68 / 148
雨と無知と蜜と罰と 弟双子/気紛れ弟/クール弟
雨と無知と蜜と罰と 21
しおりを挟む加霞はベッドに戻されていた。弟の影に覆われ、胸の先端部を捏ねられている。ブラジャーを取り払うとシャツでまた多いぷつと突起した箇所を雫恋は執拗に弾く。
「ぁ……っぁ、」
両手で摘まれ、時折胸全体を摩った。マッサージに近い。焦らし、焦らし、再び徐々にシャツを押し上げる実粒に近付く。もどかしい甘い痺れが下腹部に響く。力の入らない手で弟の腕を掴めども、振り払われたり接吻されたりするだけだった。
「だ、め………」
「ダメじゃないでしょ。鏡見る?でろでろに蕩けてるけど?」
一際強く、疼く二粒を擂られる。脳味噌が沸き立つ。
「ぁっ………んっ」
「キスと乳首でイくんだよ?いい子だからできるよね?」
嚥下を忘れた加霞の口腔は蜜状に瀞み、雫恋のキスで塞がれる。しかしすぐに離れた。
「すごいとろとろ。お口もおまんこになっちゃった?」
彼は穏和に、アイドルの仕事中でさえ見せない柔らかな微笑を浮かべた。声音にも普段のぶっきらぼうな刺々しさがない。姉を揶揄うだけ揶揄うと再び口付ける。
「は、ぁ………っぅん、………ぁ」
頭から起こる温かさに彼女は涙ぐみ、身動いだ。胸の先端部がシャツの繊維越しに嬲られ、腹の奥が震えている感じがあった。融けるような感覚から逃れようとするが、雫恋の身体で押さえられた。
「ん……ッん、」
雫恋の腕を引っ掻く。出せる限りの力で突っ撥ねた。
「何?」
混ざり合った蜜糸が呆気なく断たれ、加霞の口元を冷やした。
「放して………、」
「どうして?優しくして欲しいんだろ?優しくしてる。触られすぎておっぱい痛い?ローションつけてあげる」
彼は一度姉を放した。手にしていたのはスキンケア用のローションだった。あまり使われた形跡がない。
「冷感のしかなくてごめんね。ま、姉貴は感じやすいからすぐ温くなっちゃうだろうし、関係ないか」
ベッドから離れようとしていた彼女は容易に捕まえられ、雫恋の下に戻された。ペールブルーの蓋と青みがかった透明の容器に入ったローションが垂らされる。形を持ってシャツの上に広がっていく。この透明な粘液自体も微かな青みを帯びている。水のようにすぐさま繊維に染み込むことはなかったがブラジャーから溢れた肌にはこの化粧品の重みがあった。
「ぁあ………!」
弟の指はローションごと痴実を摘まむ。シャツの乾いていた頃とは違う質感に背筋がしなった。
「あ、………ぁ、ん、」
「声ヨくなってきてるよ、姉貴……」
雫恋を拒む手は口元を押さえた。
「ダメ、聞かせて。すごく可愛い」
胸への刺激が止み、彼は噛まれている指を彼女の口から離した。そして額にキスを落とす。
「もう、放して………痛い。おっぱい、痛いから……」
「嘘吐き。気持ちヨくて声出ちゃうんでしょ。感じちゃって、腰揺れてるんじゃないの」
滑りの良くなった指が布を隔てて彼女の弱い双点を数度掻いた。
「や、ぁっ、だめ………」
加霞はぴくん、ぴくんと腰を跳ねさせた。唇は溢蜜し、寄せられた眉は快楽に困惑している。涙ぐんだ眼は今にも潤けそうだ。赤らんだ顔は欲情を隠し切れていなかった。
「おまんこずぼずぼされるより、もしかしてイイんじゃない?顔とろっとろ……」
「あ………ぁぅぅ、」
突起が押し込まれる。胸全体に快い痺れが広がっていく。下腹部が収縮する。閃くように滲んだ。
「イきな?」
彼女が最も感じる触り方を弟は心得ていた。シャツを除け、指の腹と指の腹の狭間で潰すこともなく転がされる。ローションが淫らな働きをする。小規模で完結する胸の実へのぬるついた指技に加霞は声も出せない絶叫を上げた。腹の内部に秘めた器官が爆ぜ、意識まで巻き込んでいくような快感は眩暈に等しかった。貧血を起こしているのかと紛う。揺蕩うような浮遊感に襲われ幽体離脱をしてしまったみたいだった。かくかくと腰が震え、膝が戦慄き、脹脛が引き攣った。
「あ………、っは…………ぁあ……………」
「乳首で気持ちヨくなっちゃったね、姉貴……?」
ホイップクリームに呑まれたような異様な感覚と気怠さから抜け出せない。嬉々としている弟に感情を湧かせるだけの活気も残っていなかった。
「気触れちゃうね、姉貴。クリーム塗ってあげる。俺、優しいでしょ?」
今度はハンドクリームを手にし、雫恋はまた彼女の痴首に触れようとした。
「も、だめ………触らないで、触んないで………っ!」
激しく疼く胸を加霞は弟から隠す。なりふりふり構わずに叫んだ。まだ珍妙な浮遊感と陶酔から戻りきれていなかった。目の前に迫る男がどこの誰で何者なのかも頓着するに至っていない。
「すごいね。乳首でイくと、そんなちんぽみたいになっちゃうんだ?」
胸を隠し両腕が塞がっているのをいいことに雫恋は暴れる姉の顔を舐め回した。おそらくキスだったのだろうが、それは彼女にとって巨大な妖怪が獲物を舐めしゃぶるのと大差なかった。
「今度は下の陰核でイこっか」
言うが早いか彼の手はショーツに入り込んだ。胸を守っていた腕は遅れを取る。抓るほどではない力加減だが、それでも、ぐり……と抉るような指遣いに痼りは苦しさに似た悦楽を生む。加霞は悲鳴を上げた。セメントの如き眠気に足首を掴まれ、引き摺り込まれていく。
―加霞。霙恋くんも雫恋くんも大切な加霞の弟だろう!仲良くしなさい。
―いいの。急にできた弟だもの。でも嫌わないであげてね。
―お継母さん、これから舞台の稽古があるから嵐恋のこと頼むわねぇ、加霞ちゃん。
―加霞、もう少しどうにかならないか。霙恋くんと雫恋くんが可哀想じゃないか。
―あのさ、姉ちゃん。友達だか先輩だか知らないけど、ブスばっか紹介するのやめてくんない?なんなの?
―姉さんはどうなんだ。カレシの1人や2人くらい作ればいい。俺たち寄生虫が邪魔か?
「姉貴、ごはん」
頬をぺちぺちと手の甲で叩かれる。皮膚の張りを確かめているような手付きだった。当然の如くあった温もりが消え失せ、肌寒さに身を縮める。裸だった。
「姉貴、起きてよ、ごはん」
薄手のカーディガンが肩に掛けられる。ゆっくりと身を起こす。素材のいい上着が滑り落ち、肌を撫でていく。
「ごはん。食べないの?ダイエットしてる?なんで?抱き締めたら腰折れるとかやめてね?」
殺風景だった部屋にあまり丈夫そうではないテーブルが置かれていた。プラスチックの折り畳み式で、壁に立て掛けてあったらしい。その上には宅配されたらしい食事が並べられていた。
「女は野菜ばっか食べてるから姉貴も好きでしょ」
蒸し鶏の添えられたサラダのカップを見せられる。ドレッシングも付属していた。
「あとスパゲティね。ケーキも頼んだ。ポテトもあるから。ピザも」
「そんな、食べられない……」
2人分ではない量の弁当が並んでいる。
「は?俺の前では少食アピールしなくていいんだけど。何。もしかして俺のことオトコとして意識してくれてる?」
呆れを通り越してしまった。眠気と相俟って返答する意思も削がれる。
「姉貴痩せすぎじゃないの。おっぱいはあるのに腹周り細すぎ。ちゃんと食べてよ。俺の子供産むんでしょ?」
「う………産まない」
口にしてみてその悍ましさに吐気を催した。
「産みたくなるよ。今日からここが姉貴の家なんだから。男はもう俺にしか会わないんだけど、女は子供産みたがるじゃん。俺が産ませてあげるって言ってんの」
雫恋は平然と言って、割り箸を咥え真っ二つにする。
「最低…………」
「そう?産みたがりの女に種あげるって言ってんの。最高の善人じゃない?俺の稼ぎなら食い逸れもないし、もし病気しても医療費出せるし、行きたい大学あるなら学費も出せる。自分の顔が気に入らないなら整形費用も出すし、性転換でも刺青でも何でもすれば?姉貴が女だから産みたくて、男欲しくて、勝手に産むんだから。でもパパだからね、お金の工面はするよ。愛しの姉貴の腹で気持ちヨくなった分は」
彼はやはり平然とした態度だった。
「最低!最低!最低!」
加霞は枕を投げつけた。テーブルに落ち、その上に置かれた食事が弾かれた。散乱する。多少の罪悪感が無かったわけではない。彼女は身を竦める。雫恋はわざとらしく驚いた顔をした。
「本当に感情任せだよね、女って。生理あるから?生理止めてあげるって言ってるのに、なんなの。なんで怒られなきゃなんないの。姉貴はママになるんだよ?ママは子供を躾けなきゃ。食べ物をムダにしちゃダメだよってね。だからこれが、俺たちの今日のごはん」
汚れた枕を退かし、彼は床に転がり漏れ出たものを容器に戻す。
「この前もそうだけど慣れてないならやめなよ、こういう演技。誰も幸せにならないって。味は変わらないけど」
そして狼狽している彼女を嘲笑う。
「アイドルに落ちたもの食わせるなよ」
トーンダウンして、それは非難のようだった。形の崩れたものをぼそぼそと割り箸で摘み、口に放っていく。
「あんたなんかアイドルじゃない!」
叫んだ。直後、彼女は脱殻のようになってベッドから降りた。薄手のカーディガンみたいなケープで身体を包んだ。
「何?どこ行くの」
床にどかりと座っているろくでなしの横を通り抜ける。嫌味なほど広い玄関をふらふらと歩いた。彼女は半裸の状態で外に出ようとしていた。かろうじて全裸ではない。カーディガンを胸に巻き、ショーツは穿いている。羞恥よりもあの男といたくなかった。マンション管理人に助けを求めるでも、出会った住人に通報され警察官に連行されるでも良い。ここの家主と居るより悪いことにはならないだろう。後先も考えず彼女は靴を履いて玄関ドアを解錠する。
「姉貴、怒ってんの?」
背後から既製品の夕飯を食らっているはずの極悪人の声がした。
「来ないで!ごはん食べてなさいよ!」
振り向きもせず彼女は怒鳴った。
「その服装で外出る気?レイプされるよ」
このままこの家に居続けたほうが危ない目に遭う。躊躇い、羞恥に蓋をして把手を捻る。外の世界が見えた。
「居た」
ふわりと桃みたいなフルーツの香りがした。しかしそれは本物の青果ではなく人工的な匂いだった。桃か、メロンか、梨である。酸味は少なく円やかに薫る。加霞は一直線に放たれたボールが捕手のグローブに嵌まったみたいにそこに収まる。驚きのあまり彼女は見上げてしまった。雫恋の呼んだ者だという直感があった。しかし外れる。
「帰宅の様子がなかったものですから」
弘明寺愛恵である。後方からは大きな溜息が聞こえた。
「裏切り者が何の用?俺のストーカー?怖いんだけど」
雫恋の言葉に愛恵は答えない。
「行きましょう」
彼は自分のシャツを脱ぎ、加霞に着せようとしたが彼女は小さく首を振る。
「着てください」
「でも……」
「車に上着がありますから」
愛恵に庇われながら彼女は彼のシャツを着た。ボディソープにありがちな柔らかな青果の香りはこの衣類から醸されているようだ。
「姉貴のこと返してくんない?払うもの払ったよね」
「これはその後のお話だから」
「は?」
「現時点で、もう貴方は依頼人ではない」
雫恋は艶やかな髪を掻いた。
「鍵と服だけ預かっておくから。あとは返すから待ってて。許さないよ、姉貴」
彼はうんざりした様子を見せ、一度部屋奥に戻る。それからすぐに彼女の所持品が着替え以外返される。
「またそいつにレイプされないといいね。感じまくってたから最早セックスかな。イくと妊娠しやすくなるんでしょ。ゴムしなよ、イきまくってたし。そいつとの甥姪とか、嵐恋より酷い目に遭わせてやるから」
加霞は売られた喧嘩を買いそうになってしまった。だが愛恵に止められる。嵐恋よりも酷い目に遭うと言われたならば、即ち殺害くらいしか想像がつかない。解剖や解体でもする気なのだろうか。時代錯誤な拷問としか言いようのない虐待よりも酷い目とは何なのか。
「簡単に手に入る女じゃないってことは分かってる。いっぱいイかせたし、今回は負けてあげる。泣きなよ、姉貴。怯えなよ。俺のこと怖くて、俺のこと恐れて、なのにカラダ疼いて俺が夢に出てきちゃえばいいんじゃない?」
彼は玄関から出てきた。見送るようだった。
「反応してはいけません」
愛恵が言った。肩を抱いているのは落ち着けるためではなく、煽られた加霞を留めておくためだろう。振り向くこともさせなかった。エレベーターに乗り込む。追手もなくドアが閉まったとき、彼女は膝から力が抜けた。壁を頼るより早く愛恵に支えられる。
「来るのが遅くなってすみませんでした」
加霞は返事するだけの気力もなく、また自分の身体を抱き留める異性の素肌から離れることもしない。エレベーターの下降しておきながら浮遊感に似た重力に平衡感覚を保つこともまたできそうになかった。
エレベーターから降りると愛恵はマンション管理人に軽く腕を上げて挨拶した。住人と共にいるわけでも連絡を入れたわけでもなく通れたということは彼はこのマンションに通い慣れているらしかった。ウールのカーディガンともケープともいえない布を腰に巻き、スカートにして屋外へと出た。片田舎のショッピングモールの駐車場みたいに広々として植樹されている。
「少し歩きます。大丈夫ですか。ほんの少しです。ここには停められませんでしたから」
彼女は頷いた。街灯はあるけれども、夜が半裸を目立たなくさせる。幸い愛恵の車がある駐車場に着くまで、通行人と会うことはなかった。暗い色のワンボックスカーの後部座席に乗せられる。愛恵はラゲッジスペースに回り前開けのフード付きのジップアップのスウェットシャツを羽織ってから運転席に乗った。庶民的な内容のラジオが流れる。自分が異様な世界に転移してしまったわけではないことを知った。やっとそこで息ができたような気がした。
「スマホのバッテリーはありますか。充電しますよ」
愛恵が振り返った。加霞はバッグを割り開いた。スマートフォンが入っている。緊張感を持ちながらパスコードを解く。自分のものだった。バッテリーはまだ残り少ない赤色の表示にはなっていないものの、半分よりも減っている。
「よろしく」
ぶっきらぼうに運転手へスマートフォンを渡す。よくあるケーブルにコネクタの破損を防止するファンシーなアクセサリーが付いている。
「寒くありませんか」
彼はクーラーのレジスターに軽く触れる。心地良い冷風が吹き付けた。
「うん…………」
「では、そろそろ車を出しますからシートベルトをお願いします」
シートベルトを引っ張りながら彼は言った。加霞はわずかに前のめりになる。
「あ、あの………さ、」
一度ハンドルに重なった手がすぐに離れた。
「どうかしましたか」
「…………ありがとう」
加霞はシートに、そしてヘッドレストレイントに吸い寄せられた。力の入らない手でシートベルトを引っ張る。
「お礼なんて必要ないです。こうなったのは僕の責任ですから」
それからは無言だった。流行りの歌がが車内に流れた。それから落ち着いた喋り口の、それでいて戯けた調子のアナウンサーともラジオパーソナリティとも言えない人物が便りを読んでいる。車窓の奥に走っていく風景を眺め、他者の平穏な部分の抽出された日常、いくらか洒落の利かされた悩み、パーソナリティやゲストへの激励染みた叱咤を聞いていた。
<―なんとなく乾いた日常に贈るジューシーなナンバー。たまには恋より甘いもの。みかんゼリーなんていいんじゃない?crown Berrysで『フルーツパンチ』>
知ったアイドルグループ名にふと我に帰った。歯の浮くような歌詞とウィンドチャイムを掻き鳴らすような電子音のメロディーだった。車窓から、シフトレバーを操作する愛恵の腕を見ていた。
「コンビニとか、何かおつかいがあれば買ってきます」
バックミラー越しに目と目を合わせる。
「大丈夫。あなたは」
「僕も特に用はないです」
彼は穏和に微笑する。
車は加霞の住むマンション近くのパーキンに停められる。
「ここで、平気……」
「マンション前まで送ります」
ふと脳裏を過ったのは舞夏のことだった。愛恵に対する遠慮がこの瞬間に打算に変わる。そういう己を彼女は恥じた。
「双子の兄のほうがあの建物に潜んでいる可能性が無くはない以上」
すでに繁華街へ出勤している時間帯だ。霙恋という男が善良で、良識的で、倫理観のある、誉れに等しい平凡さを持った人物であったならば、それを疑わなかった。だが彼は違う。己の中で留め欲望に打ち勝つことのできない異常性癖の偏執的な反社会性のある色狂いだ。出勤していない場合がある。姉に嫌がらせをするためならば有り得る話だった。ストーカーなのだ。
「少し離れていますからご安心ください」
橙色のライトの下で彼は苦笑した。媚びたような卑屈な感じを帯びている。それがまた彼女の後ろめたさ、自身が自身に課した矜持を傷付ける。
愛恵に導かれるようにマンション敷地に入った。霙恋のいる可能性は、あくまで無くはないという話だった。しかし、それらしいのがいる。エントランスに金髪長身が壁に並ぶポストのほうを向いて突っ立っている。トレードマーク同然のスーパーホワイトの衣類がさらにあの危険人物の可能性を高めた。加霞は思わず顔を覆う。何故1日に2度も鬼人に遭遇せねばならないのか。
「どうして……」
愛恵が前に出て加霞の視界を遮った。ポストを凝らす怪人物はまだこちらに気付いていないらしい。ただ地縛霊みたいにポストを眺めている。彼女は眼前の背中に縋り付いてしまった。もし今、すぐ傍にいるのが初対面の人間でも、このマンションの住民でも、鬼畜の権化双子以外ならば加霞はそうしていただろう。
運命の悪戯としか言いようのないタイミングでマンション住民か、或いはその訪問者が彼女たちの脇を通った。その気配に金髪長身に白い服の人影がこちらに気付いた。
「姉さん!」
飼主に懐き過ぎてむしろ愚かさの際立つ犬よろしく地縛霊みたいなのは飛んできた。
「姉さん!」
守る体勢に入った愛恵を難無く払い除け、恐ろしい駄犬がまったくその自覚のない、また事実とも異なる飼主に媚び始めた。それは求愛だった。否、その摂理も破り、交尾に及ぼうとしている獣だ。力任せの抱擁に、鑢をかけるような頬擦り、動悸と紛う興奮した息遣い。彼は姉の骨を粉砕し、臓物を破裂させたいらしい。
「姉さん。そんな身形でどういうつもりだ。そんなに脚を見せるな!」
夜空に咆哮が響く。
「やめなさいよ」
愛恵が割り込もうとする。霙恋は姉を背に隠してしまった。事の流れを知らない者から見たら、何か酷いことをした男から、金髪の男が怯えて声も出ない女を守っているかのような印象を受けるかも知れない。
「二度と姉に近付くな」
「近付くべきでないのはそちらでしょうが」
霙恋はあざとく首を捻った。
「何故」
「何故?」
「俺と姉は愛し合っている。何故近付いたらいけない?」
平然と嘘を吐く弟に寒気がした。脚が竦み、膝が戦慄く。逃げられない。
「部外者が口を出すな」
「それ、本気で言っているんじゃないでしょうね」
愛恵の顔は引き攣っている。加霞は彼のその表情を見て、後姿しか見えない弟の狂気を知る。
「本当だ。俺と姉は愛し合って、子供もいる」
「い、いない………」
加霞は呟いた。霙恋はぐり、とフクロウみたいに首を曲げて彼女を見下ろす。
「姉さん、おいで」
彼は姉の腕を掴むと力尽くでエントランスまで引っ張っていってしまう。ポストから喚き声がした。この気の狂った男は、どこかから嬰児を誘拐してきたのかも知れない―
青褪めた愛恵の顔がさらに加霞を不安にする。しかしどこにも嬰児の姿はない。さらに甲高い哮りは銀色のポストから聞こえる。赤子の泣き声にしては小さく、儚げだった。それでいて不安と焦りを煽る。職業柄綺麗に切り揃え艶やかに磨かれた爪の照る指が「久城」の札のあるポストの蓋に伸びた。固唾を飲む。
「俺と姉さんの子だ。俺を選んでくれてありがとう。姉さん………」
蓋に伸びた手は、焦らすだけ焦らして結局そこを開けなかった。彼は急遽姉のほうを向いて、彼女を取り込もうとするほど爛々とした目を見開いた。
「やめなさい!」
愛恵が叫ぶ。霙恋は辛抱堪らんといった様子で姉の唇を吸った。ポストからはミィ!ミィ!と何かが鳴いている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる