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第四章 三つの世界の謎

再会

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 京がいた。

 この世界で、ちゃんと、生きていた。

 裏口へと走りながら、リオはやほーと飛び上がった。ゴミバケツの上で寝ていた猫が、喉を鳴らして威嚇する。丸い頭を撫でて宥めた後、リオは久々にスキップをした。嬉しい。嬉しくてたまらない。
 簡単に諦めるつもりはなかったけれど、でも、こんなに早く会えるとも思ってなかった。中華料理屋の店長なんて、京のイメージにぴったりだと改めて思う。すらりとした体に、白い作業着がやばいくらいに似合っていた。背筋に震えが走るほど、とびっきりかっこよかった!
 胸が、壊れそうなくらいに高鳴っている。鏡を見なくても、顔が赤くなっているのがわかった。好きという感情がせり上がって、コントロール出来ない。どうしよう。あんまり挙動不審だと、京に笑われるかもしれない。
 リオは、ドアの手前で立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。

 面と向かった時、最初になんと声をかけようか。ただいま? それともお帰りなさい? いや、京にシティの記憶がないなら、まずは遅刻の詫びから始めるのが無難かもしれない。

「しっつれい……しまーす」
 つり上がり気味の目をくるりと見開き、リオはドアを開けた。

 細長い厨房には、さっきと同じ光景が広がっていた。すさまじい勢いで食材を切っている者、鉄鍋を揺らしている者。香辛料の匂いと熱気がむん、と押し寄せてくる。
 だが、そこに期待していた姿はない。

「あれ……えっと京ちゃんは?」
「リオ。早く着替えろよ。混んでるぞ」
 か細いボーイソプラノは野太い男の声にかき消される。
「はあい」
 なんだかかなり拍子抜けして、肩を落しながら、ロッカールームの扉を開く。後ろ手にドアを締め、顔を上げたリオは自分のロッカーの前にパイプ椅子を広げて陣取っている人物に気づき、息を飲んだ。

「京ちゃん……」

 椅子に長い足をもてあますように投げ出して座った京が、腕組みをしたまま、鋭い目でこちらを見ている。よく見れば、頬に生々しい傷跡があった。紅龍の牢で見かけたのと同じ位置にあるそれに、リオははっとする。
 だが、リオが口を開く前に、、
「今、何時だと思ってるんだ? この遅刻魔」
 京は右手の腕時計を突き出した。
「ごめんなさい……えっとね、あのね……」
 シティではついぞ見かけなかった厳しい態度に気押されて、リオはおどおどおどと口ごもる。さっきまであんなに気分が高揚していたのに、本人を前にすると、緊張のあまり、倒れそうになった。
「今度遅れたらおしおきだって、こないだ、はっきり言ったよな?」
 京はそう言うと立ち上がった。相当に怒っているのだろうか? 目がすわっているように見える。
 言ったよな、と断定的に言われても、そんなの勿論覚えてない。立ちすくむリオに、京はゆっくりと近づいてくる。またしても、おかしなくらいに心臓が跳ね上がり、リオは顔を赤くして後退った。これじゃ、好きだってのがバレバレだ。なのに、京の表情は変わらない。さっきのアルの口ぶりでは、彼はとても厳しい店長のようだった。リオをしょっちゅう怒っているような事も口にしていた気がする。

 施設ではあんなに優しかったのに。ここでの京は違うのだろうか。
 そして、ふと、待ち受けの彼女ににやけていた、光を思い出す。

 そうか。この世界では、京がリオを好きだとは限らないのだ。

 リオはじりじりとバックしながら、近づく京の不機嫌そうな顔を凝視した。

 リオと京の関係は、ただの雇い主と出来の悪いバイト生。それだけなのかもしれない。それどころか、光みたいに、他に恋人がいるのかも。いや、きっとそうだ。こんなにいい男が、この年でフリーなわけがない。
 確信と共に、つきん、と胸の奥に鋭い痛みが走り、胸全体へと広がった。駄目だ。涙が溢れそうだった。

 背中がドアに当って止まり、リオは首を竦めて、迫ってくる京を待った。京は至近距離まで近づくと、少年の頭を挟むようにして、ドアに両手をつく。
「お仕置きだ。目を瞑れよ」
 くぐもった声に促され、リオはぎゅっと両目を閉じた。まさか殴ったりしないだろうけど、不穏な予感と追い詰められた恐怖に体が竦む。かちゃり、と鍵が閉まる音がして、男の手がリオの頬を上向きに掬いあげる。
 次の瞬間……。
 唇に、温かいものが重なった。

 え……?

 硬直したリオは、逞しい男の体にふわりと抱き込まれた。

 戸惑い、震える唇の隙間に、長い舌が差し入れられる。

 それは、よく知る、感触だった。なのに、何が起きたか、一瞬わからなかった。
 とくん、と心臓が跳ね上がる。京が、キスしてくるのなんて、ある意味当たり前だったのに……。
 京は首を傾げ、より深く唇を結び合わせた。逃げをうつ舌は、男の舌にたやすく巻き取られ、吐息まで奪われそうなほど吸い上げられる。
 髪の毛をすくようにして指を入れ、京はくしゃくしゃと掻き回した。そしてやっと言葉を紡げる距離だけ空けて、囁く。
「帰ってきたぜ。俺も。この世界に」
 リオは両目を見開いた。
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