シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

067 レムオン=クリストバインという男4

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 レムオンが一躍英雄として有名になったのは、やはりバルダニアとの戦争であった。この戦いは、後に第二次スリント戦役と呼ばれることになったものである。カイルの失態で完敗したシュバルツバルトは、モデルン鉱山の「奪回」と国家の威信をかけて、再び大規模な軍勢をスリント荒野に派遣したのである。

 シュバルツバルトとバルダニアは、再び国境の鉱山をめぐって戦争を繰り広げることになった。当初両軍の軍勢はほぼ互角の2万対2万と思われた。ところがバルダニアは、時間差で1万の別働隊を両軍が衝突する寸前に派遣してきた。バルダニアは増援があることを巧妙に隠した上で、増援軍にシュバルツバルトの側面をつかせたのである。

 カイルとは異なり、今度はシュバルツバルトの右軍も奮戦したが、側面をつかれたことで足並みは乱れ、深刻な損失を被った。そして右軍の乱れによって、前回と同じく中央と左軍は動揺を見せ始めていた。シュバルツバルトは再びバルダニアに敗北するのか、この戦いに参加した者たちは等しくそう思ったことだろう。

 この時、レムオンの軍は中央軍の後衛に位置していた。シュバルツバルトの上層部は、この評判の良くない新たな領主を全く信用していなかった。そこで戦いには参加しない可能性もある遊軍として配置していたのである。
 
 遊軍とは、戦局の展開により、自己の判断で独自に動くことが許される部隊である。率いる兵力はクリストバイン領の兵士1000人ほどの中規模な部隊である。上層部としては、レムオンには数から言っても、何ら戦いの勝敗を決する影響力はないと思っていたのであろう。

 全軍崩壊の危機に直面して、レムオンは何ら感情を表に出すことはなかった。彼が戦線を見るところ、シュバルツバルトの敗勢は覆し難い。ただ何とか引き分けに持ち込む可能性があるとすれば、敵の増援軍を瓦解させるしかない。

 レムオンは1000の兵に出陣を命じ、自軍の後方から大きく迂回して、敵増援軍の背後を狙った。バルダニア軍は勢いづいて後ろに目がいっていない。そこが付け込みどころであった。

 全体の兵数からいえば、1000という数字はわずかな兵であった。しかしこの時、1000の兵は戦局を大きく変える作用を及ぼした。バルダニア増援軍の背後から、レムオンの軍はアレクセイを中心に全軍突撃を敢行したのである。アレクセイは勇猛な騎士であり、レムオンはただ彼に任せておけば良かった。

 増援軍は無力な敵を熱狂的に殺戮しているところに、突然後ろから襲いかかられ大混乱に陥った。さらにレムオンは乱れた増援軍を巧みに誘導し、敵主力軍の方へと逃げさせた。バルダニア軍は混乱を収拾するため、軍を一旦後方へ撤退させることを決意する。

 レムオンはこの機を逃すことはなかった。もしバルダニアが軍を立て直すことに成功すれば、兵力からいってシュバルツバルトに勝機はなくなるだろう。レムオンの活躍で増援軍に多くの損失を与えたとはいえ、シュバルツバルトも緒戦で多くの兵を失っている。これを逆転させるためには、敵軍が混乱に陥っている今しか勝機はない、レムオンはそう考えた。

 レムオンはわずか1000の部隊を率い、そのまま無謀にも見える突撃を敢行する。これは自らの命と隊の生命とを犠牲にする行為であった。この時レムオンの胸中には何があったのか。功名心や英雄的な自己犠牲ではなく、自らの命に価値を見出さない虚無がそこにはあったのである。

 ここでレムオンにとっては幸運なことに、シュバルツバルト軍の主力からも、レムオンの動きに合わせてバルダニア軍へと突撃する部隊が現れた。比較的損害のすくなった左翼軍を指揮するザカリアスの軍である。ザカリアスの率いる兵は約6000、彼もこの機に賭けるしか勝機は無いとみたのである。

 レムオンとザカリアスの突撃によって、バルダニアは軍を立て直す機会を失い、ずるずると損失を拡大し続けた。するとシュバルツバルトの本軍もこの間にようやく混乱を鎮めることに成功、全軍でバルダニア軍を攻撃する。そしてバルダニアは全軍崩壊へと陥った。

 結局この戦いの損失は、シュバルツバルト軍が全軍の約1割の2000、バルダニアは増援軍を合わせ8000と、全軍の3割弱に及んだ。そして勝利したシュバルツバルトはモデルン鉱山の支配権を獲得し、ここに砦を築いて恒久的支配を目論むことになる。

 レムオン=クリストバインの名は、この戦いで一躍有名になり、英雄レムオンとして人々に記憶されることになった。シュバルツバルト軍が都ロゴスに帰還した時、人々はこの若き伯爵を英雄と褒めそやしたのである。従来陰口を叩き、冷笑を浮かべていた人々は、手のひらを返し彼を賞賛したのであった。

 レムオンはそんな世間を見ながら、しかし心が動かされることはなかった。所詮いま彼を讃えている人々は、彼が失敗した時はすぐに批判する側に回るに違いない。いかさか屈折した思考かもしれないが、彼は素直にそれを受け入れることが出来なかったのである。

 彼が心に抱いていた虚無が解消されたのは、その後アニスを妻とし、レニが生まれてからのことである。レムオンは初めて自分の人生に意味を見出すことができたのである。

 レムオンはこの後、軍の指揮官としてバルダニアとの戦いで幾度も戦功を立て、英雄としての評価を不動のものとした。レニの父、英雄レムオン=クリストバインとはそのような人物であった。
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