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第四章 三つの世界の謎
裏切り
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「嘘だ」
リオは言った。
「京ちゃんの実体がないなんて、そんなの嘘……だって、そんなわけ……だって……だって」
さっきまで、至近距離にあった、逞しい体の熱さと、優しい眼差しが脳裏に浮かぶ。あれが、まやかしなんてあり得ない。甘い囁き声が、誰かの妄想の産物なんて、そんな事、絶対にあり得ない。
しかし。
「沙蘭にも確認済みだ。あいつにとっても、京の存在は謎だったらしい。俺たちの推理に納得してたよ」
リオの期待を断ち切るようにきっぱりと一星は言った。リオは縋るように光とキムを見た。いつになく険しい二人の表情が、これは冗談ではないのだと無言で告げている。
「そんな……」
少年は絶句し、椅子に両手をついて崩れ落ちそうな体を支えた。
「京ちゃんは知ってるの?」
「ああ。知ってるよ。
「知ってて……俺をだましたんだ」
リオは、大きな溜息をついた。
こめかみがずきずきと痛み、目の前が暗くなる。まさか、想像もしていなかった。京が、生身の人間じゃないなんて。
「俺たちも、黙ってるつもりだった。知ったら、お前はきっと迷うだろう。沙蘭の力が弱まった今が最大のチャンスだってのに、全員の足並みが揃わなきゃ、作戦は成功しねえだろうしな」
一星は言った。
「京ちゃんのいない世界なんて興味ない。俺、下りるよ」
俯いたままリオは言った。
「シティは、もう勝手に肥大してる。施設を出れば、もっと大勢の人間がいる。俺たちがいなくなっても、他の奴らと、きっとあいつならうまくやっていくさ」
「そんなの、わかんないもん!」
リオは叫んだ。
「沙蘭が居なくなったら、町も死んじゃうんじゃないの? 京ちゃん、消えちゃうんじゃないの? それに、生きてたって、もう会えないんじゃ、意味ないもん。俺、元の世界なんて戻れなくていい。ここにいる。どうせ、何も覚えてないんだもん。京ちゃんと、ずっとここにいるから」
「お前も協力しないと無理だ」
「知らないよ」
「じゃあ、お前は、第二の沙蘭になるんだな」
一星は語気を強めた。
「お前は、京と別れたくないから、俺たちを道ずれにするんだな。それじゃあ、寂しいからって、お前を連れて来た沙蘭と何も変わんねえよ。いや、もっとたちが悪いぜ。お前の場合は確信犯だ」
鋭い眼光に気押されて、リオは口をつぐんだ。
「京は運命を受け入れてる。今は辛いだろうが、思い切るのがおまえと、そして京のためだ」
まるで自分自身に言いきかせるようにゆっくりと、一星は言った。
「……」
「あいつはとっくに覚悟を決めてる。お前を元の世界に戻す。その後、自分はどうなってもいいって、はっきりそう言ったぜ」
リオは愕然とした。愛の言葉を囁きながら、京は別れの決意を固めていたのだ。裏切られたような気分だった。
頭の中で、誰かが鐘を打ち鳴らしている。こめかみが割れるように痛かった。
長い沈黙の後、リオはきっと一星を睨み付けた。ショックが収まってきた後にこみ上げてきたのは、怒りだった。あまりにも一星は一方的だ。自分だって沙蘭を思い切るまで、ずいぶん時間をかけたくせに。
ましてや、リオが京への恋愛感情に気付いたのは、ついさっきなのだ。
他の人を気づかう余裕なんて、ない。
「やっぱり、俺、京ちゃん探してくる」
リオは立ち上がった。
「あいつを追い詰めるなよ」
一星は言った。
「奴だって、断腸の思いなんだ。惑わせるな」
「惑わされたのは俺のほうだよ」
リオはきつい口調で言い返した。そうだ。振り回されたのはどう考えても自分の方だ。あれこれちょっかいを出して、否応なく好きにさせといて、あっけなく放り出すなんて酷すぎる。京を捕まえたら、思い切り文句を言ってやる。そして……。
両の拳をぎゅっと握りしめた。
一緒にここから逃げてやる。
一星やキムや光たちには悪いけれど、でもやっぱり、京のいない世界に彼を犠牲にして戻るなんて出来そうもない。
沙蘭の力が弱まり、ネームつきメンバーの結束が高まっている今が逃亡のチャンスだ。
ドラゴンシティの片隅で、二人身を寄せ合って生きるのだ。京となら、きっと大丈夫だ。
「地下なら、私も一緒に行くよ。危険だからね」
キムは立ち上がった。
「あ、俺も」
光も続く。
「いいよ、沙蘭も紅龍もいないんでしょ?」リオは焦って辞退した。
「ばーか。お前一人なんかで行かせるか。見え見えなんだよ」
椅子に座ったまま、ちらりと一星は少年を見る。そして、
「キム。光。こいつが逃げないように、よーく見張っとけよ」
立っている二人に指示を出した。
はっとして見れば、二人ともバツが悪そうに視線を外す。リオは唇を噛んだ。読まれてる。
「どした? 行かねえの?」
からかうように一星は言った。
ふつふつと怒りが沸いてくる。勘のよすぎる男は嫌いだ。どうしよう。走って二人を振り切ろうか。でもきっとすぐに追いつかれてしまう。
逡巡は一時だった。
ふいに、床が、ぐらりと揺れ、リオはバランスを崩して床にぺたりと尻餅をついた。。
リオは言った。
「京ちゃんの実体がないなんて、そんなの嘘……だって、そんなわけ……だって……だって」
さっきまで、至近距離にあった、逞しい体の熱さと、優しい眼差しが脳裏に浮かぶ。あれが、まやかしなんてあり得ない。甘い囁き声が、誰かの妄想の産物なんて、そんな事、絶対にあり得ない。
しかし。
「沙蘭にも確認済みだ。あいつにとっても、京の存在は謎だったらしい。俺たちの推理に納得してたよ」
リオの期待を断ち切るようにきっぱりと一星は言った。リオは縋るように光とキムを見た。いつになく険しい二人の表情が、これは冗談ではないのだと無言で告げている。
「そんな……」
少年は絶句し、椅子に両手をついて崩れ落ちそうな体を支えた。
「京ちゃんは知ってるの?」
「ああ。知ってるよ。
「知ってて……俺をだましたんだ」
リオは、大きな溜息をついた。
こめかみがずきずきと痛み、目の前が暗くなる。まさか、想像もしていなかった。京が、生身の人間じゃないなんて。
「俺たちも、黙ってるつもりだった。知ったら、お前はきっと迷うだろう。沙蘭の力が弱まった今が最大のチャンスだってのに、全員の足並みが揃わなきゃ、作戦は成功しねえだろうしな」
一星は言った。
「京ちゃんのいない世界なんて興味ない。俺、下りるよ」
俯いたままリオは言った。
「シティは、もう勝手に肥大してる。施設を出れば、もっと大勢の人間がいる。俺たちがいなくなっても、他の奴らと、きっとあいつならうまくやっていくさ」
「そんなの、わかんないもん!」
リオは叫んだ。
「沙蘭が居なくなったら、町も死んじゃうんじゃないの? 京ちゃん、消えちゃうんじゃないの? それに、生きてたって、もう会えないんじゃ、意味ないもん。俺、元の世界なんて戻れなくていい。ここにいる。どうせ、何も覚えてないんだもん。京ちゃんと、ずっとここにいるから」
「お前も協力しないと無理だ」
「知らないよ」
「じゃあ、お前は、第二の沙蘭になるんだな」
一星は語気を強めた。
「お前は、京と別れたくないから、俺たちを道ずれにするんだな。それじゃあ、寂しいからって、お前を連れて来た沙蘭と何も変わんねえよ。いや、もっとたちが悪いぜ。お前の場合は確信犯だ」
鋭い眼光に気押されて、リオは口をつぐんだ。
「京は運命を受け入れてる。今は辛いだろうが、思い切るのがおまえと、そして京のためだ」
まるで自分自身に言いきかせるようにゆっくりと、一星は言った。
「……」
「あいつはとっくに覚悟を決めてる。お前を元の世界に戻す。その後、自分はどうなってもいいって、はっきりそう言ったぜ」
リオは愕然とした。愛の言葉を囁きながら、京は別れの決意を固めていたのだ。裏切られたような気分だった。
頭の中で、誰かが鐘を打ち鳴らしている。こめかみが割れるように痛かった。
長い沈黙の後、リオはきっと一星を睨み付けた。ショックが収まってきた後にこみ上げてきたのは、怒りだった。あまりにも一星は一方的だ。自分だって沙蘭を思い切るまで、ずいぶん時間をかけたくせに。
ましてや、リオが京への恋愛感情に気付いたのは、ついさっきなのだ。
他の人を気づかう余裕なんて、ない。
「やっぱり、俺、京ちゃん探してくる」
リオは立ち上がった。
「あいつを追い詰めるなよ」
一星は言った。
「奴だって、断腸の思いなんだ。惑わせるな」
「惑わされたのは俺のほうだよ」
リオはきつい口調で言い返した。そうだ。振り回されたのはどう考えても自分の方だ。あれこれちょっかいを出して、否応なく好きにさせといて、あっけなく放り出すなんて酷すぎる。京を捕まえたら、思い切り文句を言ってやる。そして……。
両の拳をぎゅっと握りしめた。
一緒にここから逃げてやる。
一星やキムや光たちには悪いけれど、でもやっぱり、京のいない世界に彼を犠牲にして戻るなんて出来そうもない。
沙蘭の力が弱まり、ネームつきメンバーの結束が高まっている今が逃亡のチャンスだ。
ドラゴンシティの片隅で、二人身を寄せ合って生きるのだ。京となら、きっと大丈夫だ。
「地下なら、私も一緒に行くよ。危険だからね」
キムは立ち上がった。
「あ、俺も」
光も続く。
「いいよ、沙蘭も紅龍もいないんでしょ?」リオは焦って辞退した。
「ばーか。お前一人なんかで行かせるか。見え見えなんだよ」
椅子に座ったまま、ちらりと一星は少年を見る。そして、
「キム。光。こいつが逃げないように、よーく見張っとけよ」
立っている二人に指示を出した。
はっとして見れば、二人ともバツが悪そうに視線を外す。リオは唇を噛んだ。読まれてる。
「どした? 行かねえの?」
からかうように一星は言った。
ふつふつと怒りが沸いてくる。勘のよすぎる男は嫌いだ。どうしよう。走って二人を振り切ろうか。でもきっとすぐに追いつかれてしまう。
逡巡は一時だった。
ふいに、床が、ぐらりと揺れ、リオはバランスを崩して床にぺたりと尻餅をついた。。
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