王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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愛しの都は喧騒の中に

#2

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「キーノスは秘密が多いとは思ってましたが、少し認識を改めた方が良さそうですね」
「隠してるつもりはありません、何よりこちらから話すのもおかしな話かと思います」

 私の部屋のソファで寛いだ様子のシオ様が、微笑みながら仰います。

「そういえばミケーノも似た事を言ってましたね、聞かないと答えないとか」
「確かに魔道具の家具に関してお答えできる内容はありましたが、以前申し上げた通り実現が難しい物ばかりです」
「そうですね、実際に見てキーノスが言ってた事がよく分かりました」

 本日、日付が変わってすぐの事です。
 イザッコが三杯目のウィスキーを飲み干して帰宅後、ご来店されていたシオ様から私の部屋のセンタクキを見たいとの申し出がありました。
 店の営業時間もありましたが、シオ様が仕事終わりにそのまま我が家に行くと仰ったため、早めに店を閉めることにしました。

 シオ様から見たら、興味深いものも多いでしょう。
 照明や調理器具、また洗濯で使う道具のほとんどが彼が作りたかった物に該当するかと思います。

「ビャンコさんから暗い時間に行った方が良いと聞いてましたが、そういう事でもないですね」

 部屋に入って照明を付けた時から、ずっと質問をされ続けています。


「今何をしたんですか?」
「廊下の照明を付けました」
「壁に手を触れただけに見えましたが」
「回路を通していまして、ここに魔力を流すと天井の照明器具が反応します」
「あの照明器具も火をつけている訳ではないようですね」
「タングステンという熱に強い金属を線状にし……」

 それから部屋に入ってからは時計、冷暖房の設備、約束のセンタクキなど……
 どれも少し繊細な魔力操作が必要になるため、ビャンコ様に家探しをされると困ることになるのが目に見えます。

 一通りめぼしい家具の説明を終えた頃には、空が明るくなり始めておりました。

「昨晩騎士団長様が言ってた引きこもりも、今の設備があれば可能ですね」
「……そうですね」

 イザッコとシオ様は以前庁舎で挨拶を交わしたことがあるそうで、昨晩たまたま居合わせた時も軽く雑談をなさっておりました。
 私と些末な言い合いをした後だったからか、私を悪し様に言うイザッコにシオ様は少し驚いたご様子でした。

「センタクキや照明器具はかなり複雑な作りですし、聞けば聞くほど便利だとは思いますが、商品にするにしても業者向けで、店舗向けに考えた方が設備などの……」

 シオ様が半ば独り言のように呟きます。
 それからお出しした紅茶を一口飲み、カップを置いたあとで背もたれに深く身を沈めます。

「今夜はたくさん収穫が得られました。本当にありがとうございます」
「いえ、お力になれたかどうか」
「魔道具の家具の実物が見れたのはかなり大きいですよ、そして便利なのも確信出来ました」

 実際に便利だとは思います。
 普通なら照明はロウソク台かオイルランプ、ガス燈に火を付ける必要がありますし、洗濯は手で洗うか洗濯屋に持ち込む必要があります。
 それらに必要な時間を壁に手を付ける程度で解消出来るのですから、他の方より自由な時間は多いと思います。

「それで今日のお礼に関してなんですが、キーノスは温泉は好きですか?」
「温泉は好きですが、お礼などいりません」
「別に大したものではないですし、良かったら受け取って欲しいくらいのものですが」

 そう言ってシオ様が柔和に微笑みます。
 結局私の部屋を見せただけで大した事はしていないように思います。
 シオ様が持っていたカバンから財布を取り出し、中から一枚の金属製のカードを取り出します。

「これです、あとこんな時間ですが眠くありませんか?」
「ありがとうございます。まだ眠くはありませんが、これは何ですか?」

 カードには「サラマン温泉」と書かれています。
 サラマン……どこかで聞いた響きですが、これは一体何なのでしょうか?

​───────

 朝焼けの太陽が空を優しく染める中、海を眺めながら湯に浸かるのはなかなか贅沢なものに思えます。
 シオ様に連れられて来た公衆浴場の施設は、想像していたより広く規模が大きな物のようです。

「この時間ならまず人はいませんよ、人目を気にせず入れますので気軽にご利用ください」
「この短期間でかなりの施設になさいましたね」
「ふふ、元々普通の入浴に必要な配管設備は整ってましたから、飲食系の設備の方が時間が掛かりました」
「そういうものですか」


 半分外に作られた入浴施設で、湯に浸かった状態で海を眺めることができます。
 隣にいるシオ様は慣れているのか、私の店にいる時より遥かに寛いだご様子です。

「誘ったのは理由、いや少しだけ聞いてみたい話がありまして」
「何でしょうか」
「騎士団長と親しいんですね」
「……皆様そう仰いますが、親しくはありません」
「そうですか? 他の方と話す時より気楽そうな印象でしたが」
「むしろ彼には嫌われていると思います、面と向かうと大体口論か喧嘩になります」
「キーノスが口論を、ですか?」
「はい」

 シオ様がいらしてからも些末な口論が起きてはいましたので、どうして仲が良いなどと思われるのか疑問です。

「喧嘩するほど仲が良いなんて言葉があるそうですよ」
「仲良くありません」
「はっきり言いますね」
「事実ですから」
「ふふ、キーノスもムキになる事があるんですね」
「久しぶりに会った相手を悪鬼と呼びますか?」
「いえ、流石にそれはないですが」
「そういう関係です」

 私の言葉を受けて少し笑ってから、シオ様が顔に付いた前髪をかきあげます。
 私も少し肩まで湯に浸かろうと少し姿勢を崩します。

「私からも一つ良いですか?」
「はい、何ですか?」

 気になることなら私にも一つあります。

「水を温めて使用しているようですが、本物の温泉と同様の成分にしたり、香りを付けたりなどなさらないのですか?」
「え? 成分ですか?」
「温泉は火山や地熱で温められた水分ですが、多くの場合その水分の中に電解質を初めとして硫黄やナトリウム系の物質が含まれている事が多いです。そのお陰で神経や小さな切り傷などに有効で、治療を目的に」
「ちょ、ちょっと待ってください。その話はここを出てからゆっくり聞かせてください」

 私が王都に来る前に住んでいた場所には、本物の温泉がありました。
 その湯を私の住まいまで引いて浴室で使用しており、時折薬草を煎じて加えるなどしていました。
 今の住まいでも温泉ではありませんが、薬草を加えた湯に浸かって疲れを癒すことがあります。
 師匠の家の風呂はかなり大きく、時折湯に薬草を浸けるのはジョーティから喜ばれておりました。

 私は顔に湯を浴びせ、前髪をそのまま顔の左右に流します。

「湯温は温泉のそのものより良いですね、また仕事帰りに利用させて頂きます」
「えぇ、それは是非。と言いたいところですが、また別の日にさっきの温泉の話や他の改善点があれば教えてください」
「他、と言われましても特には」
「キーノスの部屋で見た石鹸、あれは何処で買ったものですか?」
「あれは普通に売ってる石鹸に、薬草や油などを混ぜて使っているものです」
「やっぱり作ってるんですね」
「はい」

 似た物は売っていると思いますので、シオ様ならどこかで仕入れることが可能でしょう。
 私は足を伸ばして後頭部を湯船の縁に乗せます。
 ここは私が思うより寛げる施設です、広い場所で湯に浸かるのはとても良いですね。

「やっぱり術士は凄いですね、参考になる事がたくさんあります」
「術士は関係ありませんよ」
「いえいえ。ビャンコさんのお陰でここが出来たのは大きいですし、きっと彼の部屋も変わってるんでしょうね」
「そうですね」

 私の部屋であの反応をなさるなら、ビャンコ様の部屋を見たらさぞ驚かれることと思います。

「モウカハナはこれからは通常営業に戻るんですよね」
「はい、一昨日帰ってきて掃除の方は済んでおります」
「今度は普通に遊びに行きますね、今日は無理を言ってごめんなさい」
「そんな事はありません。私の部屋には今度はゆっくり出来る時にでも、またいらしてください」

 今回は食料も買い込んでおりませんでしたし、次の機会におもてなしが出来るようにしましょう。

 ここへ来た時はまだ暗かった空もかなり明るくなってきており、そろそろ王都も賑わい始める頃です。
 せっかくですし、帰り道に市場へ寄って部屋でダメになっていたものの補充をしに行きましょう。

「さて、そろそろ帰りますか。今日は付き合ってくれてありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございます」

 私がぼんやりと外を眺めながら思考に耽っていたところで、シオ様から声がかかりました。

「キーノスは髪が長いから乾かすのが大変そうですね」
「以前より短くなってそこは楽だと思います」
「前髪も切るか流すかすれば良いのに、邪魔じゃないんですか?」
「慣れているのであまり気にはなりません。顔に張り付くのは嫌なので、入浴中は横に流します」

 シオ様は気になさらないようでしたので流しておりましたが、見慣れてない方の前では気をつけないといけないとは思います。

「ふふ、まぁ流してたら、よりアネモネの君に近づいてしまいますしね」
「……早く皆様の記憶から消えることを祈ります」

 そもそもあの話はおかしな点が多いです。
 謝罪の下りだけは読みましたが、大きな間違いはあるものの流れはかなり似ておりました。
 とはいえ公爵夫人が作者とも思えませんし、一体誰があれを書いているのでしょうか。

 あまり深く考えても何にもなりません、一日も早く皆様の記憶から無くなって下さるのが一番嬉しく思います。
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