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1 ルーンカレッジ編
046 ヴァルハラ祭 〜サイファーの戦い4
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剣闘大会は順調に進んでいた。Aの山はやはりサイファーが制し、Bの山は魔法戦士コース3年のダールトンが勝ち上がってきた。ダールトンは3年の中では最も強く、サイファーに次ぐ優勝候補であった。これまでサイファーの後塵を拝することが多かったため、並々ならぬ覚悟を持って大会に望んでいるようだ。
2人がそれぞれの開始線上で対峙した。サイファーはいつもと同じく冷静な様子だが、ジルの見るところ、ダールトンの方は気合がかちすぎているような気がした。2人は開始の合図で剣を合わせると……同時に呪文の詠唱に入った。これは双方とも意外であったとみえ、互いに驚いた表情で見つめ合う。
――呪文はダールトンの方が早く完成する。
唱えていた魔法はヘイストである。ヘイストは対象の敏捷性を約2割ほど上げる呪文である。肉体の限界を超えた速さを実現するのと引き換えに、この呪文には2つの後遺症がある。
一つは、肉体に過度な負荷をかけるため、多くの場合で翌日以降、早ければその日のうちに筋肉痛になることである。筋肉痛と言えば取るに足らないことのように感じるかもしれないが、肉体の痛みは確実に運動能力や反応速度に影響を与えるため、翌日以降はむしろ能力が一時的に衰えることになる。翌日以降も戦いがあるなら、これは大きなハンデを抱え込むことになるだろう。
更にもう一つの後遺症は、こちらの方がある意味深刻かもしれないが、寿命がわずかとはいえ縮まることである。肉体に過剰なスピード強いることにより、心臓に強い負担をかけるためである。
このように、ヘイストは見返りも大きいが、リスクも高い魔法なのである。だが、ダールトンとしてみれば、この試合に勝つことが最優先で、明日以降は何も予定がないことを計算して使ったのである。寿命が縮むのもほんの僅かな時間であれば問題ない、そう考えたのであろう。
呪文が先に完成したことで、ダールトンは勝機を見出したのだろう。すぐさまサイファーへと突進する。さすがにヘイストがかかっているだけに速い。あっという間に自分とサイファーとの間にあった距離をつめる。勝った! ダールトンはそう思ったであろう。
しかしそれと同時にサイファーの呪文も完成する。だが刹那の間でダールトンは思った。ここまで近づくことが出来れば、ほとんどの魔法は完成したところで何とかなる、と。サイファーの魔法はプロテクションアーマー(防御力強化)か、フレアなどの攻撃魔法か。フレアなら集中力を高め攻撃に耐えなければならない。そして無防備となったサイファーに剣を叩き込むのだ。
だが魔法による衝撃は来なかった。
(攻撃魔法ではなかったか!?)
ならばサイファーに何か変化があったはずだ。防御力を強化したのだろうか? しかしここでそれが分かるはずはない。ダールトンは余計なことを考えるのは止め、サイファーへと剣を振るった。だが……。
――遅い。
ダールトンは自分の身体の動きが遅くなっている事に気がついた。いままでがヘイストのおかげで高速だったため、余計に遅く感じる。自分の周りの時間だけがゆっくりと流れているような感覚がする。
サイファーのかけた魔法はスロウだったのである。スロウは対象のスピードを約2割遅くする魔法である。ヘイストが自分に対して副作用があるのに対し、スローは敵にかける魔法であるため、そのようなデメリットはない。
スローに問題点があるとすれば、敵に対して使う魔法であるため、敵がレジスト(抵抗)したり魔法による防御をしている場合、無効化されるおそれがあることである。逆に言えば、ヘイストは自分や味方にかける魔法なのでほぼ確実に魔法が成功するメリットがある。
ヘイストもスローも、いや他の魔法もそうであるが、魔法は術者の能力によって効果が大きく変わる。同じファイアーボールでも習得したばかりの魔術師と高レベルの魔術師とでは、威力や効果範囲に差が出るのである。
この時、魔術師としてはダールトンよりもサイファーの方が優れていた。ゆえにサイファーのスロウの効果の方がヘイストを上回った。ダールトンは通常よりも自分がゆっくりとしか動けないことに、異常さを感じていた。この瞬間ダールトンは自分がスロウをかけられたことに気づいているだろうか。スロウは対象の思考をも遅くするがゆえに……。
サイファーはダールトンの剣を叩き落とし、高速の突きをダールトンの喉元につきつけた。突きが当たる寸前で止めている。このような大会で無駄に怪我人を出したくないと思ったのであろう。ダールトンは天を仰ぎ、自らの負けを認める。その顔には無念さがにじみ出ていた。
わあっ、と観客から歓声が沸き起こる。
軽く手を上に突き上げたサイファーを、大勢の人間が讃えている。カレッジの中の小さいな大会とはいえ、ルーンカレッジは魔法の先進的学校であり、学生でも魔法戦士のレベルは低くない。サイファーは一戦士として充分に強いことを証明してみせたのである。
大会に出場した選手たちに囲まれ、祝いの言葉をかけられているサイファーを遠目に眺め、ジルとレニは客席を立った。この状況では声をかけるにしても、相当な時間がかかるだろう。おめでとう、そう聞こえるはずもない祝辞を残して、ジルたちは闘技場を後にし、魔法大会の会場へと向かっていった。
2人がそれぞれの開始線上で対峙した。サイファーはいつもと同じく冷静な様子だが、ジルの見るところ、ダールトンの方は気合がかちすぎているような気がした。2人は開始の合図で剣を合わせると……同時に呪文の詠唱に入った。これは双方とも意外であったとみえ、互いに驚いた表情で見つめ合う。
――呪文はダールトンの方が早く完成する。
唱えていた魔法はヘイストである。ヘイストは対象の敏捷性を約2割ほど上げる呪文である。肉体の限界を超えた速さを実現するのと引き換えに、この呪文には2つの後遺症がある。
一つは、肉体に過度な負荷をかけるため、多くの場合で翌日以降、早ければその日のうちに筋肉痛になることである。筋肉痛と言えば取るに足らないことのように感じるかもしれないが、肉体の痛みは確実に運動能力や反応速度に影響を与えるため、翌日以降はむしろ能力が一時的に衰えることになる。翌日以降も戦いがあるなら、これは大きなハンデを抱え込むことになるだろう。
更にもう一つの後遺症は、こちらの方がある意味深刻かもしれないが、寿命がわずかとはいえ縮まることである。肉体に過剰なスピード強いることにより、心臓に強い負担をかけるためである。
このように、ヘイストは見返りも大きいが、リスクも高い魔法なのである。だが、ダールトンとしてみれば、この試合に勝つことが最優先で、明日以降は何も予定がないことを計算して使ったのである。寿命が縮むのもほんの僅かな時間であれば問題ない、そう考えたのであろう。
呪文が先に完成したことで、ダールトンは勝機を見出したのだろう。すぐさまサイファーへと突進する。さすがにヘイストがかかっているだけに速い。あっという間に自分とサイファーとの間にあった距離をつめる。勝った! ダールトンはそう思ったであろう。
しかしそれと同時にサイファーの呪文も完成する。だが刹那の間でダールトンは思った。ここまで近づくことが出来れば、ほとんどの魔法は完成したところで何とかなる、と。サイファーの魔法はプロテクションアーマー(防御力強化)か、フレアなどの攻撃魔法か。フレアなら集中力を高め攻撃に耐えなければならない。そして無防備となったサイファーに剣を叩き込むのだ。
だが魔法による衝撃は来なかった。
(攻撃魔法ではなかったか!?)
ならばサイファーに何か変化があったはずだ。防御力を強化したのだろうか? しかしここでそれが分かるはずはない。ダールトンは余計なことを考えるのは止め、サイファーへと剣を振るった。だが……。
――遅い。
ダールトンは自分の身体の動きが遅くなっている事に気がついた。いままでがヘイストのおかげで高速だったため、余計に遅く感じる。自分の周りの時間だけがゆっくりと流れているような感覚がする。
サイファーのかけた魔法はスロウだったのである。スロウは対象のスピードを約2割遅くする魔法である。ヘイストが自分に対して副作用があるのに対し、スローは敵にかける魔法であるため、そのようなデメリットはない。
スローに問題点があるとすれば、敵に対して使う魔法であるため、敵がレジスト(抵抗)したり魔法による防御をしている場合、無効化されるおそれがあることである。逆に言えば、ヘイストは自分や味方にかける魔法なのでほぼ確実に魔法が成功するメリットがある。
ヘイストもスローも、いや他の魔法もそうであるが、魔法は術者の能力によって効果が大きく変わる。同じファイアーボールでも習得したばかりの魔術師と高レベルの魔術師とでは、威力や効果範囲に差が出るのである。
この時、魔術師としてはダールトンよりもサイファーの方が優れていた。ゆえにサイファーのスロウの効果の方がヘイストを上回った。ダールトンは通常よりも自分がゆっくりとしか動けないことに、異常さを感じていた。この瞬間ダールトンは自分がスロウをかけられたことに気づいているだろうか。スロウは対象の思考をも遅くするがゆえに……。
サイファーはダールトンの剣を叩き落とし、高速の突きをダールトンの喉元につきつけた。突きが当たる寸前で止めている。このような大会で無駄に怪我人を出したくないと思ったのであろう。ダールトンは天を仰ぎ、自らの負けを認める。その顔には無念さがにじみ出ていた。
わあっ、と観客から歓声が沸き起こる。
軽く手を上に突き上げたサイファーを、大勢の人間が讃えている。カレッジの中の小さいな大会とはいえ、ルーンカレッジは魔法の先進的学校であり、学生でも魔法戦士のレベルは低くない。サイファーは一戦士として充分に強いことを証明してみせたのである。
大会に出場した選手たちに囲まれ、祝いの言葉をかけられているサイファーを遠目に眺め、ジルとレニは客席を立った。この状況では声をかけるにしても、相当な時間がかかるだろう。おめでとう、そう聞こえるはずもない祝辞を残して、ジルたちは闘技場を後にし、魔法大会の会場へと向かっていった。
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