シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

055 進級試験

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 ルーンカレッジは春から夏を迎えようとしていた。毎年この時期は進級をかけた試験が行われ、学生たちの悲喜こもごもな様子が見られる。

 ルーンカレッジの進級は甘くなく、条件を満たさない限り永遠に上に上がることはできない。ジルは今年中級を1年で終えて上級に進級するつもりであった。正直なところ、中級の授業や環境では物足りないので、早く上級で高度な魔法の研究がしたいところであった。

 ジルと同じく上級への進級試験を受ける学生には、ガストン、イレイユ、ルクシュがいた。ジル以外の3人は中級の3年である。進級の条件は、軍事演習などの必須単位をとっていることと試験の成績である。試験は第二位階の魔法を行使して見せることや、一定以上の詠唱速度であることが求められる。つまり第二位階の魔法を一つでも習得しないかぎり、上級には上がれないということだ。

 正直なところ、ジルはこの進級試験で落ちるとは全く思っていなかった。すでに第三位階の魔法を習得しているし、ジルの詠唱速度はカレッジでも有数である。上級に進級することは自分の中では規定の事実であった。

 ジルのみるところ、イレイユ、ルクシュも問題ない。イレイユは召喚魔法のスペシャリストとして、すでに第三位階までの魔法を使えるし、ルクシュも神聖魔法に限定されるが類まれな能力を持っている。危ないのはガストンだろう。

 ガストンは第二位階の魔法を使えるが、詠唱速度に難があった。進級に求められる速度は、一般の学生にとってはかなりハードルが高いのだ。

 ある日、ロクサーヌの上級魔法の授業が終わってから、この4人で喫茶室に行った。ハードな授業が終わった後の休憩というのもあるが、これから受ける進級試験についての相談である。たまにはこうした同じクラスの友人との交流も良いものだ、そうジルは感じていた。もちろん、気心の知れた相手に限られるのだが……

 みな思い思いに紅茶やコーヒーを注文する。一日の授業が終わってからの一服というのは心に安らぎを与える。

「はー、今日も疲れたよねぇー。ロクサーヌ先生飛ばし過ぎぃ」

 いつも元気が良いイレイユが、疲れていながらも元気に話している。

 今日のロクサーヌの授業は、魔法闘技大会で使われたドームで行われた。わざわざこのドームを使用したのは、危険な攻撃魔法の訓練をするためである。今日は、第三位階の中でもファイアーボールの練習であった。ジルはロクサーヌに指名され、皆の前で実演させられたものである。

 ジルはすでにファイアーボールを使えるが、それでもロクサーヌの授業を受ける意味はある。威力を上げる工夫や火球の数自体を増やすことなど、試みるべきことは色々とあるのである。

 第三位階の魔法は使用にかなりの魔力が必要となるため、一つの授業でまるまる練習するとかなり疲労する。とくに魔力量があまり多くない学生の中には、最後は見ているだけになっていた者もいる。ガストンが無事に切り抜けられたのは、上手く手を抜いていたからである。

「ガストンは進級試験危ないんじゃないか?」

 ジルは心配していたことを口にする。ルームメートとしてはやはり放っておくこともできない。

「そうそう! わたしも思ってた。ガストンってぎりぎりっぽいよねー」

 イレイユが遠慮のないことを言う。やはり思っていることはみな同じようだ。

「おう、俺だって自分でもヤバイってことは分かってるぜ」

 その割に悲壮感のない調子でガストンがこたえる。

「それで試験を切り抜けるために、何か良い考えがあるのか?」

「ある!!」

「おおーーー!!」

 ガストンが何も考えてないと思っていたイレイユが意外そうな声を上げた。

「まさか、ガストンがちゃんと考えてたとはね~」

「イレイユ、ガストンさんに悪いよぉ」

 人の良いルクシュがイレイユの毒舌を制する。

「それで、どんな考えなんだ?」

 ジルもやや意外な表情で聞いた。

「特訓あるのみに決まってるだろ! 他に魔法が上手くなる方法があるかよ」

「それで上手くいくなら誰も苦労はないわけだが……」

「ガストンさん、大丈夫ですか? 私で良かったら協力しますよ……」

 ルクシュまでが控えめに協力を申し出る。

「ルクシュちゃん、ありがとう。でも俺にも考えがあるんだ」

 何か上手くいく確信めいたものがあるようだ。
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