蔦屋と写楽

坂本 光陽

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試行錯誤②

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 蔦屋が帰った後、十郎兵衛は試行錯誤を重ねた。

 大首絵とは違った切り口が必要だった。内なる獣の衝動にかられて描いた大首絵だったが、改めて見直すと色あせたように感じる。売れ行きがさっぱりだった、と蔦屋から聞かされたせいかもしれない。

 全身像を描くとなると、違った切り口で役者をとらえることになる。その手法を自分自身で模索する必要がある。誰にも描けないような独特な手法が不可欠だ。

 十郎兵衛は武者震いをした。またもや、内なる獣が顔をもたげてくるようだった。

 七月興行が始まると、早速、観に行った。都座の狂言『傾城三本傘《けいせいさんぼんがさ》』。河原崎座の狂言『二本松陸奥生長《にほんまつみちのくそだち》』、常磐津『桂川月思出《かつらがわつきのおもいで》』。

 続いて、八月興行である。桐座の狂言『神霊矢口渡《しんれいやぐちのわたし》』、狂言『四方錦故郷旅路《よものにしきこきょうたびじ》』。

 五月興行の時のように、画帳を取り出して堂々と描きうつすことはできない。芝居小屋の連中が目を光らせている気がするからだ。もし、十郎兵衛の正体が写楽だと知られたら、ただでは済まないだろう。

 しかし、そんなことは大した問題ではない。絵になる瞬間、心に響いた一瞬さえ脳裏に焼き付けてしまえばいいだけの話だ。十郎兵衛は芝居小屋を出るなり、すぐに画帳を取り出して、思う存分、筆をふるった。

 役者が全身で演じる一瞬をとらえ、そのきらめきを絵の中に封じ込める。それが直感的に閃いた新たな手法だった。顔の大きさが小さくなったので、大首絵のような毒は消えていた。女形を化け物のように描くこともなくなった。

 十郎兵衛は忖度《そんたく》をしたわけではない。役者たちの文句や江戸三座の苦言などは無関係である。ただ、売れる絵にするための工夫にすぎない。

 しかし、残念ながら、そうして出来上がった役者絵の売れ行きも、決して芳《かんば》しいものではなかった。それを告げたのは、もちろん、版元の蔦屋である。

 蔦屋は小屋に入ってくるなり、作業中の十郎兵衛に向かって、
「斎藤殿、とにかく豊国だ。豊国の役者絵を見習ってくれねぇか」と、まくしたてた。
 豊国とは、新進気鋭の絵師,歌川豊国のこと。女形のうなじを強調したり、美しく優雅な立ち姿を追及したりして、豊国の役者絵には艶があった。

「江戸三座の贔屓筋は一人残らず、豊国を推すんだよ。斎藤殿、ああいう絵は描けませんかねぇ」
「それは私に、歌川豊国殿の真似をせよ、ということですか?」十郎兵衛は眉根を寄せて、「それはいくら何でも……」
 その後に続く「あざとすぎる」という言葉は飲み込んだ。

 そもそも、昨年の暮れに初めてあった時、歌麿に似た絵を描いていた十郎兵衛に対し、歌麿を真似ではいけない、と言ったのは蔦屋自身ではなかったか。
「お言葉ですが、蔦屋殿は以前、『真似はするな』とおっしゃいませんでしたか?」

 素人に毛の生えたような三流絵師にすぎないが、十郎兵衛も絵師の端くれである。十郎兵衛なりの矜持《きょうじ》があった。

「んー、そんなことを言ったかねぇ。まったく覚えてねぇや」蔦屋は真顔で言ってのけた。「よく聞いとくれ。写楽の絵に関わっているのは、おまえさん一人だけじゃない。彫師、摺師はもちろん耕書堂も合わせて、大勢の人間が関わっているんだ。俺は彼らに給金を支払わなくてはなんねぇ」
「……」
「いいかい、写楽の役者絵は売れなきゃならねぇんだよ」蔦屋はきっぱりと言い切った。

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