82 / 107
2 動乱の始まり編
082 帝国の策謀3
しおりを挟む
「我々にとっては長男ユリウスが王位につくことがベストだったんだがな。そのためにアルネラの暗殺まで試みたわけだが……」
玉座に頬杖をつきながらヴァルナードはそうつぶやいた。若き皇帝ヴァルナードは、帝国による大陸統一を夢見ている。そのためには隣国のシュバルツバルトは無能な王であった方がよい。
だがここで王位継承問題が巻き起こった。ユリウスの王位継承は危ういとの情報があり、どうやらそれは現実となりそうだと分かった。そこで彼らは王位継承権第二位アルネラの暗殺を企てたのである。ルヴィエも暗殺対象として考慮されたが、まだ13才のルヴィエは王宮からなかなか出てこないこと、そしてブライスデイル侯の手の者が固くガードしていることから、候補から外された。
計画が上手くいきアルネラがいなくなれば、ブライスデイル侯が推すルヴィエが有力となるが、その分アルネラ派がユリウス側につく可能性が高い。またそうならなければ、彼らが裏で介入して反ブライスデイル派を糾合することも考えていたのだ。
しかしこれはもはや机上の空論になってしまった。現実にはアルネラの暗殺には失敗し、彼女は依然有力候補のままである。ではアルネラとルヴィエ、どちらが帝国としては好ましいか。これはなかなか結論を下すのが難しい。
彼の得ている情報によれば、女ながらアルネラは近臣の忠誠をよく集めており、指導者としては未知数ながら決して無能ではないようだ。そしてなにより、帝国から独立する際の謀反人アリアのように、王国を一つにまとめる象徴となりかねないことが懸念された。
一方ルヴィエもまだ13才と若いが、兄のユリウスより大器であると近臣の間から持ち上がっているらしい。もちろん贔屓目もあるであろうが、ユリウスにはそのような評価が全くなかったことを考えると、標準以上の能力がありそうだった。
だとすれば、ここは帝国としては静観するしかあるまい、そうヴァルナードは思案を巡らせた。
「陛下…………陛下!」
ザービアックがヴァルナードの思考をさえぎった。ヴェルナードは面前に控えた大魔導師に視線を向ける。
「実は一つ懸念材料がございます」
「なんだ?」
「まだ確たることは言えませぬが、実は今回の事、ベイロン殿の仕業だと感づいた者が居るやもしれません」
「なに!?」
ヴァルナードとベイロンの二人が驚いて同時に大きな声をあげた。
「まさか! 私の機密保持は問題なかったはずだ」
ベイロンは心外だと言わんばかりにザービアックを問いただした。
「いや、敵方ではないのだ。我が帝国の者で気づいた者がいるかもしれないのだ」
「なに? ……だが帝国の者なら例え知られたとしてもそう問題ではないということか?」
「どうかな……。その人物というのが問題なのだ」
ザービアックは答えを濁らせた。
「誰だ? 早く言えっ」
ザービアックの勿体ぶった態度にイラッと来たベイロンが催促する。
「エルンスト=シュライヒャー殿だ」
「なに? あの老将軍か?」
本当であればことである。エルンスト=シュライヒャーは「帝国軍を支える一柱」と称される名将ではないか。
「ザービアック、どういうことだ? なぜエルンストがそれに気づいたと分かったのだ」
今度はヴァルナードがザービアックに先を急がせた。
「私の部下にキルクスという男がおります。シュバルツバルトがシュライヒャー殿に弔問の使者を送ったことは陛下もご記憶にあるかと思いますが、キルクスはその使者に同行していたのです」
「……それで?」
「シュライヒャー邸でご息女の遺品が引き渡されたのですが、その席で彼女を殺したのが“三日月形の傷の男”であることが伝えられたのです。それを聞いたシュライヒャー殿は顔色を変え、しばらく考えこんでいたということです」
「うぅ……」
ザービアックの説明を聞いて、ベイロンがうなった。その情報が正しいとすれば、シュライヒャーは確かに気づいているのかもしれない。だが――
「しかし、そもそもあの御仁は私のことを知っているのか? 私のことを知るのは陛下と貴公の他、極わずかなはず。軍の重要人物であるとはいえ、シュライヒャー殿は表側の人物、私のような裏の人間のことは知らないはずだが……」
「それは確かなことは分からない。だがキルクスの証言によれば、シュライヒャー殿も確実にそれが貴公だと断定したわけではないようだ。貴公のことは断片的な噂のようなものしか知らないのかもしれない」
予想外の展開に、ヴァルナードとベイロンが押し黙った。しばらく沈黙が場を支配していた。
玉座に頬杖をつきながらヴァルナードはそうつぶやいた。若き皇帝ヴァルナードは、帝国による大陸統一を夢見ている。そのためには隣国のシュバルツバルトは無能な王であった方がよい。
だがここで王位継承問題が巻き起こった。ユリウスの王位継承は危ういとの情報があり、どうやらそれは現実となりそうだと分かった。そこで彼らは王位継承権第二位アルネラの暗殺を企てたのである。ルヴィエも暗殺対象として考慮されたが、まだ13才のルヴィエは王宮からなかなか出てこないこと、そしてブライスデイル侯の手の者が固くガードしていることから、候補から外された。
計画が上手くいきアルネラがいなくなれば、ブライスデイル侯が推すルヴィエが有力となるが、その分アルネラ派がユリウス側につく可能性が高い。またそうならなければ、彼らが裏で介入して反ブライスデイル派を糾合することも考えていたのだ。
しかしこれはもはや机上の空論になってしまった。現実にはアルネラの暗殺には失敗し、彼女は依然有力候補のままである。ではアルネラとルヴィエ、どちらが帝国としては好ましいか。これはなかなか結論を下すのが難しい。
彼の得ている情報によれば、女ながらアルネラは近臣の忠誠をよく集めており、指導者としては未知数ながら決して無能ではないようだ。そしてなにより、帝国から独立する際の謀反人アリアのように、王国を一つにまとめる象徴となりかねないことが懸念された。
一方ルヴィエもまだ13才と若いが、兄のユリウスより大器であると近臣の間から持ち上がっているらしい。もちろん贔屓目もあるであろうが、ユリウスにはそのような評価が全くなかったことを考えると、標準以上の能力がありそうだった。
だとすれば、ここは帝国としては静観するしかあるまい、そうヴァルナードは思案を巡らせた。
「陛下…………陛下!」
ザービアックがヴァルナードの思考をさえぎった。ヴェルナードは面前に控えた大魔導師に視線を向ける。
「実は一つ懸念材料がございます」
「なんだ?」
「まだ確たることは言えませぬが、実は今回の事、ベイロン殿の仕業だと感づいた者が居るやもしれません」
「なに!?」
ヴァルナードとベイロンの二人が驚いて同時に大きな声をあげた。
「まさか! 私の機密保持は問題なかったはずだ」
ベイロンは心外だと言わんばかりにザービアックを問いただした。
「いや、敵方ではないのだ。我が帝国の者で気づいた者がいるかもしれないのだ」
「なに? ……だが帝国の者なら例え知られたとしてもそう問題ではないということか?」
「どうかな……。その人物というのが問題なのだ」
ザービアックは答えを濁らせた。
「誰だ? 早く言えっ」
ザービアックの勿体ぶった態度にイラッと来たベイロンが催促する。
「エルンスト=シュライヒャー殿だ」
「なに? あの老将軍か?」
本当であればことである。エルンスト=シュライヒャーは「帝国軍を支える一柱」と称される名将ではないか。
「ザービアック、どういうことだ? なぜエルンストがそれに気づいたと分かったのだ」
今度はヴァルナードがザービアックに先を急がせた。
「私の部下にキルクスという男がおります。シュバルツバルトがシュライヒャー殿に弔問の使者を送ったことは陛下もご記憶にあるかと思いますが、キルクスはその使者に同行していたのです」
「……それで?」
「シュライヒャー邸でご息女の遺品が引き渡されたのですが、その席で彼女を殺したのが“三日月形の傷の男”であることが伝えられたのです。それを聞いたシュライヒャー殿は顔色を変え、しばらく考えこんでいたということです」
「うぅ……」
ザービアックの説明を聞いて、ベイロンがうなった。その情報が正しいとすれば、シュライヒャーは確かに気づいているのかもしれない。だが――
「しかし、そもそもあの御仁は私のことを知っているのか? 私のことを知るのは陛下と貴公の他、極わずかなはず。軍の重要人物であるとはいえ、シュライヒャー殿は表側の人物、私のような裏の人間のことは知らないはずだが……」
「それは確かなことは分からない。だがキルクスの証言によれば、シュライヒャー殿も確実にそれが貴公だと断定したわけではないようだ。貴公のことは断片的な噂のようなものしか知らないのかもしれない」
予想外の展開に、ヴァルナードとベイロンが押し黙った。しばらく沈黙が場を支配していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
170
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる