シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

098 会議の行方

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「なぜエルンスト=シュライヒャーは、我が国へ亡命、いえ、帝国を裏切ろうとしているのか? それは彼の娘レミアが帝国の特務機関『黒の手』の首領によって殺害されたからです」

 ゼノビアの投じた爆弾発言により、会議室はざわついた。その意味するところをひそひそと話している。

 外務の大臣が手を挙げて発言する。

「そ、それはつまり、アルネラ様の誘拐事件は帝国の特務機関による犯行だ、ということか?」

 ゼノビアは一拍の間を空け、簡潔に答えた。

「その通りです」

 ――ざわざわ

 会議室はもはや騒然となっていた。長く犯人が分かっていなかった事件の真相が、エルンスト=シュライヒャーによって明らかにされるとは予想外のことだ。そしてこのことは、王国と帝国が戦争になりかねない問題である。少なくとも、王国としてこの事件を放っておくことはできないだろう。

「だが、その情報は確かなのか? エルンスト=シュライヒャーが虚偽を述べている、あるいは彼自身は真実だと信じているとしても誤りである可能性は?」

 レムオンがそう発言した。情報の内容が内容だけに、もし虚偽であったら取り返しがつかない。

「それは正直なところ分かりません。しかしエルンスト=シュライヒャーほどの名将が、それまで仕えた国を捨てるというのは尋常ではありません。その状況を合わせて考えると、信頼性は高いと思います。ただこればかりは、本人に証言を求めなければなんとも言えません」

「そのためにも、まずエルンスト=シュライヒャーを確保しなければならないか」

 ルーファスがそうつぶやいた。王都の警備責任者である彼にとっても、アルネラの誘拐事件は人事ではない。

「だが、その行為自体が帝国との決定的な対立を招きかねないのだぞ? 帝国は当然身柄の引き渡しを要求してこよう。それをはねつければ、これは明らかな敵対行為となる」

 これはアムネシアの発言である。

「仮に帝国と戦争になった場合、勝算はどの程度と考えてらっしゃるのかしら? レムオン殿」

 クリスティーヌがレムオンを指名してたずねた。この会議室には3人の軍司令官がいるが、実績から言ってやはりレムオンが最も重きをおかれているのは間違いない。

「……そうですな、現在の我が国の戦力を10とすると、帝国は8くらいでしょう。それに帝国はここのところ戦争をしておらず、我らの方が戦慣れしている分有利かと思います。ただし、バルダニアの出方が問題ですな。我が国はバルダニアと長年戦っているところです。そのバルダニアが帝国と手を結ぶとなると、かなりマズいことになるでしょう」

「英雄レムオンとも思えぬ言いようだ。帝国に必ず勝つ、と言うべきところだぞ。今回の件は千載一遇の機会、シュライヒャー領は後のためにも併合しておかねばならぬ」

 レムオンの説明を聞き、ブライスデイル侯が不満の表情を浮かべて反論した。エルンスト=シュライヒャーの領土は王国との国境近くにある。これを併合することができれば、帝国に対する橋頭堡とすることもできる。

 ブライスデイル侯は、王位継承争いにおいてルヴィエ派の筆頭である。それゆえアルネラの誘拐は彼にとって好都合のようにも思える。しかし、それは国家の体面というものを軽視した見方である。シュバルツバルト王国の王女が、帝国によって誘拐されようとしたのだ。王国の名誉からすれば、これは必ず帝国に相応の裁きを与えねばならないことだ。

 そして、ブライスデイル侯は王国の臣であるため、アルネラの排除を露骨に喜ぶわけにもいかない。貴族として本心を隠し、場にふさわしい態度をとることが求められるのだ。

 さらに言えば、ブライスデイル侯はもともと対外強硬派である。帝国がアルネラを誘拐しようとした思惑がなんであれ、これを帝国進攻の絶好の機会ととらえても不思議ではない。

「何にしても、事を起こすなら事前に万全の準備を整え、一端行動に移せば敵に悟られるより前に目的を達することです。帝国に策をとらせる時間を与えてはなりません」

 レムオンはそう締めくくった。
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