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1 ルーンカレッジ編
039 カレッジへの帰還1
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豪奢な装飾の施された馬車が、王都から南部へと走っていた。その前後を10人の騎士が護衛している。高貴な貴族の馬車なのだろう。
レント伯クリスティーヌは、南部の自領へと戻る途中であった。今回王都へ赴いたのは、各貴族の動向を探り、各派と渡りをつけておくことが目的であった。偶然にも晩餐会が開かれ、興味深い若者の存在も知ることができたのは収穫であった。
「貴方はあのジルフォニア=アンブローズという若者についてどう思って?」
クリスティーヌが訊ねた相手は、右側に座す側近の男であった。
「ゼノビア殿とともにいた少年か?」
「そうよ。まだ若いけど、王や貴族たちが取り込もうとしているみたい。剣聖と呼ばれる貴方から見て、彼はどうかしら?」
男はアルメイダという。人からは剣聖という二つ名で呼ばれることもある。その名は王国剣闘大会で優勝し、無敗を誇っていたところからついた名である。彼は人生の大半を剣の腕を磨くことに費やし、その他のことは二の次で生きてきた。
クリスティーヌはアルメイダのような道を極めんとする者、極端な生き方をする者を好む。それがアルメイダを側近としている所以である。そして彼は意外にも、人間の心の動きや心理についても深い洞察力を持っていた。剣の達人だけに、他人との間合いや心を読むのであろう。
「剣の腕は大したことはないだろう。魔術師が護身用に剣を使う程度だろうな。……ただ、並々ならぬ注意深さ、計算高さを持っているように感じた。私には魔術師としての力を計ることは出来ないが、盤上の駒にはおさまらない人物ではないかな」
「なるほどね、貴方がいうならそうなのでしょう」
クリスティーヌはアルメイダの人物観察眼に相当な信頼を置いているらしい。というよりは、クリスティーヌ自身が似たようなことを考えていたのである。
この政治というゲームには、勝ちを目指す能動的な行動者、「プレーヤー」が何人か存在する。その一人はまさに自分であり、ブライスデイル侯もそうであろう。ゲームに勝つために、使える駒を見極め、自分のものとして取り込み準備してきたのだが、いつでも新規参入のプレーヤーは現れるものである。あの少年は果たして「プレーヤー」なのか、駒に過ぎないのだろうか……。
**
ちょうど同じ頃、街道を東へと走る馬車があった。王室の紋章が入った馬車である。ジル、サイファー、ガストンはシュバルツバルトでの任務を終え、ルーンカレッジへと帰る途中であった。帝国へ使者として赴き、晩餐会に主賓として出席した。この間わずかに5日ほどのことであったが、3人はもう随分とカレッジに帰っていない気がした。
この間3人はカレッジの授業に出席することはできなかったが、流石にシュバルツバルト王家から依頼された任務であるため、公欠として扱われている。しかし、その間に授業で教えられた内容については身についていないわけであるから、後から自分で何とかするしかない。帰ったらまずブランクを埋めなければならない。
「サイファー、王都でゼノビアさんと剣の稽古をしたらしいな?」
ゼノビアから聞いたことである。ジルはその事について、もう少し詳しく知りたいと思っていた。
「聞いたのか? 礼は何が良いか聞かれたのでな、王国の“花の騎士”と呼ばれるゼノビア殿の手並み、自分で味わってみたかったんだ」
「強かったか?」
「ああ、かなりな。なにしろ、剣を強く打ち込んでもヒラリとかわされてしまうし、剣で上手く力を受け流されてしまう。それで態勢を崩したところをやられてしまった。結局5本やって5本とも取られてしまったよ」
「カレッジで負けなしのお前がな。さすがは近衛騎士団の副団長殿というところか」
「しかもゼノビア殿の真の強さはルミナスブレードにある。稽古での力が全てではないんだ」
「サイファーはその技見たことあるのか?」
「ああ、稽古が終わってから見せてもらった。あれは確かに破り辛いだろうな」
「どんな剣なんだ?」
「そうだな、ライトニングボルトが剣の周囲を巡っているような感じといえばよいか? 剣から伝わる電撃もライトニングボルトクラスの威力があるらしい」
「それは凄いな。実際に自分で見てみたくなった……」
ジルは今回ゼノビアと親しくなることが出来たが、唯一ルミナスブレードを見られなかったのが残念であった。
「それからガストン、お前ゼノビアさんに変な事を頼んだんじゃないだろうな?」
ジルがようやく思い出し、ガストンを問いただした。
「な、なんでだよ? な、何か聞いたのか?」
「いや、その事を聞いた時、ゼノビアさんの様子が妙におかしかったんだ。結局お前はまだ決めていない、ということだったが」
「……」
「本当は何を頼んだんだ?」
「……」
「ガストン!」
「……デートしてください、ってお願いしたんだよ!」
ジルとサイファーが顔を見合わせる。
「お前、そんな個人的なことを頼んだのか!? 呆れた奴だ」
サイファーが本当に呆れたというように、ガストンを詰なじる。
「しょうがないだろ! あんな美人なんだからデートしたくなるのも当たり前じゃないか! カレッジじゃこんなことそうそう出来ないんだしよ」
ガストンはヤケになったように自己弁護する。
(……俺のしたことはデートじゃないのだろうか……。そんなつもりはなかったが、結果としてあんなことになってしまったし……)
「それでゼノビアさんはなんて言ったんだ?」
サイファーがガストンを詰問する。
「俺のことは嫌いじゃないけど、そんな個人的な事は無理だって、そう言われたよ」
「当然だろうな。馬鹿なやつだ……」
サイファーは同じ戦士としてゼノビアに敬意を持っているだけに、ガストンに文句の一つも言いたくなるのだろう。
(…………)
「それでジルは何を頼んだんだよ?」
やや気落ちしたガストンが、何気なく訊ねる。サイファーもこちらに視線を向けている。
「……ああ、えーと、儀礼用の服を買ってもらった」
「もしかして、一緒に買いに行ったんじゃないだろうな?」
ガストンの目がキラリと光る。
「……い、いや、ゼノビアさんも忙しい人だから、サイズを測って店に注文してくれたんだよ」
「へー、いいじゃねーか。後で着て見せろよな」
「お、おう」
ジルはなぜか冷や汗をかいていた。嘘をついてしまったことで、何か後ろめたい気持ちがする。
レント伯クリスティーヌは、南部の自領へと戻る途中であった。今回王都へ赴いたのは、各貴族の動向を探り、各派と渡りをつけておくことが目的であった。偶然にも晩餐会が開かれ、興味深い若者の存在も知ることができたのは収穫であった。
「貴方はあのジルフォニア=アンブローズという若者についてどう思って?」
クリスティーヌが訊ねた相手は、右側に座す側近の男であった。
「ゼノビア殿とともにいた少年か?」
「そうよ。まだ若いけど、王や貴族たちが取り込もうとしているみたい。剣聖と呼ばれる貴方から見て、彼はどうかしら?」
男はアルメイダという。人からは剣聖という二つ名で呼ばれることもある。その名は王国剣闘大会で優勝し、無敗を誇っていたところからついた名である。彼は人生の大半を剣の腕を磨くことに費やし、その他のことは二の次で生きてきた。
クリスティーヌはアルメイダのような道を極めんとする者、極端な生き方をする者を好む。それがアルメイダを側近としている所以である。そして彼は意外にも、人間の心の動きや心理についても深い洞察力を持っていた。剣の達人だけに、他人との間合いや心を読むのであろう。
「剣の腕は大したことはないだろう。魔術師が護身用に剣を使う程度だろうな。……ただ、並々ならぬ注意深さ、計算高さを持っているように感じた。私には魔術師としての力を計ることは出来ないが、盤上の駒にはおさまらない人物ではないかな」
「なるほどね、貴方がいうならそうなのでしょう」
クリスティーヌはアルメイダの人物観察眼に相当な信頼を置いているらしい。というよりは、クリスティーヌ自身が似たようなことを考えていたのである。
この政治というゲームには、勝ちを目指す能動的な行動者、「プレーヤー」が何人か存在する。その一人はまさに自分であり、ブライスデイル侯もそうであろう。ゲームに勝つために、使える駒を見極め、自分のものとして取り込み準備してきたのだが、いつでも新規参入のプレーヤーは現れるものである。あの少年は果たして「プレーヤー」なのか、駒に過ぎないのだろうか……。
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ちょうど同じ頃、街道を東へと走る馬車があった。王室の紋章が入った馬車である。ジル、サイファー、ガストンはシュバルツバルトでの任務を終え、ルーンカレッジへと帰る途中であった。帝国へ使者として赴き、晩餐会に主賓として出席した。この間わずかに5日ほどのことであったが、3人はもう随分とカレッジに帰っていない気がした。
この間3人はカレッジの授業に出席することはできなかったが、流石にシュバルツバルト王家から依頼された任務であるため、公欠として扱われている。しかし、その間に授業で教えられた内容については身についていないわけであるから、後から自分で何とかするしかない。帰ったらまずブランクを埋めなければならない。
「サイファー、王都でゼノビアさんと剣の稽古をしたらしいな?」
ゼノビアから聞いたことである。ジルはその事について、もう少し詳しく知りたいと思っていた。
「聞いたのか? 礼は何が良いか聞かれたのでな、王国の“花の騎士”と呼ばれるゼノビア殿の手並み、自分で味わってみたかったんだ」
「強かったか?」
「ああ、かなりな。なにしろ、剣を強く打ち込んでもヒラリとかわされてしまうし、剣で上手く力を受け流されてしまう。それで態勢を崩したところをやられてしまった。結局5本やって5本とも取られてしまったよ」
「カレッジで負けなしのお前がな。さすがは近衛騎士団の副団長殿というところか」
「しかもゼノビア殿の真の強さはルミナスブレードにある。稽古での力が全てではないんだ」
「サイファーはその技見たことあるのか?」
「ああ、稽古が終わってから見せてもらった。あれは確かに破り辛いだろうな」
「どんな剣なんだ?」
「そうだな、ライトニングボルトが剣の周囲を巡っているような感じといえばよいか? 剣から伝わる電撃もライトニングボルトクラスの威力があるらしい」
「それは凄いな。実際に自分で見てみたくなった……」
ジルは今回ゼノビアと親しくなることが出来たが、唯一ルミナスブレードを見られなかったのが残念であった。
「それからガストン、お前ゼノビアさんに変な事を頼んだんじゃないだろうな?」
ジルがようやく思い出し、ガストンを問いただした。
「な、なんでだよ? な、何か聞いたのか?」
「いや、その事を聞いた時、ゼノビアさんの様子が妙におかしかったんだ。結局お前はまだ決めていない、ということだったが」
「……」
「本当は何を頼んだんだ?」
「……」
「ガストン!」
「……デートしてください、ってお願いしたんだよ!」
ジルとサイファーが顔を見合わせる。
「お前、そんな個人的なことを頼んだのか!? 呆れた奴だ」
サイファーが本当に呆れたというように、ガストンを詰なじる。
「しょうがないだろ! あんな美人なんだからデートしたくなるのも当たり前じゃないか! カレッジじゃこんなことそうそう出来ないんだしよ」
ガストンはヤケになったように自己弁護する。
(……俺のしたことはデートじゃないのだろうか……。そんなつもりはなかったが、結果としてあんなことになってしまったし……)
「それでゼノビアさんはなんて言ったんだ?」
サイファーがガストンを詰問する。
「俺のことは嫌いじゃないけど、そんな個人的な事は無理だって、そう言われたよ」
「当然だろうな。馬鹿なやつだ……」
サイファーは同じ戦士としてゼノビアに敬意を持っているだけに、ガストンに文句の一つも言いたくなるのだろう。
(…………)
「それでジルは何を頼んだんだよ?」
やや気落ちしたガストンが、何気なく訊ねる。サイファーもこちらに視線を向けている。
「……ああ、えーと、儀礼用の服を買ってもらった」
「もしかして、一緒に買いに行ったんじゃないだろうな?」
ガストンの目がキラリと光る。
「……い、いや、ゼノビアさんも忙しい人だから、サイズを測って店に注文してくれたんだよ」
「へー、いいじゃねーか。後で着て見せろよな」
「お、おう」
ジルはなぜか冷や汗をかいていた。嘘をついてしまったことで、何か後ろめたい気持ちがする。
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