王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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眠りを誘う甘い芳香

#3

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 お茶会のお返事を早く返したいようで、カーラ様とメル様はいつもより早いお帰りとなりました。
 それからしばらくはミケーノ様と近況に関して話しておりましたところ、シオ様がご来店されました。

 シオ様はユドウフとウツセリをグラスでご注文され、それに合わせてミケーノ様はトックリでウツセリをご注文されます。
 そろそろウツセリの在庫もなくなりそうです。

 シオ様はユドウフを召し上がりながら今日の出来事をお話になりました。
 予想は出来ておりましたが、シオ様もお茶会のお話をご存知でした。

「一昨日辺りからですかね、色んな所で招待状が届いているそうですよ」
「ちょうどさっきその話してたぞ、どうも誰に招待されたかでかなり違うみたいだな」
「そこまでご存知でしたか、今日来て正解ですね」

 シオ様には何か目的があっていらしたようです。

「会ったこともないんだがなぁ、使節団の奴らなんて」
「あぁ、どこかで見られたんじゃないですか? 今回の招待状を送る条件は、どうやら外見の良い男性のようですし」
「いや、キーノスは誘われてないって言ってるぞ?」
「え、本当ですか?」
「だよな?」

 シオ様がこちらをまっすぐ見てきます。
 柔和な雰囲気はありますが、誤魔化しても追求を受けそうな気配を感じます。

「招待状は頂いておりません」
「招待状という事は、お誘いはあったんですね?」
「保留にさせていただいております」
「聞くまでもないように思いますが、シアンさんからですよね」
「仰る通りです」

 ミケーノ様が持っていたグラスをテーブルにすとんと置き、呆れたような視線を私に向けてきます。

「お前やっぱり誘われてんじゃねぇか」
「お茶会に誘う人を悩んでると聞いたドゥイリオ様がご提案なさったお話です」
「どうすんだ? 行かないだろ?」
「そうですね、あまり行きたいとは思えません」
「それは残念ですね、私はまだ悩んでますよ」

 シオ様が手にしていたスプーンを置き微笑みます。

「私は三通も受け取ってしまいまして」
「三通?」
「はい。ミヌレ公爵夫人、ボイヤー侯爵、ピエール子爵から別々で頂いております」
「……すごいなそれは」
「別邸の家具を手配したのがウチですからね、まず思いつく相手にはなると思いますよ。ただ……」
「なんだよ、なんかあるのか?」
「さっき話に出ましたが、内容に随分差があるので一度調べておこうと思ったんですよ」

 シオ様のお話では公爵夫人からは爵位、ボイヤー侯爵からはかの帝国の木材か布地、ピエール子爵からは宝石をどうかと書かれていたとの事です。

「この中ならボイヤー侯爵のご招待を受けるのが一番良いんですが、他に招待された方はどうなのかと思いまして今日まで色々調べてたんですよ」
「オレはボイヤー侯爵からだな、シオの聞いてると商売に合いそうな内容みたいだな」
「そのようですね。子爵からの宝石はどうも彼の領地の名産品だそうですよ」
「あと公爵は……メルとカーラがさっきまで大変だったな」
「何かあったんですか?」

 ミケーノ様が先程までの出来事をお話されます。
 メル様の怒りの凄さを伝えた時はシオ様も少し驚いたご様子です。

「妾、ですか……確かにミヌレ公爵のお嬢さんはシアンさんの婚約者だそうですから、とはいえ……」
「招待してやるから妾になれってことだよな」

 ミケーノ様の言葉を聞いて、シオ様の動きが一瞬止まります。
 それから少し苦笑いを浮かべます。

「あぁ、招待の違いが分かってきました」
「なんなんだ?」
「ミヌレ公爵は招待してあげるから貴族になるように、他の方は何かを贈るから招待に応じて欲しいと、この温度差ですね」
「妾ってあっちでは貴族なのか?」
「愛人とか、そういう立ち位置ではないですかね」

 ここやドゥイリオ様のお店で聞いた話をまとめますと。
 最初はオランディにはいない貴族と夜会を開く目的だったものをお茶会にし、気に入った方へ招待状を送っているといったところでしょうか。
 招待状に差がある事を考えると、意思の統一はされてないようですね。

 ミケーノ様がトックリから常温のウツセリを注ぎます。

「オレはどうするかな、葡萄の種セミドゥヴァのオイルなぁ……」
「こちらでは料理より美容品で使われますね」
「そうなんだよ、あんまり興味ねぇんだよな」
「それほど楽しいものにはならないとは思いますよ、お菓子はこちらでもよく見る物が多いですし」
「だよなぁ、変わってんの服装くらいだよな」

 ミケーノ様がお酒を注いだグラスを揺らしながら答えます。

「でもカーラとメル君は行かないですよね」
「あぁ、さっき返事書いてたぞ」
「キーノスはまだ招待状を受け取ってはないんですよね。男爵から招待を受けた方はまだいないようですが、何が贈られるか気になりはします」
「でも行かないだろ?」
「今のところ参加の予定はございません」
「贈られる品によっては考えたりしますか?」
「どうでしょうか、それでもお断りするかと思います」

 シオ様はスプーンを手に取り、ユドウフを一口分すくい口にます。
 飲み込んでから、少し残念そうに言います。

「そうすると……今のところ参加予定はドゥイリオさんだけですね、今日聞いた話ですと皆さんお断りしてるそうです」
「え、そうなのか?」
「港の件で使節団への印象が悪いですから、仕方がないとは思いますよ」
「あぁ、そうだったな。結構前の事だし忘れてた」
「私も招待状の差の謎が分かりましたし、お断りしようかと思います」

 シオ様の場合は参加した場合爵位を与えられる事になるでしょう。
 そうなれば面倒な事が多くなるとは思いますし、参加なさらないならそれで良いのかもしれません。

「結局なくなりそうだな、お茶会とやら」
「希望するのがドゥイリオさんだけではどうしようもありませんしね」
「貴族って暇なのか?」
「領地経営で忙しいはずですが、ある程度名のある貴族なら人を雇っているのかもしれませんね」
「こっちでいう辺境みたいなもんか」
「どうでしょうね。オランディの辺境は観光で有名な場所も多いですから、こちらの方が忙しいかかもしれませんね」

 シオ様は残りのユドウフを召し上がり、空いたお皿を私へ差し出してくださいます。

「今回は上手く機会を活かせそうもないですね、リュンヌの名だたる貴族と交流できたら何か新しい事が出来るかと思ってました」
「まぁ早々ねぇよそんなのは」
「しかしかなり長い滞在ですね」
「気合い入れて別邸なんか建てたんだし、これからずっと誰かはいるんじゃねぇか?」
「遠い場所に長期滞在する場合、別邸を建設するのが貴族の常識だそうですよ。それに大使館としての認可は難しいでしょうし」
「認可なぁ、そこまで粘るもんかねぇ」
「マルモワの話ももうしたみたいですし、粘りますね本当に」
「やっぱ暇だな……」

 そう思うと師匠の滞在期間の長さは相当なものだったと思えてきます。

「旅行とまでは言わねぇけど、暇できたらまた遊び行くの良いな」
「そうですね、カーラとカズロは前は不参加でしたし」
「なんかカズロがかなり悔しがってたぞ、それで親父さんに良い場所ないか聞いてるって前言ってたな」
「へぇ、カズロの父親は旅行が趣味なんですか?」
「確か有名な作家で、カプートっていう……」
「え?」
「なんだったか、作家の」
「今カプートって言いましたか?」
「あぁ、自分の親父って言うと笑われるとかであんまり言わないんだってよ」

 シオ様が珍しく驚いて固まってしまっています。
 私も驚きましたが、それよりも驚いていらっしゃるようです。

「まさか、ですね……いや、そうでしたか……」
「そんなに有名なのか?」
「間違いなくオランディで代表する作家の一人ですよ。多種多様な作風が人気で、ファンの幅か広いんですよ。俗称で『作家界のヌエ』と呼ばれていますよ」
「ぬ、ヌエ?」
「あらゆる物に変わるサチ様の国由来の魔獣です」

 ネコマタに関して調べていた時にヌエの記述がありましたね。
 こちらではヌエという名よりシェイプシフタームータフォールマの名の方が有名でしょう。

「まさかですね。それならカズロはリブレリーアの出身ですか、彼が若くしてあぁも算術が得意なのも分かる気がしました」
「詳しいんだな」
「えぇ、作家のカプートさんは本当に有名ですから。それでいて表に姿を現さないので、私一時期キーノスがそうなのかと思ってました」

 予想外なところで名前が出て少し反応に困ります。

「それはありえません」
「今は思ってませんよ。ポンコツの話を聞いてすごく納得してしまって、キーノスは感覚や情緒より理論や実績を重視すると分かりましたので」
「それ褒めてないだろ」
「いえいえ、だからこそ私は親しみが増したんです」
「それは嬉しく思います」
「ふふ、良かったです。しかしそうでしたか、これは良い情報を聞きました。これは次の旅行は私も頑張らなくてはならないですね」

 シオ様がとても楽しそうなご様子です、先程までリュンヌのお茶会の話など既にお忘れになったかのようです。

「オレ、いらねぇこと言ったか? カズロはモウカハナの客には言っても良いって言ってたよな?」
「そんなまさか、カズロはあまりこういう話をしないですからすごく嬉しいです」

 ミケーノ様は私に言ったようにも見えましたが、シオ様が楽しそうなのでどちらでも良いのでしょう。
 ただ、カズロ様が次に会うときにはシオ様から色々聞かれるかもしれませんが、別荘の時のお話などをなさるのは楽しいかもしれません。
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