シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

099 会議の行方2

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「いまバルダニアと険悪な関係にある時に、帝国とも争うことになって良いのか? どうにか穏便に済ませる方法はないだろうか」

 財務大臣がそう慎重論を唱えた。彼としては、戦争による財政的負担に思いを致さないわけにはいかない。

「しかし、我が国の王女が帝国に誘拐されようとしたのだぞ! これを見過ごしては王国が弱腰だと侮られるではないか!」

 ブライスデイル侯が興奮して反論する。言い方はともかく、これは正論と言わざるを得ない。財務大臣が沈黙する。

 ここで、出席者の議論を促すために沈黙していた大魔導師ユベールが、手を挙げて発言した。

「どうだろう、差し当たりここはエルンスト=シュライヒャーの身柄を確保するだけにしておき、彼の言うことが真実だと分かった段階で正式に帝国に抗議するなり、戦争に及ぶなりするというのは。今の段階で彼の領土を武力で併合するというのは、他国から見れば一方的な侵略に映りかねないのではないか」

 これは穏当な主張であったが、出席者の多くを納得させるまでにはいたらなかった。とくに対外強硬派のブライスデイル侯や彼の派閥に属する諸侯、第三方面軍司令官サイクス=ノアイユらは、シュライヒャー領の併合を強く主張した。どうせ戦争になるであれば、帝国領に一つ楔を打っておくことにより、軍事戦略上で優位に立つべきだというのは、必ずしも悪くない考えである。

 このような場合、どうしても主戦論の立場が強くなる。穏健的な意見というのは、弱腰、売国奴などと思われかねないため主張するのが難しくなるからだ。司令官のうち、レムオンとアムネシアは帝国への侵攻に消極的であった。他の出席者は、なかなか態度を決めかねているようにみえる。

「仮にエルンスト=シュライヒャーの亡命を認める場合、どのような段取りになるのだ?」

 ヘルマン伯がゼノビアにたずねた。

「彼は自領を脱し、王国との国境まで来ることになっています。彼は私と、ここにいるジルフォニア=アンブローズを身柄引受人に指定していますので、我々が彼を王宮まで連れてくることになるでしょう」

「ジルフォニア殿を? なぜ彼が指名されるのだ?」

 ゼノビアは横にいるジルの方に顔を向けた。

「ジル、自分で答えられるか?」

 ジルは静かに頷き、立ち上がった。

「みなさま、わたくしはジルフォニア=アンブローズと申します。そもそもエルンスト=シュライヒャーに亡命の意思を伝えられたのは私なのです」

 ジルは会議の出席者たちに、エルンストとの間に起こったことをについて話した。弔問団に行ってエルンストの態度に不信を抱いたこと、エルフのミリエルを使ってエルンストを探らせたこと、ミリエルが見つかり逆にエルンストの使者として帰ってきたことなど。

「なお、エルンスト=シュライヒャーは、娘のレミアだけでなく、過去に息子のエミールも帝国の人間に殺害されています。したがって帝国を裏切るという彼の言は、確度が高いものと推察されます。また、帝国はエルンストがそのことに気づいているのではないかと疑い、彼の周囲を監視しています。時間をかければ彼の身が危うくなることを、付け加えさせていただきます」

 諸侯ら会議の出席者たちは、ジルが思いの外弁舌が立つことに軽く目を見張った。御前会議のような重大な会議で自分の意見を述べるのは、大きなプレッシャーになるものだ。堂々たる態度は、まだ14歳の少年とは思えなかった。

 会議は結局決を採ることになった。事態は緊迫しているので、時間をかけるわけにはいかないからである。

**

 御前会議の結果、王国はエルンスト=シュライヒャーの亡命を受け入れ、その領地を併合するためレムオンの軍を派遣することが決定された。結局のところ、主戦論が慎重論に勝ったのである。もともと帝国から独立したという歴史があること、そしてなにより帝国が王女誘拐を画策し、恐らくは王位継承に干渉したことが、出席者の対帝国感情を悪化させた結果である。

「レムオン殿、これでよろしかったのでしょうか? 大変な任務になりますね」

 会議が終わった後、アムネシアは隣のレムオンにそう語りかけた。レムオンの軍がシュライヒャー領に進攻することになった。それが成功すれば、彼は帝国との戦争の最前線に立つことになる。今後はレムオンが帝国方面の最高指揮官になるだろう。

「仕方がないでしょう。我々は軍人、命じられたことを遂行するのみです。ただ、今回の件は必ずしも悪手だとは限らないかと。我が国の王位継承に干渉するということは、もともと帝国の方にこそ王国と敵対する意思があったと考えられますから」

 隣でアムネシアが頷いた。これから忙しくなる、彼女もそう覚悟を決めた。第二方面軍もレムオン軍をバックアップするとともに、バルダニア王国にも備えることになるのである。
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