彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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「群青が特殊任務で下手うったでしょ。ほら、君の夫に成りすましてた件。あれって表沙汰にしたらダメだったんだって。オレも知らなくってさ。でもまさか、態々わざわざ任務のために用意した虚構ひとと結婚しなくたってね…世間って狭いな。ま、それはもうどうでもよくて。群青に謹慎処分また下りるからさ、オレも群青になら君のこと任せられるし。知らなかったとはいえ若夫婦の新婚生活ひとときをぶち壊しちゃったわけだし…ね?原物にくたいは同じだろ?」
 人形は虚ろな眼差しで二公子を見つめるだけだった。そんなカオしないでよ、と天藍はくすぐったそうに言った。
「一日中一緒にいるわけじゃないよ。引き続き群青は任務あるし。家用意したからさ、そこでじっとしてて?こっちでも書類作成とか整理とかあってさ。被害者のあれこれだよ。城の人間がまさかの外部革新派と手を組んでたっていうんだからその人たちの遺族にも謝礼しなきゃだろ。一応城側が正当な防衛手段とはいえ殺しちゃったんだから。逆も然り。いいや、向こうは正当な防衛なんかじゃなかったけど、でも平民だから。めちゃくちゃ複雑なところにいるんだよ。危険なんだ。今の君の立場はさ」
 力強い抱擁が再び人形を締め上げる。
「できる?群青と一緒に暮らせるね?」
 頷いた。二公子は喜びはしなかったが塗ったばかりの薄橙へ口付ける。
「いい子。約束は守るよ。すぐにでも焼き場に運ぶから」
 彼は自身の唇を指した。分かるかな?と楽しげに笑む。人形は首を伸ばし、叔父の殺し損ねた男の唇に答えた。

 荷物を纏め正面玄関へ向かっている途中に包布団を抱き上げた菖蒲と鉢合わせる。彼はまだ喪服を着ていた。塩を大量にかぶったらしく、白い砂粒が点々と目立っている。礼服のせいか清廉な印象があったが塩のために、清潔感がないどころか不潔にさえ感じられた。会いたくない人に会ってしまったとばかりの表情をしたが、嘘のように媚びた笑みを貼り付けて彼は葬儀の時同様に会釈した。
「葬儀にご参列いただきまして、ありがとうございました」
 菖蒲は同情に満ちた顔をして謙遜する。そして話題を極彩の背負う荷物に移した。
「どちらに行かれるんです?」
「少し城から離れることになりました。場所は分かりません」
蟄居ちっきょってやつですな。退屈は何よりの毒だ。畑なり何なりやることがあればいいんですがね」
 彼は腕の中の小さな生き物には無頓着で一瞥もくれはしない。ただ両手で抱えているといった具合だった。それを極彩が気にしたことを彼も気付いたふうだった。媚びた胡散臭い笑みに困惑が混じる。
「殺処分を仰せつかっておりまして。覚えていますか、帯刀した剣士がいたでしょう。紫煙さんの兄弟とでもいいますか。厳密には兄弟ではないんですけど、まぁ、大体兄弟みたいなものでしょう」
 逡巡しながらもくるみの中を菖蒲は身体を傾けて極彩へ見せた。
「もう彼くらいの大きさになってもいい頃なんですけれども、育たないんです。だから捨てろと仰せになるんですよ」
 どうしたもんかな、と菖蒲は軽い調子で呟いた。白い布の中には、首がなく、頭と肩が繋がり、胴体と思しき部位も区切ることが出来ない身体つきをしていた。縦長の馬鈴薯に似ている。
「担当が急用だっていうんでボクにお鉢が回ってきたってワケですよ」
 まぁ別にいいんですけどね。投げやりに爽やかさのない男は呟いた。
「まったく農作物でもあるまいし。かといって民草の血税で生かすわけにはいかないって仰せになるんだから、試されていますよホント」
 そして自身で頷き、同意した。大きな瞳が極彩を捉え、唇のない小さな口が笑う。声はない。
「寺に置いて来るのが一番ですかね、さすがにこの子の業を背負う覚悟はありませんが。でもここにいるよりは生きていられる可能性が―」
 参っちまいましたよ、と他人事のように笑った。
「ダメだよ。そのまま育ったら可哀想だろ?こういうのはきちんと判断できる人たちが背負うものなんだよ。生きてればいいなんて、それこそオレたち側の酷い傲慢じゃないかな。生きてればいいだけ、なんて無価値と一緒だ。家族さえいればね、その子に」
 一瞬にして野暮ったい中年男の表情が尖り、朗らかな声音の主を睨んだが、目が合った途端に媚びへつらい、頬が緩んでいる。
「おっと、聞いていらしたんですね」
「ちゃんと仕事してもらわないと困るよ。ね、群青?」
 その名に反応して極彩は菖蒲とともに、天藍の反対に立っているらしき者を振り返った。略礼服の群青が立っている。挟み撃ちされているような不穏な心地があった。
「はい」
 群青は曲がり角からやって来たばかりらしく、荷物を背負う女へ気を取られ一拍遅れて返事と揖礼をした。
「雄黄みたいに虐げられて拾われて捨てられて、憎んで壊されて、死んじゃうの、カワイソウじゃないの。今の風月国の医療技術なら十分生かせるよ。でも生かせるだけ。オレの金で生かすのもありだけど、オレの意思じゃないからさ。生かす意思を見せた君は、寄り添える?ずっと…?でもね、安心して。ここで死なせてあげることより、寺で生きていくことのほうが罪深いよ。返して。出来ないっていうならオレがやる。そういうの、風月国で認めたことになるけど。理想郷に近付くね。人は生産性よりも一個人の尊厳が重視される。まさに風月国の時代が来るよ。もし安楽的な救済が認められちゃったら…まず国を代表して、オレは次弟おとうとに、どうして君は安楽的な救済を選ばないの?って迫らなきゃならなくなる。彩、君のかわいい仔猫ちゃんにも…まだ生きるつもりなの?って聞いちゃう権利まで得てしまえる。なんなら縹にも訊いてあげたかったね、肺から肝臓から身体中蝕まれて可哀想に…ま、彼には別の目的があったみたいだから望んでも例外だけどさ。ほら、返して。これから焼き場に行くところだし、ついでにひとつ焼く死体が増えるだけ」 
 菖蒲の腕の中のくるみへ天藍は両腕を伸ばした。中年男は何食わぬ顔で確かに生きている小さな肉体を返そうとした。
「お待ちください」
 群青が割って入る。二公子は首を傾げて微笑する。待ってましたとばかりの満足が窺えた。
「群青さん?」
 剣呑な面持ちの菖蒲は二公子の前へ歩む群青を警戒しているようだった。
「わたくしが代わりに行います」
 二公子はまだ空いている両の掌を竦める。
「ちょっと、群青さん?」
「もともとはわたくしの担当でしたので」
「それにそういうの慣れてるし…ね?」
 菖蒲は露骨に唇を突き出し、腕の中のくるみを上体を捻って群青から遠ざける。
「二公子の御手を汚させるわけにはゆきません」
「安楽的な救済を国で認めるのは拙い…くらい言えないんです?」
 菖蒲が呆れたように言った。
「群青はオレの死忠かこいだもんな。嬉しいよ。妬かないでね、彩」
 天藍は無邪気に笑った。
「あ~あ~分かりました!ワタクシが誠心誠意を込めて間引かせていただきます。選民思想に傾倒させていただきますとも。急用があるんでしょう?さっさと行ったらどうです?まったく、お若い方々の考えには付いていけませんが」
 拗ねたように険を帯びた物言いで、包を抱き直す。群青は二公子と中年男に揖礼すると、極彩を気にしたが視線がかち合うとその場を辞してしまった。
「君との子供にしたかったのかな。もう実子こども望めないし」
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