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オリジナル「初嵐」 更新停滞or打切り 2017年7月~(現段階25話)
初嵐 6
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「白石…先輩」
どう呼ぼうか迷ったらしく目の前の美青年は頬を掻く。
「まだ帰ってなかったんだね」
医務室や教務課のある本館と呼ばれた建物の裏口に白石は屈んでいた。晴れの日も暗いが雨の日はさらに暗い。雨音が響いている裏口。
「医務室ですか?」
医務室は本館の裏口から入ってすぐにある。白石は医務室の窓を一瞥してから首を振る。
「あ~、えっと、すみません」
誤魔化すように笑う白石に柊は佐渡島の言葉を思い出す。佐渡島の言葉は柊にとっては絶対で、法律で、正義だった。
「何が?」
柊は言葉に詰まる。恋人がいるから近寄らないでつもりでした、では変だ。何故いきなり謝ってしまったのだろう。白石へ向けたつもりではなかったが、この場には白石しかいない。
「あ、いえ。こちらの話でした。それより、やっぱりまだ具合悪いんですか?」
白石はただ笑うだけ。答えはなかった。
「踏み込みすぎましたね」
「ううん。心配してくれてありがとう。優しいんだね」
口元の傷が目に入り、あからさまに目を逸らしてしまってから、まずいと思った。どうやったらそこに傷がつく?真っ先に思いつくのは殴られたら。けれど何かにぶつかった可能性だって否定はできない。
「柊くんは何しに?」
「包帯を返しにです」
「包帯?大丈夫?」
柊は左手首を見た。
「ただの捻挫です」
外観は特にどうもなっていない。若干の赤みを帯びているだけ。柊は大丈夫ですよ昨日のですから、と付け加える。
「利き手だったら大変でしょ」
「そうですね。でも庇ってくださった方がいて。だから捻挫で済んだんですけど。もしかしたら骨折くらいはしてたかもしれないので助かりました」
きょとんとして白石が柊を見てから、包帯返すの律儀だね、と返すと、柊は一応備品ですから。きちんと新品ですよ!と冗談めかしながら言った。
「お大事にね」
「ありがとうざいます。白石先輩も、お大事に、ですよ」
色が抜けそうな黒い髪がさらさらと揺らし、白石に会釈しながら柊は本館裏口の自動ドアへ入っていく。
お大事に。柊の言葉が耳の奥でもう一度聞こえた。自分を大事にしているつもりはあるけれど、大事にさせてはくれない。柊からもらったすでに常温と化した水を一口飲む。ここに留まり続けてもしまた会ったら、変に心配させてしまうだろうか。こことは人通りが少ない。昨晩身体を這い回った手や甘ったるい香り。思い出すと気分が悪くなるのと同時に、否定しきれず受け止めきれてもない妙な気分が燻って、冷静でいられなくなる。優しすぎる指遣いと愛でられているような舌で胸や背、脚を撫でられ芯から解され溶かすように胎内をなぞられた。優しさが怖くて、目元の布を取ったら“恋人”が現れるのではないか、と。けれどすぐにそれは妄想だったのだと思い知る。雨は止まない。端末の通知音。相手は限られている。大きな子ども。人間の形をした野良猫。帰ろう。メッセージを確認しなくても内容は分かる。
的場が選んだ服、的場が選んだ装飾品、的場が選んだ化粧品、的場が選んだ髪色、的場が選んだアパート。見晴らしがいい窓が特徴的なアパートだった。すぐ横を向けば両隣ともビルの森であるのに、この窓には大きく空が映る。ここはケージで水槽なのだ。飼われている。“恋人”だなんて、嘘なのだ。
どう呼ぼうか迷ったらしく目の前の美青年は頬を掻く。
「まだ帰ってなかったんだね」
医務室や教務課のある本館と呼ばれた建物の裏口に白石は屈んでいた。晴れの日も暗いが雨の日はさらに暗い。雨音が響いている裏口。
「医務室ですか?」
医務室は本館の裏口から入ってすぐにある。白石は医務室の窓を一瞥してから首を振る。
「あ~、えっと、すみません」
誤魔化すように笑う白石に柊は佐渡島の言葉を思い出す。佐渡島の言葉は柊にとっては絶対で、法律で、正義だった。
「何が?」
柊は言葉に詰まる。恋人がいるから近寄らないでつもりでした、では変だ。何故いきなり謝ってしまったのだろう。白石へ向けたつもりではなかったが、この場には白石しかいない。
「あ、いえ。こちらの話でした。それより、やっぱりまだ具合悪いんですか?」
白石はただ笑うだけ。答えはなかった。
「踏み込みすぎましたね」
「ううん。心配してくれてありがとう。優しいんだね」
口元の傷が目に入り、あからさまに目を逸らしてしまってから、まずいと思った。どうやったらそこに傷がつく?真っ先に思いつくのは殴られたら。けれど何かにぶつかった可能性だって否定はできない。
「柊くんは何しに?」
「包帯を返しにです」
「包帯?大丈夫?」
柊は左手首を見た。
「ただの捻挫です」
外観は特にどうもなっていない。若干の赤みを帯びているだけ。柊は大丈夫ですよ昨日のですから、と付け加える。
「利き手だったら大変でしょ」
「そうですね。でも庇ってくださった方がいて。だから捻挫で済んだんですけど。もしかしたら骨折くらいはしてたかもしれないので助かりました」
きょとんとして白石が柊を見てから、包帯返すの律儀だね、と返すと、柊は一応備品ですから。きちんと新品ですよ!と冗談めかしながら言った。
「お大事にね」
「ありがとうざいます。白石先輩も、お大事に、ですよ」
色が抜けそうな黒い髪がさらさらと揺らし、白石に会釈しながら柊は本館裏口の自動ドアへ入っていく。
お大事に。柊の言葉が耳の奥でもう一度聞こえた。自分を大事にしているつもりはあるけれど、大事にさせてはくれない。柊からもらったすでに常温と化した水を一口飲む。ここに留まり続けてもしまた会ったら、変に心配させてしまうだろうか。こことは人通りが少ない。昨晩身体を這い回った手や甘ったるい香り。思い出すと気分が悪くなるのと同時に、否定しきれず受け止めきれてもない妙な気分が燻って、冷静でいられなくなる。優しすぎる指遣いと愛でられているような舌で胸や背、脚を撫でられ芯から解され溶かすように胎内をなぞられた。優しさが怖くて、目元の布を取ったら“恋人”が現れるのではないか、と。けれどすぐにそれは妄想だったのだと思い知る。雨は止まない。端末の通知音。相手は限られている。大きな子ども。人間の形をした野良猫。帰ろう。メッセージを確認しなくても内容は分かる。
的場が選んだ服、的場が選んだ装飾品、的場が選んだ化粧品、的場が選んだ髪色、的場が選んだアパート。見晴らしがいい窓が特徴的なアパートだった。すぐ横を向けば両隣ともビルの森であるのに、この窓には大きく空が映る。ここはケージで水槽なのだ。飼われている。“恋人”だなんて、嘘なのだ。
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