90 / 107
2 動乱の始まり編
090 潜入するエルフ
しおりを挟む
その夜、寝ているガストンを横目に、ジルは魔法の研究に取り組んでいた。第四位階の魔法「フライ」である。「フライ」は人が空を飛ぶことを可能にする上級魔法で、一部の魔術師しか使用できない高度な魔法である。飛んでいる間は持続的に魔力を消費することになるので、実際に使うには高い魔力量が求められる。ジルは呪文の詠唱や手振りをチェックし、時間の短縮を図っていた。
――コツンっ
何かが窓に当たる音がした。不審に思い窓際へ見に行くと、木の上にエルフのミリエルの姿があった。彼女は手招きをして、こちらへ来いと合図をしている。
ミリエルには、エルンスト=シュライヒャーの監視と情報収集を依頼していた。彼女が帰ってきたということは、何かつかんだとのかもしれない。ジルは急いで宿舎から外へと出た。
「ご苦労だったな、ミリエル。よく無事に帰ってきてくれた」
ジルはミリエルと顔を合わせると、そうねぎらいの言葉をかけた。以前彼女の命を救ったことがあるとはいえ、かなりの危険がともなう件を頼んでいたのだ。
「ま、まあね。私が自分で決めたことなんだから、気にしなくていいのよ」
素直に礼を言われ、ミリエルは照れているようだった。やはりエルフというのは人間よりも随分純粋らしい。
「それで、なにか分かったのか?」
「そのことなんだけどね……実は私、そのエルンストというおじさんに見つかっちゃったのよ」
「なに!?」
何気ない口調であったが、ミリエルは重大な事実を明らかにした。監視の対象に見つかるということは、普通は任務の失敗を意味する。ジルはミリエルに期待していただけに失望が大きかった。
「インビジブルで姿を隠していたんだけど、部屋を探っている時に帰ってきてしまって、気配で感づかれてしまったのよ」
エルンストは叩き上げの武人だけに、目に見えなくても気配で何者かの存在を感知したのであろう。ジルは一つ大きく呼吸をし、心を落ちつけミリエルにたずねた。
「では、任務は失敗したということなんだな?」
「いえ、そういうわけでもないの。実は見つかっちゃったんだけど、その上で私のことを使者として認め、情報を提供してくれたのよ。彼からの書状も与って来たわ」
意外な答えであった。エルンストは初めて会う人間でもないこのエルフ娘を信用したということなのか?
「どういうことだ? 順を追って話してくれ」
ミリエルはエルンストに見つかった時のことを話しだした。
**
ジルからの依頼を受けたミリエルは、帝国へと潜入した。まずインビジブルの魔法で姿を隠し、ランスからベルンのルートではなく、アム河を直接渡って国境を越える方法をとった。アム河の水深は深く、普通であれば容易に渡れる場所ではない。だがミリエルには、エルフに伝わる水属性の魔法がある。水の上を歩くことのできる魔法「ウォーターウォーク(水上歩行)」である。
こうしてミリエルは、普通の人間には不可能なルートで国境を越えた。あとはジルに教えてもらったシュライヒャー領までの道を行くと、領主の館を簡単に見つけることができた。
ミリエルはしばらく外から館を監視していたが、人の出入りは少なく、使用人も最低限の数しかいないようだった。これなら館に潜入するのも難しくないだろうと思われた。
ただし、裏手にある森に自分と同じく館を監視している人間がいるのが気になった。これがジルの言った自分以外にエルンストを監視する者なのかもしれない。幸い透明化しているミリエルは、彼らには補足されていない。ミリエルはインビジブルの魔法をかけ直すと、使用人が裏戸から食料を運び入れる際に中へと入っていった。
――コツンっ
何かが窓に当たる音がした。不審に思い窓際へ見に行くと、木の上にエルフのミリエルの姿があった。彼女は手招きをして、こちらへ来いと合図をしている。
ミリエルには、エルンスト=シュライヒャーの監視と情報収集を依頼していた。彼女が帰ってきたということは、何かつかんだとのかもしれない。ジルは急いで宿舎から外へと出た。
「ご苦労だったな、ミリエル。よく無事に帰ってきてくれた」
ジルはミリエルと顔を合わせると、そうねぎらいの言葉をかけた。以前彼女の命を救ったことがあるとはいえ、かなりの危険がともなう件を頼んでいたのだ。
「ま、まあね。私が自分で決めたことなんだから、気にしなくていいのよ」
素直に礼を言われ、ミリエルは照れているようだった。やはりエルフというのは人間よりも随分純粋らしい。
「それで、なにか分かったのか?」
「そのことなんだけどね……実は私、そのエルンストというおじさんに見つかっちゃったのよ」
「なに!?」
何気ない口調であったが、ミリエルは重大な事実を明らかにした。監視の対象に見つかるということは、普通は任務の失敗を意味する。ジルはミリエルに期待していただけに失望が大きかった。
「インビジブルで姿を隠していたんだけど、部屋を探っている時に帰ってきてしまって、気配で感づかれてしまったのよ」
エルンストは叩き上げの武人だけに、目に見えなくても気配で何者かの存在を感知したのであろう。ジルは一つ大きく呼吸をし、心を落ちつけミリエルにたずねた。
「では、任務は失敗したということなんだな?」
「いえ、そういうわけでもないの。実は見つかっちゃったんだけど、その上で私のことを使者として認め、情報を提供してくれたのよ。彼からの書状も与って来たわ」
意外な答えであった。エルンストは初めて会う人間でもないこのエルフ娘を信用したということなのか?
「どういうことだ? 順を追って話してくれ」
ミリエルはエルンストに見つかった時のことを話しだした。
**
ジルからの依頼を受けたミリエルは、帝国へと潜入した。まずインビジブルの魔法で姿を隠し、ランスからベルンのルートではなく、アム河を直接渡って国境を越える方法をとった。アム河の水深は深く、普通であれば容易に渡れる場所ではない。だがミリエルには、エルフに伝わる水属性の魔法がある。水の上を歩くことのできる魔法「ウォーターウォーク(水上歩行)」である。
こうしてミリエルは、普通の人間には不可能なルートで国境を越えた。あとはジルに教えてもらったシュライヒャー領までの道を行くと、領主の館を簡単に見つけることができた。
ミリエルはしばらく外から館を監視していたが、人の出入りは少なく、使用人も最低限の数しかいないようだった。これなら館に潜入するのも難しくないだろうと思われた。
ただし、裏手にある森に自分と同じく館を監視している人間がいるのが気になった。これがジルの言った自分以外にエルンストを監視する者なのかもしれない。幸い透明化しているミリエルは、彼らには補足されていない。ミリエルはインビジブルの魔法をかけ直すと、使用人が裏戸から食料を運び入れる際に中へと入っていった。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
【完結】お父様の再婚相手は美人様
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
シャルルの父親が子連れと再婚した!
二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。
でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる