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イケメンディレクター①

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「えーっ、『マニアの王様』のリサーチですかぁ!」

『マニアの王様』は、業界に入る前から大好きだった番組だ。この番組を作っているから、サルベージに入った、と言ってもいい。
 事務所の壁には、『マニア』の番組ポスターが貼られている。昭和レトロな玩具や商品パッケージに囲まれながら、司会者であるお笑いタレントがにこやかに玉座に座っている、という図柄だ。

 ○月×日、視聴率14.2%なんて貼り紙も並んでいる。『マニア』は安定した高視聴率を出しており、サルベージの屋台骨を支えていると言っても過言ではない。

 タイトル通り、『マニア』には毎回ユニークなマニアさんが登場する。膨大で奇抜なコレクションをアピールしたり、収集のためにここまでするのかというエピソードを披露したり、スケール感のあるこだわり具合が見せ場である。やることなすこと、とにかく半端ではない番組なのだ。

 だから、試用期間を終えたばかりの私がスタッフの一員に加えてもらえるなんて、考えもしていなかった。

「いや、あの番組も人手不足でね、新人でもいいから即投入しろ、なんて上から指示されたらしくてさ・・・・」

 真希さんは言葉を濁して、腕組みをしている。半人前を看板番組に参加させても、皆の足を引っ張るだけなのは目に見えている、といった顔つきだ。

「が、頑張ります、私」と、瞳をキラキラさせる私。
「制作に直接タッチしない人たちは、頭数さえ揃えれば何とかなる、って踏んでいるんだ。中には、スタッフ全員を地獄に叩き込みかねない人材もいるのにねぇ・・・・」

 失敬な。私は地獄案内ツアーの添乗員か。確かにスタッフに迷惑ばかりかけているけど、意外と使える女なのに。これまでは仕事に恵まれなくて、実力を発揮する機会がなかっただけだよ。しかし、真希さんから無言の圧力を受けているうちに、ささやかな自信はみるみるしぼんでしまう。

「私にできるかなぁ?」

 その呟きを聞き逃さず、真希さんはまくしたてる。
「できるかなぁじゃなくて、何が何でもやります、やってみせますって言えないもんかな。いつまでも新人気分でいられちゃ困るんだけど」
「・・・・すいません」

「できるできないは、ミルコの根性次第。ここらで一皮むけてもらわないとね」
 そこで真希さんは溜め息をつき、私の背後に視線を移して、
「まぁ、ディレクターも半人前のリサーチャーに無茶は言わないか」

 振り向くと、浅黒い肌をした長身の男性が立っていた。

「もちろん、無茶なんか言わないし、手取り足取り優しく丁寧に指導するよ」

 真っ白な歯を輝かせた笑顔。開いた胸元にはゴ-ルドのネックレス。30代前半かな。あ、いい匂い。これって、コロン? 
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