シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

文字の大きさ
101 / 107
2 動乱の始まり編

101 重大な任務2

しおりを挟む
ミリエルが合流し、ジルとゼノビアは三人で帝国との国境まで馬に乗って行くことになった。

「ミリエル、お前馬に乗れるか?」

「いえ、出来無いわ。エルフには馬に乗る文化がないのよ」

「そうか……じゃあ俺の馬の後ろに乗れ」

 どうやって乗るというのだろう、戸惑っていたミリエルにジルが馬上から手を差し出す。

「ほら、つかまれ」

「……」

 エルフは家族以外の異性に触れることは滅多にない。例外は将来を約束した相手である。

「俺の腰に手を回せ。馬を走らせるから、振り落とされないようにな」

 ミリエルは恐る恐るジルの腰に手を回す。見た目は華奢だが、実際に手を回してみると思ったよりもたくましい。女性とは根本的に違う身体の作りだ。ミリエルは走る馬の上で、ジルの背中に顔をうずめた。

「……」

 夜の闇の中、ジルの後ろで走る馬に身を任せる、これから大変な任務が待っているというのに、今はそれが気持ちがいい。。エルフのミリエルにとっては、国家の任務の重さなど実感できないのかもしれない。

**

「約束の場所は、この対岸だな」

 3人は帝国との国境になっているアム河の岸辺に来ていた。シュバルツバルトと帝国との間には、天然の国境としてアム河が流れている。この河は河幅が広く、水深が深い。したがって橋もなしに渡ることはほぼ不可能である。

 以前ジルたちが弔問団の使者として帝国に行った際には、国境の街ランスからベルンまで架かっている橋を渡り、正式なルートで渡ったわけだが、当然今回そのようなルートは使えない。ジルとミリエルがフライの魔法を使い、河を渡ることになっている。

「マルドゥール・アルダイダ・リーンフォール・スールシュロム ジリエスタ・グロス・ハンス・レルムス 万能なる偉大な力よ 我が双翼となりて飛翔せよ」

 ジルとミリエルが同時に呪文を唱える。ゼノビアはジルが連れて行くことになっている。

「ゼノビアさん、それでは飛びますよ。後ろから僕にしっかりつかまって下さい。落ちると危ないですから」

「わ、分かった。お手柔らかにな……」

 ゼノビアが後ろからジルの首に手を回してのしかかる形になる。ちょうどオンブのような形だ。ジルは背中にゼノビアの豊満な胸が押し付けられるのを感じていた。

「ひゃぁあ」

 ふわりと身体が浮かび上がったことで、ゼノビアは思わず妙な悲鳴をあげてしまった。何しろ空を飛ぶというのは初めての経験なので無理もない。

 アム河の河幅は約300メートル、ゼノビアは短い空の旅を味わった。上空50メートルほどから対岸へと着地する。空を飛ぶというのはこれほどまでに爽快なことなのか、とゼノビアは思った。魔術師ならぬ身、空を飛ぶなどということを味わう機会は今後そうそうないだろう。

(またジルに頼んでみよう)

 辺りは月の明かりだけ、水の流れる音以外に音をたてるものはない。近くにまだ人気ひとけはないようだった。

「魔術師は良いな、こんな風に空を飛べるんだから」

 やや興奮気味にゼノビアが感想を語った。

「魔術師なら誰でも飛べるわけじゃないのよ。フライは第四位階の魔法、ごく一部の上級の魔術師にしか使えないんだから」

「そ、そうなのか。ジル、お前凄いやつなんだな」

 ゼノビアは改めてジルを見なおした。魔術師としての実力良し、弁舌良し、性格良し、そして顔も良し……。

「エルンスト=シュライヒャーはまだ来ていないようですね」

 ジルの言葉にゼノビアは現実に引き戻された。

「ああ、まだ約束の時間まで20分ほどある。順調ならもうじき現れるはずだ」

 ゼノビアが懐中時計を見て言った。河の近くは平野となっていて遮るものはない。500メートル先から林になっているが、近づくものがあればすぐに分かるはずだ。

 それから30分後――

「遅いですね……、何か手違いがあったのでしょうか」

「そうだな。このような場合、時間を厳守するのが鉄則だ。もし我々が引き返してしまえば、エルンストはお終いなんだからな」

「ジルっ! 何かが近づいてくるわよ!」

 夜目がきくミリエルが警告を発する。確かに夜の闇の中で何かがこちらにやってくるようだ。数は一人、エルンストだろうか……。しかしエルンストであれば供も連れずに一人というのは考えにくい。

「相手は我々がここにいることを知っているようです。明かりをつけましょう」

 ジルはライトの呪文を唱える。ジルの周囲数メートルが魔法の明かりによって照らされる。そして姿を現したのは、中年の騎士風の男だった。

「王国のゼノビア殿とジルフォニア殿か!?」

「そうだ。貴公は誰だ?」

 ゼノビアが聞き返す。

「私はエルンスト=シュライヒャー様の家臣、バリオスという。お願い申す、エルンスト様をお助けくだされっ!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

処理中です...