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女優の来訪②
しおりを挟むお酒やソフトドリンク,食材の仕入先、グラスなどのバー・ツールの手配に関しては、桐野さんに一任していた。その進捗状況の報告を兼ねて、時折り、お店に顔を出してくれる。
決して広くないお店に若い男女が二人きり。率直に言って、ドキドキしてしまうシチュエーションである。
しかも、桐野さんは私の労をねぎらうために、カクテルを作ってくれる。ああ、オーナーになってよかった、と素直に思える瞬間だ。ちなみに、私の最近のお気に入りは、オレンジ・ブロッサムというカクテル。ベースのお酒はドライ・ジンで、オレンジジュースと一緒にシェークして完成する。
「普通のレシピならオレンジジュースですが、僕はオリジナルのジュースを使います。新鮮なオレンジをメインに、数種類のフルーツをバランスよくブレンドしたものです」
桐野さんは全身を使って、激しくシェーカーを振る。いわゆる、ハード・シェーキングだ。カクテルに細かい気泡が生まれるので、口当たりがマイルドになるらしい。強いお酒も優しく感じられるので、ついつい飲みすぎてしまう。
気がつくと、私は桐野さんの逞しい腕の中にいた。いつのまにか、抱きかかえられていて、大人の男性の香りに包まれている。
ああ、とてもいい匂い。身体の芯までとろけてしまいそう。
「私を酔わせて、どうするつもりですか?」
私の問いかけに、桐野さんは耳元で囁く。
「ミノリさんには一日でも早く、大人の女性になってもらいたいと思います」
「大人の女性? どうやって?」
いきなり、左の頬にキスをされた。
「桐野さんが教えてくれるの?」
右の頬にもキス。でも、私がして欲しいのは……。
「お願い、教えて。桐野さん、私を大人の女性にしてっ」
私は無我夢中で、広くて逞しい胸にしがみつく。
桐野さんは私の顎を上向かせると、唇を奪った。
とても情熱的で大胆なキス。大人のキスだ。ここにいるのは二人きりで、誰も見ていない。そして、夜はまだ始まったばかり。
桐野さんの大きな手が、私の中の女を暴き立てる。なぁんて、途中から夢だってことは……。
「わかってましたからっ」
私はボックス席で、ボールペン片手に書類を作成しながら、ウトウトしていたのだ。
「どうしました、ミノリさん」
桐野さんにカウンターの中から、こっちを見ている。
「いえ、何でもありません」思わず、顔を背けてしまう。
「ミノリさん」
「何でもありませんから」
「いえ、頬っぺたにボールペンの跡が」
私は頬を押さえて、洗面所に駆け込んだ。鏡で確認したら、あら、右の頬に盛大な書き損じ。洗っても全部は消えないので、仕方なくファンデーションで塗りつぶした。
ああ、穴があったら入りたい。
桐野さんのことは大好きだけど、オーナーとして線引きはしている。それ以上の関係は望んでいない、と思う。もっとも、さっきの夢のように迫られたら、理性で抑えられるかどうか、自信はないけれど。
ただ、後日、桐野さんのことを一層意識してしまう出来事が起こった。
平日の昼下がり、工務店での打ち合わせを済ませた後、桐野さんからメールを受け取ったのだ。「すいませんが、夕方にお店を使わせてください」という。
何の問題はない。「構いませんよ」と返信した。
その後、広告代理店に務める先輩と宣伝面の打ち合わせをして、銀座コアのブックファーストで広告関連の専門書を購入。私がお店に戻った時には、午後5時を回っていた。
ビルの階段を上ると、お店のドアのそばに人影があった。ライトブルーのミニスーツを着た女性である。モデルさんみたいにスタイルがいい。
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