彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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 嗚咽に包まれた葬式だった。騒動の死者は少なくはなかった。被害者の中には武装していない下回りも幾人かいた。喪主である二公子の招待制で、事態が事態だったため拒否することも赦された。城の敷地内にある茅屋ぼうおくが斎場になっていた。目元に腕を当てたまま動かない紫暗が見えた。畳を凝視し硬直している群青もいた。珊瑚と山吹の姿はなかった。数人だけ個人的な知り合いを呼ぶことを許され、銀灰と桜に手紙を出した。謀反人の姪である以上、検閲もあった。杉染台に出すわけにもいかず、宛名は柘榴の宿の名にしていたが無事に届いたらしかった。彼等も呆然としながらどこでもないどこか一点を凝らしていた。色を失った空間を覗いて踵を返す。喪服すら着ていなかった。帰り際に菖蒲とすれ違う。彼は気の毒そうな顔をして会釈するだけだった。極彩もそれに応じ、軟禁されている部屋に戻った。真後ろには兵が連なっていた。香の焚かれた部屋で何をするでもなくぼうっとしていた。
 つい先程のことが遅れて鮮明さを取り戻す。叔父の亡骸と対面したのは納棺された後だった。死化粧も施されていた。上質な装束に身を包み、色素の薄い髪は収監の際に切られたらしいが、毛先を整えてあった。顔はほとんど当布によって隠され首にはさりげない刺繍のある織物が巻かれていた。謀反人の死体にしては華美だった。噛み傷のある唇に茶を塗る。この死肉を包むものとはまた別の花の匂いがした。重ねられた布越しの両手に触れる。体温はなかった。肉感は失せ、骨の固さばかりが掌に伝わった。時が経っていく。彼は目覚めない。息もしない。ただ薫るのだった。
 いつまでそうしてるの。
 優しい声で男が問う。自然と眉根が寄ったことを隠した。
 彼は罪なき人を私利私欲で殺めたけど、病に怯える人を救えるんだ。
 男は自身の麗らかな顔についた傷をそっとなぞり、朗らかに微笑する。
 焼いてください。火葬してください。
 女は言った。男は陰険な笑みを浮かべる。
 本当に言ってる?この血を利用すれば洗朱風邪とか、それだけじゃない、多種多様いろんな病とか、怪我で苦しんでる人が助かるんだよ?君だってその効能ききめで一命を取り留めたんだから。
 男の調子は満更でもなかった。これは愉快だ、といった笑みがさらに陰湿さを端整な面を飾る。
 焼いてください。女はもう一度同じことを言った。
 この叔父上は物じゃない、薬じゃない…って?自然のことわりに反する?ひとりの死体に群がる蝿みたい?一体人間と蝿にどれほどの差がある?高等な知能でオレたちは生き延びてしまったというだけで、その人間で愛でられる価値があると犬猫にまでその自然の不自然を与えてしまったね…今では家畜や農作物にもだ…?でも自然の不自然の、自然の中にいるんじゃ自然さ。君の叔父上も、自然が作り上げた不自然に思えることわりのひとつに過ぎないよ、安心して。
 男は笑う。求められている。期待されている。
 焼いてください。
 男は大声を上げた。悦びに満ち溢れている。
 生きている人間をオレは優先したいけどね。
 まだ足らないらしかった。
 焼いてください。この人の亡骸で助かる命を愛しく思うでしょう。同時に恨めしく思うでしょう。
 誤ったらしかった。男は顔を歪める。それは困るな、とこぼした。
 君の叔父上の死骸を切り刻んで、干して、擂り潰して粉末にしてさ、それでも限りがあるからね。生きたいと望む人はさ!その死体から作られる薬よりきっと多いからね!争いが起きるよ!いっぱい死んでいっぱい殺される!救えた人間より多いかも知れないな!オレはこの叔父上のことを公表しちゃいないけど、前例があればきっと次なる花労咳患者を望む人が出るだろうな!そして死を望まれるんだ!無為に生まれて、意義と名分を持って死ねるなんてなぁ!…よく頑張ったよ、君の叔父上は。このつらい病をさ。
 男は再び歓喜を灯す。
 焼いてください。粉薬ではなく、灰にしてください。
 ああ!君も思いやりのない冷たい魑魅魍魎になるんだ?罪悪感のない、利己的で我儘な鬼畜生おにちくしょうなんだ。魔憑きの卑劣なろくでなしだよ。そういうの、大好きだな。素敵だよ…雅やかだ…一緒に血生臭くなろう?助けられる術があったくせに見殺そう?いっぱい…選択権のない弱者たちを嘲笑しよう…?自然の理ばかりに固執する自然主義の過激派かと思ったよ…でも…君の叔父上の遺言に反するな。それじゃあ君は、葬儀に出る資格がないね…叔父上なんて呼ぶ立場に、ないよ―

 薄暗い部屋の扉が開き、葬儀から戻ってきた二公子は長らく会っていなかったとばかりに座る女を力強く抱擁する。彼から与えられた衣類は胴体を引き締め、下部は足首から大腿まで切れ込みが入っているものの、ひどく動きづらかった。
「知らない髪飾りだな」
 天藍は女の髪を括る簪に気付いたようだった。城で雇われている髪結いへ渡した物だった。房飾りが大きく揺れ、繊細な高音が鳴っている。喪服に合わせた色調と素材の手袋に掴まれ、引き抜かれる。項に毛が落ちた。
「君にこんな粗悪品は似合わないよ。こんな無難で、どこにでもある、こんな安物…」
 ばきり、と軽快に簪は2本に変わる。滑らかに白く塗装された軸は木製だった。壁に投げ捨てられ、房飾りの周りに吊るされた銀の板が悲鳴を上げる。
「もっと綺麗な簪、買ってあげる。白いのがいいの?」
 二公子の好みの衣服に散らばる髪を掬い上げ、彼はそこへ唇を当てた。
「でも簪は危ないな。君の顔に傷を付けたのだってそうだろ?オレはこの世に簪禁止令を出したっていいんだから」
 耳に髪を掛けられ、彼の兄弟同様に波打つ毛を何度も整えただろう空色の櫛で女の前髪を梳いた。
「…すごくかわいい」
 櫛を通すことに満足すると、天藍は衣嚢いのうから貝殻を取り出した。まだ数えるほどしか使った形跡のない艶紅つやべにだった。咥えた手袋から現れた薬指で人形の唇を彩る。葬儀前に交わした接吻で落ちかけていた桜色の顔料に上塗りされた。
「彩には薄橙のほうが似合ってるのにね。あの美粧師も分かってないな。この傷が目立たなくなっちゃうだろ?」
 恍惚に両目を眇め、天藍は人形の顔面を走る傷痕を汚れた薬指でなぞった。上擦った吐息が耳に届いている。
「今すぐにでも簪を一緒に買いに行きたいけど…あんなことがあったばっかりだし…ほら、市井でも有名だっただろ?良くも悪くもさ?君の叔父上…縹はさ、『家族殺しの一輪桔梗』なんて呼ばれていてね…ああ、君の方が知っているかな。とにかく、まぁあの見た目だろ?女はみんな首丈くびったけでさ?男から見ても綺麗だろ?反感も買うよ。女の嫉妬も怖いけど、男の嫉妬は抑圧されるからさ。まぁそんなだから、暫くは君を外に出せないよ。城にも置いておけない。危険だし。残念だけど、オレとは少しの間離れなきゃなんだ」
 話している間も二公子は人形を優しい手付きで撫で摩り、触れた。少し開いている胸元が気に入っているらしく光沢のある布と素肌の間に指を差し込む。聴診されているようだった。
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