18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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雨と無知と蜜と罰と 弟双子/気紛れ弟/クール弟

雨と無知と蜜と罰と 22

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 霙恋えれんは姉の舌に歯を立てて口から引っ張りだした。そのために愛恵めぐみはこの歪んだ関係にある姉弟を引き離すことができなかった。加霞かすみは頼りない膝では自立することができず、怪奇な弟の純白なボンディングスウェットシャツを掴むしかなかった。シュークリームの皮を鷲掴みにするような質感である。着膨れして見えないのが不思議だった。
 弟の昏いまなこが伏せがちな睫毛の奥に見える。侮蔑に似た念をそこに感じられた。加霞もまた舌を噛まれて引っ張られ、弟をぼんやりした目で捉える。唾液はすぐに口角から滴り落ちる。そのすぐ傍では、ミィ!ミィ!と生き物としか言いようのないものが泣き叫んでいるのである。愛恵は姉弟をどうにかすることをすぐさま諦め、とにかくやかましい銀箱を開けてしまった。ミィ!ミィ!というセミの騒ぎにも聞き紛う声が鮮明になる。
「なんですか。どういうことですか、これは」
 愛恵の低くなった声に霙恋は姉の舌を解放する。加霞は口元を拭ってポストを見た。中に入っているのは生まれて間もない猫である。まだ目も開いていない。白地に淡いクリーム色である。
「姉さんと俺の子だ」
「はい?」
「姉さんが産みたがらないから、俺が産んだ」
 掌に収まる、毛むくの、頭頂部に2つ丸い三角形の耳が生えた子を、姉の代わりに産んだらしい。
「とすると、雫恋くんと嵐恋くんから見て………―甥ということになるんです?」
 愛恵は前足で立とうとして前につんのめる霙恋の子をポストから取り出した。トカゲの尻尾よりも頼りない尾の下を覗き込んでいる。どうやら彼の見立てではオスらしい。
「そうだ」
 愛恵の指がミニトマトより少し大きい程度の小さな頭を撫でている。
「姉さん……俺たちの子なんだ。姉さん……姉さんからも抱き締めてあげないと。母親なんだから……」
「もう、兄弟揃って本当に最低!この猫どうしたの?」
「言っただろう?俺が産んだ。姉さんは俺の子を産むのが怖いだろうから、それなら俺が産めばいい。子作りをしたのだから俺が産めない道理はない。女性は子を持つと社会生活が大変だと聞いた。俺が家のことをやるから姉さんは仕事を続ければいい。働きたくなければ俺が働く。とりあえずのところ姉さんと俺たちの子を養える程度には貯金がある。姉さんくらいしか趣味がなかったから……でも、長い目で見たら若いうちに働いておいたほうがいいな。姉さんにも俺たちの子にも経済面で不安にさせたくないから。姉さんは仕事を続けるにしろ辞めるにしろ好きにすればいい。俺が全力で支える。それが夫として、父親としての存在意義だから。ホストや浮気だけはやめてくれたら、それで。嵐恋のことは実家に任せればいいな。そもそもあのひとたちが自分で世話する約束で産んだはずだ。とはいえ姉さんが心配しないように嵐恋には金を持たせるよ。この世は結局のところそれだからな。大学進学の資金にするなり小遣いにするなりすればいい。それなら姉さんも安心だろう?嵐恋のことなら大丈夫だ。姉さんはこれから、俺の妻で、俺たちの子の母でいてくれ。あとは音楽活動でも、ネイルアートでも、刺青でも、パン屋を開くでも、世界一周旅行でも、いや、それは姉さんに触れられなくて苦しいな―……とにかく、姉さんの好きに。結婚式はどうしよう。結婚式は姉さんの人生の中で一番特別な日にしたい。けれどサプライズなんてのは自己満足の独り善がりだろう?きちんとプランを立てて、姉さんがこの世界の主人公で、お姫様なんだってことを知らしめたい。今から緊張している。ウェディングドレスの姉さんを見たら、参加者ゲストたちの穢らしい妄想に費われるに違いない。姉さんのウェディングドレスの横で俺はもしかしたら正気でいられないかも知れない。姉さん、結婚式は大々的にやりたいか?姉さんの意思を尊重する。俺も姉さんに恥をかかせないよう努める。指輪も姉さんが好きなブラントの、気に入った形を選びにいこう。なんでも俺が決めてしまうのは悪いから。遠慮しないでくれ。姉さんに好きな指輪を贈れないような男が、姉さんにプロポーズするはずないだろう?ブランドの腕時計だろうがバッグだろうが指輪だろうが、姉さんを上回る価値なんてことはない。姉さんの勝ちを高めているのではなくて姉さんが価値を高めてるんだ。だが女どもはその点を競うだろう?だから姉さんも良いものを選んでほしい。他の女どもに卑しまれないような……女たちはすぐに他の女を卑しむ。男の世界もそうだが少し違う。指輪ひとつとっても姉さんは他の女とは違う、間違いのない夫を選んだのだと世界中の女に訴えなければならない。姉さんが自分を誇りに思っているところが俺の幸せで喜びなんだから。マウントなんて実体も中身も伴わないものではなくて……」
 霙恋はうっとりしながら、普段の数百倍よく喋った。しかし加霞からすれば雫恋との総合点であるから、普段の数倍といったところだろう。
「このマンションはペットの飼育は許可されているんです?」
 どちらにともなく愛恵は訊ねた。温めるように胸で抱き、掌に包んでいる。自分の子が敵対しているらしい他者の手にありながら、父親を自称する胡散臭い男は姉に夢中だった。
「ペット?俺の子だ」
 霙恋はいつでも不機嫌そうにしている眉間の皺をさらに深めた。
「飼えないよ!どこから貰ってきたの?今すぐ返してきなさい!」
 彼は首を傾げる。
「俺たちの子なのに要らないのか。姉さんは母親なんだぞ。どうして……」
「猫じゃない!うちでは飼えないから!どうしてこんな無責任なことしたの!」
「無責任?違う。俺は姉さんと子作りをした。姉さんの膣の中で射精した。受精したんだ。そして産みたがらない姉さんの代わりに俺が産んだ。無責任なのは、俺と子作りして産まれたらあっさりと切り捨てる真似をする姉さんのほうだ。いけない、姉さん。俺が躾けてあげないと。それともまだ結婚をしていないから、そんなことを言うのか?姉さんの子宮に教えないといけないな。ここから産まれるはずだったってことをな。俺の掌から産まれたのではなく、姉さんのこの俺をイかせた場所を通るはずだったと……」
 爛々としながら昏い目は加霞を射るように見ている。ゾンビみたいだった。後退る。霙恋曰く自分の子というクリーム色の毛に覆われミィミィ鳴く掌サイズの生き物を温めながら愛恵は2人の間に身を割り込ませた。
「邪魔をするな。姉に関わるな!」
 エントランスに怒声が反響する。
「そんな大声を出したら、子息が起きるのでは?自覚が足らない」
 愛恵は嘲ったところもなく、ただ軽侮し、見限ったように言った。霙恋曰く自分の子を撫で摩る手は止まない。
「ポストに放り込んでどうするつもりだったんです?冷やしたら死んでしまいます」
 そして加霞か嵐恋はポストから死骸を発見することになったはずだ。
 愛恵に指摘され、霙恋の狂気じみた目にわずかばかり正気が翳る。その時になって階段から降りてくる足音が聞こえた。愛恵は加霞をポスト群に挟むようにして背に隠した。会話が聞こえた。加霞はもぞもぞと動き出す。
『1時間くらいかけると骨まで食えんの。そうだ、今度は釣りとか行こうな。釣り堀。釣りたての、塩焼きにすると美味いんだ。持ち帰りもできるからお姉様にもさ』
『うん、行きたい!めっちゃ美味そう』
 微笑ましいほどの呑気な会話が誰のものなのか耳で聞いて分からないはずがなかった。何よりも優先すべき事項の弟と、彼よりも年上の彼の親友である。足音がカウントダウンになり、加霞の鼓動は大きくなる。霙恋はぼんやりと意識を奪われたように階段のほうを向いていた。そしてびくりと肩を跳ねさせると急に走り出してしまった。加霞は愛恵と残され、そこに嵐恋と舞夏が合流する。彼等は最初、加霞には気付かなかった。まず愛恵に驚き、それから彼女のおかしな姿を認めた。
「姉ちゃん……?」
「あーくん……」
 加霞は最愛の弟から目を逸らし、俯いてしまった。
「ただいま。帰ってきてたんだ」
 嵐恋の声は少し強張っている感じがした。
「うん……ごめんね、何の連絡もできなくて。舞夏まなちゃんも……ありがとう」
 舞夏はどこかぼけっとしていたが、彼女に呼ばれ、猫みたいな目に意識が戻る。
「いんや、だいじょぶ……」
 肌荒れのしそうな沈黙が流れた。皮膚を痛みのない紙鑢やすりで摩擦されるような居心地の悪さがある。口腔は何も飲み食いしていないにもかかわらずえぐみを覚える。
「突然なんですが、猫を拾いまして」
 この澱んだ空気感を愛恵は敢えて読まないでいるらしい。彼が喋ると黙っていた雫恋と嵐恋の毛むくな甥だというのがミィ!ミィ!と叫ぶ。
「猫いるの?」
 嵐恋が訊ねた。霙恋曰く彼の甥にあたる子猫は愛恵の服に爪を立てて、上へ上へ登ろうとしていた。
「久城さん宅で飼えないか、と打診したところなんです。そうしたら久城さんのお洋服を汚してしまって。ところで嵐恋くんのお友達で、誰か猫を飼いたがっているご友人はいらっしゃいませんか」
 綽々と彼は事実と違うことを作り上げる。聞いている相手に疑うという発想も持たせない。
「聞いたことないケド……」
「そうですか。マナは」
「オレも」
「なるほど。急でしたからね。では僕はこのへんで。久城さん、長く引き留めてすみませんでした」
 彼は何を匂わせることもなく、ただ甘い桃みたいな香りを残して颯爽と帰っていった。霙恋の息子だという毛むくじゃらの子供は連れ去られる。
「オレもそろそろ帰ろうかなって思ってたところなんだけど。お姉様帰ってきたし、あと10分くらい、居ようかな」
 舞夏は昔の相方の背中を気にしたが、すぐに加霞に直る。
「それがいいよ!姉ちゃん、ごはん食べたん?」
 嵐恋も舞夏と同じく愛恵の姿を見ていた。
「まだ」
「じゃあマナ兄ちゃんがあっためるやつ買ってきてくれたから、それ食べたらいいや」
 舞夏はへらりと笑っている。
「何から何までごめんなさい。ありがとう」
「いいよ、いいよ。また嵐恋くんとお姉様の食卓にご相伴しょうはんにあずかれたら」
 嫌味なく白い歯が光る。八重歯が目立つ。嵐恋もそうだが、彼の実兄たちはそうではなかった。
「うん。美味しく作れるように頑張るよ」
「いつも美味しいから肩に力入れなくてへーき、へーき」
 3人で自宅に帰っていく。



 加霞は弟の通う土屋つちや東高校を訪れていた。略称は土東どひがしである。男女比率はわずかに男子のほうが多い。治安の悪さでは無名で、加霞の印象からしても穏やかな校風だ。偏差値は高くもなければ低くもない。進学校にありがちな規則として学校の許可なくアルバイトをすることは禁止されている。嵐恋はアルバイトをしたがったけれど、実家からの仕送りと加霞の経済状況では学校が許すはずはないだろう。学校に可否を問う前に彼女の口からそれを止めた。周りの友人たちは上手いこと無許可でやっているらしい。小遣いは16、7歳が持つには十分か、少し多く渡していた。金銭のことは彼の問題視しているところではなかったらしい。
 すでに放課後の教室には校庭からのサッカー部の声や、野球部の打球音、陸上部のピストルの音や、吹奏楽部の演奏が聞こえる。隣の部屋からは女子の瑞々しい会話が聞こえた。明かりもつけず、しかし外から入る光で薄暗くはあるけれど視界不良ということはなかった。机の表面も白く照っている。
 担任教諭はまだ来ていない。どうしていいのか分からず、授業参観みたいに一旦は教室の後ろで立ってみることにしたが落ち着くこともなく廊下で待つことにした。そのほうがクラス担任の教師が来るのを見つけることができる。
 やがて、それらしき人物がやってきた。黒のスラックスに白のドレスシャツ、その上からキャメルのニットは大学生のようだった。背が高く、細い。眼鏡で黒髪だ。しかしこちらに近付いて来るにつれ、生え際が暗い茶髪になっているのが分かった。おそらく地毛は暗いブラウンで黒く染めている。俗にいう"プリン"の逆になっている。肌は青白く、まだ若いことを窺わせた。説明できない直感的な部分で彼女は彼が自分とそう変わらない年頃であることを覚る。
「久城嵐恋くんの姉御さんですか」
 猛暑日にクーラーの効いた部屋から聞く風鈴の音を思わせる質感の声と喋り方だった。人の好さそうに微笑しているが、どこか堅いのはこれから面談があるからだ。
「はい。父も母も遠方におりまして。普段からわたしが弟を看ております」
「久城本人から話は伺っています。素敵なお姉さんがいるものだと思いましたよ。久城本人を見ていても分かります」
 彼は教室の中へ促した。教卓前にある机を2つ向かい合わせにし、彼女は校庭を見渡せ廊下に背を向ける側に座った。
「改めて、久城の担任の生天目なばため和巳かずみと申します。よろしくお願いします」
 彼は着席する前にそう名乗り頭を下げた。こういう場合、加霞も自己紹介をすべきか迷った。しかしここは会社ではない。
「よろしく……お願いします」
 生天目は相手を安心させるような微笑を忘れなかった。自ら隙を作り、曝け出そうとしている。加霞は強張った。萎縮した。それは弟の担任教諭が思っていたよりも随分と若いからでも、相手がつまりふるくいえば"聖職者"だからでも、故意的に作り出したみたいな野暮ったさで隠し切れないハンサムだからでもなかった。
「それで、ご用件とおっしゃるのは」
 威圧的にならないよう気を遣っているのがいやでも分かった。彼女は仕事帰りのままの服で手汗を拭いた。
「お忙しい中、無理を言ってしまってすみません」
「いいえ。とんでもないことです。何か久城や学校のことで相談があるのなら是非ともお聞かせください」
 加霞は口を開いた。喉が乾く。胃袋が水分を欲しているのではなく、舌と喉奥が乾いてひりついている。


 インターホンが鳴って加霞は激しく怯えてしまった。どうするか迷った。雫恋かも知れない。そうでなければ霙恋だ。宅配便が来るような用事はなく、実家からも嵐恋からもそのようなことは聞かされていない。何よりも宅配便ならば宅配員が玄関前でそう言うはずである。間を置いているうちにもう一度ゆるやかにインターホンが鳴った。特に根拠はない。ただその間隔の空け方、鳴らし方があの双子の脅すようなものとは異なって聞こえたのだ。賭け事に似た心境でインターホンの受話器を取る。
『はい』
『嵐恋のお姉さん!』
『そうですが……』
斑霧むらぎりです、おり。嵐恋の友達の』
 斑霧むらぎりならば知っている。何度か家に遊びに来たことがある。軽食に出したバターと醤油で焼いた握飯を美味い美味いと言っていた覚えがある。
『ああ、斑霧くんか。まだ嵐恋は帰ってきてないんだけれど……』
『今日は嵐恋のことで、お姉さんに相談したいことがあったんで来たんです』
 嵐恋が彼に何かしたのだろうか。喧嘩か。誕生日のサプライズか。嵐恋はまだ誕生日は近くない。また雫恋や霙恋が高校の周りを徘徊した―……
『今開けるね』
 受話器を戻し、玄関ドアを開けるまでが長く感じられた。斑霧 霰嵐あらんという少年をリビングに通す。嵐恋と漢字一字を同じくし、響きも似ている。そういう接点から意気投合したらしかった。彼は剽軽な感じの、どこか軽率で軽薄で軟派な印象を受ける風貌をしていたが、嵐恋と同じく素直な態度で人懐こかった。見目も女子に囲まれていそうな少し粋な感じがある。加霞が高校生のときも、そういう洒落ていて軽妙な男子生徒は異性からよく好かれていた。
 ジュースと菓子を出す。霰嵐は加霞を目で追ったまま、緊張感を漂わせていた。
「話って?」
「嵐恋が……嵐恋が、この前、ベランダに出てて……おりンところの高校、裏校舎は4階建てになってて……見れば分かるんですが、まず玄関前が少し高くなってるから実質4.5階ですか。裏校舎に、ちょっと軽音部冷やかしに行こうぜって時です。軽音部、4階で活動してんですケド、その時に、嵐恋が、ベランダからずっと、下見てるんですよ。なんか怖くて………」
 霰嵐は話している最中、言葉に詰まり「あ~」とか「う~」とか呻いた。頭の中でまとめきれていないのだろう。それか話している間にもまだそれを打ち明けることに迷っている。
「下、見てるって……?」
「なんとなく最近、嵐恋元気ないなって。いつもはすぐ帰ってたのに、なんか、理由付けて学校に居ようとしてるっていうか。ケンカとか、したんですか?」
 媚びるように彼は顎を引いて上目遣いに加霞を捉える。
「してないけれど……そうなんだ。家に居る時はいつもと変わらないと思っていたのに…………」
 近頃の嵐恋を振り返ってみる。これといっておかしなところは見当たらなかった。
「おりの考え過ぎだったならいいんです、それで!あっはっは!恥ずかしいですね!忘れてくださいよ!」
 霰嵐は後頭部をすっすっと撫でる。そして道化師役を引き立てたように笑った。
「ううん。ありがとう、嵐恋のこと、心配してくれて。斑霧くんみたいな友達がいてよかった。また何かあったら、どんな些細なことでもいいから教えてね。お菓子食べに来るのでもいいから」
 加霞がそう言うと取り繕っていた霰嵐の顔が急に歪んだ。
「遊んでくれてありがとねって言うんです、あいつ。急に。びっくりしちゃって。おりは嵐恋といて楽しくないみたいじゃん。なんて返していいか分からなかったんです。だから怖い。ナイショにしてください。おりが来たこと。嵐恋、今日もまたどっかで帰る時間、遅らせてると思うんで」
 霰嵐少年が帰った後も、彼の訴えと彼女の脳裏に描き出されたその時の弟の様子が尾を引いた。むしろ薄まることなく増幅し、掻き立てる。より鮮明に描像され、説明になかった次の段階にまで至ろうとしている。頼るべきはあの少年ではない。学校に連絡を取ろうとした。しかし加霞は教師になった友人がいる。過酷なスケジュールの中にいるという。事実関係のはっきりしないことを相談してもいいものか。それも、加霞はあくまでも姉であった。親ではない。こういう場面に於いて保護者としては適していなかった。一旦、学校への連絡は保留にした。まずは今日、嵐恋と話し合うことにした。


 生天目は小さく咳払いする。
「昨日、弟と話してみました。ですが、はぐらかされてしまったんです。人を不安にさせるのが苦手な子なんで。昔から……」
「そうでしたか。学校での彼は、いつも明るく元気なムードメーカーです。とても助けられています」
「家でもそうです。よくわたしを気遣ってくれます。そういえば前に一度、アルバイトをしたいって言い出したことがあるんです。もちろん、そこまで経済的に厳しい状況ではありませんでしたし、自由に使えるお金も高校生が持っていて健全な範囲ですが、少なくないくらいには渡しています。だから説き伏せたのですが……もしかすると、負い目があるのかも知れません。10も違わない同胞きょうだいに養われていることに。これは、家庭でどうにかする問題なのに……すみません。親ならまだしも、姉に過ぎないわたしがこんな過保護な相談をして。でも学校にいる間は彼を看ていられないから……」
「過保護だなんてことはありません。仲の良いご家族なのでしょうから、当然の心配です。こちらとしても久城本人から目を離さないようにします」
 加霞は膝の上で何度も手を組み替え、指を揉みしだく。
「嵐恋には窮屈な思いをさせていると思います。それでも学校では良い友人たちに囲まれました。斑霧くんによろしくお伝えください」
 自分の話したいことをすべて話せているのか、彼女自身も分からなかった。言いそびれていたかも知れなければ、言葉選びや表現を誤ったかも知れない。嵐恋の相談をするつもりが一個人的で家庭的な悩みを相談していたかも知れない。話はこれで終わりだが、どこか気怠くて仕方がない。
「もしかすると、先程おっしゃられたことは進路のことで悩んでいるのかも知れませんね。クラスでそれとなくまた二者面談をして訊いてみます。また何か気に掛かることがありましたらご連絡くださればすぐに対応しますので」
「すみません……お手数おかけします」
「担任として当然のことです。久城は抱え込みやすいのかも知れませんね。本当に優しい、しっかりした生徒です。この前も不当に叱られている生徒を庇ったりなんてことがあって。ご家族と良好な関係を築けているのだと思いました」
 加霞は黙って聞いていた。何か落胆に似たものもある。家族と良好な関係など築けていない。築けていたとしたら、それは舞夏に押し付けたケアによるものだ。若い教師を瞥見する。嵐恋の情報が乗った紙から同じタイミングで彼も顔を上げた。
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