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役者絵②
しおりを挟む浮世絵は分業で作られていた。製造過程を簡単に説明すると、まず、絵師が版下絵を描く。この時はもちろん、肉筆である。版下絵は彫師の手に渡り、裏返しにして版木に糊付けされる。彫師はこの上から彫っていく。こうして絵師の線は消えて、彫師の線になりかわるのだ。
では、浮世絵師の肉筆を見ることはできないのか?
扇絵や版下絵などで、絵師の肉筆は見ることができる。喜多川歌麿は長く繊細な描線、葛飾北斎はのびやかで、円山応挙はやわらかい。かくゆう十郎兵衛の扇絵や版下絵もいくつか見つかっており、彼の描線を見ることができる。
十郎兵衛の描線は、短い線をつないでいくような、一見たどたどしいものだった。しかし、どこか味わい深い線でもあった。
話を戻そう。蔦屋の言葉は常に辛辣だったが、十郎兵衛は嫌な顔を見せずに、ひたすら描き続けていた。決して、やらされているのではない。ただ、自分の中から湧き上がってくるものを止めることができなかっただけだ。
ワキツレという役割で抑圧されていたものが、一気に解放されたのかもしれない。衝動、開放感、創作意欲、呼び方はいろいろあるが、それは間違いなく、十郎兵衛の中で生まれたものだった。
しかし、なかなか一皮むけないというのが現状だった。ある時、痺れを切らした蔦屋が言った。
「そもそも、十兵衛さんは江戸住まいが長いんだろ。もっと江戸っ子の心持になれねぇかね」
「江戸っ子の心持ですか?」
「芝居に夢中になっている江戸っ子の子心持さね。役者絵には、もっとこう、どろどろした、わくわくするうねりみたいなものを込めてほしいんだよ」
「はぁ、蔦屋さんのおっしゃっているのは、もしかしたら役者の内面という意味でしょうか?」
「役者の内面?」蔦屋は首を傾げて、「十兵衛さん、難しいことを言うね。けど、そうかもしれねぇな。役者の本質というのは、目立ちてぇ、拍手喝采をもらいてぇ、そればっかりだからよ」
「……私の場合はそうじゃありませんがね」
「ああ、そうか。おまえさん、能役者だったな。悪かったよ。けどよ、江戸三座の役者は皆そうだぜ。これは間違いのねぇところだ」
「……」
「十兵衛さん、とりあえずは、その堅苦しい語り口を変えてみねぇかい? お互い、腹を割って話をしようじゃねぇか」
「それはどうでしょう。蔦屋殿は高名な版元。私は素人絵師にすぎませんから」
「何いってんだい。おまえさんが一皮むけるためだ。遠慮なく腹を割っとくれ」
「そうですか? なら言わせてもらいますが……」十郎兵衛は咳払いをして、「蔦屋殿は、私にしか描けない絵を描いてほしい、と言われましたね。見ていただいた絵は、他ならぬ私の描いたものです。どこがどう違うのでしょう」
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