シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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1 ルーンカレッジ編

019 王宮

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 王宮で王に謁見することになったその日、ジルとガストンは着慣れない正装に身を包んだ。迂闊にも、2人は前日になって何を着ていけば良いのか、という深刻な問題に気がついたのであった。気をきかせたロクサーヌが、カレッジの予算を使って2人の正装を用意してくれていなければどうなっていたか……。

「未成年の君たちにはまだ服のことなど分からぬだろう。王宮で無礼なことがあれば、カレッジの名にも傷がつくからな。」

 前日慌てていた2人のもとへ、服を持って現れたロクサーヌの言葉である。

 2人はロクサーヌに言われた通り、カレッジの正門前でサイファーを待つ。サイファーとはあれ以来会ってはいなかった。

「大丈夫かな、サイファーの奴」

「ロクサーヌ先生は、元気になったようだと言っていたが」

「恋人が死んだんだろ? それも目の前で。俺なら当分落ち込むだろうな」

 ガストンも目覚めてから、レミアとサイファーのことを聞いたのである。

「ガストンがサイファーより悲観的だとは思わないが……」

「どういう意味だよ!」

 ジルとガストンが軽口を叩く。こうしてレミアの死を話題にできるのも、精神的に立ち直ってきた証拠だ。

 遠くからサイファーがこちらへ歩いてくるのが見えた。鎮痛な面持ちではあるが、足取りはしっかりしていた。サイファーもロクサーヌから同じ正装を支給されたようだ。

「もう来ていたのか。久しぶりだな、2人とも。ガストンは傷大丈夫か? かなりの重傷だったんだろ?」

「ああ、一週間ちょっと入院してたぜ。腹をやられちまったからな」

「こうして元気に再開できて俺たちは運が良い。レミアは……」

「……残念だよサイファー。レミアさんとはそれほど付き合いは長くなかったけど、これから仲良くなれるはずだった」

 死線をともにくぐり抜けたことで、ジルはすでにサイファーに対して丁寧な口調ではなくなっている。

「サイファーはレミアと付き合ってたんだよな。辛ぇよな……」

「ああ……。でも考えてみると俺も彼女のことはまだ深く知らなかったのかもしれない。彼女の兄のことは俺も初耳だった」

「……」

「サイファー、僕は僕なりに彼女に手向けをするつもりだよ」

 ジルはある決意を込めてそう言った。

「なに?」

「彼女はなぜ死ななければならなかったのか、殺した傷の男は誰なのか、自分で調べてみるつもりだ」

「ジル、それは危険じゃないか? 王家に関わることだろ?」

 ガストンが警告する。王家にはどこでも多かれ少なかれ秘密にされることがあり、それに触れることはかなり危険なことだ。

「もちろんそれは気をつけるつもりだ。とりあえず、王家が秘密にすることを無理に調べたりはしないさ。当面は傷の男の特定かな」

「本当にあいつは何者だったんだろうな。敵の中であいつと隣にいた副官らしき奴は異質だった」

「恐らく最初に相手した冒険者たちは、奴に雇われていたんだろう。傷の男はどこかの国の組織に属しているんじゃないか」

 軍人としての経験をもつサイファーの分析であるため、説得力がある。

「相当な手練である上に、頬に三日月形の傷だ。特徴があるから、すぐに見つかるんじゃないか?」

「どうかな。あの男が裏の人間ならそう簡単じゃないかもしれない」

「裏? 正直そんな奴と関わり合いはごめんだな」

 ガストンが正直なことを言う。

「さあ、そろそろ王宮へ出発しようぜ。遅れたらそれこそ不敬になってしまう。それにしても俺たちが正装とはね」

 自らの格好を見ながら、ガストンが皮肉めいたことをいう。

「正直似合っていないのはお前だけだぞ、ガストン。ジルはなかなか似合ってる。貴族みたいじゃないか」

「ほっとけ!」

 サイファーは恰幅のいい身体と風格があり、何を着ても似合うので最初から除外である。

 王宮のあるロゴスまでは馬車を使って移動する。徒歩で行くなら3日はかかる距離だが、今回は徒歩で行くわけにはいかない。王に謁見するのには必要な形式や作法というものがある。王家の招きで王宮に行くのに、徒歩では先方にも失礼にあたるのだ。それで、馬車はあらかじめカレッジが用意してくれたのである。

 カレッジの正門前には、主に教員や来客が使うための馬車が停められている。ジルたちは自分たちの名前と目的を伝え、馬車に乗り込む。商人や冒険者が使うような実用性だけの馬車ではなく、装飾のついた高級な馬車である。折り目正しい服装をした御者が手綱をとって馬車を走らせる。馬車ならロゴスまで6時間といったところだろう。

 3人とも、このような高級な馬車に乗るのは初めてであった。ガストンは何やら子どものようにはしゃいでいる。ジルとサイファーは窓から過ぎ行く景色を眺めていた。フリギアからシュバルツバルトの都ロゴスまでは、街道がよく整備されている。馬車が不快に跳びはねることはほとんどない。

 景色は田園風景から次第に家屋が多くなってくる。ロゴスに近づいているのだろう。視界の遠くに、ロゴスの高く強固な城壁が見えてくる。戦争になれば、これまでどのような敵も撃退してきた鉄壁の壁である。城壁の周囲には、深く広い堀があり、豊かな水をたたえている。これも戦争になれば、吊橋を上げることによって敵を寄せ付けない強固な守りとなる。今は平時ゆえ吊橋が降ろされ、民の交通は滞り無く行われている。

 馬車は門で衛兵の検問を受けた後、王宮へと進む。ロゴスは古都として古くから栄えてきた。それゆえに幾度かの増改築を重ねており、初めての者が道に迷うほど入り組んだ構造になっている。

 御者は手慣れた様子で王宮までの最短距離を進んでいく。別名「水晶宮」と呼ばれる壮麗な王宮が見えてくる。さすがに王宮へと続く入り口は厳重な警備がなされている。完全武装した騎士が威圧的に通行する者を阻む。馬車での移動はここまでである。ジルたちは王宮入り口で馬車を降り、警備の騎士に姓名と目的を告げる。

「はっ! ジルフォニア=アンブローズ殿、謁見の件は聞いております。ただいま貴殿の来訪を陛下にお知らせいたしますので、王宮に入り控えの間で準備なされますようお願いいたします」

「分かりました。御役目ご苦労様です」

 ジル、ガストン、サイファーは案内の騎士について大理石造りの通路を通り、王宮内部へと入る。3人は控えの間へと通された。

 王に謁見する者は、この控えの間で身支度を整え、呼び出しの者が来るのを待つことになっている。ジルたちも一応服装を見直すことにする。控えの間も調度品は非常に豪華だ。ソファーの前には、ロゴスから見える風景を描いた素晴らしい絵が飾られている。小窓の近くのキャビネットには、高そうなグラスと酒が備えられている。

「これ飲んだら行けないんだよな?」

 ガストンが物欲しそうに眺める。

「駄目に決まってるだろ! 酔っ払って謁見するつもりか?」

 ジルは答えるのも馬鹿らしくなってくる。だよなぁー、とガストンがため息をつく。

 サイファーは見たところ落ち着いていた。戦士として鍛えられている成果なのだろうか。

 やがて中年の呼び出し係が3人を呼びに来た。

「ジルフォニア=アンブローズ殿、サイファー=バイロン殿、ガストン=ラル殿、王がお呼びでございます。謁見の間にお進みください」
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