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反響
しおりを挟む河原崎座で奴一平を演じた市川男女蔵は、心が浮き立っていた。一四歳の少年である彼は、まさか自分の役者絵が出るとは夢にも思っていなかったのだ。あちこちの地本問屋を走り回って、自分の役者絵をありったけ買ってきたとしても、何ら不思議ではない。
「何でぇ、また買ってきたのか。物好きだね。一体何枚買って来れば気が済むんだい」
「そういう鬼さんだって、後ろに隠しているのは何だい。あんたの役者絵じゃないか」
「ふふっ、ばれたか。俺を描いてもらえるたぁ、ようやく、認められたってことかね」
そう言って笑い声を上げたのは、奴江戸兵衛を演じた大谷鬼次である。
他にも、桐座の中島和田右衛門や中村此蔵も写楽の役者絵を喜んでいたが、彼らに共通しているのは皆、主役ではないということである。一人残らず、脇役だったのだ。そして、喜んでいたのは、あくまで少数派だった。
写楽の大首絵は衝撃的であり、確かに世間をあっと言わせた。しかし、それは必ずしも好意的に受け止められたわけではなかった。
その原因は、誇張された顔の特徴にあった。まるで化け物のように描かれた人気女形,中山富三郎や瀬川菊之丞は激怒していたし、江戸三座の関係者は皆、怒り心頭だったのだ。
「こんなひどい顔に描きやがって、こん畜生めぇ」
「写楽って奴の眼はどうかしてんじゃねえのかい」
「蔦屋に一言いってやらないと、気がすまねぇな」
耕書堂に乗り込んで文句を並べ立てた者は、一人や二人では済まなかった。
役者絵とは本来、千両役者や芝居の名場面を描いたものである。現代でいうならば、スターやアイドルのブロマイドであり、本質的にファンが買い求めるものである。
その意味では、二八枚の大首絵は本来の役者絵ではなかった、と言えるかもしれない。
『江戸風俗総まくり』の中には、「写楽といふ絵師の別風を書き、顔のすまひのくせをよく書たれど、その艶色を破るにいたりて役者にいたまれける」とある。
役者絵の本筋を外れて独特な大首絵を描いたのだが、顔の特徴を強調して醜く描いてしまったため、役者たちに嫌われてしまった、というのだ。
二八枚の大首絵は確かに、江戸三座の役者や関係者、贔屓筋、江戸っ子を驚かせた。しかし、醜い部分を誇張した絵など、ほとんどの江戸っ子は見たくはなかったのである。
せっかくの商機だったのに、蔦屋の思惑は見事に外れた。歌舞伎ファンのニーズを考えてみれば、写楽のような大胆な大首絵など売れるはずがなかったのだ。
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