62 / 77
62
しおりを挟むそんなある日の事、ゼンがいつもの様にスズナリのいる川を訪ねると、桜千がひらりと現れて困ったように眉を垂れた。
「桜千、どうした」
「それがな…スズナリは今、集会に出向いていて留守にしているんだ」
「神社か」
「あぁ、私もこれから一度城に戻らないとならない」
「なら行ってくるといい、俺は少しここにいる」
「護衛もつけずに置いていけるわけないだろ」
「大丈夫だ、ここで死ぬような事があれば、スズナリや桜千に迷惑がかかる。何がやって来ても追い払うから」
「しかし、お前は今、力を制御されている。何かあった時、相手が小者なら良いが、もし強い力を持つ妖だったらどうする気だ」
「その時は腕輪を壊すだけだ。心配するな桜千、俺は母の故郷である人の世にまで迷惑を掛けたくないんだ、何者にも悟られないよう上手く対処する」
「…普段の力が出せるなら心配はないが…」
「心配症だな、桜千も。もしどうしようもなくなったらスズナリに助けを呼ぶ。お前は定例報告だろ、行った方が良い」
桜千は渋っていたが、ゼンに背中を押され、妖の世へ戻る為、桜の木へと戻っていった。
「…皆、心配しすぎだ」
口ではそう言いながら、その優しさに胸の内が温かくなる。ゼンは一息ついて桜の幹にもたれ掛かった。昼間の河川敷は人も少なく、遠くで子供のはしゃぐ声が聞こえる。通り過ぎるのは、遠い土手の上を行く人々で、きっと桜の木に凭れるゼンの事など気にも留めないだろう。
この頃は今と違い、スズナリと二人で居る時は、人に見えないよう結界が張ってあるが、スズナリがいない時はそれもなかった。桜千も出掛けてしまい、力が制御されている状態で結界を張るのは一苦労だ。
だが、どうせ何も起こるまい。
「ここは、平和だ」
しかし、その慢心が命取りになってしまう。
ゼンが手元に本を置き、暫しぼんやりと川面を眺めていると、足にトン、と何かが当たった。目を向けるとサッカーボールだった。
「……」
一体どこからと、キョロキョロ辺りを見回していると、「すみません!」と、子供の声が聞こえてきた。声に振り返ると、小学生だろうか少年が手を振りながらこちらに駆けてくる。
少年の向こう、離れた場所にはグラウンドがあり、サッカーや野球をしている少年達の姿を見かけるが、この日はサッカーチームが練習をしていた。誤ってボールを飛ばしてしまったようだ。
随分飛ばしたなと、ゼンは駆けてくる少年にボールを渡そうと立ち上がった。
「ほう、本当に子供に戻ってやがる」
そんな声が突然、ゼンの頭の上から聞こえた。ゾッと背筋が震え、先ずゼンが目を向けたのは、駆けてくる少年だ。
「来るな!」
そう叫ぶも遅く、頭上の声は笑い声を上げ、その場から気配を消してしまう。姿を確認した訳ではないが、ゼンには確信があった。
ゼンは、怒鳴り声に驚いて固まっている少年の元へ素早く駆け寄ると、その腕で少年の体を抱き寄せた。側には空気のように姿を消した妖の気配があり、その気配は少年の首を掴む寸前だった。ゼンは少年を抱き寄せると、流れるように腕を突き出し、広げた手を固く握る。途端に、伸ばした腕からは青い炎が纏わりつくように現れ、それは瞬く間にゼンと少年の体を囲うように輪となり、大きく広がりながら弾け飛んだ。
「こ、これ、な、何、」
「大丈夫だ、俺はお前を傷つけない」
ゼンの声は落ち着いたものだったが、その表情には必死さを感じる。少年は何が起きているのか理解出来ない様子だったが、戸惑いつつもゼンの言葉に頷き、その服にしがみついた。
大きく広がり消えた炎の輪は結界だ。これでこの場所に人間は無意識で近づこうとしなくなるし、ゼン達の姿も見えない筈だ。
それと同時に、結界を作る途中、青い炎が気配でしかなかった妖の体を捕らえており、その姿を映し出していく。透明な体が徐々に色を持ち、妖の姿がはっきりと浮かび上がった。
大きな体を苦しそうに悶えさせているそれは、狼に似た顔を持っており、体は屈強な人型で、長身は二メートルはありそうだ。
「妖狼か…?」
先程姿を見えなくさせていたのは、何か術を使っていたのか、それとも周囲に味方が居るのか。辺りに意識を向けたゼンだが、狼がその巨体を持ち上げた事ではっと視線を戻した。ゼンが腕を大きく払うと、再び青い炎が現れ狼の周囲を取り囲む。動き出そうとすれば炎が身を焼き、狼がいくらその火を消そうともがいてもそれは消える事なく、一定の距離をもって狼の足を止めていた。
「くそ!力が使えないんじゃないのか!」
力を抑える腕輪の存在は、妖の世に広まっているのか。そう考えた時、ふとゼンの頭に嫌な考えが過った。
腕輪は妖狐の城とは別の技術者が開発している、もしかしてこれは、大きな力から妖の民を守る為ではなく、抵抗出来なくさせ、自分を始末する為に作られているのではないかと。
「……」
思わずその腕を下ろしかけた時、少年が不安そうな目で自分を見上げている事に気付き、ゼンは下ろしかけた腕を再び狼へと向けた。
「大丈夫、心配するな」
「…うん」
そうだ、今は自分の事などどうでもいい。今は犠牲を出さず人の子を守りきるのだと、決意を新たにする。
「お前、何者だ、何の為に俺を襲う」
「そ、そんなもん!世の為だ!お前が居たら妖の世で平和に過ごせねぇからな!」
それがこの場を乗り切る口実としても、胸が痛んだ。だがゼンは、その拳を強く握る。狼を取り巻く炎の円が僅かに狭まり、狼は悲鳴を上げた。
「そうか、それは願いが叶わなくて残念だ。ではお前をこのまま城の牢へ入れてやろう。強い鉄の檻ならば、恐ろしい俺の力も防げて安心して眠れるだろうな」
「な!勘弁しろよ!俺はまだアンタの命は取ってねぇだろ!」
「襲った時点で同罪だ。それに人にまで手を出した、そちらの罪の方が重い」
「そ、それは成り行きだ!俺は頼まれただけなんだ!もうアンタには手を出さない!見逃してくれよ!」
「誰に頼まれた、主犯は誰だ」
「そ、それは、」
その時、一陣の風が巻き起こり、ゼンの側を何者かがすり抜けていった。ゼンはとっさに両腕で少年を守るように抱き寄せ、その風に目を向ける。
黒い翼が優雅にはためき、見えた横顔は黒いマスクで覆われていたが、その瞳は鋭くゼンを見据えていた。
「待て!」
一瞬の出来事だった。
風は狼を連れて川の中へと飛び込んでしまった。そのまま追いかける事も出来たが、ゼンは追いかけはしなかった。腕の中には少年が居るし、それにあの黒い翼は天狗のものだ。天狗はカゲによって滅ぼされた、ゼンが知っている生き残りは、レイジ一人。
だけど、世界は広い。ゼンの知らない所で、天狗の生き残りがまだ居たのだと知る。それと同時に、その思いも知った。
天狗の者も、俺を恐れていたのか。
レイジは、ゼンが敵を取ってくれたと言っていた。けれど、天狗が皆同じとは限らない。
味方だった者の顔が浮かび、それらが信じられず崩れていく。呆然とするゼンを現実に引き戻したのは、腕の中の少年だった。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる