Lifriend

結局は俗物( ◠‿◠ )

文字の大きさ
33 / 35
Lifriend flower 未完結6話(2017年)

4

しおりを挟む

 ごめんね。真っ白い部屋には誰もいない。あの茶金髪の男がいつも立っていた窓の前も。佐伯は確認してそう内心呟いた。水浸しの床に波紋が広がり、カーネーションが揺れるだけ。レースカーテンは死んだようだ。応えは何もない。
 ごめんね、あなたのこと。窓の外は光に溢れている。あの茶金髪の小柄な体躯がないだけで、眩しすぎて直視できない。
 あなたのこと、何も。カーネーションが揺れるだけ。レースカーテンはひらりとも動かず。
 何も、知らないの。佐伯以外は誰もいない部屋。レースカーテンと窓の光りが迫るように大きくなっていく。


 好きな人デキたから別れてほしい。美男美女カップルと噂され、おだてられていた。佐伯は告げられた言葉に目を見開く。長身で窪んだ眼と薄く広い二重瞼。黒い髪がセットされ、スタイルの良い美男子。性格も明るく軽そうな印象はなく、クラスのしっかり者という図像。どういう出会い方をしたかは忘れたが気が付けば周りに押されるカタチで“美男美女カップル”を演じさせられていたようにも思う。だが佐伯を頷かせなかったのは、そこに本当に恋愛感情があったかどうかよりも、意地だった。押し付けられた羨望、勝手な憧憬の裏返しにある同情とやっかみ。佐伯は首を縦に振ることはなかった。高校という狭い枠の中で相手を選ぶ、選ばせられる。周りの節介と迫られる理想像にすでに押し潰されている。見た目だけ、見た目だけ。誤魔化し慣れていく脳。性格も悪くはない。何の刺激もないことを除けば。
 教室から見下ろした校庭ではその美男子が穏和そうな女子にしきりに話しかけている。隣のクラスの地味な、だが可愛げのある子。佐伯と違い小動物を思わせる雰囲気を持っている。佐伯に見せたことのない自然さと柔らかさを帯びた笑み、立ち振る舞い。佐伯と共に居た友人の気不味そうな表情を横目に見る。掛ける言葉が見つからない、下手なことは言えない、というのを隠せるほど場数を踏んだ歳でもない。全て佐伯の思い込みなのか。
 いいんじゃない、別に、結婚してるワケじゃないし。
 こういうのは困る、と言いたそうに美男子に口説かれる地味な女子は身を竦めているが佐伯のカレシは気付くこともなく話し続けている。気が利く空気の読める男だったはずだ。話は得意じゃないからごめんね。カレシはそう言って、だから佐伯も無言の空間に慣れていったというのに。
 お~い、浮気からよ~、いい御身分だな~?
 美男子の足元にサッカーボールが転がっていく。カラカラとした声と少し嫌味っぽい喋り方。隣のクラスの、地味子と同じクラスの、中村だ。カメラを肩から下げている。写真部の中でもアクティブで、運動も好きらしく度々サッカーボールで遊んでいる姿を見かける。
 中村マジであいつバカ。佐伯の横で友人が言った。佐伯はけたけた笑ってカレシにサッカーボールのパスを要求している中村を見つめた。まず小柄。高校2年ではまだ未発達で成長の余地はある。目立つ存在ではあったが顔は地味。醜いわけではないが冴えない。華がない。頭の回転の良さは言葉の端々から時折窺えたが嫌味が効いている。成績は噂で聞かない。おそらく中間だろう。
 気にしなくていいと思う、中村バカだから。
 横の友人の気遣いにも佐伯は気付かず。カレシと地味子の言い分は聞こえなかった。中村の故意的なくらいの大きな声が校庭に響く。カレシが地味子の肩を軽く叩いて去っていく。地味子がボールを取り戻してリフティングしている中村を少しの間見つめてから校門に向かっていくのを佐伯は見つめていた。
 マジで中村、ないわ。疲れた様子の友人がうんざりしている。確かに中村はない。同意して佐伯はミニテストの勉強中だったことを思い出した。


 両耳を鋭く細く貫いていくような耳鳴り。悲しくはない、苦しみも、痛みも、喜びもなく頬を涙が滴っていくのを榛名は一度躊躇した指で拭う。
「大丈夫、スか」
 落ち着いた低い声。公園のベンチに座ったまま、だが隣り合っているわけでもない。榛名から出た告白は喜ばしいものだったのかも知れないが、もっと誰かの呪縛にも似ている。
「大丈夫ッス」
 榛名の声で我に返る。榛名を忘れて支配していた男の顔が消えていく。
「すぐに納得しろとは言わないスから」
「え?何の話だっけ?」
 榛名が呆れて項垂れる。佐伯はごめんごめんと謝った。榛名の首筋に残る赤い2点が目に入った。
「ごめんね」
 誰もいなかった真っ白い部屋で吐いた謝罪と同じ響きが漏れる。榛名の首筋に伸ばした手は榛名によって掴まれ、静かに下ろされる。
「謝らなくていいんス。“てっちゃん”にはずっと、オレから謝るスから」
 榛名が言っていることの意味を問いたかった。疑問は多くある。だが訊けなかった。聞きたくなかった。特に榛名の口からは。それからその答えも。
「私にやましいことなんてない」
 不細工な笑みを浮かべて榛名は首を振る。そんなこと言っちゃダメっスよ、口にはしなかったが、だがおそらくそう言ったかったのは伝わった。
「りっちゃんは、」
 幾分柔らかい声で呼ばれ、胸がまた疼く。
「オレが背負うから、オレとのことは忘れてください。アンタは“てっちゃん”のことだけ考えて」
 続く言葉は鋭い刃のように佐伯には思えた。榛名なりの気遣いが首に巻き付いて甘く優しく締め上げていく。
「なっちゃんとのことって何」
 意地の悪さはただの抵抗のつもりで。身に覚えも記憶もない。幻覚と夢に囚われたモラルに佐伯は窮屈さを感じて。榛名が言葉に詰まるのを内心喜ぶと同時に、そういうつもりじゃなかったのにと矛盾した情が押し寄せる。
「“てっちゃん”に申し訳ないって思う瞬間のコトっス」
 明言せず、小さな小さな声で榛名は戸惑いながら口にする。そういった状況があとどれほど続くのか。
「私がなっちゃんをさっきみたいに欲しい、て思うこと?」
 唇を噛んで地面を見つめる榛名に意地悪が過ぎたと佐伯は思った。
「なっちゃんは“はやて”が大好きなんだね」
「その言葉、アンタから前にも聞きました」
困った笑みを浮かべて佐伯の顔を見上げる。誰に。佐伯に言った覚えはない。それなら誰だろう。“はやて”本人か。いや、佐伯からだと榛名は言っている。
「私が?」
 榛名がこくりと頷く。何か騙されているのかもしれない。からかわれているのかもしれない。
「ヤだな、シュミの悪いショーダン」
「今の言い方“てっちゃん”そっくりっス」
 榛名は力なく再び視線を地面へ移す。足元を通っていく蟻がチョウの羽根を運んでいる。
「なっちゃん、私のこと知ってるの?」
「忘れたいくらいには」
「私となっちゃんはこの前初めて会ったんじゃないの」
「オレは“てっちゃん”と一緒にいる時から知ってたっスよ」
 佐伯は榛名の昔を知らない。はっきりしない榛名の言い方に苛立ちが募る。
「私と・・・なっちゃんてどういうカンケーなの」
「“てっちゃん”を通しての顔見知り。それだけっスからアンタがオレを知らなくても当然ス」
「うそでしょ、だって忘れたいくらいにはって」
「強烈な人でしたから」
 やはり榛名のつまらない冗談なのだろう。かわいい男だ。その冗談に乗る。
「何がキョーレツよ、もう!」
「そういう風に笑うんだ、そういう風な優しい声してるんだ、って。オレは別人に会った気分ス」
 視線を寄越すことはないが、口元に浮かべた淡い笑み。美しい横顔をかたどる反射。胸が甘く切なく痛む。
「なっちゃん、タラシ」
「へ?」
 雄々しく険しい顔立ちが間の抜けた色に変わる。それに満足し佐伯も笑った。

 佐伯と―――、別れたんだってさ。噂は1人歩く。いつの間にか収まる日まで待つだけ。或いは故意的に終わらせる。新しい話題が生まれればいいのだ。だが合わさればリスクがある。目立たない奴等の華々しくない生活、目立つ奴等の華々しい生活がこういうところで逆転する。目立つだけ、消費される側になる。別れるときっぱり決まったわけではないはずだ。合意ではないが別れた気になられているなら、もうすでに終わった。佐伯は下世話な廊下を歩く。有名人ではないが全てが自身の、その件に触れているような気がしてならない。神経と理性の折り合いがつかないまま感情へと繋がろうとしていく。
 教室から出てきた隣のクラスの地味子と鉢合わせる。小柄で、肩で切り揃えられた茶髪、童顔で大きく丸い目、小さな口、撫で肩。佐伯の反対の要素を備えた外見。性格も穏やかなのだろう。体格差だけではない意味を含んで、地味子を見下ろした。地味子は気不味そうに身を縮こまらせて足早に去っていく。その様が癪に障った。長身を馬鹿にされているようで。体格差の埋まらないカップル像を否定されたようで。
「待ってよ」
 地味子と話したことはなかった。昨年も同じクラスになったことはない。
「いい気にならないでよ。陰気なクセに」
 怯えた目で顔を歪ませて去っていく。冷たいと陰口を叩かれる声がさらに冷えた。
 今のは脅しだなぁ。
 背後からふざけた口調に佐伯は振り返る。目線の高さがほぼ同じ。中村だ。ニヤニヤとしまりのない顔。姿はよく見るが、話すのは初めてだ。
 関係なくない。
 気分は最低だった。中村は挑発的な視線を向けたまま。放課後に首から下げているカメラとは違う、軽量化されたトイカメラを佐伯に向ける。
 撮影料取るよ。冷たく言えば、じゃあ本格的に仕上げなきゃ、と中村は笑った。
 くっだらない。
 カメラは銃口じゃないんだし、そんな固くなるなって。
 説くように中村は少し真顔に変わる。肖像権って知ってる?そう言って佐伯は教室へ向かう。馴れ馴れしい男。見た目ではなく雰囲気で人を集める男。
 おいおい中村、あいつはやめとけ。後ろでそう聞こえた気がした。

 ソファの上で榛名が噛もうとする爪を佐伯は手で包み込みやめさせる。家に上げることを拒む榛名を説き伏せリビングへ案内するとソファに座らせた。玄関扉に掲げられたネームプレートの「中村」も今までまるで気にしたことがない。在るのか無いのかも不明瞭な今までの暮らし。趣味の悪い、色調が統一されたインテリアや部屋の片隅の観葉植物にも何の疑問も抱かず、そこに在って当然だった。ブラウンやホワイト、グリーンを基調にコーディネイトされた部屋は家具屋のサンプルのように上手くまとまって生活感が作られている。部屋中に飾られた写真は全て綺麗に写真立てに収められ、被写体に合った色味や素材が使われていた。何も抱かなかった、在って当然のそれらが疑問の色を強くしていく。
「何か食べる?」
 朝早く、何の用で榛名はここに来たのだろう。ソファに座ったまま放心状態の榛名に冷蔵庫の中を覗きながら問う。
「おかまい、なく」
 冷蔵庫の中は消費期限が切れた牛乳とまだ開けていない緑茶のペトボトルがあるだけ。家電屋の見本の冷蔵庫のような殺風景さ。
「じゃあコーヒーでいい?リンゴあるけど食べない?」
 冷蔵庫を閉じてカウンターキッチンの上に無造作に置かれたリンゴ数個を確認する。
「いや、いい、ス」
 覇気のない榛名に具合でも悪いのかと佐伯は近寄った。眉間に皺を寄せて榛名は佐伯から顔を逸らす。
「何?何か怒ってるの?」
 佐伯を拒絶する榛名の仕草に非難の色を強めないように訊ねる。怒っているなら何か言うはずだ。もしくは嫌味ひとつでも返してくるはず。
 切なく寄せられた眉根と歪められた目元から覗く、とろんとした瞳。本能的に危険な匂いがした。何かまずいやつだ、やばいやつだ、と佐伯は思ったが榛名は何も仕掛けてはこない。耐えるように背を丸める榛名に触れようとした腕を取られ、強く掴まれるだけ。
「触ら、ないで、ください」
 細く弱く榛名は拒絶を紡ぐ。つらそうだ。痛いくらいに佐伯の腕を掴む手が震えている。
「お腹、痛い?」
 お湯沸かすね。そう続けて電子ポットを探そうとすれば榛名は佐伯の腕を放さない。
「なっちゃん?」
 聞き分けの悪い子どもを諭す口調で名を呼ぶ。
「“てっちゃん”のことは裏切れないんス」
 震えながら榛名はそう言った。
「なっちゃんが“てっちゃん”のこと大事なの、よく分かってるよ?」
「ダメっス、ダメなんス」
 頭を振る榛名は本当に聞き分けの悪い子どものようだった。力が弱まった榛名の手を外し、佐伯は榛名の頭を抱き締める。額と額を合せて、泣きそうになっている顔に優しく振れる。
「私にやましいことなんてないから」
 唇を噛んで強く強く首を横に振る。確信はなかった。だが佐伯も一度経験した身だ。まるで他人事のようだったけれど、抗いきれない衝動。榛名を今苛んでいるもの。何となくだが佐伯にも分かった。
「私も背負うから。私とのコトは忘れて。なっちゃんは大好きな“てっちゃん”のことだけ考えて」
 榛名に言われたことをそのまま借りて、つらそうな榛名は両耳を塞ぐ。
「じゃあ2人で背負う?背負える?大事な“てっちゃん”のこと、忘れる?」
 ゆっくり榛名の後頭部を軽く優しく柔らかく、リズムを刻みながら叩く。
「りっちゃ、逃げ・・・」
 佐伯の腕を剥がそうと榛名は指を掛けるが、力が入らず擽っているかのようだった。
「逃げない。なっちゃん、大丈夫」
 榛名を抱き締め、首元を口元へ導いていく。
「何も知らないから。何も見てない。全部忘れていいよ。無かったことにして」
 僅かな甘さを帯びた清涼感のあるスパイシーな香り。それから薬品の匂いを残す整髪料の香り。榛名の匂い、幼い頃に嗅いだ、日向ぼっこ後の黒猫の匂い。鼓動が伝わりそうだ。おそるおそる榛名が口を開ける。
「流されていいよ。私は本当に・・・」
 榛名越し、遮光カーテンが両端に開かれレースカーテンの向こうに曇り空が広がる大きな窓ガラス。誰か立っている。ベランダの柵を背景に。真っ白い上下が逆光していても、まだ明るい。曇天にも関わらず茶金髪が煌めく。真っ白い裾が床に着き、裸足を覆いそうだった。2人の状況に構うことなく、茶金髪の男はぼうっと佐伯を見つめている。
 首筋に走っていた痛みは段々と熱へと変わっていく。ぼんやりと意識が濁っていく。視界にも靄がかかり、耳まで生温かい。榛名の両腕が背に回り佐伯を固定する。身体が密着していく。下半身からどろどろと溶けていきそうだった。

 なんで私に構うの!教室の入口に背を預ける中村を無視して通り過ぎようとすると、足を伸ばして佐伯が進むことを阻む。
 あんたが―――をいじめるからだろうが。
 呆れ半分、嘲笑半分、中村は嫌味な笑みで地味子の名を出す。
 だってそれは。言い訳しようとしてもそれらしい理由は出てこない。姿を見つければ嫌味を言ったり嘲ったりしただけだ。
 あいつは関係ないだろ、冷静になれって。まだ付き合っている最中のカレシが惚れて告白して、そしてそのカレシがフラれただけだ。あの地味子には何の落ち度もない。
 くだらねぇコトしてねーで、明るくいこうぜ。
 嫌味な笑みが消えていく。
 交際中に他の女に惚れる男なんてお前から捨ててやれ。
 よく知りもしない隣のクラスの初対面同然の男に何を説教されているのだろう。
 アンタに関係なくない。踏み込んでくる陽気な男。
 関係ないケド、見ちまった以上はね?
 で、何?どうすればいいワケ?気楽で自信家、嫌味っぽ喋り方とカラカラした高めの声。
 いじめなんてカッコ悪ぃって。
 私、いじめなんて別に。馴染めない雰囲気。呑まれそうだ。穏やかな笑みを見ていられない。
 おれと付き合う?
 交際中の他の女口説くのはアリなの?小柄な身体が大きく見えた。
 中村は心底楽しそうに笑う。そしてまたな、と自然に言うのだ。またな?訊き返せば挑発的な笑みを浮かべて中村は隣のクラスへ戻っていく。小さな背中から目が離せなかった。

 ―――、いじめられてるんだって、いくらなんでも酷くない。
 下世話な廊下に響くきゃいきゃいとした高い声は陰湿さを秘めている。地味子がいじめられているという噂は佐伯の耳にも入っていた。中村が言ってきた。淡々と、平然と。責めることもなく、軽蔑の眼差しを向けることもなく。
 だから何。地味子と何の関係もない。接点がない。お下がりのカレシを拒絶されたという点を除いては。
 別に~、いちお、報告だよ、報・連・相は大事じゃん?
 中村は意味ありげに笑う。ふざけて、それから教室に帰っていく。
 カレシ奪られたからってフツーそこまでする? 
 廊下から聞こえる話もおそらくたまたま佐伯と同じ境遇にいる誰かへの非難で。まだきちんと別れてすらいない。地味子に嫌がらせもすでにやめた。中村が煩わしいから。
 そうだ、こうしよう、君が彼女をいじめる度におれが君の元に来よう、写真撮らせてよ、あ、おれに会いたいからってダメだぞいじめちゃ。
 アンタほんとに何なの。
 トイカメラを向けた中村に佐伯は顔を手で隠した。中村が煩いからやめるのだ。バカらしいとか本当は何の意味もないとか、そのような理由ではない。佐伯には何の心当たりもない。地味子は何も悪くなかった。機嫌の悪さの矛先に丁度良かった。それだけ。そしてもうそのことに何の発散も見出せない。
 放課後に校庭を見下ろせば中村がトイカメラとは違うカメラを首から下げてリフティングしている。危ない人だと思いながら、小さな身体を見つめる。まだ成長期だと信じて疑わず牛乳パック片手に廊下を歩いていることもある。
 何見てんの?
 声が掛かって佐伯は振り返る。隣でメールを見つめる友人が佐伯に問う。興味はないのだろう。ただ2人で居るのに携帯電話と睨めっこであることの負い目からか。
 何も見てないよ、晴れてたから。
 中村はマジでない、と言っていた。佐伯は外を指で差して、それらしいことを言う。友人は何それ、と鼻で笑った。それを掻き消すように廊下から複数人の女子の馬鹿笑いが聞こえる。携帯電話から顔を上げた友人が不愉快そうに眉を顰めた。続けて廊下を歩いてくるのは水滴を垂らす地味子。雑巾同然にびっしょりと濡れて廊下も水で濡れている。
 何、してんの。佐伯とは違う茶色の髪が小顔に貼りつき佐伯を泣きそうな目で見上げた。低い声で拒否するような声音で、何故かそう問うてしまった。他に言うことがなかった。すでに無関係だ。地味子は佐伯に何も返さず、重たそうに身体を引き摺って廊下を歩いていく。
 何、どうなってんの?誰?
 驚いている友人に、何でもない、とだけ返す。
 地味子、いじめられてるんだって。耳に入った噂に何の清々しさもない。


 大きな犬に甘えられているような感覚だった。座っていた榛名が立ち上がろうとして佐伯は仰け反る。フローリングの床に押し倒されそうな、だが押し倒されない中途半端な体勢で榛名が離れるのを待つ。首の内部が引き攣られるような痛みがあり、身体が冷えていくようだった。榛名の背に爪を立て思考が麻痺していくのを堪える。榛名の背中越しに見えた茶金髪の男の姿はもうなかった。
「もう、いいの?」
 吸血される痛痒さが止む。大きな図体の子どもをあやす要領で榛名の後頭部へ腕を回して軽く叩く。捕食されそうだと思った。だが佐伯の胸の奥は心地良い温かさが広がっていく。春の日差しに包まれているような。深い眠りに誘われる。鼻に届く榛名の香り。様々な匂いが混じっていても榛名という男を強く認識させる。ずっとこの中に抱かれていたいと佐伯は思った。榛名の背から滑り落ちそうになる手を放せばこの時間が終わる。それを恐れた。固く熱い榛名の腕の中。帰るところはここなのかもしれない。
「ごめ、ん、なさい」
 震えた声で榛名は謝る。誰に向けたものなのか。
「忘れて、全部。何も悪くないから、何も」
 床に膝を着き、落ち込んでいる榛名の腕から出るとまた額と額を重ね合わせる。温かかった。
「大、丈夫っス、オレ、大丈夫っス。りっちゃんこそ、忘れて」
 大丈夫、という様子ではなかった。力無く佐伯の肩を掴んで無理矢理笑みを貼りつけた。
「私にやましいことはないけど、なっちゃんはあるんでしょ」
 やましいことは何もないのだ。窓際に立つ茶金髪の幻影でさえ。
「あるんス」
 ほらね、内心同意すれば榛名は「りっちゃんにも」と続け、佐伯は眉を顰めた。
「“てっちゃん”のこと軽んじないで」
 斬り捨てられた、そう思った。全て仕方ないこと。葛藤に負けさせたのは佐伯自身。榛名を惑わせた。そこに何が得られるのかといえば独り善がりな満足感。榛名は忠犬で、飼い主は“てっちゃん”であり佐伯ではなかっただえかのこと。
「分かった。それなら尚更、なっちゃんは忘れて」
 渋い表情で見つめられる。気付かなかったフリをして佐伯はカウンターキッチンへと戻る。珈琲だけで十数種類、紅茶、ココア、緑茶で数種類揃っている。ここに住んでいる人はとことんこだわるタイプなのだろうか。それも思い出せないでいる。
「珈琲飲める?ココアがいい?」
「構わなくていいス」
「まだ話、終わってなくない」
 話す気はあるけれど、訊きたいことは訊けないまま。
「珈琲で頼むス」
 海外の珈琲の袋を見比べながら有名な国産メーカーの物を選ぶ。佐伯は珈琲にこだわりはない。
「いつも“てっちゃん”が淹れてくれたんス」
 室内に漂う珈琲の苦味と酸味を含んだ匂いにぽつりと榛名が口を開いた。窓から入る曇天なりの光が横顔を照らす。曇りの日の部屋の暗さが佐伯は好きだった。離れたところで世間を傍観しているようで。
「私、あまり上手くは淹れられないよ」
 相当こだわりがあることが珈琲の種類以外に器具などを見ても分かる。おそらく自分も飲んでいたのだろう、佐伯は食器を見回しながら思った。
「そういうつもりじゃなかったっス。オレも味の良し悪し、結局分からなかったし」
「分からなきゃこだわっても結局こだわってないのと同じなのかもね」
「“てっちゃん”もそれ言ってたスよ。でも分かる人がそれで満足すればいいって言ってたっス」
 弱った笑みを浮かべる忠犬を佐伯は見つめた。恩人だ、裏切れないと言っていた。どういう関係なのか、世間に隠したい関係なのでは、とも思って、佐伯は乏しい語彙から選び取っていく。
「“はやて”となっちゃんの関係も?」
「どっちかっていうと“てっちゃん”とアンタじゃないんスか?」
 お互いに首を傾げる。問いを問いで返される。回りくどすぎて通じていない。 
「でもその場合満足してるのオレだけスね。りっちゃん、覚えてないんすもん」
 付け足される言葉に微かな痛みが胸を走る。飼い主の円満を望む誠実で可愛い駄犬。
「だからオレが背負うス」
 穏やかに榛名は言った。マグカップの中、液面に映る自身の顔を佐伯は見られなかった。

 大変よろしくない。小さな訪問者に佐伯は訴えるように溜息を吐く。今日は何の用なのか。おそらくカレシの話か地味子の話。余計な世話だ。
 何が?私はあなたの日記帳?
 おれの日記帳になってくれるならありがたいね、思い出を刻んでいこう、最近物忘れ激しくて。
 で、何の用なの?本題はなにか。もう付きまとわないで、というのを飲み込んで話を促す。僅かに怒気を孕み出す中村に地味子の方だと佐伯は察した。案の定、中村の口から出たのは地味子の話。トイレで水を掛けられたらしい。その後のことならば佐伯も目にした。中村が疑っている。あれは私じゃない、とは言えなかった。中村が信じるかといえば自信がなかった。弁解も上手くない。中村は疑っているのだ、最初から。
 アンタあの子の何のワケ。返せた言葉はそれだけ。中村は意外そうなカオをして幼馴染、とだけ言った。
 じゃああの子が私にいじめられないように監視でもしたら。否定すればよかった。そう思ったが口が上手くないのを佐伯は自覚していた。話すのもあまり好きではなかった。中村は呆けた面をして佐伯を見上げる。いいの?という間抜けな声と謎の許可の問い。
 知らない、別にいいんじゃない、私に関係なくない。中村の自信に溢れた嫌味な笑みが消え失せた幼い顔に、見てはいけないものを見た気がして佐伯は目を逸らす。
 この会話の次の時間から中村は佐伯のクラスにやって来ては佐伯の近くでクラスの者と関わりはじめた。女子の持っているブランド品の話、男子が食べているパンの話、有名な喫茶店の新商品、高視聴率のドラマ、この前結婚した芸能人、話題は尽きない。もともと人好きのする人気者だ。男女問わず人を集める。地味子の監視をすると言っておきながら中村は地味子を放っておいている。口だけの偽善者。内心罵りながら佐伯は教室を後にする。友人は別クラスのカレシの元でよろしくやっているだろう。他に親しい者はいない。他は結局、上っ面の関係でしかなかったから。中村に居場所を奪われて校舎を歩く。廊下に置かれたゴミ箱の近くにおそらくゴミ箱を外したらしい丸められた紙くずが落ちていた。何の意識もなく佐伯は拾う。ゴミ箱に入れようとした時に目に入る上履き。確認せずとも誰の物かすぐに分かってしまった。
 何してんの。中村の声。追ってきたのか。振り返る。ゴミ箱の前に立って中を覗く佐伯の姿は滑稽に映ったことだろう。真面目な面持ちできつく佐伯を見つめる中村。何も言葉が浮かばない。何もしてない、関係ないじゃん、それすらも。何も言わず、何も言えず佐伯と中村は見つめ合う。
 中、何か入ってんの?訝しむ中村が佐伯の方へやって来る。ゴミ箱を乱暴に掴み、中を確認して佐伯を一瞥した。その瞬間に再び視線がかち合う。眉間に皺を寄せて中村は何も言わなかった。無理矢理繋がったままの視線を千切って佐伯は立ち去る。待てよ。中村の制止の声も聞かず。

 別にそこまでしなくてよくね?投げ掛けられる言葉は誰かに向けられたものではなかった。だが決められた誰かを指していて。この前までは仲が良かった、否、やたら一緒にいる子だった。佐伯は黙って聞き流すだけ。佐伯に向けられたものかもしれなかったが、佐伯に投げ掛けられたものではなかったから。聞く必要はなかった。言い返す必要も。耳に入っただけで、耳に入れるよう仕向けられているだけで。さっさと別れろよ。舌打ちと共に聞こえたのがおそらくは核心だ。
廊下を歩く度に見かける全てが敵のようだ。佐伯のことに微塵も興味の無さそうな人々。
 別れているのも同然だ。はっきりと別れた話はしていないけれど見た目だけのカレシも“次”を狙っている。すぐに乗り換えられるように。潮時だとは思っていたけれど。
 なぁ、さっちゃんさ、いや、さえの方がいいかな。能天気な声。佐伯は振り返る。背後からひょっこり現れる。たけのこのような、きのこのような男。春を知らせる冬のふきにも似ている。
 誰。中村の呼ぶ人物は自分だという確信はある。だが佐伯は中村を睨む。
おっ、さえがいい?おれ的にはさっちゃん。
 中村が唐突な内容を問う。どちらも断る旨を伝えれば、中村は困ったカオをして、でも下の名前で呼べないじゃん?と砕けた笑みを浮かべる。好きにしたら、と問えば、なんかおれがイヤ、と鼻の下を掻く。変な人。付き纏ってくる鬱陶しい男。今回の本題は何かと切り出せばふざけて緩んだ顔が真面目のものへと変わる。地味子の話か。どうせまた責められるだけ。話を促したのは佐伯だが中村へ背を向け直し、教室へ向かう。すぐ後ろで中村を見つけた別の男子が中村に話し掛けたようだ。
 
 俺たちやっぱ別れるのが自然じゃない。呼び出されてそう言われた。佐伯は自然って何、と訊きたくなるのを堪え裏腹に肯定する。それが自然でそれが正義でそれが法律。それが天命で啓示でこの世の秩序。だからこのまま別れようかという話になるかと他人事のように考える。惜しいと思う、何かがもう消えていた。何故渋った答えを繰り返して、情けなく縋って、解放しなかったのだろう。少し前の自分の気持ちが不思議だった。周りの哀れみの目を恐れたのか、それとも見た目だけでも良いカレシにある程度情でも寄せていたのか。
 じゃあ自然の通り、別れようか。佐伯の返答にカレシは目を丸くする。え、っと声までつけて。その反応に佐伯も、え?と訊き返す。望んだ答えを言ったはずだ。
 もう俺のこと飽きたのかよ。飽きられたのは私じゃないの。感情的になったカレシと冷えに冷えた佐伯の確認。破局は秒読みで他の女子たちも次の番を期待していた。これは別れ話であって今後の相談の話ではない。佐伯はカレシに背を向けた。
 待てよ―、話はまだ。名を呼ばれたのが気に入らず、佐伯は睨むよう振り返る。話はもうついたでしょ。このまま別れるのが自然なのではないかという言い分に順接のまま従っただけだ。呼び出された場所から去っていけば、足早に去っていく足音が複数聞こえる。カレシと、カレシを順番待つ彼女等の望み通りの答えをしただけだった。そのままの足で佐伯は中村がボール遊びで忙しがる校庭へ向かう。放課後の校庭は運動部が幅を利かせているが中村は隅の隅にいる。声を掛けることはせず、中村が準備体操をしているのを見つめた。首からカメラを提げたまま。隠れるつもりはなく、かといって声も掛けないまま中村の姿を見つめる。佐伯に気付いた中村はにこりと笑って、その後何かいうことはない。マイペースに準備体操を終え、リフティングを始める。一定のリズムを刻みながら中村の足に跳ね返りながら回っていくボールをぼうっと見つめる。ここに何の用もない。中村に佐伯へ用があっても、佐伯から中村には何の用も。どういうつもりでやって来たのか、そういった理由もない。踵を返したところで中村が声を掛ける。写真一枚どう?と何の脈絡もなく、ここで見ていたこと前提で中村はサッカーボールを地面に転がした。

 クッキーや犬、コーヒーカップや花、日常で見る珍しさもない物をメインに洒落た雰囲気や気の利いた角度で撮られた写真が写真立ての中に納まり白く反射している。室内のいたるところに飾られ落ち着かない。佐伯には監視されているような気分がした。雰囲気が作られ過ぎて、センスがない。写真立ての写真のように。だがこの空間に榛名のような美丈夫はよく似合う。コーヒーカップを口に運ぶ仕草は特にシャッターを押したくなる。佐伯が見惚れていると榛名と目が合い、瞬時に俯く。
「ごちそうさまっス」
 榛名は空いたコーヒーカップを静かにガラスで出来たテーブルに置いた。
「もう一杯どう」
「いえ、いいっス」
 引き留めて、でも話すことはあるにはあるけれど気が進まないまま。
「“てっちゃん”となっちゃんとのこと、もっと聞きたかったな」
 “はやて”と自身の関係を訊くのが怖いから。だから逃げていく。ひく、と榛名の眉間に寄せられた皺が動いた気がした。
「前のアンタは随分嫌がってたっスから、オレのこと。だからちょっと驚きっス」
 前のアンタ。覚えがない。榛名のつまらない冗談の続きか。そういった雰囲気は感じられなかった。
「嫌がってた?」
「かなり。でもこんなナリですから、仕方ないんスけど」
 初めて会った、と佐伯が認識している時では想像もつかない柔らかい笑みを榛名は照れ臭そうに浮かべた。
「“てっちゃん”はそういうの気にしないみたいっスけど」
 夢の中の男、ふと記憶の端々に現れるちょこまかとした男。榛名とは何の接点もなさそうな質素で貧相な男と榛名が同じ世界の人間だとは思わなかった。2人並ぶとなると尚更。
「どこの職場でも上手くいかなくて荒んでた時期でしたから。人懐こくて明るい“てっちゃん”によく話とか聞いてもらってたんス」
 どこの職場も。以前榛名は仕事のことについては触れるなと言っていた。自らその話をすると思わず佐伯は訊いてもいいのか迷ってしまう。・
「小さい頃から夢見てた・・・仕事あって。まぁ就けたんスけど、長くは続かなかったんス。その次の仕事も、夢はあるんスけど、なんていうか、理不尽で。別の店探せばよかったんでしょうけど、どこもこんなものなのかも、って」 
 榛名の言う、榛名を嫌っていた自分はこのことを知っていたのだろうか、佐伯は榛名を見つめる。柔らかい雰囲気を漂わせたまま窓の外を眺めている榛名の瞳にレースカーテンが写っている。ベランダの外には最近開放された緑の公園が見下ろせる。
「もうムリだ、もうダメだって時に“てっちゃん”に会えたんス。写真撮影の現場にたまたま居たオレを覚えていてくれたみたいで」
 榛名は“てっちゃん”を覚えている。綺麗な思い出として。だが佐伯には夢に現れて、時折記憶に現れる程度のことしか思い出せない。
「なんで私だけ、忘れちゃったんだろ」
 佐伯が呟いた。榛名の眉がふたたび顰められる。膝に爪を立てて、佐伯は皺が寄るスラックスを見つめた。
「“てっちゃん”の大事な人だからに、きまってるじゃないスか」
「でも忘れっちゃてるんだよ。大事だったのかな」
 気分も表情も曇らせて佐伯は俯いてしまう。
「大事だからスよ。だからすぐ消えちゃうんス。薄れちゃうんス。失いたくなくて直視できないんスよ」
 榛名も曇った顔をしていた。弱々しい声だが静かな室内には十分だった。榛名の人生にもそう思うことがあったのだろうか。何も言えず黙る。伏せられていく榛名の長い睫毛が音を立てそうだった。大事なはずなのに忘れてしまって・・・
「あ、そういえば、指輪、見つかったの」
 思い出して佐伯は指輪を嵌めた手を榛名に見せた。
「騒がせちゃってごめんね、見つかったんだ」
 一度伏せた目を大きく見開いて佐伯の指を凝視する。
「見つかったんスね。良かった」
 切なく笑って榛名は視線を床に落とす。いつの間にか嵌められていた指輪。昨夜までは見つからなかったはずだ。そして佐伯に昨夜の記憶はない。
「なっちゃんが見つけてくれたの?」
 榛名は何も答えなかった。ただ床に落としたままの双眸を閉じるだけ。佐伯は小さく息を吐く。
「夢の中に出てくる人がいるの」
 無意識に膝の上で組んだ左手の薬指を撫でる。榛名が伏し目がちに一瞥した。
「その人が昨晩も出てきて、指輪渡してくれたんだ」
 指輪のアームを右手で辿る。錆びて歪んでいる。おそらく高価な本格的な物ではないのだろう。
「だからビックリしちゃった」
「りっちゃん訊いてこないし、聞きたくないかも知れないスけど、」
 静かな、だが凛とした声は耳に心地良いが嫌な予感を伴っている。
「行方不明なんス」
 落ち着いていた。“てっちゃん”に対して駄犬のような榛名は半ば諦めた顔をしてそう言った。ガラス玉のような眼球が煌めいている。外の曇った光を借りて。
「誰が・・・っ」
 主語がない。だから受け入れられずに済む。幼稚な理論。だが感情はそうはいかない。返事はなかった。誰が行方不明なのかは話の流れですぐに分かってしまう。榛名の前置きは何の慰めにもならない。
「アンタが供えてくれたカーネーションに引っ掛かってたんス」
 榛名が可愛がっていた猫の墓に供えた白いカーネーションのことだろう。
「偶然だとおもうんス。オレ、あんまそういうの、信じないし」
 そういうの。どういうのか。明言することを避けている。それは誰のために。
「なっちゃんの猫が見つけてくれたんだね」
 そういう風にこそ、佐伯は思わなかった。だがそうしておくことの方がいいと思った。榛名の目元が少し引き攣ったのが見えた。とぼけて的外れな返答に呆れたのだろうか。
「・・・そうだといいんスけど」
 独り言なのか、ただの同意なのかは分からない。佐伯はまた左手の薬指を撫でる。元の色が分からなくなるほど錆び、歪んでいる。やはり安物なのだろう。
「りっちゃん」
 縋るような目で見つめられ佐伯はどきっとした。
「言うつもりなかったんス。でも・・・すみません、アンタに慰められるの、待ってたのかも知れません。勝手な男でホント、すみません」
 計算してやっているのか。疑いたくなるがおそらくこの短い関わりの中でこの男だ愚かなほど素直だと気付いていた。
「気にしないで。なっちゃんは勝手な男なんかじゃないよ」
 ソファに身を預けていた榛名の上半身が持ち上がる。テーブル越しの佐伯をめがけて前にのめる。佐伯の肩に触れて険しいが端整な顔が接近した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...