魔人災害の果てに紡がれる勇者の娘と辺境伯の物語~虐げられた少女は辺境のオジサマに救われた日を忘れない~

灰色テッポ

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第十八話「魔法」

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 軍部からの情報によると、ソレイユから決闘婚を提起された王立裁判所では、かなりな議論が巻き起こったそうだ。
 百五十年も例のなかった法律であればそれも当然であろう。しかし結局は受理される事となり裁判の手続きが開始された。

 訴状を受け取ったブロッド侯爵家でも、後には引けない状況になって慌てふためいていたらしい。
 いまや貴族社会では決闘婚の話題で持ちきりとなっており、名誉を賭けた決闘として注目が集まっている。逃げることはおろか負ける事も許されぬ事態へとブロッド卿とダミアンは追い込まれていた。

 実を言えば貴族たちを決闘婚の話題で煽ったのはソレイユ自身であった。その状況こそがソレイユによって意図的に作られた作戦の第二段階なのである。
 決闘でのダミアンの敗北に決定的な意味を持たせ、結果ブロッド侯爵家の名誉を地に落とし再起不能にするつもりでいたのだ。

「奴らだけは絶対に許す訳にはいかないからな」と、夕食を共にしていたルーナとオリガにソレイユは息巻いている。

 オリガはそんなソレイユを放置して、さっきから浮かない顔をしているルーナを心配していた。
 おそらく決闘への不安から緊張が抜けないでいるのだろうと、優しい声で話し掛ける。

「大丈夫ですよルーナ様。ソレイユ様はこう見えても王国屈指の魔法騎士ですから」

「はい、オジサマが強い事は私も信じています……でもオジサマは魔法騎士なのに、決闘で魔法を使うのは駄目だって聞きました。それって戦いに不利だって事でしょ? だから私、とても心配で……」

 決闘婚の法律では決闘で魔法を使う事は禁じられていた。魔法の発達した現代と違って、昔は魔法を使える人間も少なかったのだ。ゆえに魔法を禁止する事で決闘への公平性を保とうとしたのだろう。

「古い時代の法律だから仕方ないさ。それに魔法が使えない条件はダミアンも同じだからね、不利って事はないよ」

 そう心配するルーナに微笑みかけたソレイユであったが、闇雲な安心だけを伝えるつもりはない。
 共に戦う仲間のルーナに隠し事はしたくはないからだ。 

「とは言え、おそらく奴らは形振なりふり構わずに魔道武具を使ってくると思う」

「そうですね。ダミアンも魔法騎士だそうですが、ソレイユ様と戦うとなればその選択は正しいと言わざるを得ません」

 ソレイユとオリガが当たり前の様に話す内容であっても、ルーナにとっては魔道武具などという言葉は聞いた事もなかった。
 軍人の二人と農夫の娘とでは、常識そのものが違うのである。

「えっと……魔道武具って何ですか?」

「あっ、ルーナ様がご存知無いのも当然でした、ごめんなさいね。魔道武具とは魔法の使えない騎士や一般兵士たちの為に作られた、魔法を発動させる武器や防具の事ですわ」

 オリガの話を聞いたルーナは、いぶかしげな顔をして「え、でも!」と異議を唱えた。

「決闘で魔法は禁止されているんですよね? なのにどうしてその魔道武具が使えるんですか? それってズルいです!」

 ルーナの疑問はもっともであった。実際にソレイユも法律学者に相談して、魔道武具の使用の可否を確認したくらいなのだから。

「それが法律上では、魔道武具は魔法ではないのです──」

 決闘婚に関する法律に明記されているのは、魔法の禁止という一文のみ。その魔法の定義は大気中の魔素を人体に取込み、魔力により変換されたエネルギーが呪文等の触媒を通じて放出される現象とされている。
 つまり魔道武具は構造的にその定義には該当しないのだと、オリガはルーナに説明した。

「法律ってややこしいんですね……」と、独り言のように呟いたルーナに、ソレイユはローストされた鹿肉を頬張りながら、「冷めないうちにお食べ」と食事を勧める。

 そんな呑気な様に見えるソレイユに、ルーナは唇を尖らせた。
 生来せいらい真面目な性格のルーナには、ソレイユの態度が気に入らないのだ。

 だがそう思うのも、この決闘が他人事ではないというルーナの覚悟を示してもいる。
 本音を言えば戦いなどと無縁に生きてきたルーナにとって、決闘というものはただ恐ろしくて、ソレイユにもそんな危険に関わって欲しくはない。

──でも一緒に戦うと決めたから。

 ルーナはルーナなりに決闘の役に立ちたくて一生懸命なのであろう。
 未だにソレイユとの結婚は実感が持てないままだが、共に生きて汚れた大地を浄化したいと願う気持ちに嘘はない。その願いを叶える為の決闘にルーナは真剣だった。

「じゃあオジサマも魔道武具というのを使うのですね? 私に出来る事は少ないですけれど、その武具をピカピカに磨く事くらいは出来ますよ!」

 そう意気込むルーナをまじまじと見つめたソレイユは、口の周りの汚れをナプキンで拭って「ありがとう」と礼を言った。

「でもねルーナ、俺は魔道武具は使わないんだよ」

「えっ、どうして?」

「と言うのはね、魔法騎士が魔道武具を使う事は不名誉とされているんだ。俺個人としてはそんなの不合理だし、時代遅れだと思うけれどね」

 しかし決闘に大勢の貴族たちの注目が集まっている以上、名誉を無視する訳にはいかないのだとソレイユは話す。
 ブロッド侯爵家の名誉を失墜させ、宰相にも二度とルーナに手出しが出来ない様にするには、ソレイユに不名誉の傷があってはならない。

「名誉のために……けどさっき、あの人は魔道武具を使うって」

 戸惑いを隠せないままそう訊ねるルーナに、ソレイユは指で丸を作って微笑んだ。

「ゼロなんだ。武器だけの勝負でダミアンが俺に勝てる可能性がゼロだから、奴らも必死なんだよ」

 それはおごりではなく事実である。ダミアンが弱いからではなく、ソレイユが強すぎるのだ。
 だからダミアンは不名誉と引き替えにしてでも魔道武具を使うのだろう。それにもしソレイユに勝てれば、そんな不名誉が消し飛ぶほどの栄誉が手に入れられる。それほどに騎士としてのソレイユの名声は高い。

「そうなんですか……」

 ルーナにはなんだか貴族の世界の何もかもが、違う世界の事の様に思えてくる。
 名誉も法律も、そんなものを意識してこれまで生きてきた事もなかった。もちろん魔法だってそうだ。

 何だか急に自分がこの場に居るのが場違いな様な気がしてきて、一緒に戦うなどと意気込んでいた自分が滑稽に思えてしまう。

(私、馬鹿みたい……)

 デザートに出されたパンプキンパイはルーナの大好物であったが、今はそれを喜ぶ気持ちにもなれない。

「どうしたのルーナ、パンプキンパイは君の大好物だろ? 食べないの?」

 さっきから呑気な感じで食事を勧めてくるソレイユの態度が、ルーナに芽生えた疎外感に拍車をかけた。
 まるでこの決闘に自分は重要ではないと思われているかの様な気がしたからだ。

「何なんですかオジサマ! さっきから食べろ食べろって。そんなに私を太らせてどうするつもりなんですかっ!?」

「まあ! ソレイユ様ったらいやらしい。太らせて食べるとか」

「ばっ、馬鹿な事を言うなよオリガっ!」

 オリガがジト目でソレイユを見て言った言葉に、なぜかソレイユが慌てている。
 一体二人のこのやり取りは何なのかと、ルーナには理由わけが分からない。

「もうッ! 私が何も分からないからって、二人して馬鹿にしないで下さいっ! 決闘の役に立てない事くらい、私にだってその自覚はありますから!」

 そう癇癪を起こして顔を俯けてしまったルーナは、心の中では自分を恥じていた。

(駄目、こんなのただの八つ当たりだ)

 だが、オリガはそんなルーナに笑顔を向けた。まるで何でもない事だという様な、いつもと変わらない笑顔を。

「ルーナ様には決闘の本番でやって貰う事がありますから、役立たずなんて事はありませんよ?」

「そうだよ、決闘ではルーナに応援してもらわないと困るんだ。俺にはそれが何よりも心強いのだからね!」

 だが真剣に話すソレイユの言葉も、今のひがんだルーナの心では素直に受け取りたくはない。
 むしろお茶を濁された様にさえ聞こえて腹が立つ。

「そんなの誰が応援したって一緒です!」

 まるで駄々っ子のようなルーナなのであったが、オリガは全くそれが気にならないかの様に、「あら、ソレイユ様は本気ですよ?」と応える。

 ソレイユはソレイユで、「そ、そんなのって……ルーナの応援は最強なのに……騎士の俺に手を振る乙女という物語を夢みていたのに……」と、勝手にショックを受けていた。

──あれ? 何だろこれって。

 ルーナは自分が駄々をこね、それを普通に二人が受け止めながら話が続く事に、何だか懐かしさを覚えてハッとする。

──そうだ、この感じって。

 それはルーナにまだ父と母がいた頃の家族との記憶によく似ていた。ありのままの自分でいても何も怖れる事のない、普通の幸せという名の日常に。

──そっか、私いま幸せなんだ。

 ちょっとばかり幸せに馴れてしまっても、誰もそれをとがめないでいてくれる様な、そんな安心した者同士の関係。
 そういう関係を言葉にして表すならば、それは……

「ルーナ様、どうかしましたか?」

 急に黙った自分を心配そうに覗き込むオリガに、今度はルーナが笑顔を向けた。いや、そのつもりだった。
 なのにルーナの目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれていく。

「私だってがんばるんだからっ、オジサマの応援がんばるんだからあっ!」

 子供みたいに泣きじゃくるルーナを「そうですね」と、あやすようにオリガが優しくその背中をさすって。
 動揺したソレイユがその周りでオロオロとして。

──お父さん、お母さん。私にも新しい家族が出来たみたいです。

 三人で囲んだ食卓は賑やかで、それはきっと幸せな風景に違いないとルーナは思うのであった。
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