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White Day 小話 2/2
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「好きとか嫌いとかは関係ないんです。オレだってチョコ好きじゃないですから」
初音はふぅん、と興味なさそうに空を仰ぐ。曇天だが溶けたような雲の狭間から太陽が見えた。
「でも俺好きなヤツには俺の好きな物渡したい…っつーか、――には、みんなと同じ物渡すのか?」
初音が青年の黒目がちな双眸を捉えるがすぐに顔ごと逸らされる。
「みかんの飴、買ってあるんです。和風な感じの、ホワイトデーとはちょっと外れてるんですけど」
照れているのか少し様子を変えて話す青年をみて初音は笑う。
「ほぉ」
「もっとなんか、ちょっといいケーキとかにしようと思ったんですけど、カレシ居ますし、あまり出過ぎた真似は出来ないし、形に残る物もなぁ、って思って…」
言い訳をするような青年の口調。初音には分からない事情や背景があるのだろう。
「みかんっぽいよな、分かるわ」
青年の俯き気味な頭が上がって初音を見上げる。お仕置きから赦されたような犬を思わせる。
「初音さんは本当にマシュマロ好きなんですか?なんでマシュマロにしようと…」
「他のやつがどうせチョコとか返す仕組みなんだろ?」
説明された内容的にはそういうことだ。それを教えた青年もチョコレートで返すつもりはないようだが。
「渡しに行きましょうか」
「もう?夜の方がこういうのってロマンティックじゃないのか?」
夜空に上がる花火、夜だが明るい地上を歩き回るゾンビやミイラ、雪の中飾られた木や光る装飾が街中を輝かせ夜に盛り上がっていた。その数日後はやはり夜に寺の鐘が鳴り、日の出を迎える。それから少しして、世間はまたピンクの看板や真っ赤なハート形のポスターに浮足立つが、初音はそれを、見ていながら気にはならなかった。大きなイベントだとは思わなかったから。青年は眉間に皺を寄せた。
「ロマンティックってなんですか。おそらく夜は予定あるでしょうし」
青年の声音はどこか低い。気の回らない初音に呆れているのだろうか。
「なんで知ってるんだ?」
「え、多分ですけどカレシがディナーコースとか予約しているんじゃないですか?」
自棄になっている。初音は疑問符が浮かんだまま。青年はそれを説明するつもりはないらしく、ホワイトデーを渡す相手のアパートへ向かっていく。
「あれ?また片岡くんと遊んでたんだ?仲良いね」
アパートの扉が開き、初音の契約相手が出迎える。青年が初音の後ろへ隠れてしまう。
「なぁ、今日ホワイトデーなんだろ?返すわ」
初音は茶色のクマのぬいぐるみが入ったケースを渡す。恐る恐る初音の契約相手は手を伸ばす。
「初音くんホワイトデー知ってるんだ?ありがとう!」
初音の契約相手は驚いたようだ。ケースの中のクマのぬいぐるみに視線が向く。
「オレからも、お返しです」
青年が小さな薄い紙袋を渡す。開けていい?という問いにこくりと頷く。青年が渡したみかんの飴が気になり、初音も黙って凝視した。
「みかんの飴?ありがとう!みかん好きなんだ」
透明なフィルムに数個入った、みかんのひとつひとつをばらばらにしたような形の飴が入っている。和風なシールで留めてあり、レトロな雰囲気を感じさせる。
「それじゃあ、帰りますね」
「もう帰るのかよ?」
青年が初音の腕を引く。初音が青年に訊ねる。
「ごめんね、今度来た時にきちんともてなすから」
初音に言ったのか青年に言ったのか、それとも2人に言ったのかは分からなかった。おそらく青年に、だろう初音は思った。彼女はあまり初音には気を遣わないのだ。青年は初音を当然のように自宅へ通す。そうするのが自然のように。ファミリー向けのアパートなため、部屋数もあり広い。
リビングにべたっと座り込む初音が、ソファの前の床に行儀良く座る青年に問う。
「他の人たちには配りにいかないのか?」
「昼から出勤です、今日は」
青年は立ち上がっていじけたように言ってリビングの横のキッチンへと向かう。
「あ、そうだ。板チョコの破片みたいなのもらったから、返すわ」
テーブルに白いクマのぬいぐるみが入ったケースを置く。
「あれくらいでお返し用意してくださったんですか」
「いや、色々ご馳走してもらってるし」
「ご馳走していたつもりはないんですけどね」
粉のレモンティーを注ぎながら、テレビを点けだす初音の背を見る。ホワイトデー特集だらけの番組も今日からは。
「マシュマロ初めて食わせてもらったし。みかんも。それから柿ピーだろ、それから…」
今日はテーブルの上に縦長の煎餅が盛ってある。
「まどかのですけどね。初めてだったんですか?そんな珍しい物でもないでしょう」
青年の妹とは休日によく遊ぶ。人見知りが激しいことを心配していた青年も、初音と遊ぶことを若干懸念もしつつ受け入れていた。
「あまり物食わないから」
青年の妹とは様々なことを話した。おやつも気前よく分けてくれた。
「そうでしたか。ありがとうございます」
白いクマのぬいぐるみを青年は見つめる。初音はテレビを見つめていた。
「マシュマロはハズレなんだろ」
「諸説あるみたいですけど、柔らかいですからね。柔らかく包んで返す、だから断るの意味になるそうなんです」
青年はぼそぼそと説明した。
「きちんと守るのか、そういうの」
「面倒だとは思いますけど、少し言葉が足りないだけで、言葉でもないメッセージで隔たりが生まれるんですよ、厄介な人間関係この上ないですけど」
初音は青年を年下に見ていたが、どこか老けたように見えた。
「もうホントに嫌になりますよ、誰か終わらせてください、この謎イベント」
「楽しいじゃねぇか、面白いダジャレ考えてキザに返すの」
はぁ?と青年は一度テーブルに寄りかかり項垂れた顔を上げる。
「柔らかく包むねぇ…何を柔らかく包んだんだ。なら黒幕はイチゴジャム、チョコソース、リンゴジャムだな」
初音が初めて食べたというマシュマロは子どもが食べやすいように中にジャムが入っている。青年は、はいはいと雑に返事をする。
「後悔しているんですか?マシュマロ渡したの」
「いや、後悔はしてないけど、気に入らないだけっすわ」
青年が仕事中にいつも着ていた薄いブルーの上下の服がマシュマロに似ている。青年の妹はそう言って笑っていた。
初音はふぅん、と興味なさそうに空を仰ぐ。曇天だが溶けたような雲の狭間から太陽が見えた。
「でも俺好きなヤツには俺の好きな物渡したい…っつーか、――には、みんなと同じ物渡すのか?」
初音が青年の黒目がちな双眸を捉えるがすぐに顔ごと逸らされる。
「みかんの飴、買ってあるんです。和風な感じの、ホワイトデーとはちょっと外れてるんですけど」
照れているのか少し様子を変えて話す青年をみて初音は笑う。
「ほぉ」
「もっとなんか、ちょっといいケーキとかにしようと思ったんですけど、カレシ居ますし、あまり出過ぎた真似は出来ないし、形に残る物もなぁ、って思って…」
言い訳をするような青年の口調。初音には分からない事情や背景があるのだろう。
「みかんっぽいよな、分かるわ」
青年の俯き気味な頭が上がって初音を見上げる。お仕置きから赦されたような犬を思わせる。
「初音さんは本当にマシュマロ好きなんですか?なんでマシュマロにしようと…」
「他のやつがどうせチョコとか返す仕組みなんだろ?」
説明された内容的にはそういうことだ。それを教えた青年もチョコレートで返すつもりはないようだが。
「渡しに行きましょうか」
「もう?夜の方がこういうのってロマンティックじゃないのか?」
夜空に上がる花火、夜だが明るい地上を歩き回るゾンビやミイラ、雪の中飾られた木や光る装飾が街中を輝かせ夜に盛り上がっていた。その数日後はやはり夜に寺の鐘が鳴り、日の出を迎える。それから少しして、世間はまたピンクの看板や真っ赤なハート形のポスターに浮足立つが、初音はそれを、見ていながら気にはならなかった。大きなイベントだとは思わなかったから。青年は眉間に皺を寄せた。
「ロマンティックってなんですか。おそらく夜は予定あるでしょうし」
青年の声音はどこか低い。気の回らない初音に呆れているのだろうか。
「なんで知ってるんだ?」
「え、多分ですけどカレシがディナーコースとか予約しているんじゃないですか?」
自棄になっている。初音は疑問符が浮かんだまま。青年はそれを説明するつもりはないらしく、ホワイトデーを渡す相手のアパートへ向かっていく。
「あれ?また片岡くんと遊んでたんだ?仲良いね」
アパートの扉が開き、初音の契約相手が出迎える。青年が初音の後ろへ隠れてしまう。
「なぁ、今日ホワイトデーなんだろ?返すわ」
初音は茶色のクマのぬいぐるみが入ったケースを渡す。恐る恐る初音の契約相手は手を伸ばす。
「初音くんホワイトデー知ってるんだ?ありがとう!」
初音の契約相手は驚いたようだ。ケースの中のクマのぬいぐるみに視線が向く。
「オレからも、お返しです」
青年が小さな薄い紙袋を渡す。開けていい?という問いにこくりと頷く。青年が渡したみかんの飴が気になり、初音も黙って凝視した。
「みかんの飴?ありがとう!みかん好きなんだ」
透明なフィルムに数個入った、みかんのひとつひとつをばらばらにしたような形の飴が入っている。和風なシールで留めてあり、レトロな雰囲気を感じさせる。
「それじゃあ、帰りますね」
「もう帰るのかよ?」
青年が初音の腕を引く。初音が青年に訊ねる。
「ごめんね、今度来た時にきちんともてなすから」
初音に言ったのか青年に言ったのか、それとも2人に言ったのかは分からなかった。おそらく青年に、だろう初音は思った。彼女はあまり初音には気を遣わないのだ。青年は初音を当然のように自宅へ通す。そうするのが自然のように。ファミリー向けのアパートなため、部屋数もあり広い。
リビングにべたっと座り込む初音が、ソファの前の床に行儀良く座る青年に問う。
「他の人たちには配りにいかないのか?」
「昼から出勤です、今日は」
青年は立ち上がっていじけたように言ってリビングの横のキッチンへと向かう。
「あ、そうだ。板チョコの破片みたいなのもらったから、返すわ」
テーブルに白いクマのぬいぐるみが入ったケースを置く。
「あれくらいでお返し用意してくださったんですか」
「いや、色々ご馳走してもらってるし」
「ご馳走していたつもりはないんですけどね」
粉のレモンティーを注ぎながら、テレビを点けだす初音の背を見る。ホワイトデー特集だらけの番組も今日からは。
「マシュマロ初めて食わせてもらったし。みかんも。それから柿ピーだろ、それから…」
今日はテーブルの上に縦長の煎餅が盛ってある。
「まどかのですけどね。初めてだったんですか?そんな珍しい物でもないでしょう」
青年の妹とは休日によく遊ぶ。人見知りが激しいことを心配していた青年も、初音と遊ぶことを若干懸念もしつつ受け入れていた。
「あまり物食わないから」
青年の妹とは様々なことを話した。おやつも気前よく分けてくれた。
「そうでしたか。ありがとうございます」
白いクマのぬいぐるみを青年は見つめる。初音はテレビを見つめていた。
「マシュマロはハズレなんだろ」
「諸説あるみたいですけど、柔らかいですからね。柔らかく包んで返す、だから断るの意味になるそうなんです」
青年はぼそぼそと説明した。
「きちんと守るのか、そういうの」
「面倒だとは思いますけど、少し言葉が足りないだけで、言葉でもないメッセージで隔たりが生まれるんですよ、厄介な人間関係この上ないですけど」
初音は青年を年下に見ていたが、どこか老けたように見えた。
「もうホントに嫌になりますよ、誰か終わらせてください、この謎イベント」
「楽しいじゃねぇか、面白いダジャレ考えてキザに返すの」
はぁ?と青年は一度テーブルに寄りかかり項垂れた顔を上げる。
「柔らかく包むねぇ…何を柔らかく包んだんだ。なら黒幕はイチゴジャム、チョコソース、リンゴジャムだな」
初音が初めて食べたというマシュマロは子どもが食べやすいように中にジャムが入っている。青年は、はいはいと雑に返事をする。
「後悔しているんですか?マシュマロ渡したの」
「いや、後悔はしてないけど、気に入らないだけっすわ」
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