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しおりを挟むしばらくの間、夢も見ないほどの深い眠りに浸っていたものの、肩を優しく揺さぶられて浮上するように目を覚ました。
がっしりとした大きな手のひらは庭師のコーセルを思い出させたが、すぐにここは屋敷の中ではないと思い直す。そう、ここはさっき逃げこんだ町なのだ。
ぼんやりと目を覚ましたフォワレの足元に、熊のような髭面のトッドと帰って来たらしいマーサが揃ってにこやかに微笑んでいる。
起きるのを待っていたようだ。
「お嬢さん。マーサが警備隊の人たちを呼んできやしたよ」
「あ、あんた!レーゼン家の方に“お嬢さん“なんて失礼じゃないのさ!」
マーサがトッドの背中を慌てたように叩き、トッドは慌てふためいた。
「すみませんね、このヒゲ男は礼儀とか作法とか何にも知らないんです」
「も、申し訳ねえ…です」
「いいえ!とんでもない。お二方は私の恩人ですから、どうかさきほどみたいに…」
「まぁ…。ありがたいお言葉ですわ」
恐縮しないでと言っても無理があったのか、二人の態度が変わってしまう事を思って、フォワレは少し寂しくなった。
身分差という線引きは普段は重要だが、あのおかしな少年姿の魔法使いに囚われていたことによって“まともな大人”に対する希求が高まっていたフォワレにとっては、今は彼らを自分が庇護すべき領民と認識したくなかったのだ。
落ち込んだ様子のフォワレの頭をトッドが撫でた。
フォワレが彼らを見ると、寝起きを見守ってくれていた彼らの笑顔はなにも変わっていなかったことに気付いた。
「一回だけ許してくだせぇね。フォワレ様は俺らの娘の小さい頃によく似てるから」
「も、もちろん許しますわ」
隣にいたマーサは頭を撫でるなんて不敬だよ、と呟いたが、どうも彼女もフォワレを己の子供と重ねて見ていたらしく、娘に似てるというトッドの発言には異議は唱えなかった。
「さ、いきましょう」
マーサ差し出した手を、おずおずと取る。荒れて少しゴツゴツした手のひらだったが、フォワレはなんとも言えず心が慰められた。
「……あっ」
思わず忘れるところだった。フォワレは寝ていたソファを見渡して、頭の辺りに大事な友人が転がっているのを優しく掬い上げた。彼も疲れて眠ってしまっていたらしい。
片手にさりげなく抱え、不思議そうに待っているマーサと見送ってくれるらしいトッドと共に外へ出た。
二人と共に外へ出ると、警備隊の制服を着た男が三人ほどいた。その後ろには二頭立ての馬車が停められている。なぜ中へ入ってこなかったのか不明なものの、こちらを見るやすぐに駆け寄ってきた。
胸に手を当てて深く礼をしたあと、中年の男が代表して声を出した。
なんの裏もなく、安堵と悦びに溢れた表情だった。
「フォワレ様ですね!よくぞご無事でおかえり下さいました…!」
「あ、あの…ご心配をおかけしました」
思わずフォワレの目に涙が浮かんだ。泣いてしまいそうだった。おそらくレーゼン家から捜索の触れでも出ていたのだろうということはすぐにわかった。
警備隊の男は首を振り、当然のことですというとまた深く頭を下げ、それからフォワレの後ろに下がっていた夫妻に声をかけた。
「よく保護してくれた!あなた達にはまた後程あらためて御礼をしよう」
「とんでもない。あたし達だって当然のことをしたまでさ」
マーサが胸を張って誇らしげにするのを見て、トッドも少し自慢げに笑う。
警備隊の一人がフォワレを馬車へ案内しようとするのを少し待ってもらい、フォワレも夫妻へ顔を向けた。
「マーサさん、トッドさん。助けていただいて本当にありがとう!いずれまた会いにきてもよろしいかしら」
「もちろんですとも!」
「お元気でいらしてくだせぇね」
「ええ!あなた達もお元気で。では、またね」
フォワレは晴れ晴れとした気分だった。もうこれで安心だ。馬車に乗ってしばらくしたら家へ帰れるのだ。頼れる友人…今は腕の中で眠っているヒッポウは目眩しをかけたと言ってくれていたし、きっと前途は明るい。
馬車に乗り込むと、一人は護衛のためか共に乗り、二人は馬車の周りを単騎で侍ってくれている。
窓から二人の姿を見た。人のいい彼らは、フォワレの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
彼らが見えなくなったので、窓から前の席の人物に目を移す。
前に座っている中年の警備兵と目が合うと、彼は改まって胸に手を当て頭を下げた。
「ええと、お名前を聞いても?」
「は。私は東端の町警備隊長のハンスと申します。僭越ながら、これから次の町までの護衛をさせていただきます」
「わかったわ。よろしくね、ハンス。あなた達が迎えにきてくれて本当に安心しました」
安心しきって微笑むとハンスはそれを気の毒そうに見つめてくる。
その視線が居た堪れず、フォワレは話題を変えるために頭を回してみたものの、睡眠不足な頭では良い案は生まれない。とりあえず、少し眠っても良いか尋ねた。
「これは気がつきませんで…!どうぞゆっくりお休みになってくださいね」
彼は肩にかけていたマントを外すと、よろしければ、とフォワレの体にかけてくれた。
「どうもありがとう」
そしてフォワレは目を閉じた。
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