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未完結打切り版(2010年)
NO TITLE 11
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「・・・・娘も、ですか」
ダンテは計算機を手癖悪く弄びながら聞き返した。
「・・・・ああ。気色悪くてかなわねぇ」
手前で殺した女に似ているからと、手前の娘も殺せだなんて都合が良すぎる。ダンテはそう思ったが何も言わずに了承した。
「ただし、事故に見せかけることだ」
「・・・・わかりました」
敵を殺せばいいんだか身内を殺せばいいんだか分からないな、と呟きそうになってやめた。
「それよか、どうしてアリアに狙われている、だなんて思ったわけです?」
「・・・・聞いたんだ。男から。白髪の男から聞いたんだ・・・・」
「そうですか」
計算機で暫く1+1の計算を繰り返し行いながらタダンテはそう言った。
「とりあえず、アリアとアリアの今回の依頼人すなわち、貴方が要請した標的プラス貴方の娘さんってことでいいんですね?始末するのは」
「ああ・・・・そうだ・・・・っ」
「本当に、娘さんもですか?ご近所では溺愛ぶりで有名だとか」
「それでも、怖いんだ。あの子の視線や、行動が。何か取り憑いているようで・・・・・」
お前の娘に取り憑くまでにお前は酷いことをしたのが分からないのか、とテーブルの上にある灰皿で殴りたくなってきたがやめた。自分も殆どこの目の前の人種と変わらない。いつか地獄をみること確定組なのだ。
「そうですか。苦労されているようで」
「パパー」
子どもの声が聞こえる。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
依頼人は面倒臭そうに立ち上がり、入り口へ向かった。
ダンテは周りを見回した。どんなジャンキーかと思ったが案外普通な暮らしのようだ。酒の匂いは強いが、アルコール中毒、というわけでもないようだし、暴れた形跡もない。隠しているようにも思えない。
なんだかんだ娘は愛しているのだろう。偽りのない笑顔で映る写真や、父親の似顔絵、様々なものが飾られている。けれど依頼人が頼んだ以上は彼の娘への愛情なんて関係ない。
「・・・・・・こんにちは・・・・っ」
入り口の会話が聞こえる。あまり気にもとめなかった。
「・・・・・・・ルピ、どうしたんだ・・・・・」
「・・・・・娘さん一人、下で遊ばせておくの・・・・危ないですよ・・・・?」
聞き覚えのある声だ。入り口にいるのはアリア。
「・・・・・そうですか、そりゃどうも。今、体調崩してんですよ。うつったら困るじゃなですか」
「・・・・・・・そう・・・ですか・・・・・・」
「他人の家庭の事情につけこむんじゃねぇよっ!!」
依頼人がいきなり怒鳴り声を上げた。
「パパ!やめて!おにーちゃんを怒らないで!」
「うるせぇ!てめぇが連れて来たのか!?オレへの当て付けか!?」
アリアに依頼人を殺されることを恐れ、ダンテは溜息をついて入り口に向かった。
「・・・・・・どうしました?」
銀髪とエメラルドグリーンの双眸。間違いなくアリア。
「・・・・・なんでもねぇです」
苦笑いする依頼人。
「・・・・・ダンテ君っ?どうしてここにっ・・・・」
依頼人がドアを閉めようとしたが、アリアがそれを阻んだ。
「・・・・・・・話の続きをしましょう」
もうすぐで殺す人間だ。彼の話を聞く必要は無い。
「彼、誰です?」
「?」
「銀髪の彼」
「いや、初めて見た顔で・・・・」
「そうですか」
ダンテはにやりと笑った。
「彼が・・・・アリアです」
依頼人の眉間に皺が寄る。
「うそ・・・・・だろ・・・・?」
「どうしてそのアリアが、娘さんと一緒にいるんでしょうね」
ダンテはにっこりと笑った。
「やはり、娘さんには何か取り憑いている、という貴方の直感は間違ってないのではないでしょうか」
「そ・・・んな・・・ルピが・・・・」
「貴方は全部背負えますか?」
「くそっ」
「貴方以外の輩が、どう死んだか、分かりますか?」
依頼人が恐怖で慄いている。
「おそらく依頼したのはアリアの依頼人・・・」
「・・・・・」
「アリアの依頼人は貴方が過去に監禁した少女の妹です」
「オレは・・・・どうしたら・・・・・・」
「どうしたらいいんでしょうね?」
「あと・・・・ご存知ですか?貴方には息子がいる」
依頼人の動きが止まった。やはり知らないようだ。
「・・・・?」
「やはりそうですか。息子さんもご両親を知りません」
「誰なんだよ・・・・・」
「誰でしょうね?」
「なんでそんなこと知ってるんだ・・・・・」
「情報屋というものがありましてね。貴方の余罪も多くこちらには分かっているんですよ。別に私達は警察でもなんでないので、そんなことは全く関係ありませんがね」
「・・・・・・」
「今日の話はここまでです。ありがとうございました」
ダンテは立ち上がって、アパートから出て行った。
早く出て行きたかった。あの依頼人が嫌いだ。
階段を下りると、アリアと依頼人の娘がブランコに乗っていた。
「ごめんね・・・・・」
アリアの声が聞こえる。
娘の父親を奪うことに対してだろうか。
「おにーちゃん、どうして泣いてるの?」
アリアはいちいち任務の度に泣いている。以前襲撃したときも泣いていた。ピザ屋の男を殺害したときだ。
すでに感覚が麻痺している自分とは違うのだ。
「ごめんね・・・・」
――――謝ってどうにかなる問題じゃないだろ・・・・
震えた声で謝罪を口にするアリアを見て、少なくとも胸だけは痛んでいる。アリアから隠れるように立ち、胸を押さえた。
明日からちゃんと殺そうとするから、今は、湧き上がらない殺意を許してください。
ダンテはコートの下に隠した銃に手を伸ばしたが、触れずに下ろした。焦る必要もない。まだ・・・・
自嘲的な笑みを浮かべ、ダンテはアパートを去っていった。
*
空が橙色になった頃、子どもの母親は現れた。
「ママ!」
隣でブランコに乗っていた子どもが立ち上がって走り出した。
「・・・ルピ?どうしたの??」
買い物袋を両手から下げ、歩いてくる女性に子どもは駆け寄った。
「パパがお家にいれてくれないの・・・」
「パパはね、今病気なの。うつちゃったら危ないでしょう?」
茶色の髪がカールし、軽いメイクが映えている。美人だ。
「・・・・おにーちゃんがね、遊んでくれたの」
アレイドは子どもの母親が自分に気付く前に公園を去った。顔を覚えられるのはまずい。彼女等を殺すにせよ殺さないにせよ、いずれ自分が仇になってしまうのは間違いないのだ。
「あれ・・・・?」
帰ろう。
アレイドは駅に向かった。次来るときに任務を終わらせよう。絶対に。
駅に着くと、空はもう紺。一日が早い季節。今日何が出来たかといえば、標的の顔を見たことと、殆どはお守りだった。
――――ダンテ君の妨害が入らなければいいけど
標的の部屋から出てきたのはダンテだ。そっくりさんなはずはない。あれはダンテ。カラーコンタクトレンズを入れていない、自分と同じエメラルドグリーンと地毛の黒髪。
アレイドは電車を待っていた。時計を見ると時間がかなり余っている。無人駅で人は少ない。一人だけ、ベンチに座っている少女がいる。長い髪と、ピンクと黒の市松模様のマフラー、漆黒のダッフルコート。
――――彼女は・・・・・・
「あの・・・・・」
「はい・・・・」
アレイドは声を掛けた。彼女はアレイドの方を向いた。
「なんでしょう?」
「君は・・・・」
「・・・・またヨウスケさんのことですか?」
真剣に話を聞くでもなく、彼女は携帯電話をいじっている。
「・・・・・・」
アレイドは黙った。
「・・・・・貴方は何者なんです?いきなり現れて、いきなりストーカーだなんて」
怒っている様子もないが、穏やかな様子でもない。
「どうして・・・・君はヨウスケ君に拘るの?」
「・・・・・約束です」
「約束・・・・・?」
「・・・・・・聞きたいですか」
にやっと怪しく笑った。
「・・・・・ええ」
「多分、話しても支障はないでしょう」
少女はそう言った。
「・・・・・?」
「女の執念の話。アンタには理解できない領域かもしれませんね」
馬鹿にするように笑って、話を続けた。
「17年前に山に捨てられた女に会いました」
――――17年前・・・・・・
「彼女は生まれたばかりの子を抱いていた」
「・・・・・・」
アレイドは頷く。
「察しが早ければ、分かるよね?」
「それが、貴方?」
「・・・・・・なんでそうなるかな・・・・」
「え?」
少女は苦笑いを浮かべる。
「その子が、今のヨウスケさん」
「・・・・え・・・じゃぁ、あの、貴方、年は?」
「失礼ね。とりあえず17歳以上であることに間違いはないよ」
「ごめん・・・・」
「この子を頼みますって言って・・・・・自分は彼女からその子を受け取った。ある意味では・・・・ヨウスケさんは息子みたいなもの」
「彼女は?」
「死んだ」
「そうですか・・・・」
「それよりアンタは?ホモなわけ?」
「・・・・なんでっ・・・ですか・・・?」
「ヨウスケくんヨウスケくん言ってるから?・・・・・かな」
少し考えて、それから彼女は口を開いた。
「貴方がストーカーだって思ってる人から、追っ払え、って」
「・・・・心外以外の何者でもないスね」
彼女は笑った。
アレイドも返すように笑って、黙った。無言でいると、うとうととして、意識を手放しそうになる。今日は酷く疲れた。
「・・・・・」
「お疲れ様です。顔色悪いよ」
こくんこくんと頭が揺れ、彼女に肩を叩かれた。
「・・・・ん・・・・そう?」
「あと10分弱だよ」
「・・・・・」
「君の後輩には気を付けて。あと、依頼人・・・・」
遠ざかる意識の中、彼女はそう言った。
目が覚めると、誰もいない駅のベンチに座っていた。時計を見るとあと2分程で電車がくるようだ。さっきまでいた女はすでに視界からは消えている。
―――寝ちゃってた・・・・
アレイドは時計を見ながら呟いた。
帰りの電車の中は空いていた。1時間弱電車に揺られる中で、何度か眠り、駅に止まるたびに目覚めた。
短い夢にはどれも“ルピ”という子どもが出てきて、アレイドを戸惑わせる。無垢な瞳が遠まわしに責めているようで、「会わなければよかった」という後悔を濃く残す。
大きく溜息を吐く。アレイドの泊まっているホテルから徒歩5分のところにある駅に電車が着いた。
外の空気は冷たい。息が白く染まった。アレイドはホテルまで歩きだす。
「おかえりなさい」
背後から挨拶され、振り返るとエコバッグを持ったヨウスケが立っていた。
「ただいま」
ストーカーの少女が言っていたことを思い出す。
「おつかい?」
「・・・・・ええ。今日は多分、カレーみたいです」
表情の無い顔はどこか色白い。
「そうなんだ」
ヨウスケはこくこくと頷いた。
「オーナーも人遣い荒いですよ」
「2人だけで切り盛りしてるの?」
「夏になったら、アルバイターがもっと増えるんです。あそこはビーチの前ですから、シーズンになれば・・・・・」
「そっか。だから僕しか泊まってないんだね」
アレイドは愛想笑いを浮かべた。
「俺は正規雇用ですから、一年通しているだけなんですけどね」
「大変?」
「ええ。オーナー怖いですし、忙しいです」
「そっか」
「でも楽しいですよ。オーナーは父親みたいで」
ストーカーの少女の話からすると、この少年は両親の顔を知らないのだろう。
「どうしてあのホテルで働こうと思ったの?」
「物心ついた頃からあのホテルにいたんですよ。小さい時から、ずっとあそこで色々な客を見てきたんです。歳になったからって他所で働くのもなんかアレですし」
「そうなんだ」
ストーカーの少女はヨウスケを預かった後に当時ホテルにいた人物に預けた、ということだろうか。
―――どうして自分で育てたなかったのだろう?
経済的な事情か、引き取り手がみつかったのか。
「オーナーは父親です。母親は・・・いませんけどね・・・・。本当の両親の顔を知りません。でももうその生活に慣れてるから、それでもいいんじゃないかなって思います」
「強いんだね」
「強いっていうか、むしろ今更出てきても戸惑いますよ。オーナーっていう父親が形成されていますし。俺の中では。両親がいないことを嘆くより、明日の自分の食べ物や着る物の心配の方で余裕なんてありませんでしたし・・・・・・・すみません、みっともない話を・・・・・」
自分より幼い彼の方が断然大人びていて、綺麗な生き方だとアレイドは思った。
「ううん、全然」
「遅いぞ」
オーナーの声が降りかかる。ホテルの前でオーナーが立っている。
「ただいま」
少しだけヨウスケの頬が綻ぶのが見えた。
「・・・・・・おかえり」
低く掠れた厳つい声がそんな柔らかい挨拶を紡ぐ。
ヨウスケがホテル内に入っていくと、アレイドはオーナーに呼び止められた。
ダンテは計算機を手癖悪く弄びながら聞き返した。
「・・・・ああ。気色悪くてかなわねぇ」
手前で殺した女に似ているからと、手前の娘も殺せだなんて都合が良すぎる。ダンテはそう思ったが何も言わずに了承した。
「ただし、事故に見せかけることだ」
「・・・・わかりました」
敵を殺せばいいんだか身内を殺せばいいんだか分からないな、と呟きそうになってやめた。
「それよか、どうしてアリアに狙われている、だなんて思ったわけです?」
「・・・・聞いたんだ。男から。白髪の男から聞いたんだ・・・・」
「そうですか」
計算機で暫く1+1の計算を繰り返し行いながらタダンテはそう言った。
「とりあえず、アリアとアリアの今回の依頼人すなわち、貴方が要請した標的プラス貴方の娘さんってことでいいんですね?始末するのは」
「ああ・・・・そうだ・・・・っ」
「本当に、娘さんもですか?ご近所では溺愛ぶりで有名だとか」
「それでも、怖いんだ。あの子の視線や、行動が。何か取り憑いているようで・・・・・」
お前の娘に取り憑くまでにお前は酷いことをしたのが分からないのか、とテーブルの上にある灰皿で殴りたくなってきたがやめた。自分も殆どこの目の前の人種と変わらない。いつか地獄をみること確定組なのだ。
「そうですか。苦労されているようで」
「パパー」
子どもの声が聞こえる。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
依頼人は面倒臭そうに立ち上がり、入り口へ向かった。
ダンテは周りを見回した。どんなジャンキーかと思ったが案外普通な暮らしのようだ。酒の匂いは強いが、アルコール中毒、というわけでもないようだし、暴れた形跡もない。隠しているようにも思えない。
なんだかんだ娘は愛しているのだろう。偽りのない笑顔で映る写真や、父親の似顔絵、様々なものが飾られている。けれど依頼人が頼んだ以上は彼の娘への愛情なんて関係ない。
「・・・・・・こんにちは・・・・っ」
入り口の会話が聞こえる。あまり気にもとめなかった。
「・・・・・・・ルピ、どうしたんだ・・・・・」
「・・・・・娘さん一人、下で遊ばせておくの・・・・危ないですよ・・・・?」
聞き覚えのある声だ。入り口にいるのはアリア。
「・・・・・そうですか、そりゃどうも。今、体調崩してんですよ。うつったら困るじゃなですか」
「・・・・・・・そう・・・ですか・・・・・・」
「他人の家庭の事情につけこむんじゃねぇよっ!!」
依頼人がいきなり怒鳴り声を上げた。
「パパ!やめて!おにーちゃんを怒らないで!」
「うるせぇ!てめぇが連れて来たのか!?オレへの当て付けか!?」
アリアに依頼人を殺されることを恐れ、ダンテは溜息をついて入り口に向かった。
「・・・・・・どうしました?」
銀髪とエメラルドグリーンの双眸。間違いなくアリア。
「・・・・・なんでもねぇです」
苦笑いする依頼人。
「・・・・・ダンテ君っ?どうしてここにっ・・・・」
依頼人がドアを閉めようとしたが、アリアがそれを阻んだ。
「・・・・・・・話の続きをしましょう」
もうすぐで殺す人間だ。彼の話を聞く必要は無い。
「彼、誰です?」
「?」
「銀髪の彼」
「いや、初めて見た顔で・・・・」
「そうですか」
ダンテはにやりと笑った。
「彼が・・・・アリアです」
依頼人の眉間に皺が寄る。
「うそ・・・・・だろ・・・・?」
「どうしてそのアリアが、娘さんと一緒にいるんでしょうね」
ダンテはにっこりと笑った。
「やはり、娘さんには何か取り憑いている、という貴方の直感は間違ってないのではないでしょうか」
「そ・・・んな・・・ルピが・・・・」
「貴方は全部背負えますか?」
「くそっ」
「貴方以外の輩が、どう死んだか、分かりますか?」
依頼人が恐怖で慄いている。
「おそらく依頼したのはアリアの依頼人・・・」
「・・・・・」
「アリアの依頼人は貴方が過去に監禁した少女の妹です」
「オレは・・・・どうしたら・・・・・・」
「どうしたらいいんでしょうね?」
「あと・・・・ご存知ですか?貴方には息子がいる」
依頼人の動きが止まった。やはり知らないようだ。
「・・・・?」
「やはりそうですか。息子さんもご両親を知りません」
「誰なんだよ・・・・・」
「誰でしょうね?」
「なんでそんなこと知ってるんだ・・・・・」
「情報屋というものがありましてね。貴方の余罪も多くこちらには分かっているんですよ。別に私達は警察でもなんでないので、そんなことは全く関係ありませんがね」
「・・・・・・」
「今日の話はここまでです。ありがとうございました」
ダンテは立ち上がって、アパートから出て行った。
早く出て行きたかった。あの依頼人が嫌いだ。
階段を下りると、アリアと依頼人の娘がブランコに乗っていた。
「ごめんね・・・・・」
アリアの声が聞こえる。
娘の父親を奪うことに対してだろうか。
「おにーちゃん、どうして泣いてるの?」
アリアはいちいち任務の度に泣いている。以前襲撃したときも泣いていた。ピザ屋の男を殺害したときだ。
すでに感覚が麻痺している自分とは違うのだ。
「ごめんね・・・・」
――――謝ってどうにかなる問題じゃないだろ・・・・
震えた声で謝罪を口にするアリアを見て、少なくとも胸だけは痛んでいる。アリアから隠れるように立ち、胸を押さえた。
明日からちゃんと殺そうとするから、今は、湧き上がらない殺意を許してください。
ダンテはコートの下に隠した銃に手を伸ばしたが、触れずに下ろした。焦る必要もない。まだ・・・・
自嘲的な笑みを浮かべ、ダンテはアパートを去っていった。
*
空が橙色になった頃、子どもの母親は現れた。
「ママ!」
隣でブランコに乗っていた子どもが立ち上がって走り出した。
「・・・ルピ?どうしたの??」
買い物袋を両手から下げ、歩いてくる女性に子どもは駆け寄った。
「パパがお家にいれてくれないの・・・」
「パパはね、今病気なの。うつちゃったら危ないでしょう?」
茶色の髪がカールし、軽いメイクが映えている。美人だ。
「・・・・おにーちゃんがね、遊んでくれたの」
アレイドは子どもの母親が自分に気付く前に公園を去った。顔を覚えられるのはまずい。彼女等を殺すにせよ殺さないにせよ、いずれ自分が仇になってしまうのは間違いないのだ。
「あれ・・・・?」
帰ろう。
アレイドは駅に向かった。次来るときに任務を終わらせよう。絶対に。
駅に着くと、空はもう紺。一日が早い季節。今日何が出来たかといえば、標的の顔を見たことと、殆どはお守りだった。
――――ダンテ君の妨害が入らなければいいけど
標的の部屋から出てきたのはダンテだ。そっくりさんなはずはない。あれはダンテ。カラーコンタクトレンズを入れていない、自分と同じエメラルドグリーンと地毛の黒髪。
アレイドは電車を待っていた。時計を見ると時間がかなり余っている。無人駅で人は少ない。一人だけ、ベンチに座っている少女がいる。長い髪と、ピンクと黒の市松模様のマフラー、漆黒のダッフルコート。
――――彼女は・・・・・・
「あの・・・・・」
「はい・・・・」
アレイドは声を掛けた。彼女はアレイドの方を向いた。
「なんでしょう?」
「君は・・・・」
「・・・・またヨウスケさんのことですか?」
真剣に話を聞くでもなく、彼女は携帯電話をいじっている。
「・・・・・・」
アレイドは黙った。
「・・・・・貴方は何者なんです?いきなり現れて、いきなりストーカーだなんて」
怒っている様子もないが、穏やかな様子でもない。
「どうして・・・・君はヨウスケ君に拘るの?」
「・・・・・約束です」
「約束・・・・・?」
「・・・・・・聞きたいですか」
にやっと怪しく笑った。
「・・・・・ええ」
「多分、話しても支障はないでしょう」
少女はそう言った。
「・・・・・?」
「女の執念の話。アンタには理解できない領域かもしれませんね」
馬鹿にするように笑って、話を続けた。
「17年前に山に捨てられた女に会いました」
――――17年前・・・・・・
「彼女は生まれたばかりの子を抱いていた」
「・・・・・・」
アレイドは頷く。
「察しが早ければ、分かるよね?」
「それが、貴方?」
「・・・・・・なんでそうなるかな・・・・」
「え?」
少女は苦笑いを浮かべる。
「その子が、今のヨウスケさん」
「・・・・え・・・じゃぁ、あの、貴方、年は?」
「失礼ね。とりあえず17歳以上であることに間違いはないよ」
「ごめん・・・・」
「この子を頼みますって言って・・・・・自分は彼女からその子を受け取った。ある意味では・・・・ヨウスケさんは息子みたいなもの」
「彼女は?」
「死んだ」
「そうですか・・・・」
「それよりアンタは?ホモなわけ?」
「・・・・なんでっ・・・ですか・・・?」
「ヨウスケくんヨウスケくん言ってるから?・・・・・かな」
少し考えて、それから彼女は口を開いた。
「貴方がストーカーだって思ってる人から、追っ払え、って」
「・・・・心外以外の何者でもないスね」
彼女は笑った。
アレイドも返すように笑って、黙った。無言でいると、うとうととして、意識を手放しそうになる。今日は酷く疲れた。
「・・・・・」
「お疲れ様です。顔色悪いよ」
こくんこくんと頭が揺れ、彼女に肩を叩かれた。
「・・・・ん・・・・そう?」
「あと10分弱だよ」
「・・・・・」
「君の後輩には気を付けて。あと、依頼人・・・・」
遠ざかる意識の中、彼女はそう言った。
目が覚めると、誰もいない駅のベンチに座っていた。時計を見るとあと2分程で電車がくるようだ。さっきまでいた女はすでに視界からは消えている。
―――寝ちゃってた・・・・
アレイドは時計を見ながら呟いた。
帰りの電車の中は空いていた。1時間弱電車に揺られる中で、何度か眠り、駅に止まるたびに目覚めた。
短い夢にはどれも“ルピ”という子どもが出てきて、アレイドを戸惑わせる。無垢な瞳が遠まわしに責めているようで、「会わなければよかった」という後悔を濃く残す。
大きく溜息を吐く。アレイドの泊まっているホテルから徒歩5分のところにある駅に電車が着いた。
外の空気は冷たい。息が白く染まった。アレイドはホテルまで歩きだす。
「おかえりなさい」
背後から挨拶され、振り返るとエコバッグを持ったヨウスケが立っていた。
「ただいま」
ストーカーの少女が言っていたことを思い出す。
「おつかい?」
「・・・・・ええ。今日は多分、カレーみたいです」
表情の無い顔はどこか色白い。
「そうなんだ」
ヨウスケはこくこくと頷いた。
「オーナーも人遣い荒いですよ」
「2人だけで切り盛りしてるの?」
「夏になったら、アルバイターがもっと増えるんです。あそこはビーチの前ですから、シーズンになれば・・・・・」
「そっか。だから僕しか泊まってないんだね」
アレイドは愛想笑いを浮かべた。
「俺は正規雇用ですから、一年通しているだけなんですけどね」
「大変?」
「ええ。オーナー怖いですし、忙しいです」
「そっか」
「でも楽しいですよ。オーナーは父親みたいで」
ストーカーの少女の話からすると、この少年は両親の顔を知らないのだろう。
「どうしてあのホテルで働こうと思ったの?」
「物心ついた頃からあのホテルにいたんですよ。小さい時から、ずっとあそこで色々な客を見てきたんです。歳になったからって他所で働くのもなんかアレですし」
「そうなんだ」
ストーカーの少女はヨウスケを預かった後に当時ホテルにいた人物に預けた、ということだろうか。
―――どうして自分で育てたなかったのだろう?
経済的な事情か、引き取り手がみつかったのか。
「オーナーは父親です。母親は・・・いませんけどね・・・・。本当の両親の顔を知りません。でももうその生活に慣れてるから、それでもいいんじゃないかなって思います」
「強いんだね」
「強いっていうか、むしろ今更出てきても戸惑いますよ。オーナーっていう父親が形成されていますし。俺の中では。両親がいないことを嘆くより、明日の自分の食べ物や着る物の心配の方で余裕なんてありませんでしたし・・・・・・・すみません、みっともない話を・・・・・」
自分より幼い彼の方が断然大人びていて、綺麗な生き方だとアレイドは思った。
「ううん、全然」
「遅いぞ」
オーナーの声が降りかかる。ホテルの前でオーナーが立っている。
「ただいま」
少しだけヨウスケの頬が綻ぶのが見えた。
「・・・・・・おかえり」
低く掠れた厳つい声がそんな柔らかい挨拶を紡ぐ。
ヨウスケがホテル内に入っていくと、アレイドはオーナーに呼び止められた。
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