たくみくんと夏

茶野森かのこ

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「今日は、何時に帰ってくるんだろう…」

呟きながら、貴子は瞼が重くなるのを感じた。

そろそろ寝ないと、明日も仕事がある。とにかく、初日は疲れた。このまま布団に入れば、恐らく今日もぐっすりと朝までコースだが、匠海を思えば、彼はまだ働いているというのに、何だか先に休むのは忍びないような気がしてくる。だって、今日は本当に迷惑をかけた。あれなら、匠海だけの方が店は回ったのではないかと思ってしまうほど。かといって、貴子には若者への労い方もよくわからない。料理はきっと匠海の方が上手だろうし、おばさんと思われているだろう自分に労われた所で、匠海にはかえって迷惑かもしれない。

「若者との接し方、学んでおくべきだったな…」

そもそも貴子は、出会ったばかりの相手に声を掛けるのは苦手だ。そういえば、匠海には初対面からそこまでの壁は感じなかった。話しやすいとかそういうのではなくて、隣にいても変に緊張しないというか。普通に仕事や友達の付き合いで出会った訳ではないからか、普段ならしなくても良いひとつ屋根の下という問題に、ぐるぐると頭を巡らせていたからだろうか。

何にせよ、匠海は貴子にとっては、素直に肩肘張らずにいられるというか。それも年齢差のせいなのか、不思議な感覚だった。



**



「貴子さん、」
「ん、」

声を掛けられ、重い瞼を押し開ければ、ぼんやりとした視界に匠海の顔が映る。どうして顔を覗き込まれているのか分からず、貴子はただぼんやりと匠海を見つめたままだ。そのままの状態でいれば、匠海の顔が近づいてきて、貴子ははっとして目を見開いた。

「な、な、なん、」
「あ、起きましたか?何度呼んでも起きなかったので焦りました」
「え?」

あからさまにほっとした顔をした匠海に、貴子は拍子抜けした。一体、どういう状況だと、周囲に視線を巡らせて、貴子はすぐに考えるまでもないと、顔を青ざめさせた。
貴子がいたのは縁側で、どうやらあのまま眠ってしまったらしい。恐らく匠海は、なかなか起きない貴子を心配して部屋の中へ運ぼうとしたのだろう、その矢先に貴子が目を覚ましたので、この至近距離に至ったようだ。

理由が分かってしまえば、恥ずかしいやら情けないやらで、貴子は顔が熱くて仕方ない、それに最近は、全くといって言い程なかった男性との接触未遂に、何だか冷静でいられない。

いや、それよりも、縁側で寝落ちって、どんな人間に見られているのだろう。

「あ、えっと、ごめんね、あの、お帰り。遅くまでご苦労様です。その、待ってようかと思ったら寝ちゃったみたいで、お恥ずかしい…」

苦笑いつつ身を正して頭を下げれば、匠海は何とも言えない顔をして、それからふいっと顔を背けてしまった。

「明日も早いんで、待ってるとかいいですから。先に休んで下さい」

そう言うと、匠海はつれなく部屋に戻ってしまった。残された貴子は頭を掻き、盛大に溜め息を吐くと床に突っ伏した。

「やばい、完全に引かれた…」

貴子はキヨエの代わりに数日この家にいるだけだ、匠海にとっては昨日知り合ったばかりのよく分からない人間、待たれても迷惑なのだろう。貴子がいくら匠海に壁を感じなくても、匠海にとっては、キヨエが言うから仕方なく共に家にいるだけで、しかも、店に立てばろくに役に立たないときた、正直鬱陶しいのかもしれない。

「…失敗したな」

どうしても仲良くしなきゃいけない訳ではないが、キヨエの店を献身的に支えてくれているのだ、貴子も出来ればその気持ちを返したいし、感謝を伝えたいのだが、それすらも前途多難なのかもしれない。


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