裸のプリンスⅡ【R18】

坂本 光陽

文字の大きさ
64 / 72

愛の代理人⑩

しおりを挟む
 神田神保町・古書店街の外れにある喫茶店という待ち合わせ場所からして、宮国さんは僕とは生活圏の違う男性だった。

 ロマンスグレーがよく似合う、知的な風貌。ロイド眼鏡の奥に柔和な瞳。宮国さんは僕の父親より上の世代だろう。美紗緒さんとも一回り以上違うはずだから、〈年の差夫婦〉と言っても間違いはない。宮国さんが悪戯っぽく訊ねてきた。

「“情念は過度でなければ美しくありえない”。シュウくん、誰の言葉か知っているかね?」

「パスカルですね」嫌味っぽくならないように、さりげなく答えた。「確か、“人は愛しすぎない時には十分に愛していないのだ”と続きます」

 宮国さんは微笑みながら、隣の美紗緒さんに向かって。
「なるほど、君の言うとおりだね」
「シュウくんは読書家のはず、って話していたの」そう言って、清楚な人妻は微笑んだ。

 カジュアルなファッションの中年男性と清楚なワンピースの若妻は、いかにもお似合いの御夫婦に見えた。

 年配のマスターがコーヒーを運んできたので、そこで会話は途切れる。昭和レトロな内装に、レコードによるBGM、時の流れが穏やかに感じられる雰囲気。ここは知る人ぞ知る老舗の喫茶店だという。

 ちなみに、僕は読書家というわけではない。へそ曲がりなので、ベストセラーは読まないけど、興味を覚えた海外の古典や随想録は読んでいる。以前常連客だった編集者,冬子さん(『裸のプリンス』「熟れ切った初夜」参照)の影響だ。

 それにしても、なぜ、こんな風に宮国夫妻と談笑をしているのか? もちろん、ココナさんを介したコールボーイの仕事の一環なのだけど、とても不思議な気がする。

 僕が宮国さんの立場なら、愛妻を抱いたコールボーイなど、顔も見たくないはずだ。

 僕たちは、衆議院議員選挙や東京五輪、梅雨時の洗濯など、たわいない世間話を続けた。

 宮国さんは相変わらず、柔和の表情を浮かべている。僕への憎悪や殺意を抱いているようには見えないけど、心の中で何を考えているのか、まったく想像がつかない。

「すいません、今日はお話をするだけでいいんでしょうか?」痺れを切らして、僕は問いかけた。「事務所からは16時まで、とうかがっています。あと2時間ほどですが」

「ああ、もうこんな時間か。君が聞き上手だから、ついつい話しこんでしまったよ。シュウくん、単刀直入に言おう。僕たちは君のことがとても気に入ってしまってね」

 宮国さんは美紗緒さんを見やり、こう続けた。
「今日も、ぜひ、美紗緒を抱いてもらいたい」
 まるで、買い物に付き合ってくれ、というような口振りだった。
「ただ、一つだけ、無理を聞き入れてほしい。僕が見ている前でお願いしたいんだ」

 即答はしなかった。コーヒーを口に含み、しばし頭を巡らせる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...