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2 動乱の始まり編
092 エルフ娘使者となる
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バタン――
扉を開けて初老の男が部屋に入ってきた。彼はやや疲れた表情を浮かべ、部屋の奥にある椅子に深く腰掛けた。
「ふーー」
エルンストは深く溜息をついた。そして部屋の天井を見つつ、何事か考え事をしているようであった。時間にしておよそ5分。ミリエルは物音を立てないよう気をつけているが、じっとしていることは存外に大変なことだ。そのミリエルが立てたほんの小さな音をエルンストは聞き逃さなかった。彼自身が静かに物思いをし、館が静まりかえっていたのが災いした。
エルンストは机においた剣を手に取ると、油断なくそれを構えた。彼は部屋を見渡すが、不審なものは何もない。では部屋の天井や館の外に何者かが潜んでいるのか。しかし音は自分の近くから聞こえたはずだ、彼はそう考えた。
「何者だ! わしが帝国の将軍エルンスト=シュライヒャーと知ってこの館に侵入したのか? ベイロンや皇帝に命じられた者か? 姿を見せろ、曲者め!」
エルンストは剣を抜きつつ、部屋の中をにじり歩いた。戦士として力が衰えたとはいえ、超一流の戦士であったエルンストは、自己の感覚を信頼していた。その感覚からすれば、見た目には何も居ないが、部屋の中には確かに何者かがいる気配がある。エルンストは無駄かもしれないが、抜いた剣を振り回しつつ部屋を歩きまわった。使用人がそれを見れば、エルンストが狂ったと思ったかもしれない。
だがこれにはミリエルも閉口した。エルンストが暴風のように剣を振り回してやってくる。広くはない部屋でそれを完全にかわしきるのは難しい。そしてかわす時にまた音を立ててしまう。これでエルンストは、方法は分からないが何者かが潜んでいることを確信した。
ミリエルはついにエルンストに降参した。ジルの情報から判断すれば、エルンストは必ずしも敵対する者ではない。話せば分かってくれるかもしれないのだ。
「分かった! 降参するわ。いま姿を見せるから!」
そう怒鳴った若い女の言葉に、エルンストも驚く。なにしろ何もないところから声が聞こえたのだ。
そして――
エルフの少女が姿を現した。エルンストは驚きを隠し得なかった。自分の部屋に若い女が忽然と姿を現したのだ。
「魔法か……このような魔法があるとは知らなんだ。お主は一体何者……その尖った耳、もしかしてエルフか?」
その事実にエルンストはさらに驚いた。彼は軍人として様々な魔獣や怪物の類とも戦ったことがあるが、まだエルフには会ったことが無かった。エルンストに限らず、この世界の人間にとって、エルフとは存在自体は知られているものの、ほとんど伝説的な種族なのである。
「それでエルフがわしに何のようじゃ。この老いぼれのことなど探って何が目的じゃ?」
エルンストは鋭い視線をミリエルに注ぎ、問いただす。
ミリエルは迷っていた。本当のことを言うか、言うとしてもどこまで話すべきか、事はジルにも関わることだけに即断できずにいた。そもそもジルと友好を深めることがこの任務の目的であるから、彼に災難が降りかかるようなことは避けねばならない。
だが、結局のところ、ミリエルは全てを正直に話すことにした。それはエルンストと対面してみて、その人柄が信用できそうだと思ったからである。
「わたしにあなたを探るように言ったのは、シュバルツバルト王国のジルフォニア=アンブローズという男よ」
ミリエルが明かしたその雇い主の名前に、エルンストは聞き覚えがあった。
「ひょっとしてそれは、まだ若い少年ではないか? 確か魔術師を目指しているという」
「そうよ、覚えていたのね。王国の使者として、あなたの娘、レミアの遺品を届けに来たと言っていたわ」
やはりそうか、エルンストはそのジルフォニアという少年が印象に残っていたのである。使者というにはあまりに若く場違いにも見えたが、その若々しさ、野心的な眼が老人の自分には眩しかったのだ。そしてレミアの学友として、誠実に自分のところまで遺品を届けてくれた優しき少年である。エルンストはジルに対して決して悪い印象を持っていない。
だが――
「それでなぜ、ジルフォニアという少年はわしを探るようお主に依頼したのじゃ」
「あなたがお嬢さんが殺害された経緯について聞いた時、顔色を変えたからよ。ジルは友人として、レミアの死の真相を明らかにしたいと考えているの。だからあなたが、もしそれについて知っているなら知りたいと思っているのよ。それに――」
レミアはそこで一度呼吸を整え、再び説明を続けた。
「それにもう一つ、ジルはあなたが帝国で危険な立場におかれているのではないかと心配しているわ。あなたの反応から、三日月型の傷の男が帝国の人間ではないかと予想している。だとすれば、あなたは同じ帝国の人間にお嬢さんを殺されたことになる。ジルはあなたを監視している人間がいないかも探るように言っていたの」
「かたじけない」
エルンストはそう絞りだすように言った。彼にはジルが見せた優しさが、何より娘レミアの死を悼んでくれていることが嬉しかった。ジルの言うとおり、自分は娘の死の真相を知っている。では、どうするか――
扉を開けて初老の男が部屋に入ってきた。彼はやや疲れた表情を浮かべ、部屋の奥にある椅子に深く腰掛けた。
「ふーー」
エルンストは深く溜息をついた。そして部屋の天井を見つつ、何事か考え事をしているようであった。時間にしておよそ5分。ミリエルは物音を立てないよう気をつけているが、じっとしていることは存外に大変なことだ。そのミリエルが立てたほんの小さな音をエルンストは聞き逃さなかった。彼自身が静かに物思いをし、館が静まりかえっていたのが災いした。
エルンストは机においた剣を手に取ると、油断なくそれを構えた。彼は部屋を見渡すが、不審なものは何もない。では部屋の天井や館の外に何者かが潜んでいるのか。しかし音は自分の近くから聞こえたはずだ、彼はそう考えた。
「何者だ! わしが帝国の将軍エルンスト=シュライヒャーと知ってこの館に侵入したのか? ベイロンや皇帝に命じられた者か? 姿を見せろ、曲者め!」
エルンストは剣を抜きつつ、部屋の中をにじり歩いた。戦士として力が衰えたとはいえ、超一流の戦士であったエルンストは、自己の感覚を信頼していた。その感覚からすれば、見た目には何も居ないが、部屋の中には確かに何者かがいる気配がある。エルンストは無駄かもしれないが、抜いた剣を振り回しつつ部屋を歩きまわった。使用人がそれを見れば、エルンストが狂ったと思ったかもしれない。
だがこれにはミリエルも閉口した。エルンストが暴風のように剣を振り回してやってくる。広くはない部屋でそれを完全にかわしきるのは難しい。そしてかわす時にまた音を立ててしまう。これでエルンストは、方法は分からないが何者かが潜んでいることを確信した。
ミリエルはついにエルンストに降参した。ジルの情報から判断すれば、エルンストは必ずしも敵対する者ではない。話せば分かってくれるかもしれないのだ。
「分かった! 降参するわ。いま姿を見せるから!」
そう怒鳴った若い女の言葉に、エルンストも驚く。なにしろ何もないところから声が聞こえたのだ。
そして――
エルフの少女が姿を現した。エルンストは驚きを隠し得なかった。自分の部屋に若い女が忽然と姿を現したのだ。
「魔法か……このような魔法があるとは知らなんだ。お主は一体何者……その尖った耳、もしかしてエルフか?」
その事実にエルンストはさらに驚いた。彼は軍人として様々な魔獣や怪物の類とも戦ったことがあるが、まだエルフには会ったことが無かった。エルンストに限らず、この世界の人間にとって、エルフとは存在自体は知られているものの、ほとんど伝説的な種族なのである。
「それでエルフがわしに何のようじゃ。この老いぼれのことなど探って何が目的じゃ?」
エルンストは鋭い視線をミリエルに注ぎ、問いただす。
ミリエルは迷っていた。本当のことを言うか、言うとしてもどこまで話すべきか、事はジルにも関わることだけに即断できずにいた。そもそもジルと友好を深めることがこの任務の目的であるから、彼に災難が降りかかるようなことは避けねばならない。
だが、結局のところ、ミリエルは全てを正直に話すことにした。それはエルンストと対面してみて、その人柄が信用できそうだと思ったからである。
「わたしにあなたを探るように言ったのは、シュバルツバルト王国のジルフォニア=アンブローズという男よ」
ミリエルが明かしたその雇い主の名前に、エルンストは聞き覚えがあった。
「ひょっとしてそれは、まだ若い少年ではないか? 確か魔術師を目指しているという」
「そうよ、覚えていたのね。王国の使者として、あなたの娘、レミアの遺品を届けに来たと言っていたわ」
やはりそうか、エルンストはそのジルフォニアという少年が印象に残っていたのである。使者というにはあまりに若く場違いにも見えたが、その若々しさ、野心的な眼が老人の自分には眩しかったのだ。そしてレミアの学友として、誠実に自分のところまで遺品を届けてくれた優しき少年である。エルンストはジルに対して決して悪い印象を持っていない。
だが――
「それでなぜ、ジルフォニアという少年はわしを探るようお主に依頼したのじゃ」
「あなたがお嬢さんが殺害された経緯について聞いた時、顔色を変えたからよ。ジルは友人として、レミアの死の真相を明らかにしたいと考えているの。だからあなたが、もしそれについて知っているなら知りたいと思っているのよ。それに――」
レミアはそこで一度呼吸を整え、再び説明を続けた。
「それにもう一つ、ジルはあなたが帝国で危険な立場におかれているのではないかと心配しているわ。あなたの反応から、三日月型の傷の男が帝国の人間ではないかと予想している。だとすれば、あなたは同じ帝国の人間にお嬢さんを殺されたことになる。ジルはあなたを監視している人間がいないかも探るように言っていたの」
「かたじけない」
エルンストはそう絞りだすように言った。彼にはジルが見せた優しさが、何より娘レミアの死を悼んでくれていることが嬉しかった。ジルの言うとおり、自分は娘の死の真相を知っている。では、どうするか――
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