奇怪な街にアリアX

結局は俗物( ◠‿◠ )

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未完結打切り版(2010年)

NO TITLE 1

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 人気ナンバーワンのロックバンド「チェシャ猫」の新曲、「変ぜるとグレーてる」はもしかすると、「チェシャ猫」史上最低の売り上げになるかもしれないとアレイドは思った。    
近頃の若者を惹き付ける要素がない。言葉に出来ないけれど。そうは思ったが、今回もオリコンチャートの一位を奪っているのは、「チェシャ猫」の曲だ。というのも熱烈なファンがいるからなのだろう。
 ボーカルが二年前から代わり、その人気は続かないとばかり思っていたためアレイドは複雑な思いだった。1人の穴が空いてもすぐに補える程のボーカルだった、ということかと考えると溜め息が漏れる。

―――今そんなことを考えている余裕はアレイドにはなかった。たまたま繁華街に先週発売されたばかりの「チェシャ猫」の曲が流れていた為そんなことを考えていたのだ ろう。
 アレイドは慣れることのない緊張に胸を押さえ、銃の弾の数を確認した。何回数えても6発。BGMになっているチェシャ猫の新曲は緊張を苛立ちへと変えつつある。
  アレイドが非道徳的な組織に入ったのは2年前。これから、そこの命によって人を始末しなければならないのだ。標的が住宅街に逃げ込む前に仕留めなければならず、失敗は許されない。アレイドは固唾を呑み繁華街を歩く。住宅街に入る大通りを標的は通るだろう。そこを狙うつもりだ。ピザの配達中を襲撃する。相手はきっとバイクだろう。緊張と苛立ちで足取りは重い。
 慣れない膝丈の浅葱色のスカートとその上には大きなエプロンは上手く汗を吸い取ってはくれない。まるでコスプレの浅葱色のメイド服を着てもガニ股のまま歩いた。
 住宅街に入る大通りにはもうすぐで着く。
 空は紺色で、見上げても必ず高層ビルが視界に入ってしまう。ふと脳裏をよぎった言葉が口からでそうになる。と同時に耳に入ってきたのはバイクの音。背後からの鼓膜の刺激にアレイドの目が見開かれた。

 

   逃げちゃおうか?


 
 アレイドは頭を振ってゆっくりと振り返る。見知った顔だ。数年前まではほとんど毎日一緒にいた。忘れるはずはない。忘れられるはずはない。そんな顔。任された務めに私情は関係ない。
 バイクの運転手は無邪気な笑みを浮かべてアレイドに手を振っている。相手はアレイド自身を認識してしまっていた。

   
   最悪だ。


 アレイドは苦虫を噛み潰したような表情で冷たいグリップをより強く握り締めた。滑り止めの菱形が掌にくっきりと映ってしまうくらいに。
 考えて行動するのは良くなかった。もう勢いに任せるしかない。アレイドは重い安全装置を外した。
 例えば。もし。標的が無邪気な笑みさえ向けてこなければ、何の痛みも与えてやるつもりなどなかった。
 鼓膜を破って脳に響く爆音。硝煙と火薬の臭い。標的はバイクから落ちた。運転手をなくしたバイクはバランスを崩して転倒しタイヤは回ったまま。
 アレイドが自分の射撃ミスに気付くのに数秒かかった。暫く震えがとまらなかった。
 他人の命を奪う仕事に就いて約2年。慣れる事はない精神的な感覚に吐き気を覚える。銃を使っていれば、同族の肉を切り裂く感触を味わうことはないのに。
 旧友から溢れていく赤は地面を汚す。小さく動く指から目が放せなかった。
「変な・・・・・格好だな・・ア・・・・レイ・・・」
 掠れた声で呼ばれた。どんな誹謗がくるのだろうか。それとも命乞いでもされるのか。
「ド・・・・ドラッグの・・・・み・・・・密輸の件を・・・・密告したのは・・・お、お前・・・だな・・・?」
 アレイドは空ろな瞳で見つめてくる旧友に銃口を向けたまま訊ねた。震えが止まらず声も上手く出せない。
 旧友は驚いた表情をして、そして納得したように俺だ、と小さく言った。
「私怨は・・・・無いけど・・・・でも・・・・!」
 ああ、と声にならないまま口が開いたと同時に旧友にもう一度鉛弾を撃ち込んだ。大きく旧友の身体は波打って黙った。
旧友が非合法ドラッグの件を外部に漏らしてしまったから、依頼人からの命で彼を殺さなければならなくなった。そしてその任にアレイドが選ばれてしまった。
 6弦楽器を弾きながら歌う仕事を続けていればよかったのだ。今の仕事とどちらが儲かるかといえば現在の仕事だが、リスクとモラルを考えてみれば儲かるか否か以前の問題だろう。

 パァン
 
 爆音がもう一度。
 旧友の沈黙に包まれた身体を見つめていただけだ。先ほど旧友に与えたのと同じかそれ以上の衝撃がアレイドを襲った。
 冷たい旧友に手を伸ばしたところで視界が真っ黒になった。

 僕が生まれたのは約32年前。けれど記憶は16歳からしかない。だから年齢は16歳ということになっている。そして僕は成長していない。老けるという現象が僕にはない。
 僕を蘇らせたのは“しろうさぎ”と書いて白兎ハクト名乗る男だった。最初は僕にも意味が分からなかった。蘇らせる、ということは僕は死んでいたということになる。そして白兎さんは僕は死んでいたと言う。
 僕の両親は僕を殺して死んだらしい。これは白兎さんから得た情報に過ぎない。それを信じる気にもなれないが、それ以外に信じる道もない。
 腑分けされた僕を元通りに、人造人間にしてまで白兎さんは僕を蘇らせてくれた。いい迷惑だと思う。

 ある日白兎さんに紹介されたのは「チェシャ猫」のリーダーさんだった。メンバーはまだ揃っていなかった。リーダーさんは僕に一本のギターと芸名を与えた。 アリア、という名前だ。ヴォーカリストというポジションも与えられ、僕はリーダーさんにはすぐに懐いた。黄土色に染めたのに、生え際は元の色で黒くなって いる。それなのに染め直そうとはしない。穏和で明るい性格にも好感を抱けた。メンバー募集の貼り紙を作って、メンバーが集まってすぐにメジャーデビュー。 そして2年前にバンド生活をしていた間全くの音信不通だった白兎さんから連絡が来た。「チェシャ猫」の脱退を強いられた僕は、「ALICE」という組織に 加入させられた。居場所と名前を与えてくれたリーダーさんは親を知らない僕にとって親と等価値だったのかもしれない。そんな彼の下を去らなければならないくらいに白兎さんに執着心があったのかもしれない。リーダーさんは親のような存在でしかないけれど、白兎さんは違う。親、なのだ。認めたくなくても結局は彼がいた ことで僕がいるという現実は変わらないのだ。

 初めての任務は簡単だった。少し離れた総長の自宅まで行かなければならなかった。
  重要な書類を「ALICE」の総長に届ければよい。犬と猿のお遣い程度の苦労で済んだ。総長の部屋は片付いていた。そして、女のにおい。総長の女はレッテ という。浅黒い肌と漆黒の髪。暫くの間は白兎さんから頼まれて総長宅へ入り浸るようになる。総長は僕を孫のように扱ってくれた・・・とはいっても孫の扱われ方が分からないから、何ともいえないけれど。入り浸っていくうちに分かったこと。それは総長には不特定多数の女性との密接な関係があるということだ。
初めての殺人はレッテさんだった。彼女はスパイだったのだ!怖くて、嫌で、逃げ出したくなった。任務放棄で逃げ出した。そうして分かった。自分は白兎さんに都合良く改造された人間であるということ。任務を放棄することは不可能なのだ。何も考えられなくなって、ただ自分の制御の利かない身体が勝手に動く自由の利く瞳で見せられる。

 赤く燃え盛る炎の近くに置いてあった大きなレンチが熱かったのを覚えている。レッテさんを激しく殴打した記憶もある。総長からの直接の依頼だった。ノーギャラかと思っていたこの任務は莫大なギャラがかかっていた。
 目覚めた時、僕は包帯だらけだった。死体を隠蔽する方法が分からなくなった僕は近くにあったドラム缶と、レッテさんの死体と爆発した。
 こんなことなら、リーダーさんから離れなければ良かったと何度も泣いた。寝る時も食べる時もレッテさんの姿が頭から離れることはなかった。
怪我が完治するまでの間も、任務は途切れることなく続いた。2年の間に殺人の依頼は数十件ほどあった。私怨のない殺人はひどく悲しく、虚しく、人間の醜さを覚えた。
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