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揺蕩う夏オトズレ 6話放置/気紛れ兄+電波ワンコ弟/いとこ双子姉弟/百合要素
揺蕩う夏、オトズレ 5
しおりを挟む背中が蒸れている。激しく揺さぶられ、腹の奥が得体の知れない気焔が燻る。爽夏の雰囲気を感じ取った。霞澄は彼にそうされていると認識していた。
『仲直りして、霞澄さん。お願い、仲直りして』
きゃらきゃらした声が耳を掠めた。身体を前後され、下腹部が火照る。
『仲直りしてくれるの?きゅんきゅんだもん。してくれるよね?ごめんちゃいなの。霞澄さんのこと傷付けて、え~ん、え~んしてたの』
中を掻き回される間隔が速まっていく。全身が甘く痺れた。
「霞澄、起きて」
揺り起こされ、目蓋が開く。視界に入ったオレンジの光を濃い人影が阻んだ。
「魘されてるよ、あんた。だいじょぶ?」
深青の喉はクーラーに嗄れている。霞澄はとろとろと口腔に溜まる唾を呑んだ。引き攣るような痛みがある。
「ごめ……深青ちゃん」
腹の燻りは嘘のように鎮火している。冷静になり、霞澄は恥ずかしくなってしまった。常夜灯が赤みの差した顔を誤魔化す。
「別に。だいじょぶならいいの。おやすみ」
深青はベッドに戻った。掛布団が大きく翻っている。
「ちょっとお水、もらってくる」
「うん。ほら、電気」
リモンコンを渡され、枕元に置いた。深青は壁のほうに寝返りをうち、霞澄に背を向け、丸まった。連夜の淫夢である。真青に会いはしないかと少し苦い思いがあった。今夜はスマートフォンの光で足元を照らす。台所に降りて水を飲む。そのつもりはないが、自分は爽夏に惚れているのではないかと疑わざるを得ない。しかし出来るだけ冷静に自己について考えてみても爽夏に惚れているという感じはなかった。少年を通り越して幼児性の目立つあの気質はまず霞澄の中でそういう面に於ける異性ではなかった。友人に対する念に近い。内心で、どこにも公表や披露もしないけれど失礼かつ消費的で残酷な比較をするならば枡谷に対する安堵や関心のほうが、まずその兆候があるといえる。
汲み過ぎたコップの水をゆっくり飲む。台所に誰か入ってきた。伯母か伯父か、深青か―真青だ。水場の明かりにぼんやりと輪郭を浮き上がらせている。
「ま、おくん。おやすみ」
夕食から就寝までリビングでは伯父や伯母と共にいた。そういう時は霞澄も深青のように自室に籠らない真青とも上手いこと接することができたつもりだった。何かの勘違いで、寝呆けていた過ちを霞澄は無かったことにした。若い男子の身に起こるどうしようもない滾りを諫める姿は多少色褪せてもまだ重く留まっているけれど。真青を責め立てるつもりはない。互いに口にしなければ、知らないふりをしておけば無かったことにできる。あれは間違いであり、忘れても良いことなのだ。
突っ立っている真青が怖い。霞澄は後退ってしまった。失敗だった。それでは彼に対して、何か引け目のあることを自らアピールしているに等しい。
「早瀬」
その一言に眉を顰める。近い親戚である。真青とはそういう呼び方はしない。
「会え、た」
彼はぎこちなく喋る。声質そのものは真青だが、彼の操る調子ではない。別人みたいだった。
「早瀬」
「真青くん、大丈夫?」
やめろと警告している第六感を無視して近付く。いとこである。具合が悪いのなら然る対処が必要だ。真青に苦い思いはあれど、嫌い、憎んでいるわけではない。ただ己の狭量ぶりと向き合わされることになる真青を避けたくなるのだ。何も知らずに話しかけ、笑いかけ、仲良くしよう、楽しませようとしている優しいいとこを避けてしまっている。
「早瀬」
腕を掴まれる。寝間着越しでも冷たい手だった。
「真青くん……」
「アイツとは遊び終わったの」
「アイツって、誰?」
「爽夏」
息を呑む。
「真青くん、爽夏くんのこと知ってるんだ」
深青によく似た、しかし彼女ほど鋭くはない大きな目が霞澄を爛と穿つ。
「夕夏」
「え……?」
真青の寝呆けて勘違いしている相手だろうか。
「夕夏。夕夏って呼んで」
「夕夏………くん」
「夕夏」
真青の顔が深青のよくやる意地の悪い表情を浮かべた。
「ゆ、ゆうか」
「うん」
掴まれた腕を引き寄せられ、真青の胸に当たる。笠子家の匂いがする。彼の肩に頭を乗せ、腕の回る背筋が強張った。それでも突き飛ばせないのは緊張もあり、この肉体が世話になっている家の息子だからでもある。
「真青くん、困るよ……」
「困るの?」
「真青くん」
「夕夏」
彼女の頭の中では数々の閃きが行き交う。そのひとつを問うてみる。
「二重人格、なの?」
「違う」
「じゃあ、夢遊病………とか?」
「早瀬は、俺が俺だと困るの?」
抱擁する腕は優しい。笠子家の匂いと知らないシャンプーとボディーソープの香り、小さな頃から変わらない真青の甘いミルクっぽい匂い、それから彼とは違うというのに覚えのある喋り方。
「少し、困る」
「なんで」
「放して」
放されはしない。むしろ強く身体を合わされる。
「早瀬」
「放して。こんなところ、見られたら……お互いに、困るでしょ?」
解放されたかと思うと鼻先と鼻先がぶつかる距離に留め置かれる。
「おやすみのキスして」
「……真青くん。わたしたち、いとこだから」
真青は首を伸ばした。唇が塞がれる。柔らかく弾んだ。いとこの匂いに包まれ冷めていく。
「酷いよ、真青くん…………」
「明日も待ってる」
くたりと真青の身体から力が抜けた。慌てて受け止める。脂肪の少ない骨張って硬い身体だった。重さを支えきれずに徐々に膝が床に近付く。
「真青くん?真青くん」
額や頬、首を手の甲で確かめる。体温の高さや異常な発汗は感じられない。胸元で異性のいとこが身動いだ。
「んっ……っ、霞澄ちゃん?」
水場の小さな明かりが彼の大きな目で揺らめく。ぽかんと口を開く。
「大丈夫?真青くん。体調が悪いんじゃない?」
「あれ……?僕、あれ……?」
彼なりに、霞澄に忘れる余地を作ろうとしているらしかった。それに乗らない手はなかった。悲しくても怒りがあれども、笠子家にいる間は楽しくやりたい。
「寝呆けてるんじゃない?戻る時、階段に気を付けてね」
固唾を呑むのが聞こえた。戦慄するも、もう遅かった。
「霞澄ちゃん」
水場の下、使用していない調理器具や洗剤の買い置きなんかがしまってある戸袋に霞澄は背を打ち付けられた。火照った指に指が絡む。
「霞澄ちゃん、僕……」
苦しげに呼ばれ、彼の心配をしていいのか自分の心配をすればいいのか分からない。
「真青く、」
口付けで阻まれた。柔らかく甘い。いとこであるはずが、一人の男になっている。両手を繋ぎ、抵抗は許されない。霞澄には抵抗の意思すらなかった。受け入れたのではない。呆気に取られて自我が戻ってこないのだ。
「霞澄ちゃん………霞澄ちゃん!」
胸を撫で、腹を辿り、寝間着の上から肌着を確かめられる。パジャマのズボンごと下ろされかけ、攻防がはじまった。
「真青くん、だめ………やめて?」
「霞澄ちゃん…………っ、」
真青は本気だった。それでも霞澄は親戚の情からまだ手加減していた。いずれ冷静になるだろう。そう高を括っていた。
「真青くんっ!」
ゴム部分にかかる手を剥がそうとした。
「霞澄ちゃん、好きっ、好きなんだ」
「やめてっ!こんなこと……」
「うるさいよ。親父とお袋起きちゃうんじゃない?」
霞澄だけでなく、おそらく真青も一気に底冷えし青褪めたに違いない。台所一帯の明かりが点く。深青が剣呑な雰囲気で立っている。
「霞澄、寝るよ」
「う、うん」
深青は追い詰められている彼女を引っ張り出し、まるで双子の弟の存在などはまったく歯牙にもかけなかった。まだ真青がいるにもかかわらず、霞澄を連れると台所の明かりを落とす。無言の同性のほうのいとこが怖かった。部屋には常夜灯とは別の明かりが点いている。深青はベッドに横たわり、掛け布団を大きく開いた。
「一緒に寝る?」
「大丈夫。ごめんね……起こしちゃって」
目は完全に覚めてしまった。寝られるだろうか。乱れた布団や枕を直しているとベッドの上から視線を注がれていることに気付く。
「いいよ。でも…………いつから」
「分からない」
「……そう。変なコト訊いた。寝よ」
「うん」
消灯する。寝られるはずもない。真青を慮ってしまう。それからどう顔を合わせればいいのか考えた。ほかにも深青に知れてしまったことなど。
「霞澄、寝た?」
特に物音など聞こえず、すでに寝入ったと思っていたいとこのほうから声がかかった。
「まだ起きてるよ……?」
「あーしが寝られんなくなっちゃった。一緒に寝て」
「……うん。そっち行けばいいのかな」
「たまには布団で寝てみたいから、あーしがそっち行く」
そうして昔みたいに深青と同衾する。まだ男女という概念にしっかりした認識がなかった頃は3人で同じ布団の下に寝た。深青・真青の実兄はその頃すでに男子として目覚めていたのかも知れない。霞澄は深青と真青の兄、つまり笠子家の長男に対しては然程苦手意識はなかったのだから、やはり真青のあの密事が決定打に違いなかった。
「懐かしいね、こうやって寝るの」
寂しさが急激に現れた。真青は中性的な見た目をしているとはいえ、男の子から声変わりをし、喉に隆起を持ち、身体の角張った男性だ。
「うん」
「……昔は3人で寝られたのにね」
深青は霞澄にぴたりとくっつく。
「マサオにまた何かされたら、あーしに言いなさいよ」
「……うん。でも、真青くんとは昔みたいに仲良くしたい。何もなかったようにするからさ、深青ちゃんも、さっきのことは忘れて。伯母さんと伯父さんにも言わないで」
「正気?」
躊躇いながらも霞澄は頷いた。
「分かった。ホントはヤだケド、あんたがそう言うなら合わせるよ」
「ありがとう」
「寝て忘れよ」
笠子家と深青の匂いに包まれ、やがて霞澄は寝に落ちた。二度と帰らない日々の香りを頼りに、本人たちの中でも覚えているつもりのなかった深く遠い夏の思い出が引き出されていく。
◇
まだ少し身体に眠気があった。炊飯器の中の冷や飯と納豆、昨晩の残り物には青椒肉絲に切り干し大根とキュウリと塩昆布の和え物がある。それらを深青と一緒に食らって、活動を開始した。山に入る支度をして外に出ようというところで、真青とぶつかりかける。彼は目を見開いた。
「あ、あの、霞澄ちゃ……ん」
「ごめんね、廊下塞いじゃって。ちょっと山登りしてくるから。行ってきます」
異性の双子の顔も見ずに捲し立てた。上手く取り繕えた感じがした。外に出て、洗濯物を干している伯母にも一言かけた。笠子家の次男を誑かしたことに少なからず後ろめたさがある。法律上、いとこで結婚はできるが、法律の助力があったところで血縁者であるという認識がすぐに拭えるものでもない。小ぶりな門を出て、墓地のほうに歩く。枡谷が墓参りを終えている頃だった。手桶をハンドバッグにして柄杓の他に大きなペットボトルが入りビニール袋の持ち手が揺らめいている。
「こんにちは」
「おう。今日も山登りけ。元気でいいねぇ。暑ぃから気ぃ付けやっせ!」
彼は人懐こく笑った。ほんの少しのやり取りに小さく胸が温む。この汗で焼けた肌を光らせる中年男の纏う線香の匂いの中を通り抜ける。誰もいなくなった墓地には同じものを何着も持っているのかまったく同じ服装で立っている。通路のど真ん中を陣取っている。セミが長鳴きし、揺れる木漏れ日を浴びている。喉元を晒し目を閉じていた。濡れたように艶やかな黒髪は日輪を恵まれ、このまま空に飛んでいってしまいそうだ。羽化を終え、これから羽撃かねばならないセミやチョウの如き瑞々しい危うさがある。見た目は俗っぽいが、神々しささえ感じられた。霞澄は声をかけるのも忘れて見惚れた。踏み躙った小石が粗い石畳を小さく鳴らした。
「早瀬」
翅を乾かしていたみたいな鈴城は日光浴をやめてしまった。長い睫毛を開くと、身を弛緩させ、霞澄のほうに身体を向けた。
「おはよう」
「うん」
彼は口だけで肯いて透き通るように白い手を差し出した。
「今日は上まで、行けないかも」
どこか気怠いのは夜中に起きた出来事で十分に眠れなかったこともあれば、狭い布団に女2人肩を並べて寝たこともある。
「体調悪いの」
「ほんのちょっと寝不足気味で」
「夜に会ったから?」
話の脈絡が分からず霞澄は返事も相槌も、そのタイミングを逃した。
「今日は一緒に寝る?」
「鈴城くん……?怖いよ。何それ」
彼女は愛想笑いを浮かべた。ちらと冷めた睛眸に射られる。
「夕夏」
鈴城は桃のシャーベットみたいな唇を徐ろに動かした。このやり取りを知っている。
「鈴城くん……」
睡眠の足りていない頭が悪いのだ。憶測では整合性がとれない。霞澄は多少なりとも超現象つまりオカルトの話を信じていないわけではなかったが、それが目の前で起こるとなると疑いが強くなった。
「夕夏だよ、早瀬」
彼は小首を捻り、彼女の凍り付いた顔を見下ろす。
「変なこと訊くけれど……鈴城くんて、わたしのいとこの真青くんのこと、しってる?」
知りたいのは「はい」でも「いいえ」でもない。その反応である。しかし求めたものは得られない。鈴城は霞澄を透かすように見つめるだけだった。瞳孔の奥まで凝らしている。
「夕夏」
「ゆ、うか」
「うん」
ほんのわずか、切れの長い目が細まった。耽美な感じがある。
「早瀬」
手を強く握られると冷たくなっていく。保冷剤を握ったのとは違う、そういう体表温度の問題ではなかった。「夜に会った」「夕夏」「今日は一緒に寝る」。彼の不審な物言いだけならばまだよかった。だが、その言動は霞澄の中で引っ掛かっているものに上手いこと釣針を刺さしているように思えてならない。
「今日も、会いにいく」
「困るよ」
「爽夏と遊ぶなら、会わない」
「爽夏くんは関係なくて……」
鈴城は首を傾げて彼女の腕を引いた。
「早瀬」
「鈴城くん」
「夕夏って呼ばないの?」
「夕夏くん」
山頂展望台に行くルートは別の道に引き摺られる。それなりに交友を重ねているつもりではあるが、それでも異性に知らない道へ連れていかれることに完全な信頼があるわけではなかった。足はいくら重い。
「どこ行くの?」
「上には行かない」
ルートとルートを繋ぐ平坦な道のほうに入っていく。霞澄も知っている場所だ。しかし記憶はあれど、古すぎて、どこをどう行けば辿り着くところなのかは忘れていた。そこは細長い木々を組み整備され、朽ちた木製のベンチもある。ふと昔、このそのベンチで握飯を食べたことを思い出す。今ではもう座れば砕けるほどに傷んでいる。
「早瀬」
半歩前にいる美青年が立ち止まり、黒い毛先をはためかせる。勢い余ってぶつかりかけたが反動もなく彼女を受け止めた。華奢に見えてそのバルーン風なフーデッドスウェットシャツの下は意外にも鍛えられているのかも知れない。
「ごめん」
「許す」
「ありがとう」
遠慮のない触れ方で抱擁を交わしているような体勢を直される。
「悲しい?」
幻聴かと思うほどに突然の問いかけだった。
「え?」
「早瀬、悲しい?」
「悲しくないけれど……どうして?」
彼はフードの紐が垂れた自身の胸元を撫でた。黒い服にくっきりと長く細い指、薄い掌の輪郭が浮かび上がる。
「鈴城くん、苦しいの?」
「夕夏」
「まだそんなことを言って。具合が悪いなら無理したらだめでしょう?夏なんだから。山だし……」
語気を強め霞澄は鈴城の肩を掴んだ。彼の胸にあった手が伸びる。こんどは霞澄の胸元に触れた。
「ちょっと!ふざけないでっ!」
触られているのは乳房ではない。その中心だ。心臓部というには少しずれがあるけれど、鼓動を聞こうとしているような。しかしいきなり、2人きりで、身体を触られている。長い指は柔らかな膨らみに届いている。冷たかったはずの手に熱を感じた。
「早瀬のここが……キュッてしたから」
「してない」
彼から後退り身を捩った。
「早瀬……」
表情の乏しいなりに消沈した貌がある。
「怒ってないし、許すけれど、ちゃんと謝って。いきなり胸触るの、だめ」
「ごめん」
「うん」
「ありがとう」
鈴城はまた白い手を差し出した。霞澄はそこに手を乗せる。
「もう胸は大丈夫なの?」
「俺は苦しくない」
人懐こい目が機嫌を読んでいる。爽夏とはまた異質のあどけなさがある。
「早瀬が、悲しそうだった」
「悲しくないよ。小さい頃にここに来たことあるから、思い出してただけ。気を遣ってくれたの?ありがとう」
表に出すほどの情動ではなかった。しかし鈴城がそれを感じ取ったというのならば顔に書いてしまったのだろう。
「悲しくない?」
「うん。ちょっとだけ寂しいけれど。もうあの頃には戻れないんだなって。今の生活が不満ってわけじゃないけれど、あの頃も……楽しかったから。不思議だね、今のほうがお金のこととか、責任とか、どこに行くとか何食べるとか自由なのに」
鈴城の目は霞澄から滑り落ち、やがて顔を伏せた。
「分からない」
「そうだよね。ごめんね、いきなり昔話なんて。いつか、あと数年もしたら、今こうしてること、良かったなって思うんだろうな。その時の生活にもそれなりに満足してるくせに」
白い手にぐいと引き寄せられる。握る指の力も強い。
「早瀬」
「そのとき、爽夏くんと川で遊んだり、こうやって2人で山を探検したことも思い出すよ」
黒い髪が左右にゆるゆると振られる。
「俺……分からない」
腕に組み付かれ霞澄の肩には艶やかな毛が撓み、腕が最近流行りのオーバーサイズに見せるフード付きスウェットシャツに埋まる。夏場だというのに彼は暑くないのだろうか。
「分からないって?」
「昔のこと。でも、あっちのほうに、まだエアオンはなかった」
頂上の展望台からよく見える大型ショッピングモールは、確かに霞澄たちが生まれた頃にはまだなかった。
「あと、黒い板っぺら……」
「ソーラーパネルのことかな。ちょっと怖いよね、あれ」
ソーラーパネル畑と揶揄されるほど無数に敷き詰められた装置が市街地から少し外れた田園風景に目立った。何が怖いということはないが、黒光りし、地形の起伏に沿って頭数を増やすその感じは不気味だった。
「それくらいしか思い出せない」
「鈴城くんも、いつもは別のところにいて、夏休みだけ帰ってきてるの?」
だとしたら爽夏から兄を奪ってしまったような余計な世話に似たすまなさを薄らと覚える。
「……どうだろ」
鈴城は明らかに気分を落としていた。叱りつけたことが今になって堪えたのだろうか。
「鈴城くん?」
「夕夏」
「夕夏くんのこと、爽夏くん、寂しがらない?」
ぼうっとしているのか考えているのか、はたまた澄ましているのか分からぬ顔に見つめられ、霞澄も見つめ返した。
「爽夏の迎え、早瀬も来て」
「うん。あの川までなら行けるよ」
「また爽夏に送ってもらったら」
「迎えにいくのに送ってもらうの?」
ほんの少し揶揄いの意を込めたつもりだった。
「爽夏は早瀬のこと、好きだから」
「お兄さんのことも好きなんじゃない?」
鈴城はショックを受けたような顔をして、みるみるうちにこれ以上ないほど眉を歪めていく。
「鈴城くん?」
「爽夏は、俺がいないとだめなんだ」
様子のおかしくなった彼は両手で濡れたように黒々とした髪を掻き乱す。
「爽夏は釣りに行くから……」
焦燥と狼狽、混乱に取り憑かれているらしき彼は突然走り出した。
「迎えにいかなきゃ」
霞澄も追った。この道が繋ぐ別の登山道に入り、ほんの少し視界から消えただけで彼を見失う。鈴城は弟を迎えに行ったのだろう。霞澄は下山の道を辿り、新しく建て替えられた寺とそれを囲う小規模な墓園の脇に出た。線香の白く細い筋が宙に溶けていく。帰るか帰らないか迷った。鈴城は弟を迎えにいったあと、自分を探しはしまいか。だが彼との出会いは短いが、そこまで気の回る人物には思えなかった。霞澄はそう高を括り、寺の訪問と登山のためになかなか大きく設けられている駐車場に出はしたものの、やはり鈴城の動向が気になって仕方がなかった。弟と合流したあと、自分を探し回りはしないかと。具合はあまり良くなかったが、爽夏のいた川へ道を戻る。今後、鈴城との関係は考え直したほうがいいだろう。
結果、あの川に2人の姿はないどころか、肝心のその場所が見つからなかった。記憶違いを起こしている。深青に少し遅れるとメッセージを送り、誰もいない登山道の端で彼女は屈み込み、休憩を挟む。
「お嬢ちゃん?何してんでぃ?」
陰る。顔を上げる。枡谷が道を塞がんと植えてある木に腕をつき、霞澄を見下ろしていた。
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