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亜湖の中の男②
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*
あの時、確か、亜湖の中にあたたかな光が生まれたのだ。強い光が四方八方に放たれて、目の前が真っ白になり、亜湖の中から一人の男が現れた。
「おいおい、どうした。なぜお主らが争っている」と、よく通る声が告げた。
驚いたことは、それは亜湖の声だった。口調と内容は年配の男性のようだが、亜湖の声帯と唇を使って吐き出されている。亜湖は二人羽織のように、もう一人の自分の姿を見ている気分だった。
「無駄な汗を流すな。わしの顔に免じて、今すぐやめい」と、年配者は続けた。
しかし、ケダモノと天音の耳には届かない。土煙を上げながら、一匹と一人は闘いを続けている。
「仕方のないやつらだ。お仕置きが必要みたいだな」
そう言って、亜湖の両手はめまぐるしく踊った。高速の手話のような動きだが、
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」と、九字に合わせて印を結んでいたのだ。
これによって毘沙門天、十一面観音、如意輪観音、不動明王、愛染明王、聖観音、阿弥陀如来、弥勒菩薩、文殊菩薩の力を得て、右手の指を三度鳴らした。
「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」と、蔵王大権現の真言を繰り返す。
ケダモノと天音の身体が凍りつき、小刻みに震え始めた。やがて、ともに膝をつき苦悶の表情を浮かべた。ケダモノは激しく嘔吐し、天音も四つん這いになっている。
「これに懲りたら、わしの言葉には即座に従うことだ」と、亜湖の中の男。
呪術がとかれるや、ケダモノは大急ぎで逃げていった。天音も頭を振りながら、ゆっくりと立ち上がる。その時には、亜湖は意識を失って、地面に倒れこんでいた。
*
「という具合に、君は俺たちに、お灸をすえたわけ」
「私の中の男って誰? 初めて知ったけど、私って二重人格? 嘘でしょ?」
「人格というより、使命とか役割かな。世の中の魔を祓う専門家で、俺みたいな男と縁の深い者だったようだ」
「ああ、頭がおかしくなりそう。でも、それが嘘でないことが、私にはわかりすぎるほどわかってる」亜湖は頭を抱え込み、「で、私の中の男って、一体だれ?」
天音は少し間をとってから、
「役小角だよ。山伏などの修験道の開祖と言われている。安倍晴明と並んで、鬼を懲らしめた伝説が多い」
「あ、小角って名前みたいだけど、小津野って苗字と関係があるの?」
「あのさ、そんなことより重要なことがあるだろう。眠り姫たちの意識を取り戻さなくていいのか?」
「そうね。うん、そうだった。ごめん」と、亜湖は反省する。「で、どうすればいいの?」
あの時、確か、亜湖の中にあたたかな光が生まれたのだ。強い光が四方八方に放たれて、目の前が真っ白になり、亜湖の中から一人の男が現れた。
「おいおい、どうした。なぜお主らが争っている」と、よく通る声が告げた。
驚いたことは、それは亜湖の声だった。口調と内容は年配の男性のようだが、亜湖の声帯と唇を使って吐き出されている。亜湖は二人羽織のように、もう一人の自分の姿を見ている気分だった。
「無駄な汗を流すな。わしの顔に免じて、今すぐやめい」と、年配者は続けた。
しかし、ケダモノと天音の耳には届かない。土煙を上げながら、一匹と一人は闘いを続けている。
「仕方のないやつらだ。お仕置きが必要みたいだな」
そう言って、亜湖の両手はめまぐるしく踊った。高速の手話のような動きだが、
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」と、九字に合わせて印を結んでいたのだ。
これによって毘沙門天、十一面観音、如意輪観音、不動明王、愛染明王、聖観音、阿弥陀如来、弥勒菩薩、文殊菩薩の力を得て、右手の指を三度鳴らした。
「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」と、蔵王大権現の真言を繰り返す。
ケダモノと天音の身体が凍りつき、小刻みに震え始めた。やがて、ともに膝をつき苦悶の表情を浮かべた。ケダモノは激しく嘔吐し、天音も四つん這いになっている。
「これに懲りたら、わしの言葉には即座に従うことだ」と、亜湖の中の男。
呪術がとかれるや、ケダモノは大急ぎで逃げていった。天音も頭を振りながら、ゆっくりと立ち上がる。その時には、亜湖は意識を失って、地面に倒れこんでいた。
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「という具合に、君は俺たちに、お灸をすえたわけ」
「私の中の男って誰? 初めて知ったけど、私って二重人格? 嘘でしょ?」
「人格というより、使命とか役割かな。世の中の魔を祓う専門家で、俺みたいな男と縁の深い者だったようだ」
「ああ、頭がおかしくなりそう。でも、それが嘘でないことが、私にはわかりすぎるほどわかってる」亜湖は頭を抱え込み、「で、私の中の男って、一体だれ?」
天音は少し間をとってから、
「役小角だよ。山伏などの修験道の開祖と言われている。安倍晴明と並んで、鬼を懲らしめた伝説が多い」
「あ、小角って名前みたいだけど、小津野って苗字と関係があるの?」
「あのさ、そんなことより重要なことがあるだろう。眠り姫たちの意識を取り戻さなくていいのか?」
「そうね。うん、そうだった。ごめん」と、亜湖は反省する。「で、どうすればいいの?」
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