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未完結打切り版(2010年)
NO TITLE 7
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テレビで「チェシャ猫活動休止」というニュースを見たときアレイドは驚いた。ファンがライブ中に現ボーカルのDanteに塩酸を投げつけたという内容で、療養のためにと活動休止を表明したらしい。その報せを聞いて白兎は四六時中にやにやとして嬉しそうにアレイドをちらちらと見ていた。「白兎さん、嬉しそうですね」と問えば否定することもなく。「まぁね」と返ってきた。
「アレイドちゃん、これで仕事に集中できるでしょ」
「えぇ、全くです」
殺風景な真っ白を基調とした部屋で我が物顔でテレビを見ている白兎と、ノートパソコンでかたかたとタイピングしているアレイド。
「何してるの」
「メール。あぁ、コンピューターネットワークを通じてメッセージを交換することです」
「・・・・・知ってるよ、バカにしないでよアレイドちゃん」
白兎はむすっとしながらテレビから視線を外さない。
「標的の居場所が分かったんですよ。隣の街です」
「・・・・今日からもう?」
「えぇ。白兎さんの顔を見なくていいかと思うと嬉しすぎです」
「護衛と称して、君の監視はいるんだよ。君がボクの意向に沿わなかったら、わかってるよね?」
分かっている。自分は都合よくコントロールされてしまう肉体であることなど。そしてそれに嫌悪感を抱いて何度も涙したことも。
「ボクは任務を遂行している君が見たいんじゃない。恐怖に怯える標的ちゃんの表情がみたいだけ。だからといって、別に君に任務を託すのはボクじゃない。総長だ。総長の頼みで君がいるわけだけどね」
「・・・・そうですか」
アレイドは「軽蔑」の2文字を表情と口調に出した。
「自然の摂理を捻じ曲げて生まれてきたんだよ君は。人生めちゃめちゃにしたボクが君を最期までめちゃめちゃにする。それが当然の義務だと思わない?」
「思いませんね。出来れば自由になりたいくらいです。・・・・でもここしか帰る場所がないんです」
「・・・・君の実家を教えてもいいけど、どうせ帰らないでしょ?自分を捨てた両親の家なんて」
日頃からよく言われる。自分は両親に臓器売買されていた死に損ないだと。
「そうですね。帰らないでしょうね」
ここの組織の知人に聞いたところ、酷いことになっているらしい。自分がどうにかなってしまった後に生まれた弟や妹など性別分からない状態の死体が腐敗したままごろごろ出てきたらしい。32年前に生まれて、ずっと放置状態だったのだろうか。顔も覚えていない両親の行方に興味はなかったけれど、妹、弟は酷く気の毒に思えた。
「あの時の痛みなんて覚えてないだろうね?っていうか覚えてたらボクの設計ミスになっちゃうよ」
知らされているのは現在母親と父親の年齢は50であることだけだ。
「覚えてないですよ。思い出したくもないですしね」
かたかたとメールを打ちながらアレイドは言った。
「先代はもっと馬鹿だったよ。いつもへらへらして、ボクに怯えてた」
「・・・・16年、白兎さんと居ましたけど、先代なんていたんですか」
先代がいたのだろうか。自分の前に?自分と同じことをしていたのだろうか?先代の存在、それより、先代の末路に興味があった。
「うん、いたよ。兵器はひとつで十分だから、君が来てすぐに捨てたけど、どこかでまだふらふら生きてるんじゃないかな」
「口封じとかで殺さないんですか?」
「いや、殺した・・・・筈だったんだけどね。生存が確認されちゃったわけ」
「・・・・・・」
絶望的だ。自分はきっと死ぬのだ。殺されるのだ。勝手に蘇生されて、そして殺されるのだ。考えるだけでも憂鬱になる。自分は先代のように生き残れるだろうか?
「いま、先代の人は何をしているんですか・・・?」
「何をしていると思う?廃人じゃないの?ボクのメンテナンスも受けてないんだから記憶も消されてない。 ボクに改造されてるのだから精神的ショックで記憶が消えることもない。罪悪感に打ちのめされては苦しんでいるんじゃないかな・・・・・というか、ボクの願望」
「僕も、・・・・新しいのが来たら、死ぬんですか?」
「死にたくなかったら一番優秀でありなさい」
一番優秀であったとしても、この仕事は終わらないまま一生を生きなければならない。この男を殺さなければ、自分は不自由なままだ。
「永遠は、長いよ?」
白兎はふふふと微笑んだ。
「不愉快です。僕は荷物を纏めたら隣の街のホテルにでも泊まりますから」
Aliceの幹部に頼んでアレイドはビジネスホテルにやってきた。季節はずれのビーチと、椰子の木が立ち並ぶ道路。熱帯地方ではないが、椰子の木が堂々と聳え立っている。周りは高層ビルが立ち並んでいる。
本拠地から1時間半というくらいの距離だったがひどく長く感じられた。車内ではほとんど寝ていたが体勢が悪かったのか疲れている。しかし暫くは白兎の苦く重く圧しかかってくる言葉をかけられることはないと思うと気分は軽かった。
「ありがとう、ジャン。ここからは自分で行くよ」
ホテルの前に停めた車からアレイドは降りた。ジャンというドライバーに頭を下げるとアレイドはホテルの中に入っていった。
ここのビジネスホテルは安く、小さかった。入ってすぐに喫茶店のような規模のレストラン、隅にはダーツやピンボールなどが設置されている。
アレイドは開きっぱなしの手動ドアを通ってカウンターの前まで来た。
「すみません」
カウンターには誰もいない。無用心だ。本当にここに泊まって大丈夫なのだろうかと心配になってきた。
「すみません」
微かな足音が聞こえ、辺りを見渡す。
「誰かいますか?」
「なんだ小僧」
厳つく低い声が返ってくる。掃除用具を抱えた小柄な老人が階段から降りてきている姿が目に入った。オーナーだ。
「昨日の夜遅くに予約した…」
「…あぁ、聞いとるよ。鍵はこれじゃな。洗濯はセルフサービスじゃ」
Alice内の幹部の知り合いで隣の街に滞在するときは大体ここのホテルを使っている。
「ワシは忙しい。お前の部屋は3階の7号室じゃ」
ぎらぎらと輝く鍵束をだした。投げ渡されたが、手を出し遅れて床に落とした。
「え、あ、はい」
掃除用具をカウンター越しにあるロッカーにしまい、今度は籠を出す。洗濯籠だろうか。
「部屋は片付けてある」
オーナーは顰めっ面でそう言うとまた階段を登っていってしまった。アレイドは後を追うように階段を登っていく。外から見るよりも中は広かった。3Fと描かれた踊り場から伸びる廊下を進む。
007と金色の字が彫られたドアを開くと、橙色の日差しが部屋を照らしていた。ブラインドが開きっぱなしだった。横幅はそう広くなかったが奥行きはある。ベッドとソファ、テーブル、テレビとラック、ドレッサー、クロゼット、タンス。このホテルでは長期滞在する者が1階から3階を使うという話を聞いたことがある。スーツケースをベッドの上に置くとテレビを点ける。アレイドの癖だ。自室でも帰ってくるとすぐにテレビを点けてしまう。観てもいないのに。
部屋に響いたのはニュースだった。殺人事件は殆ど毎日あるようでまた今日も人が死んでいる。そして自分もそれを増やしている。
溜め息をついて、荷物を漁った。白兎の変態趣味で「息子には女装させたい」とかでアレイドの服はほとんどがメイド服やゴシックロリータ、セーラー服だ。まともな服といえばスーツとワイシャツ、スラックスしかない。スパイ活動などをする時も女装した方がいいらしく、円滑に任務を遂行できるようにとアレイドの身長は166センチメートルと男性にしては小柄だ。しかし小柄というのも不便で体格の良い標的たちと取っ組み合いになったときには酷い目に遭って死んだことだってある。白兎の所為で今も生きているわけだけれども。
「失礼します」
男が部屋に入ってきた。背はアレイドより高い。そして華奢だ。
「・・・・どーも・・・」
オーナーの息子だろうか?とアレイドは思った。
「バスセット、こちらに置いておきますね」
鼻梁は通っていて、切れ長の奥二重、肉の薄い唇。毛先を遊ばせている。同性から見ても外見が良い。彼は桶とアヒルの玩具、シャンプーとリンスをテーブルの上に置いた。
「・・・・ありがとう」
ここのホテルマンは接客が苦手なのか、オーナーといいこの男性といい無表情か顰めっ面をしている。
「・・・・失礼しました」
「失礼します」
暫くしてまた同じ声、同じ言葉が聞こえてドアが開いた。
「チェシャ猫のアリアですよね?」
色紙とペンを持っている先程のホテルマンだ。
「・・・・・・え、あの・・・」
「メイクしてませんけど、何か分かるんですよね。オーナーも言ってましたし」
無表情ながら口調は楽しそうだ。
「オーナーが?残念だけど、人違いだよ」
アレイドは困ったなと頭を掻き乱す。オーナーは外見50代後半から60代前半だ。その世代がチェシャ猫を知っていたというのは少し驚いた。
「声がそっくりだったんで。背丈とかも」
「・・・・ファンなの?」
「・・・・いえ、ファンではないですよ」
「じゃぁなんで・・・」
「・・・・ファンではないですけど、好きなんです。オレ、ベースやってるんですよ」
「ベーシストなんだ。リーダーさんのサインの方がよかっただろうね」
アレイドは色紙を取って、サインペンのキャップを外した。
「やっぱり、アリアだったんですか」
無表情のままホテルマンは言った。
「内緒にしておいてもらえるかな。極秘なんだ」
「分かってますよ、大丈夫です」
サインを描くのが懐かしかった。
「なんで、ボーカル、辞めちゃったんですか」
渡されたサインを見つめながら無表情なホテルマンは訊ねた。
「さぁ?」
「女でも、できたんですか。それとも病気とか?」
「・・・・・・・ボーカルは、楽しいよ。女の子と遊ぶよりも、多分ね。同時に病気と同じくらいにツライかもしれない」
「じゃぁなんで辞めたんですか」
「Dante君の時代なんだよ。僕の時代は終わったの。そう感じたからじゃないかな」
「・・・・でも、ボーカルじゃなくてもやっていけたんじゃないですか?ベース出来ましたよね?」
「ちょっとだけだよ。スペシャルライブ、観ててくれたの?」
「・・・・ちょっと」
「あれは、あの曲だけベースで練習しただけだから、基礎的なことは何も分からないんだ」
アレイドは苦笑した。
「ベースやりましょうよ。オレが教えますよ」
ホテルマンは笑った。幼げだ。
「あはは、どうしようかな~」
アレイドはホテルマンの名札を見た。「ヨウスケ」とプラスチックのケースに入ったカードに書かれている。
「おい、クソガキ。油売ってないで掃除しろ!」
低い声が大きく響き、びくりと肩を震わせた。
「オ、オーナー、すみません」
色紙を隠すようにアレイドの部屋のテーブルに置くと、すぐに出ていった。
「すみません。僕が話しに付き合わせてしまっただけで…」
「構わん。あれが目当てで女の客がよく来る。甘やかすつもりはないが頭が上がらん」
顰めっ面のままオーナーは言った。
「あぁ、かっこいいですもんね。ヨウスケ君?でしたっけ?息子さんですか?」
「よく訊かれるわぃ。血縁関係は無い」
「そうなんですか」
「それで、あれがいないところで相談なんじゃが」
「なんですか?」
「あれにストーカーがついたみたいなんじゃ。あれが気付いとるかは分からんがの」
「え、ストーカーを追っ払えってことですか?」
「そういうことじゃ」
「被害でもあったんですか?」
「詳しいことはあれが寝てから話すかの。夜中の11時、起きていてくれんかの」
「分かりました」
話は終わったかとばかりにオーナーはアレイドに背を向けた。アレイドはテーブルに置かれていった色紙を一瞥すると、荷物整理を再開した。そして作戦を考える。標的が家族を持っているとすると良心が痛む。感情を残したままにしたのは苦悩した自分を観たいからだと白兎が言っていた。父親を失ったまだ幼い子どもは?旦那を失う妻は?どうなってしまうのだろうか。家族3人始末すればいいのか?しかしそれはアレイドに残されたわずかな人間らしさに欠ける気がした。白兎が観たがっているのは殺戮だ。あの事件の被害者と同じ目に遭わせろと言っている。冗談であるのならひどく趣味が悪い。いつの間にか手が止まっている。
先代なら、どうしたんだろう?
白兎の言いなりになったのだろうか?自分はどうしたらいいのだろう?
アレイドは俯いた。散歩にでも行けば気分が紛れるかと思い、アレイドは部屋を出ていく。
1階の喫茶店のようなレストランはがらんがらんで誰もいない。カウンターを見やるとヨウスケが寝てしまっている。入口のドアが開きっ放しになっている。冷たい風が吹き抜ける。アレイドはホテルから出た。紺色の空に点々と星が光っている。目の前のビーチには人の影は見当たらない。もしかするとこのホテルはビジネスホテルとは名ばかりの夏のためのホテルなのかもしれない。
アレイドは歩き出した。ビーチとホテルまでを挟む道路は数台車が通る。道路に沿って歩いた。そして立ち止まる。時計を見れば10時だ。散歩に2時間もかからないだろうと、また歩き出す。
ワイシャツにスラックス、ジャケット、ネクタイだけでは寒かった。コートを着てくればよかったと溜め息をついた。向かい側から歩いて来る人はダッフルコートを着て、マフラーと耳当てもして手袋も着けているのに。すれ違いざまに香水のような匂いがした。甘い匂いではなく、クールな匂いだった。マフラーはピンクと黒の市松模様だった。ちらちらとアレイドを何度か見やる。女の子だ。こんな時間にどうしたのだろう。大丈夫だろうか。跡をつけようか。しかしそれは不審だろう。振り返ると彼女は振り向くことなくアレイドが出てきたホテルに向かっているようだ。
あれにストーカーがついたみたいなんじゃ。
オーナーの言葉がふと頭を過って、アレイドはもと来た道を戻った。
「ねぇ!」
アレイドは小さな背中に叫んだ。
「ねぇ!」
2度目に叫ぶと、彼女は振り返った。
「君に話があるんだ」
アレイドは走り寄った。ダッフルコートの少女は突っ立ったまま動かない。
「ちょっといいかな?」
怯えた様子は見せていないが警戒しているのが分かる。
「…なんですか」
長くはないが、綺麗に生えた睫毛と奥二重の瞼。輪郭は大きめなマフラーで隠れている。
「あのビジネスホテルに用があるの?」
「ビジネスホテル?ビジネスホテルなんかありましたか?」
アレイドが暫くの寝床になるホテルを指さした。
「あ、あれね。あのホテルはビジネスホテルじゃないですよ。ラブホテルってわけでもないですけど」
ダッフルコートの少女はくすくすと笑って答えた。
「…ヨウスケ君って知ってる?あそこで働いてるんだけど…」
「…ええ。まぁ。あの人がどうかしたんですか」
眉間に皺を寄せてダッフルコートの少女は訊ねた。
「いや、あのさ…ストーカー?」
言葉に困って、単刀直入に訊いてしまうことにした。
「ストーカー?ストーカーではないとは思っているんですが。貴方は?貴方は男性…ですよね…?」
「あ、僕はヨウスケ君のストーカーじゃないよ。なんか度の過ぎたファンがいるみたいで…」
「ヨウスケさん、困ってるんですか…?」
「うん、多分」
不安そうな表情をするダッフルコートの少女。ヨウスケが好きなのだろう。
「君はこんな時間に何をしているの?」
ダッフルコートの少女が黙ってしまったために言葉を繋げようとして出てきた疑問は素朴なものだった。
「…何だと思います?あなたこそ、そんな格好でどうかしたんですか」
ダッフルコートの少女はポケットからカイロを出すとアレイドに差し出した。
「ありがとう」
アレイドはカイロを受け取った。
「君はいつもここに?」
「いつもじゃないですよ。たまにです」
「たまに?」
「そう。たまに。あなたこそ、どうしてこんな街に?アリアですよね?」
「ちょっと似てるだけだよ。よく言われる…」
「季節はずれですよね、こんな時期にあのホテルって。怪しまれるのも当然といえば当然ですかね」
意味ありげにダッフルコートの少女はアレイドを見て、笑った。
「いや、あの、別に…。ごめん」
ダッフルコートの少女に失礼なことをしてしまった。
「いえ、構いませんよ。あたしじゃなくてあなたです。ホテル、ホテルとあそこの宿泊客?この時期に?」
「どういう…」
「もう時間なんで。あまりしつこいと通報しますよ」
冗談を含んだ笑みを浮かべてダッフルコートの少女はアレイドから逃げるように去っていく。
不審だ。彼女がオーナーの言っていたストーカーであることは間違いないだろう。そんな気がした。何故だ、何が証拠だ、決定打だと訊かれてしまえば説明出来ないのだが、アレイドにはダッフルコートの少女がストーカーであることはすでに決定事項になっている。アレイドは離れていくダッフルコートの少女の背中を見つめた。とりあえず証拠を見つけて、どうにかすればこの件は終わる。そうしたら本題である標的の始末。依頼人ともう一度話し合ってみよう。依頼人が白兎の言ったような復讐を望むのならアレイドが拒否出来ることもない。仕事なのだから。半端に仕事をこなせば白兎が自分をコントロールするだろう。そんなことをされたら惨劇になってしまう。
アレイドは今日何度目かもわからない溜め息をついて、どこかへ歩き出す。時計を見やる。12時までまだ時間がある。ポケットの中で掴んでいるカイロは温かい。まだクールな匂いが鼻に残っている。
ホテルの脇道を抜け、大きな道路にでる。北西にガソリンスタンドがある。初めてみる土地だ。時間が時間で通る車も人々も少ない。
ギャング同士の紛争が絶えないと聞いたことがあった。今夜はないようだ。アレイドが住んでいる街より穏やかに見える。弾痕の残った壁もない。アレイドは大きな道路を横切った。ガソリンスタンドの前を通ってずっと北に向かって歩く。繁華街があるのだ。
繁華街に人は多かった。カップルやサラリーマン。子どもの姿はあまり見当たらないが、塾帰りか大きな鞄を提げた子がちらほらといる。
ポケットの中でカイロをいじりながらアレイドは繁華街を見渡しアーケードのある商店街に入った。どこかで見た事のある風景だと思った。商店街の中心に置かれたクリスマスツリーをしゃがみこんで、遠めに見つめる自分の姿。今よりもずっと小さくて、頬はこけていて、服はぼろぼろ。そんな自分の姿。行き交う人々が憎くて仕方なかった。甘える子どもの声が憎くて仕方がなかった。そんな光景が頭を掠める。
失った16年の中の記憶だろうか。蘇生されてからの16年、まるで触れなかった・・・触れられなかった過去のことだ。どうして16年の間、この街を訪れようとしなかったのだろう。
両親から捨てられた、という現実を認めたくなかっただけだ。両親には興味が無いけれど、自分の生い立ちに興味が皆無とはいい切れない。
この街を知っている気がする。思い出した景色は蘇生された16年の間に見てきたものだと思っていた。他に覚えているのは、商店街の中心のクリスマスツリーの近くには呉服屋があった。そして雑貨屋だ。心臓の音が耳にまで届いた。緊張している。自分はこの土地で生まれたのだろうか?
心臓が胸を突き破って出てきそうだ。まるで握られているような、息苦しさ。恐怖とも歓喜とも説明のつかない高鳴り。興奮。
アレイドは歩き続けた。この季節なら中心部にクリスマスツリーがあるだろう。ネオンと耳に響くクリスマスソング。ここに自分を知る手掛かりがある。時計を見る。余裕ではないが時間がないわけではない。記憶がある16年の中で初めて触れるのだ。失ってしまった16年に。
「アレイドちゃん、これで仕事に集中できるでしょ」
「えぇ、全くです」
殺風景な真っ白を基調とした部屋で我が物顔でテレビを見ている白兎と、ノートパソコンでかたかたとタイピングしているアレイド。
「何してるの」
「メール。あぁ、コンピューターネットワークを通じてメッセージを交換することです」
「・・・・・知ってるよ、バカにしないでよアレイドちゃん」
白兎はむすっとしながらテレビから視線を外さない。
「標的の居場所が分かったんですよ。隣の街です」
「・・・・今日からもう?」
「えぇ。白兎さんの顔を見なくていいかと思うと嬉しすぎです」
「護衛と称して、君の監視はいるんだよ。君がボクの意向に沿わなかったら、わかってるよね?」
分かっている。自分は都合よくコントロールされてしまう肉体であることなど。そしてそれに嫌悪感を抱いて何度も涙したことも。
「ボクは任務を遂行している君が見たいんじゃない。恐怖に怯える標的ちゃんの表情がみたいだけ。だからといって、別に君に任務を託すのはボクじゃない。総長だ。総長の頼みで君がいるわけだけどね」
「・・・・そうですか」
アレイドは「軽蔑」の2文字を表情と口調に出した。
「自然の摂理を捻じ曲げて生まれてきたんだよ君は。人生めちゃめちゃにしたボクが君を最期までめちゃめちゃにする。それが当然の義務だと思わない?」
「思いませんね。出来れば自由になりたいくらいです。・・・・でもここしか帰る場所がないんです」
「・・・・君の実家を教えてもいいけど、どうせ帰らないでしょ?自分を捨てた両親の家なんて」
日頃からよく言われる。自分は両親に臓器売買されていた死に損ないだと。
「そうですね。帰らないでしょうね」
ここの組織の知人に聞いたところ、酷いことになっているらしい。自分がどうにかなってしまった後に生まれた弟や妹など性別分からない状態の死体が腐敗したままごろごろ出てきたらしい。32年前に生まれて、ずっと放置状態だったのだろうか。顔も覚えていない両親の行方に興味はなかったけれど、妹、弟は酷く気の毒に思えた。
「あの時の痛みなんて覚えてないだろうね?っていうか覚えてたらボクの設計ミスになっちゃうよ」
知らされているのは現在母親と父親の年齢は50であることだけだ。
「覚えてないですよ。思い出したくもないですしね」
かたかたとメールを打ちながらアレイドは言った。
「先代はもっと馬鹿だったよ。いつもへらへらして、ボクに怯えてた」
「・・・・16年、白兎さんと居ましたけど、先代なんていたんですか」
先代がいたのだろうか。自分の前に?自分と同じことをしていたのだろうか?先代の存在、それより、先代の末路に興味があった。
「うん、いたよ。兵器はひとつで十分だから、君が来てすぐに捨てたけど、どこかでまだふらふら生きてるんじゃないかな」
「口封じとかで殺さないんですか?」
「いや、殺した・・・・筈だったんだけどね。生存が確認されちゃったわけ」
「・・・・・・」
絶望的だ。自分はきっと死ぬのだ。殺されるのだ。勝手に蘇生されて、そして殺されるのだ。考えるだけでも憂鬱になる。自分は先代のように生き残れるだろうか?
「いま、先代の人は何をしているんですか・・・?」
「何をしていると思う?廃人じゃないの?ボクのメンテナンスも受けてないんだから記憶も消されてない。 ボクに改造されてるのだから精神的ショックで記憶が消えることもない。罪悪感に打ちのめされては苦しんでいるんじゃないかな・・・・・というか、ボクの願望」
「僕も、・・・・新しいのが来たら、死ぬんですか?」
「死にたくなかったら一番優秀でありなさい」
一番優秀であったとしても、この仕事は終わらないまま一生を生きなければならない。この男を殺さなければ、自分は不自由なままだ。
「永遠は、長いよ?」
白兎はふふふと微笑んだ。
「不愉快です。僕は荷物を纏めたら隣の街のホテルにでも泊まりますから」
Aliceの幹部に頼んでアレイドはビジネスホテルにやってきた。季節はずれのビーチと、椰子の木が立ち並ぶ道路。熱帯地方ではないが、椰子の木が堂々と聳え立っている。周りは高層ビルが立ち並んでいる。
本拠地から1時間半というくらいの距離だったがひどく長く感じられた。車内ではほとんど寝ていたが体勢が悪かったのか疲れている。しかし暫くは白兎の苦く重く圧しかかってくる言葉をかけられることはないと思うと気分は軽かった。
「ありがとう、ジャン。ここからは自分で行くよ」
ホテルの前に停めた車からアレイドは降りた。ジャンというドライバーに頭を下げるとアレイドはホテルの中に入っていった。
ここのビジネスホテルは安く、小さかった。入ってすぐに喫茶店のような規模のレストラン、隅にはダーツやピンボールなどが設置されている。
アレイドは開きっぱなしの手動ドアを通ってカウンターの前まで来た。
「すみません」
カウンターには誰もいない。無用心だ。本当にここに泊まって大丈夫なのだろうかと心配になってきた。
「すみません」
微かな足音が聞こえ、辺りを見渡す。
「誰かいますか?」
「なんだ小僧」
厳つく低い声が返ってくる。掃除用具を抱えた小柄な老人が階段から降りてきている姿が目に入った。オーナーだ。
「昨日の夜遅くに予約した…」
「…あぁ、聞いとるよ。鍵はこれじゃな。洗濯はセルフサービスじゃ」
Alice内の幹部の知り合いで隣の街に滞在するときは大体ここのホテルを使っている。
「ワシは忙しい。お前の部屋は3階の7号室じゃ」
ぎらぎらと輝く鍵束をだした。投げ渡されたが、手を出し遅れて床に落とした。
「え、あ、はい」
掃除用具をカウンター越しにあるロッカーにしまい、今度は籠を出す。洗濯籠だろうか。
「部屋は片付けてある」
オーナーは顰めっ面でそう言うとまた階段を登っていってしまった。アレイドは後を追うように階段を登っていく。外から見るよりも中は広かった。3Fと描かれた踊り場から伸びる廊下を進む。
007と金色の字が彫られたドアを開くと、橙色の日差しが部屋を照らしていた。ブラインドが開きっぱなしだった。横幅はそう広くなかったが奥行きはある。ベッドとソファ、テーブル、テレビとラック、ドレッサー、クロゼット、タンス。このホテルでは長期滞在する者が1階から3階を使うという話を聞いたことがある。スーツケースをベッドの上に置くとテレビを点ける。アレイドの癖だ。自室でも帰ってくるとすぐにテレビを点けてしまう。観てもいないのに。
部屋に響いたのはニュースだった。殺人事件は殆ど毎日あるようでまた今日も人が死んでいる。そして自分もそれを増やしている。
溜め息をついて、荷物を漁った。白兎の変態趣味で「息子には女装させたい」とかでアレイドの服はほとんどがメイド服やゴシックロリータ、セーラー服だ。まともな服といえばスーツとワイシャツ、スラックスしかない。スパイ活動などをする時も女装した方がいいらしく、円滑に任務を遂行できるようにとアレイドの身長は166センチメートルと男性にしては小柄だ。しかし小柄というのも不便で体格の良い標的たちと取っ組み合いになったときには酷い目に遭って死んだことだってある。白兎の所為で今も生きているわけだけれども。
「失礼します」
男が部屋に入ってきた。背はアレイドより高い。そして華奢だ。
「・・・・どーも・・・」
オーナーの息子だろうか?とアレイドは思った。
「バスセット、こちらに置いておきますね」
鼻梁は通っていて、切れ長の奥二重、肉の薄い唇。毛先を遊ばせている。同性から見ても外見が良い。彼は桶とアヒルの玩具、シャンプーとリンスをテーブルの上に置いた。
「・・・・ありがとう」
ここのホテルマンは接客が苦手なのか、オーナーといいこの男性といい無表情か顰めっ面をしている。
「・・・・失礼しました」
「失礼します」
暫くしてまた同じ声、同じ言葉が聞こえてドアが開いた。
「チェシャ猫のアリアですよね?」
色紙とペンを持っている先程のホテルマンだ。
「・・・・・・え、あの・・・」
「メイクしてませんけど、何か分かるんですよね。オーナーも言ってましたし」
無表情ながら口調は楽しそうだ。
「オーナーが?残念だけど、人違いだよ」
アレイドは困ったなと頭を掻き乱す。オーナーは外見50代後半から60代前半だ。その世代がチェシャ猫を知っていたというのは少し驚いた。
「声がそっくりだったんで。背丈とかも」
「・・・・ファンなの?」
「・・・・いえ、ファンではないですよ」
「じゃぁなんで・・・」
「・・・・ファンではないですけど、好きなんです。オレ、ベースやってるんですよ」
「ベーシストなんだ。リーダーさんのサインの方がよかっただろうね」
アレイドは色紙を取って、サインペンのキャップを外した。
「やっぱり、アリアだったんですか」
無表情のままホテルマンは言った。
「内緒にしておいてもらえるかな。極秘なんだ」
「分かってますよ、大丈夫です」
サインを描くのが懐かしかった。
「なんで、ボーカル、辞めちゃったんですか」
渡されたサインを見つめながら無表情なホテルマンは訊ねた。
「さぁ?」
「女でも、できたんですか。それとも病気とか?」
「・・・・・・・ボーカルは、楽しいよ。女の子と遊ぶよりも、多分ね。同時に病気と同じくらいにツライかもしれない」
「じゃぁなんで辞めたんですか」
「Dante君の時代なんだよ。僕の時代は終わったの。そう感じたからじゃないかな」
「・・・・でも、ボーカルじゃなくてもやっていけたんじゃないですか?ベース出来ましたよね?」
「ちょっとだけだよ。スペシャルライブ、観ててくれたの?」
「・・・・ちょっと」
「あれは、あの曲だけベースで練習しただけだから、基礎的なことは何も分からないんだ」
アレイドは苦笑した。
「ベースやりましょうよ。オレが教えますよ」
ホテルマンは笑った。幼げだ。
「あはは、どうしようかな~」
アレイドはホテルマンの名札を見た。「ヨウスケ」とプラスチックのケースに入ったカードに書かれている。
「おい、クソガキ。油売ってないで掃除しろ!」
低い声が大きく響き、びくりと肩を震わせた。
「オ、オーナー、すみません」
色紙を隠すようにアレイドの部屋のテーブルに置くと、すぐに出ていった。
「すみません。僕が話しに付き合わせてしまっただけで…」
「構わん。あれが目当てで女の客がよく来る。甘やかすつもりはないが頭が上がらん」
顰めっ面のままオーナーは言った。
「あぁ、かっこいいですもんね。ヨウスケ君?でしたっけ?息子さんですか?」
「よく訊かれるわぃ。血縁関係は無い」
「そうなんですか」
「それで、あれがいないところで相談なんじゃが」
「なんですか?」
「あれにストーカーがついたみたいなんじゃ。あれが気付いとるかは分からんがの」
「え、ストーカーを追っ払えってことですか?」
「そういうことじゃ」
「被害でもあったんですか?」
「詳しいことはあれが寝てから話すかの。夜中の11時、起きていてくれんかの」
「分かりました」
話は終わったかとばかりにオーナーはアレイドに背を向けた。アレイドはテーブルに置かれていった色紙を一瞥すると、荷物整理を再開した。そして作戦を考える。標的が家族を持っているとすると良心が痛む。感情を残したままにしたのは苦悩した自分を観たいからだと白兎が言っていた。父親を失ったまだ幼い子どもは?旦那を失う妻は?どうなってしまうのだろうか。家族3人始末すればいいのか?しかしそれはアレイドに残されたわずかな人間らしさに欠ける気がした。白兎が観たがっているのは殺戮だ。あの事件の被害者と同じ目に遭わせろと言っている。冗談であるのならひどく趣味が悪い。いつの間にか手が止まっている。
先代なら、どうしたんだろう?
白兎の言いなりになったのだろうか?自分はどうしたらいいのだろう?
アレイドは俯いた。散歩にでも行けば気分が紛れるかと思い、アレイドは部屋を出ていく。
1階の喫茶店のようなレストランはがらんがらんで誰もいない。カウンターを見やるとヨウスケが寝てしまっている。入口のドアが開きっ放しになっている。冷たい風が吹き抜ける。アレイドはホテルから出た。紺色の空に点々と星が光っている。目の前のビーチには人の影は見当たらない。もしかするとこのホテルはビジネスホテルとは名ばかりの夏のためのホテルなのかもしれない。
アレイドは歩き出した。ビーチとホテルまでを挟む道路は数台車が通る。道路に沿って歩いた。そして立ち止まる。時計を見れば10時だ。散歩に2時間もかからないだろうと、また歩き出す。
ワイシャツにスラックス、ジャケット、ネクタイだけでは寒かった。コートを着てくればよかったと溜め息をついた。向かい側から歩いて来る人はダッフルコートを着て、マフラーと耳当てもして手袋も着けているのに。すれ違いざまに香水のような匂いがした。甘い匂いではなく、クールな匂いだった。マフラーはピンクと黒の市松模様だった。ちらちらとアレイドを何度か見やる。女の子だ。こんな時間にどうしたのだろう。大丈夫だろうか。跡をつけようか。しかしそれは不審だろう。振り返ると彼女は振り向くことなくアレイドが出てきたホテルに向かっているようだ。
あれにストーカーがついたみたいなんじゃ。
オーナーの言葉がふと頭を過って、アレイドはもと来た道を戻った。
「ねぇ!」
アレイドは小さな背中に叫んだ。
「ねぇ!」
2度目に叫ぶと、彼女は振り返った。
「君に話があるんだ」
アレイドは走り寄った。ダッフルコートの少女は突っ立ったまま動かない。
「ちょっといいかな?」
怯えた様子は見せていないが警戒しているのが分かる。
「…なんですか」
長くはないが、綺麗に生えた睫毛と奥二重の瞼。輪郭は大きめなマフラーで隠れている。
「あのビジネスホテルに用があるの?」
「ビジネスホテル?ビジネスホテルなんかありましたか?」
アレイドが暫くの寝床になるホテルを指さした。
「あ、あれね。あのホテルはビジネスホテルじゃないですよ。ラブホテルってわけでもないですけど」
ダッフルコートの少女はくすくすと笑って答えた。
「…ヨウスケ君って知ってる?あそこで働いてるんだけど…」
「…ええ。まぁ。あの人がどうかしたんですか」
眉間に皺を寄せてダッフルコートの少女は訊ねた。
「いや、あのさ…ストーカー?」
言葉に困って、単刀直入に訊いてしまうことにした。
「ストーカー?ストーカーではないとは思っているんですが。貴方は?貴方は男性…ですよね…?」
「あ、僕はヨウスケ君のストーカーじゃないよ。なんか度の過ぎたファンがいるみたいで…」
「ヨウスケさん、困ってるんですか…?」
「うん、多分」
不安そうな表情をするダッフルコートの少女。ヨウスケが好きなのだろう。
「君はこんな時間に何をしているの?」
ダッフルコートの少女が黙ってしまったために言葉を繋げようとして出てきた疑問は素朴なものだった。
「…何だと思います?あなたこそ、そんな格好でどうかしたんですか」
ダッフルコートの少女はポケットからカイロを出すとアレイドに差し出した。
「ありがとう」
アレイドはカイロを受け取った。
「君はいつもここに?」
「いつもじゃないですよ。たまにです」
「たまに?」
「そう。たまに。あなたこそ、どうしてこんな街に?アリアですよね?」
「ちょっと似てるだけだよ。よく言われる…」
「季節はずれですよね、こんな時期にあのホテルって。怪しまれるのも当然といえば当然ですかね」
意味ありげにダッフルコートの少女はアレイドを見て、笑った。
「いや、あの、別に…。ごめん」
ダッフルコートの少女に失礼なことをしてしまった。
「いえ、構いませんよ。あたしじゃなくてあなたです。ホテル、ホテルとあそこの宿泊客?この時期に?」
「どういう…」
「もう時間なんで。あまりしつこいと通報しますよ」
冗談を含んだ笑みを浮かべてダッフルコートの少女はアレイドから逃げるように去っていく。
不審だ。彼女がオーナーの言っていたストーカーであることは間違いないだろう。そんな気がした。何故だ、何が証拠だ、決定打だと訊かれてしまえば説明出来ないのだが、アレイドにはダッフルコートの少女がストーカーであることはすでに決定事項になっている。アレイドは離れていくダッフルコートの少女の背中を見つめた。とりあえず証拠を見つけて、どうにかすればこの件は終わる。そうしたら本題である標的の始末。依頼人ともう一度話し合ってみよう。依頼人が白兎の言ったような復讐を望むのならアレイドが拒否出来ることもない。仕事なのだから。半端に仕事をこなせば白兎が自分をコントロールするだろう。そんなことをされたら惨劇になってしまう。
アレイドは今日何度目かもわからない溜め息をついて、どこかへ歩き出す。時計を見やる。12時までまだ時間がある。ポケットの中で掴んでいるカイロは温かい。まだクールな匂いが鼻に残っている。
ホテルの脇道を抜け、大きな道路にでる。北西にガソリンスタンドがある。初めてみる土地だ。時間が時間で通る車も人々も少ない。
ギャング同士の紛争が絶えないと聞いたことがあった。今夜はないようだ。アレイドが住んでいる街より穏やかに見える。弾痕の残った壁もない。アレイドは大きな道路を横切った。ガソリンスタンドの前を通ってずっと北に向かって歩く。繁華街があるのだ。
繁華街に人は多かった。カップルやサラリーマン。子どもの姿はあまり見当たらないが、塾帰りか大きな鞄を提げた子がちらほらといる。
ポケットの中でカイロをいじりながらアレイドは繁華街を見渡しアーケードのある商店街に入った。どこかで見た事のある風景だと思った。商店街の中心に置かれたクリスマスツリーをしゃがみこんで、遠めに見つめる自分の姿。今よりもずっと小さくて、頬はこけていて、服はぼろぼろ。そんな自分の姿。行き交う人々が憎くて仕方なかった。甘える子どもの声が憎くて仕方がなかった。そんな光景が頭を掠める。
失った16年の中の記憶だろうか。蘇生されてからの16年、まるで触れなかった・・・触れられなかった過去のことだ。どうして16年の間、この街を訪れようとしなかったのだろう。
両親から捨てられた、という現実を認めたくなかっただけだ。両親には興味が無いけれど、自分の生い立ちに興味が皆無とはいい切れない。
この街を知っている気がする。思い出した景色は蘇生された16年の間に見てきたものだと思っていた。他に覚えているのは、商店街の中心のクリスマスツリーの近くには呉服屋があった。そして雑貨屋だ。心臓の音が耳にまで届いた。緊張している。自分はこの土地で生まれたのだろうか?
心臓が胸を突き破って出てきそうだ。まるで握られているような、息苦しさ。恐怖とも歓喜とも説明のつかない高鳴り。興奮。
アレイドは歩き続けた。この季節なら中心部にクリスマスツリーがあるだろう。ネオンと耳に響くクリスマスソング。ここに自分を知る手掛かりがある。時計を見る。余裕ではないが時間がないわけではない。記憶がある16年の中で初めて触れるのだ。失ってしまった16年に。
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