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夏の湖畔と惨劇の館
#3
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メル様はグラスホッパーを飲み干したあと、リンゴのリキュールをソーダで割ったものをご注文なさいました。
お食事のご注文はありませんが、ソーダと一緒に飴の予備をお渡ししました。
ビャンコ様にお渡ししてるミントとは異なり、何種類か果物の味にしているものです。
「別荘に誘って貰えたのは嬉しいんですけど、あっちで何するんですかね?」
「湖畔ですので、昼間は釣りかボートに乗るかでしょう」
大量の白骨が沈んでいたと考えると、泳ぐのはあまりオススメ出来ません。
「僕達以外の人もけっこういそうですね」
「いないと思いますよ。いても少ないでしょうし、別荘の周辺には他の建物もないそうです」
「わぁ、じゃあ貸切みたいですね!」
「もしかして詳細は聞いてませんか?」
「一応幽霊退治とか聞いてますけど、シオさんらしくない冗談ですよね」
「いえ、冗談ではありませんよ。シオ様の別荘で怪奇現象が起きたので、それをビャンコ様が解決するのですよ」
「えっ」
これは……もしかして言わない方が良かったのでしょうか?
怪談の類は物語を好んでも実体験を好まない方がいると聞いたことがあります。
「あの湖も昔宗教に関した事件があった場所で、普段は人が立ち寄ることはまずありません」
「それじゃ本当に『セルジ兄妹の推理』みたいじゃないですか」
「てっきりご存知だからご紹介して下さったものと思ってました」
「……す、すごい! 本当に舞台になった場所なんですね!」
「それは分かりませんが、かなり似た状況なのは間違いなさそうです」
メル様は先程より嬉しそうなご様子です。
嫌がる方が多いと思いますが、彼には嬉しい情報だったようですね。
「でも、幽霊なんて本当にいるんですか? 見た事ないので信じられないです」
「実在しますよ、ビャンコ様ならなんとかしてくださいます」
「じゃあ本当に幽霊退治なんですね」
「実際に別荘にいるかはまだはっきりしてませんので、その調査も込みででしょう」
今のところシオ様が下見の際にポルターガイストを見ただけですから、確証はありません。
「宗教絡みの事件があったって言ってましたね、その幽霊は違うんですか?」
「ビャンコ様は違うと仰ってました」
「そもそも、その宗教の事件ってどういう事件だったんですか?」
「かなり凄惨な事件です、関係者の多くが死亡しています」
「キーノスさんはご存知なんですね」
「有名な事件なので、調べるとすぐにわかりますよ」
「エテルノ教の末路」と呼ばれる事件は、オランディが建国する前後で起きた凄惨なものです。
隣国との国境に近いデムーロ領では「永遠の救済」を教義としたエテルノ教が一部で狂信されてました。
信者の方々は死後の幸福が約束され、生きていて辛い事があっても死が永遠の幸福を約束してくれると信じておりました。
オランディ建国の際に国教にすることを望んだエテルノ教徒達でしたが、現オランディ王が教義を嫌い反対の姿勢を示します。
あわや戦争になりかけたそうですが、王の味方に強力な千里眼の使い手と獣を味方にできる声の術士がいたため、戦争を起こすのをやめ和解する事になりました。
ほとんどの教徒は無事ですが、一部の狂信者が先導して湖へ入水を……これが世間で知られている「エテルノ教の末路」です。
「オランディの犯罪史において最初に語られるような事件ですが、経緯も経緯ですし被害者も多いので学園では習わないものですね」
「……ほとんど同じです」
「何がでしょうか?」
「『セルジ兄妹の推理』と協力者以外のとこが同じ事件です!」
「作者が参考になさったのでしょうね」
事件からしばらく経った今から五年前、湖で夜な夜な幽霊が出ると噂が出回ります。
危険な害獣が出るため夜の湖は立ち入り禁止だったのですが、肝試しをする人が増えてしまったそうです。
その解消にビャンコ様が指名され幽霊騒ぎを収束させることになります。
その後でシオ様の購入した別荘が建設されたものと思います。
「あっでも幽霊退治が本当なら、店長は来れないかもしれませんね」
「カーラ様は幽霊などは苦手なのですか?」
「お店の奥で物音がした時、オバケが出た! って大騒ぎしたんですよ。僕が音がした棚開けるまでずーっとです」
「棚の中に幽霊がいたのですか?」
「いいえ、適当に置いてあったメジャーが落ちたみたいでした」
幽霊ではなかったのは幸いですが、想像ができる光景です。
「カーラ様はまだ返事をなさってないのですか?」
「わからないです。僕がお店にいるときにシオさんから誘われたんですけど、店長と一緒じゃなかったんですよね」
「そうでしたか」
「あと……僕ビャンコさんと話したことないんで、そこは少し緊張してるんです。すごくきれいな人だし、失礼なことをしたらと思うと」
「大丈夫ですよ。彼は術士に対して好意的ですからビャンコ様から声をかけてくると思いますよ」
「僕ごときが、なんか恐縮です」
「メル様の理解のことはご存知ですし、メル様に興味があると思います」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「それに、彼がメル様にご迷惑をおかけする可能性の方が高いかと」
「まさか! それはさすがにないですよ」
「近いうちに事前の話し合いをすると思いますので、その時にわかるかと思います」
シオ様もメル様も、ビャンコ様に過剰な期待をしているようです。
話題にビャンコ様が登場したところで、私は彼に対しては一つ言っておくべき事を思い出しました。
「話は変わるのですが、メル様はマルモワからのお客様とお会いした事はありますか?」
「新聞で見ましたけど、実際に見たことはないですね。最近になって粉っぽいニオイがするくらいで、姿は見たことがないです」
……なるほど。
ここで遭遇されたら、少々不都合があるかもしれませんね。
「実は最近ご来店なさるのですよ、護衛として来た兵士のお二人が」
「へぇ! 会ってみたいですね!」
「親しみやすいですしマナーも良い方達です。ただよくあちらの国の言葉で会話なさるのですが、内容に少々問題がありまして」
「大丈夫です、僕マルモワの言葉分からないですし!」
「理解を使えるあなたには言葉の壁など存在しないはずで、その気になれば彼等の会話の内容が理解出来ると思います」
あらゆる文献を読み解ける賢者の能力です、知らない言葉で語られる雑談でも理解するのは難しくないはずです。
彼らがこちらに分からないだろうと思って話している内容が理解出来てしまうでしょう。
「あー……どうでしょうね、分かるかもしれないです」
「私はマルモワの言葉が分かるのですが、その内容があまり好ましいものではなく……出来れば彼等の会話が気になっても理解を使用しないでいただきたいと思ってるのです」
メル様はが優しく純粋な心根の持ち主ですので、内容が理解出来てしまえば黙っている事が出来ないでしょう。
ユメノ様の時と違い、相手が軍事国家の兵士となれば危険が伴います。
「分かりました、キーノスさんがそう言うなら従います!」
「ありがとうございます」
「でも、どんな話なんですか? ちょっとだけ気になります」
「……具体的には申し上げられませんが、否定的な内容が多いとだけ」
「悪口みたいなものですか? 確かにちょっと聞きたくないですね」
とりあえず、彼にマルモワの兵士たちの会話の内容を知られないようにすることができたようです。
去年の年末の事を思い返すと、正義感の強い彼がビャンコ様に関しての発言などを聞いたら……彼らに何か言うのが想像できます。
「僕、普段あんまり理解は意識して使わないようにしてるんです。師匠から言われたのもあるんですけど、前に使ってみた時相手に怖がられちゃいまして」
「怖がられたのですか?」
「なんか誤魔化しながら話すのでなんだろう? って思って。ちょっと試してみたら理由が分かったのでそれとなく言ってみたら、怖がられた上に怒らせちゃいまして」
「なるほど、有り得る話ですね」
「本格的に役に立ったなーって思ったのって、年末に爆弾の事分かった時くらいなんです」
「それは、とても勿体ないように思えますが」
「でも特性? なんですかね、お客さんの欲しいものとかすぐに分かるのは便利だなーとは思ってます!」
なんともメル様らしいお話です。
私は理解の存在を知った時身につけたいと思ったものですが、学習して身に付くような物ではなかったので諦めました。
声や千里眼のような知覚する術に該当しますが、理解はそれらとは一線を画す存在です。
その後はまた読書の話題に戻りました。
メル様と推理小説のお話をしていると過ぎる時間が早く思えるのが不思議です。
やはり読書の話題は楽しいと思います。
夜が遅くなった頃、メル様は飴の感謝を言いながらお帰りになりました。
お食事のご注文はありませんが、ソーダと一緒に飴の予備をお渡ししました。
ビャンコ様にお渡ししてるミントとは異なり、何種類か果物の味にしているものです。
「別荘に誘って貰えたのは嬉しいんですけど、あっちで何するんですかね?」
「湖畔ですので、昼間は釣りかボートに乗るかでしょう」
大量の白骨が沈んでいたと考えると、泳ぐのはあまりオススメ出来ません。
「僕達以外の人もけっこういそうですね」
「いないと思いますよ。いても少ないでしょうし、別荘の周辺には他の建物もないそうです」
「わぁ、じゃあ貸切みたいですね!」
「もしかして詳細は聞いてませんか?」
「一応幽霊退治とか聞いてますけど、シオさんらしくない冗談ですよね」
「いえ、冗談ではありませんよ。シオ様の別荘で怪奇現象が起きたので、それをビャンコ様が解決するのですよ」
「えっ」
これは……もしかして言わない方が良かったのでしょうか?
怪談の類は物語を好んでも実体験を好まない方がいると聞いたことがあります。
「あの湖も昔宗教に関した事件があった場所で、普段は人が立ち寄ることはまずありません」
「それじゃ本当に『セルジ兄妹の推理』みたいじゃないですか」
「てっきりご存知だからご紹介して下さったものと思ってました」
「……す、すごい! 本当に舞台になった場所なんですね!」
「それは分かりませんが、かなり似た状況なのは間違いなさそうです」
メル様は先程より嬉しそうなご様子です。
嫌がる方が多いと思いますが、彼には嬉しい情報だったようですね。
「でも、幽霊なんて本当にいるんですか? 見た事ないので信じられないです」
「実在しますよ、ビャンコ様ならなんとかしてくださいます」
「じゃあ本当に幽霊退治なんですね」
「実際に別荘にいるかはまだはっきりしてませんので、その調査も込みででしょう」
今のところシオ様が下見の際にポルターガイストを見ただけですから、確証はありません。
「宗教絡みの事件があったって言ってましたね、その幽霊は違うんですか?」
「ビャンコ様は違うと仰ってました」
「そもそも、その宗教の事件ってどういう事件だったんですか?」
「かなり凄惨な事件です、関係者の多くが死亡しています」
「キーノスさんはご存知なんですね」
「有名な事件なので、調べるとすぐにわかりますよ」
「エテルノ教の末路」と呼ばれる事件は、オランディが建国する前後で起きた凄惨なものです。
隣国との国境に近いデムーロ領では「永遠の救済」を教義としたエテルノ教が一部で狂信されてました。
信者の方々は死後の幸福が約束され、生きていて辛い事があっても死が永遠の幸福を約束してくれると信じておりました。
オランディ建国の際に国教にすることを望んだエテルノ教徒達でしたが、現オランディ王が教義を嫌い反対の姿勢を示します。
あわや戦争になりかけたそうですが、王の味方に強力な千里眼の使い手と獣を味方にできる声の術士がいたため、戦争を起こすのをやめ和解する事になりました。
ほとんどの教徒は無事ですが、一部の狂信者が先導して湖へ入水を……これが世間で知られている「エテルノ教の末路」です。
「オランディの犯罪史において最初に語られるような事件ですが、経緯も経緯ですし被害者も多いので学園では習わないものですね」
「……ほとんど同じです」
「何がでしょうか?」
「『セルジ兄妹の推理』と協力者以外のとこが同じ事件です!」
「作者が参考になさったのでしょうね」
事件からしばらく経った今から五年前、湖で夜な夜な幽霊が出ると噂が出回ります。
危険な害獣が出るため夜の湖は立ち入り禁止だったのですが、肝試しをする人が増えてしまったそうです。
その解消にビャンコ様が指名され幽霊騒ぎを収束させることになります。
その後でシオ様の購入した別荘が建設されたものと思います。
「あっでも幽霊退治が本当なら、店長は来れないかもしれませんね」
「カーラ様は幽霊などは苦手なのですか?」
「お店の奥で物音がした時、オバケが出た! って大騒ぎしたんですよ。僕が音がした棚開けるまでずーっとです」
「棚の中に幽霊がいたのですか?」
「いいえ、適当に置いてあったメジャーが落ちたみたいでした」
幽霊ではなかったのは幸いですが、想像ができる光景です。
「カーラ様はまだ返事をなさってないのですか?」
「わからないです。僕がお店にいるときにシオさんから誘われたんですけど、店長と一緒じゃなかったんですよね」
「そうでしたか」
「あと……僕ビャンコさんと話したことないんで、そこは少し緊張してるんです。すごくきれいな人だし、失礼なことをしたらと思うと」
「大丈夫ですよ。彼は術士に対して好意的ですからビャンコ様から声をかけてくると思いますよ」
「僕ごときが、なんか恐縮です」
「メル様の理解のことはご存知ですし、メル様に興味があると思います」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「それに、彼がメル様にご迷惑をおかけする可能性の方が高いかと」
「まさか! それはさすがにないですよ」
「近いうちに事前の話し合いをすると思いますので、その時にわかるかと思います」
シオ様もメル様も、ビャンコ様に過剰な期待をしているようです。
話題にビャンコ様が登場したところで、私は彼に対しては一つ言っておくべき事を思い出しました。
「話は変わるのですが、メル様はマルモワからのお客様とお会いした事はありますか?」
「新聞で見ましたけど、実際に見たことはないですね。最近になって粉っぽいニオイがするくらいで、姿は見たことがないです」
……なるほど。
ここで遭遇されたら、少々不都合があるかもしれませんね。
「実は最近ご来店なさるのですよ、護衛として来た兵士のお二人が」
「へぇ! 会ってみたいですね!」
「親しみやすいですしマナーも良い方達です。ただよくあちらの国の言葉で会話なさるのですが、内容に少々問題がありまして」
「大丈夫です、僕マルモワの言葉分からないですし!」
「理解を使えるあなたには言葉の壁など存在しないはずで、その気になれば彼等の会話の内容が理解出来ると思います」
あらゆる文献を読み解ける賢者の能力です、知らない言葉で語られる雑談でも理解するのは難しくないはずです。
彼らがこちらに分からないだろうと思って話している内容が理解出来てしまうでしょう。
「あー……どうでしょうね、分かるかもしれないです」
「私はマルモワの言葉が分かるのですが、その内容があまり好ましいものではなく……出来れば彼等の会話が気になっても理解を使用しないでいただきたいと思ってるのです」
メル様はが優しく純粋な心根の持ち主ですので、内容が理解出来てしまえば黙っている事が出来ないでしょう。
ユメノ様の時と違い、相手が軍事国家の兵士となれば危険が伴います。
「分かりました、キーノスさんがそう言うなら従います!」
「ありがとうございます」
「でも、どんな話なんですか? ちょっとだけ気になります」
「……具体的には申し上げられませんが、否定的な内容が多いとだけ」
「悪口みたいなものですか? 確かにちょっと聞きたくないですね」
とりあえず、彼にマルモワの兵士たちの会話の内容を知られないようにすることができたようです。
去年の年末の事を思い返すと、正義感の強い彼がビャンコ様に関しての発言などを聞いたら……彼らに何か言うのが想像できます。
「僕、普段あんまり理解は意識して使わないようにしてるんです。師匠から言われたのもあるんですけど、前に使ってみた時相手に怖がられちゃいまして」
「怖がられたのですか?」
「なんか誤魔化しながら話すのでなんだろう? って思って。ちょっと試してみたら理由が分かったのでそれとなく言ってみたら、怖がられた上に怒らせちゃいまして」
「なるほど、有り得る話ですね」
「本格的に役に立ったなーって思ったのって、年末に爆弾の事分かった時くらいなんです」
「それは、とても勿体ないように思えますが」
「でも特性? なんですかね、お客さんの欲しいものとかすぐに分かるのは便利だなーとは思ってます!」
なんともメル様らしいお話です。
私は理解の存在を知った時身につけたいと思ったものですが、学習して身に付くような物ではなかったので諦めました。
声や千里眼のような知覚する術に該当しますが、理解はそれらとは一線を画す存在です。
その後はまた読書の話題に戻りました。
メル様と推理小説のお話をしていると過ぎる時間が早く思えるのが不思議です。
やはり読書の話題は楽しいと思います。
夜が遅くなった頃、メル様は飴の感謝を言いながらお帰りになりました。
応援ありがとうございます!
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