純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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「うん、知ってるよ。昼過ぎにエリさんに連絡したら、雑誌の取材が予定より遅れたんだって。だから、私との打ち合わせは時間と場所を変更して、ここですることにしたの」

 ダイニングキッチンに入ると、魅子さんは手を打って嬌声きょうせいを上げた。

「わっ、とてもいい匂い。駿介くん、料理が上手だもんね」
「よかったら、召し上がりますか? 余分に作ってあるし」
「ええーっ、エリさんより先に? それは流石にまずいよ」
「でも、一人きりじゃ味気ないし。付き合ってくださいよ」

 結局、魅子さんは付き合ってくれた。
「美味しい、美味しいよ、駿介くん」
 そう言って、焼きソバと味噌汁を絶賛してくれた。
 僕のために、とろけそうな笑顔をつくってくれた。

 ただそれだけで、僕は天にも昇る気分。これ以上、何も望まない。魅子さんのためなら、いくらでも美味しいものを作りますよ。

「駿介くんの奥さんになる人は幸せ者だね」そんなことまで言ってくれた。
 リップサービスなのは百も承知している。でも、こんなことを言われたら、つい言いたくなる。

 じゃあ、魅子さん、僕と結婚してもらえますか? 告白をすっとばして、いきなりプロポーズ。実際には言えないわけだけど、つい、そんな妄想までしてしまう。

 ああ、このまま時間が止まってくれたら。
 断っておくけど、魅子さんは僕の気持ちにまったく気づいていない。優秀な編集者として、エリさんの恋愛小説を何冊も手がけてきたのに、何という鈍感。というより、たぶん純粋なのだろう。

 気がつくと、9時を回っていた。
「エリさん、遅いな。電話ぐらい入れたらいいのに。魅子さんの時間は大丈夫なの?」
「もちろん、平気よ。私のスケジュールはね、エリさん中心にクルクル回っているの」

 ああ、コロコロ笑うと、めちゃくちゃかわいい。ギュッと抱きしめたい。
 でも、悲しいかな、僕は理性が強すぎる。エリさん、しばらく帰ってくるな、このまま二人っきりにしてくれ。心の底から、そう願うばかりだ。

 魅子さんはキュートなだけではない。とても仕事熱心だし、プライベートを投げうって、エリさんのことを一番い考えてくれる。もしかしたら、息子である僕以上に、エリさんのことを理解しているのかもしれない。
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