蔦屋と写楽

坂本 光陽

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幕間

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 突然失礼いたします。作者の坂本です。無粋を承知の上で、断っておきたいことがあります。

 斎藤十郎兵衛を架空の人物と思っておられる方はいないでしょうか? 十郎兵衛は実在していた人物です。阿波藩主蜂須賀家お抱えの能役者であったこともフィクションではなく、史料に基づいています。

 蛇足ですが、十郎兵衛が八丁堀に住んでいたこと、四軒先に加藤千蔭(又坐衛門)が住んでいたこと、千蔭と蔦屋が懇意にしていたことも、史料に基づいています。

 そして、声を大にして言っておきたいのですが、十郎兵衛が写楽だったという仮説は、僕のオリジナルではありません。「東洲斎写楽=斎藤十郎兵衛」は最も古い仮説であり、一般的には知られていないのかもしれませんが、専門家の間では定説となっています。

 二〇〇八年、ギリシャ・コルフ島で、写楽の肉筆画が見つかりました。これまでは全て版画だったので、肉筆画の発見によって初めて、写楽の筆使いが明らかになったのです。

 肉筆画には絵師の個性が出るので、重要な手がかりとなります。写楽の筆使いは、葛飾北斎、喜多川歌麿,歌川豊国などの筆使いとは異なりました。そのため、有名絵師が一時期、写楽を名乗っていた、という説が消えたのです。

 版元の蔦屋重三郎が写楽だという説もありました。しかし、もう一つの肉筆画に描かれていた浮世絵を調べたところ、その演目の時期には、すでに蔦屋は亡くなっていました。これによって、蔦屋重三郎説も消えたのです。

 このようにして残された「東洲斎写楽=斎藤十郎兵衛」説はゆるがない、と思われます。(蛇足をもう一つ。「斎藤十」→「サイ・トウ・ジュウ」→順番を入れ替えて「トウ・ジュウ・サイ」→「東洲斎」となります。これは筆名に込められた、十郎兵衛の矜持《きょうじ》でしょうか)

 斎藤十郎兵衛は当時、何を考え、何をしようとしていたのか?
 それは誰にもわかりません。そこにフィクションの入り込む余地があります。

 十郎兵衛は何を考え、何をしようとしていたのか?
 どのような運命が待っているのか?

 それでは、この物語の後半を続けましょう。


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