする妖も多く、ゼンは常に命の危機に晒されていた。
そしてゼンは、向けられる刃に顔を背ける事なく、その身を持って受け止めようとする。殺されても構わないとでもいうように。
だが、それを良しとする者など、ゼンの周りにはいない。人間の王妃をいくら国民が反対しようと、恐ろしい力を持つ半妖の王子を国民がいくら非難しようと、城の妖達はゼン達を守り、いつでも味方でいてくれた。それは仕事や義務ではない、国王の意思を受け入れ、理解する努力をしてくれたからだ。
しかしながら、いくら国王が誠意を見せようと、全ての妖に思いは届かない。ゼンの力を制御する道具開発もその一例だ、妖狐の国の国民の不安を、ゼンは城の皆の反対を押しきり受け入れた。
多種多様の考え方がある。だから、守る者と、攻める者がいる。
ゼンが人の世へ来るのも、両者の思いから逃げる為だった。城に居れば、誰かは必ずゼンの側で目を光らせている。逆に言えば、ゼンが居なければ、暴動を起こす者はいない。
妖の少ない人の世は、ゼンにとって安心出来る唯一の場所だった。
「…俺も人の世で暮らしたい」
「仕事もほっぽってか?」
「違う、スズナリと一緒に仕事する。最近、無断で境界に侵入する妖も増えただろ?人手は多い方が良い」
「それじゃ、お前が厄介払いされたみたいじゃないか」
「良いんだ、その方が。俺を守る為に、皆は常に気を張ってる。守る対象が居なければ、城は安全になるし、皆の心も楽になるだろ。排除したい者が居なければ刃を振りかざす者もいない。俺が居なくなれば、全て丸く収まるんだ」
「…そうかねー。まぁ、とはいえ俺は王子が居てくれりゃ心強いけどな!人の世でもっと羽目外して遊べるし」
ケラケラとスズナリが笑えば、ゼンからは、まったくと溜め息が聞こえてくる。
笑ってはいるが、人の世に居てもゼンが狙われる事に変わりない事を、スズナリは分かっていた。ゼンに気づかれないように、妙な動きをしている妖は、人の世で既に活躍していたレイジ達と協力して捕らえていた。
それでも、妖の世に居るよりは遥かに数は少ない、ゼンや妖狐の国の為にも、いずれはゼンの望むように人の世で生きる方が安全なのかもしれないと、スズナリも思っていた。
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