桜と星と初こいと

茶野森かのこ

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桜と星と初こいと56

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それから一ヶ月が経った頃、咲良さくらが東京に戻って来た。アトリエで咲良を出迎えたまきは、咲良の仕事を手伝わせて欲しいと申し出た。

織人おりとの思いを受け入れるには、ちゃんと自分も自身と向き合わなくてはと思ったからだ。そう考えたら、一度この町や織人から離れるべきではないかと。
それなら、咲良の仕事の手伝いをさせて貰えるなら、手伝わせてほしいと思った。咲良は気の赴くまま、国内外問わず渡り歩き絵を描いている。仕上げや指定がある場合は、今回のように長期滞在もあるが、大体は行き当たりばったりだ。

実際は、締め切りや作品の売り込み、依頼内容によっては頭を抱える事もあるだろう。仕事にしている以上、自由にはいかない事もあるだろうが、気ままに旅するように仕事をする咲良の生活には、昔からこっそり憧れていた。

それに、仕事探しの過程で「どうして教師をやめたのか」なんて聞かれても、適当に答えられる自信も、ましてや素直に答える事なんて出来やしない。

結局その点は咲良に甘えてしまったが、それでも咲良は槙の申し出に、二つ返事で頷いてくれた。

「言ってみるもんだなー。定期的に仕事してるクライアントからさ、いい加減マネージャーでも雇えって煩かったからさ」

良かったと、咲良は満面の笑顔だ。一人で作品を手掛けながら裏方の仕事をするのは、やはり大変だったのだろう。咲良の仕事は多岐に渡る、絵も絵画からイラストやデザインと、それらの依頼をこなしつつ、売り込みもしているようだ。
槙は改めて気合いを入れた。

「俺、早く仕事覚えるから!」
「ありがと。なら早速、契約関係と、今抱えてる仕事の共有をしよう」


そうして、槙の新たな日々が始まった。




***



季節は巡り、桜の葉は枯れ落ち、どんより重たい雲に包まれた空が、冬を運んできた。
人々の声が忙しなく行き交う空港のロビーには、寂しそうに肩を落とす恋矢れんやがいた。ロングコートが様になっており、学校外でも、すれ違う人を時折振り返らせている。
こんな光景も暫く見られないと思うと、確かに寂しいものだなと、槙は困った顔で笑った。

槙は今日、日本を発つ。咲良の仕事に着いて行く為だ。
見送りには、恋矢と龍貴たつきが来てくれていた。ここに、織人の姿はない。
それが寂しさを感じる大きな要因の一つでもあるが、織人が見送りに来なくて良かったかもしれない。寂しさを感じて離れ難くなったら、せっかくの決意が鈍ってしまう。

「あーあ、槙ちゃんまでいなくなるとかさー」
「なんだよ、モテモテのくせに」
「あんなのは格好だけだろ。あー、さーびーしーいー」

恋矢が槙に抱きつくと、龍貴が泣きながら恋矢を引き剥がした。

「ちょっと抱きつかないで下さいよ!俺だってハグしたいんすから!坊っちゃんがいなくなって寂しいのは、俺の方っすからね!」
「あー、もう、恥ずかしいからやめろよお前ら!」

大の大人がギャーギャー騒ぐ姿に、槙は恥ずかしくなって止めに入った。そんな三人の様子を、咲良は槙の後ろで穏やかに見守っている。何だか見守られているのもまた恥ずかしくて、槙は気を取り直して龍貴を見上げた。

「色々、迷惑掛けてごめんな。たまにでいいから、母さんのこと見てくれると助かる。あの人忙しそうだから、まぁ大丈夫だと思うけど」
「お嬢は一生お嬢っす!これからも変わらずに見守らせて頂きます!それに、海外にいても坊っちゃんは俺の坊っちゃんですから!」

泣きべそをかきながら、龍貴は槙の両肩を掴んで言う。その真っ直ぐな表情を見ていたら、気恥ずかしさもどこかへいって、槙はそっと肩を下ろした。
誰かにとって、いつまでも変わらない存在でいられる事が、今は嬉しく、心強かった。

「ありがと。帰る時には連絡するからさ。あとカズ、アトリエの管理頼んだ」
「そうだよなー、俺の持ち回りになるか」
「嫌?たまにでいいから」
「嫌じゃないよ、俺も良く入り浸ってるからそれくらいはさ。でも…良いのか?織人に会わなくて」

その気遣わしげな様子に、槙は躊躇いを見せたが、思い直して顔を上げた。

「今日もバイトだろ?あいつ本気で料理人になるみたいだから、サポートしてあげてよ」
「…うん、了解」

「しかし、俺が日本を発つ時とえらい違いだねー、君たち」

それまで黙って様子を見守っていた咲良が、不意に声を上げた。振り返ると、先程と同じく微笑ましげな笑顔だったが、何だか様子が少し違う。そして気づいた、あれは見守っていたのではなく、拗ねていたのかと。

咲良こそ、何度も国内外を行ったり来たりしているが、こんなに手厚い別れの挨拶など、今まで一度もして貰った事がないと、本人は不貞腐れている。
しかし、いつも気づいたら居なくなっているのは咲良の方だ。咲良は、別れの挨拶もなしに突然どこかへ旅立っているのが常なので、それは仕方ない事ではないかと皆は思いつつ、そこは口には出さずに心に止めていた。また変に拗ねられても困るし、何より、これからは槙が一緒なので、こんな風に別れの挨拶も出来るようになるだろう。


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