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愛の代理人⑩
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神田神保町・古書店街の外れにある喫茶店という待ち合わせ場所からして、宮国さんは僕とは生活圏の違う男性だった。
ロマンスグレーがよく似合う、知的な風貌。ロイド眼鏡の奥に柔和な瞳。宮国さんは僕の父親より上の世代だろう。美紗緒さんとも一回り以上違うはずだから、〈年の差夫婦〉と言っても間違いはない。宮国さんが悪戯っぽく訊ねてきた。
「“情念は過度でなければ美しくありえない”。シュウくん、誰の言葉か知っているかね?」
「パスカルですね」嫌味っぽくならないように、さりげなく答えた。「確か、“人は愛しすぎない時には十分に愛していないのだ”と続きます」
宮国さんは微笑みながら、隣の美紗緒さんに向かって。
「なるほど、君の言うとおりだね」
「シュウくんは読書家のはず、って話していたの」そう言って、清楚な人妻は微笑んだ。
カジュアルなファッションの中年男性と清楚なワンピースの若妻は、いかにもお似合いの御夫婦に見えた。
年配のマスターがコーヒーを運んできたので、そこで会話は途切れる。昭和レトロな内装に、レコードによるBGM、時の流れが穏やかに感じられる雰囲気。ここは知る人ぞ知る老舗の喫茶店だという。
ちなみに、僕は読書家というわけではない。へそ曲がりなので、ベストセラーは読まないけど、興味を覚えた海外の古典や随想録は読んでいる。以前常連客だった編集者,冬子さん(『裸のプリンス』「熟れ切った初夜」参照)の影響だ。
それにしても、なぜ、こんな風に宮国夫妻と談笑をしているのか? もちろん、ココナさんを介したコールボーイの仕事の一環なのだけど、とても不思議な気がする。
僕が宮国さんの立場なら、愛妻を抱いたコールボーイなど、顔も見たくないはずだ。
僕たちは、衆議院議員選挙や東京五輪、梅雨時の洗濯など、たわいない世間話を続けた。
宮国さんは相変わらず、柔和の表情を浮かべている。僕への憎悪や殺意を抱いているようには見えないけど、心の中で何を考えているのか、まったく想像がつかない。
「すいません、今日はお話をするだけでいいんでしょうか?」痺れを切らして、僕は問いかけた。「事務所からは16時まで、とうかがっています。あと2時間ほどですが」
「ああ、もうこんな時間か。君が聞き上手だから、ついつい話しこんでしまったよ。シュウくん、単刀直入に言おう。僕たちは君のことがとても気に入ってしまってね」
宮国さんは美紗緒さんを見やり、こう続けた。
「今日も、ぜひ、美紗緒を抱いてもらいたい」
まるで、買い物に付き合ってくれ、というような口振りだった。
「ただ、一つだけ、無理を聞き入れてほしい。僕が見ている前でお願いしたいんだ」
即答はしなかった。コーヒーを口に含み、しばし頭を巡らせる。
ロマンスグレーがよく似合う、知的な風貌。ロイド眼鏡の奥に柔和な瞳。宮国さんは僕の父親より上の世代だろう。美紗緒さんとも一回り以上違うはずだから、〈年の差夫婦〉と言っても間違いはない。宮国さんが悪戯っぽく訊ねてきた。
「“情念は過度でなければ美しくありえない”。シュウくん、誰の言葉か知っているかね?」
「パスカルですね」嫌味っぽくならないように、さりげなく答えた。「確か、“人は愛しすぎない時には十分に愛していないのだ”と続きます」
宮国さんは微笑みながら、隣の美紗緒さんに向かって。
「なるほど、君の言うとおりだね」
「シュウくんは読書家のはず、って話していたの」そう言って、清楚な人妻は微笑んだ。
カジュアルなファッションの中年男性と清楚なワンピースの若妻は、いかにもお似合いの御夫婦に見えた。
年配のマスターがコーヒーを運んできたので、そこで会話は途切れる。昭和レトロな内装に、レコードによるBGM、時の流れが穏やかに感じられる雰囲気。ここは知る人ぞ知る老舗の喫茶店だという。
ちなみに、僕は読書家というわけではない。へそ曲がりなので、ベストセラーは読まないけど、興味を覚えた海外の古典や随想録は読んでいる。以前常連客だった編集者,冬子さん(『裸のプリンス』「熟れ切った初夜」参照)の影響だ。
それにしても、なぜ、こんな風に宮国夫妻と談笑をしているのか? もちろん、ココナさんを介したコールボーイの仕事の一環なのだけど、とても不思議な気がする。
僕が宮国さんの立場なら、愛妻を抱いたコールボーイなど、顔も見たくないはずだ。
僕たちは、衆議院議員選挙や東京五輪、梅雨時の洗濯など、たわいない世間話を続けた。
宮国さんは相変わらず、柔和の表情を浮かべている。僕への憎悪や殺意を抱いているようには見えないけど、心の中で何を考えているのか、まったく想像がつかない。
「すいません、今日はお話をするだけでいいんでしょうか?」痺れを切らして、僕は問いかけた。「事務所からは16時まで、とうかがっています。あと2時間ほどですが」
「ああ、もうこんな時間か。君が聞き上手だから、ついつい話しこんでしまったよ。シュウくん、単刀直入に言おう。僕たちは君のことがとても気に入ってしまってね」
宮国さんは美紗緒さんを見やり、こう続けた。
「今日も、ぜひ、美紗緒を抱いてもらいたい」
まるで、買い物に付き合ってくれ、というような口振りだった。
「ただ、一つだけ、無理を聞き入れてほしい。僕が見ている前でお願いしたいんだ」
即答はしなかった。コーヒーを口に含み、しばし頭を巡らせる。
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