桜と星と初こいと

茶野森かのこ

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桜と星と初こいと18

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高校二年生になって、まきは担任である田所文人たどころふみとと恋に落ちた。
槙にとって、初恋だった。


文人は、天体観測部の顧問で数学教師、丸い眼鏡をかけて、髪にはいつも寝癖がついていた。服装もなんだか野暮ったかったけど、人懐こい笑顔と天然気のある人柄もあり、生徒には好かれていた。

槙は、また自分がヤクザの家系だと知れてしまったらという恐れもあり、高校に進化してからも学校はサボりがちだった。そんな槙に、文人は辛抱強く関わった。
この頃、槙の母は朝早くから仕事に出ていたので、母親と入れ替わりに龍貴が槙の家に来ていた。龍貴は近所のアパートに住んでいたので、槙と一緒に朝食を摂り、久瀬ノ戸家の家事をする為だ。その為、文人が家にやってくる時は決まって龍貴が玄関先で応対した。この時、龍貴がヤクザの組員だと、こちらからそれを言ってはいなかったが、もしかしたら文人はそれを知っていたのかもしれない。
槙は文人と顔を合わせたくないと、龍貴に伝え隠れて見ていたが、龍貴を前にしても、文人の様子は変わらなかった。

この頃の龍貴は現役の組員だ、今は爽やかさが目立つ龍貴も、この頃はさすがに人相も悪く、パッと見では、あまり関わらない方が良いタイプと思われるだろう。しかし、それでも文人は龍貴に怯える事もなく、槙の様子を真剣に聞き、「槙君によろしくお伝え下さい、また来ます」とだけ言って帰っていく。
龍貴なんかは、「熱心な先生っすね」と、文人に目を瞪っていたが、槙は、「どうせ、その内に来なくなる」と、冷めた様子でトーストを齧っていた。


しかし、槙の予想に反し、文人は土日を除いて毎朝やって来た。初めの内は、龍貴から槙の様子を聞き出すだけだったが、いつしか「槙君の顔を見るまでは帰れません!」と、龍貴を相手に意地を見せ始め、槙がそれでも顔を出さないでいると、自身が学校に遅刻しそうな事に気づき、大慌てで帰っていく。

「今日は随分粘っていきましたね…」と、龍貴はやれやれといった様子だったが、槙としては、文人の熱心さが、どうにも胸にもやもやしたものを募らせていく。

「どうせ、点数稼ぎとか、そんなのだろ」

ふいっと吐き捨てるように言った槙に、龍貴はどこか寂しそうな目を向けたが、槙はそれに気づいて気づかない振りをした。適当に家を出て、ふらふら散歩して、それでも気が紛れる事はなく、熱心な教師の様子が頭から離れてくれない。

毎朝飽きずに顔を見せに来て、それでいて学校に来いと言う訳ではない、一体、文人は何の為に来ているのか。本当に、教師としての点数稼ぎの為だけなのか。槙はいつしか、文人に期待をしている事に気がついた。他人なんて、自分の正体を知ればいつしか離れていく、どうせ文人も、人が変わったように冷ややかな視線を向けてくるんだ。そう自分を納得させようとしたが、どうしても上手くいかない、文人を信じたい自分が、心の奥底にいる。

それを認めたくなくて、槙は翌日、文人の前に現れた。とにかく、何の為に来てるのか、その疑問をそのまま尋ねてみれば、

「出席しなくても、生徒の顔は見ときたいじゃない。健康確認みたいなものだよ、うん、顔色は悪くないね、今日も一日頑張ろう!」

と、それだけ言って去ろうとする。

「え、それだけ…?」

槙はそのあっけらかんとした文人の様子に、意気込んでいた気持ちが途端に萎んで、気が抜けてしまう。

ぽかんと声をもらした槙に、文人は踏み出しかけた足を止めて、ぽんと頭を撫でた。

「うん、本当は一緒に来てくれたら嬉しいけど、無理強いはしたくないから。久瀬ノ戸君の気持ちが大事だし。でも、どうにもほっとけなくて…だから、顔を見れて安心したよ」

そう、ほっとしたように表情を緩めた文人に、槙は目を瞬いた。文人の言葉は不思議で、上辺だけではない、気持ちが伝わってくる。頭に触れた手の平は温かくて、胸の奥まで文人の思いがじんわりと染み込んでいくようだった。

変な教師だ、どうせ嘘ばっかりのくせに。そう思いたいのに、思わせてくれない。

「じゃあ、また明日ね」

そう言って離れていく手に、柔らかな眼差しに、温もりに満ちた胸が途端に、きゅっと苦しくなって、槙は咄嗟にその手を伸ばしていた。

「ん、どうした?」

離れていく手の服の袖を摘まむように掴んだ槙に、文人は訝る訳でもなく優しく尋ねる。はっとして手を放そうとしたが、どうしてか指が離れてくれない。槙は自分の行動に戸惑って、袖を掴む指に力を込めた。

「べ、別に、その…」

何を言えば良いのか分からないまま口を開き、ただ文人を見上げれば、文人は柔らかな表情のまま槙の言葉を待っていて、その姿を見ていたら、自分だけが妙に焦り動揺している事が悔しくて、槙は衝動的に掴んだその手を勢いよく振り払った。

驚いた瞳と目が合い、槙は焦って視線を俯けると、文人の肩を押し出した。文人は、よろけて外廊下の手摺りに背中を当てたようだったが、その顔を顰める事はなかった。

「久瀬ノ戸君?」
「うるせぇよ!どうせ、あんたも居なくなるくせに!」
「え?」

槙は、ぎゅっと拳を握り、顔を上げた。

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